勇者バルトス

 

 破壊された南門を挟んで、アムドゥアを含む異端審問官達と対峙している。


 おそらくアムドゥアが止めてくれているのだろう。それに援軍もないようだ。結界があれば安全だから問題ないとか言っているのかもしれない。


 しばらく待つと、続々と施設破壊の報告がされた。


 後は大狼が対応しているパンドラの施設だけだ。


『ステア、まだ掛かりそうか?』


『ご安心ください。今、終わります』


 直後に聖都を覆っていた結界が破壊された。ガラスが割れる音がして、魔力の結晶のようなものがキラキラと舞い降りている。


 視覚できるほどの魔力で結界を作っていたのか。いったいどこからそんな魔力を――いや、そんなことはどうでもいい。さあ、侵攻だ。


 聖都へ足を踏み入れた。特に気持ち悪くなったりしない。大丈夫だ。


『結界は破壊された。これから侵攻を開始する。皆、役割を果たしてくれ』


 念話を通して返事が聞こえた。


『ジョゼフィーヌ、それにペル。お前達は貴族街へ行ってアムドゥアの家族を救出してくれ。ドッペルゲンガーがいた方が色々と融通が利くだろう。避難誘導はライルに任せろ』


 三人から返事があった。


『サルガナ、ジョゼフィーヌ達が家族を助けるまでアムドゥアと戦っていろ、ただし、殺すなよ』


『はい。お任せください』


『すまない、恩に着る。家族の無事が確認出来たら、すぐにお前達の味方をしよう』


 さて、周囲の異端審問官に疑われたらマズイ。ちゃんと敵対していると発言しないとな。


「サルガナ。アイツ等はお前に任せる。私の邪魔をする奴を排除しろ」


「仰せのままに」


 サルガナ自身の影が大きな鎌の形を造る。デスサイズとかいう武器だ。サルガナはそれを両手で持った。


「お前達はフェル様が進む道を塞いでいる。退いてもらおう」


 高速でサルガナが飛び出すと、横薙ぎで一閃。アムドゥアは、大きく飛び上がりそれ躱した。


 だが、デスサイズの軌道から影が扇状に広がり、異端審問官達を飲み込んだ。そして吹き飛ばす。一瞬で異端審問官達を戦闘不能にした。殺してないよな?


「恐ろしいな。異端審問官でも相当な手練れを用意していたのだが」


 アムドゥアが家の屋根まで飛び上がっていた。こちらを驚愕の目で見ている。


「こちらも出し惜しみはせん。せめて一人は置いて行ってもらうぞ」


 アムドゥアがそう言うと、コートの内側から試験管を取り出した。そして中身を一気に飲み干す。


 赤いポーション? 見た感じ毒っぽいが大丈夫なのだろうか。


 ドレアがそれを見て「ほう!」と声を上げた。


「すごいですな。身体能力と魔力が上がりましたぞ。一体どんな液体だったのか。調べてみたいものですな!」


 そういうのは後にしてくれ。


「それじゃ、サルガナ。ここは任せたぞ。私達は先に進む」


「はい、フェル様達もお気をつけて」


 サルガナがそう言うと、アムドゥアのいる場所へ影移動した。


「では、やりましょうか?」


「望むところだ!」


 なんだか熱血している。まあ、演技だし放っておこう。他にやるべきことがある。


 倒れている異端審問官達を避けて、大聖堂の方へ歩き出した。私が先頭で、後ろには魔王様とオリスア、ドレアの三人。魔王様に対して不敬な気もするけど、今は仕方ないだろう。


 大聖堂の方を見ると、まだ避難が終わっていないように見える。避難が終わるまでゆっくり歩こう。


 大聖堂周辺にいた人達はパニックになっているという感じではない。結界はなくなったが、勇者と賢者がいるからな。これで勇者と賢者を倒したらもっと恐怖させることになるかもしれない。できれば、避難を早めに終わらせてほしいのだが。


 何人ものメイド達が避難させているのが見えるのだが、まだ時間が掛かりそうだ。


『メノウ、避難はあとどれくらいで終わりそうだ? そろそろ大聖堂についてしまうのだが』


『それが、信仰心の高い人達は避難誘導に従ってくれません。教皇や聖女様を守ると言っています。勇者や賢者がいるので大丈夫ですと説得はしているのですが』


『信仰心が高い? それは洗脳されているという事か?』


『ヴァイアさんが言うには半々ぐらいですね。本気で信仰している人もおります』


 そういう人もいるのか。まあ、全員が全員洗脳されているわけはない。


『残っているのはどれくらいいる?』


『三百人程度かと。その方達以外は避難を終えました。西門や東門に通じる道の方へ逃がしております』


 結構いるようだ。だが、仕方ないだろう。


 さらに歩くと大聖堂の目の前にある広場へ着いた。相当な広さだ。そして大聖堂の入り口前には多くの人が並んでいる。あれが避難を拒んでいる奴らか。


 アイツらは倒すしかないな。怪我をさせないようにしないと。


 並んでいる奴らをかき分けるようにして二人が出てきた。賢者シアスと勇者バルトスのようだ。バルトスは相変わらず白い鎧に身を包んで顔が見えない。


 シアスが大きくため息をついた。


「まさか結界を破壊するとは。お主達を甘く見ておったの」


「そうだな。さて、リエルは返してもらうぞ。それに女神教は終わりだ。洗脳による布教なんかしてる宗教なんて邪教もいいところだからな」


 バルトスが聖剣を地面に突き刺した。


「邪教ではない。人族が魔族から身を守るためには女神教が必要なのだ」


「安心しろ、魔族が人族を襲うことはもうない。女神教に守ってもらう必要はないぞ」


「何を言っている? いま、現に襲っているではないか?」


「それはお前達が私の親友をさらったからだ。リエルを操って教皇にするなんて私が許さない」


 操るという言葉を聞いて、大聖堂前にいる女神教徒達がざわついた。


 改めてバルトスが地面に聖剣を突き刺す。


「静まれ。魔族の言葉に騙されるな。聖女リエルは魔族にさらわれていた。それを取り戻したにすぎん」


「お前がどう認識しているのかはどうでもいい。時間を無駄にした。悪いが、通らせてもらうぞ?」


 コイツらの主張とか嘘とかに付き合うつもりはない。とっとと先に進もう。


「オリスア、ドレア、お前達に任せる。排除しろ」


「ハッ! このオリスアにお任せください!」


「畏まりました」


 バルトスは地面から聖剣を抜き、構えた。


「舐められたものだ。四人いるのに二人で相手をする気か?」


「お前こそ、魔族を舐めすぎだろう。二対二なら勝てると思っているのか?」


「五十年前と同じと思うなよ? 我々は魔族を倒すために日々研鑽していたのだ。それに、我らには女神様から加護を得ている。負ける道理がない」


 女神の加護? そんなものがあるのか?


 魔王様の方を振り向いたが、魔王様も分かっていないようだ。


「オリスア、ドレア、念のため気を付けろ。何をしてくるのか分からん」


 二人とも頷いた。相手を見くびるようなことは無いようだな。


 そう思った直後、バルトスがいきなり目の前にいた。そして剣を振り下ろしている。だが、その剣は止められた。オリスアが剣を抜き、私を防御してくれたようだ。


「ほう? 完全にとったと思ったのだが、この攻撃に反応できるとは。流石は魔族と言ったところか?」


「お前の相手は私だ。相手を間違うな」


 オリスアは受けた剣でバルトスを弾き飛ばした。バルトスは重そうな鎧にも関わらず空中でバク転し、体勢を整える。


「ドレア、お前はそっちの相手をしておけ。こっちを邪魔させるな」


「なんでお主に命令され――いや、勇者とはそれほどの力量があるのか? まあ、よかろう。そちらの邪魔はさせん」


 ドレアがシアスの方を向く。そして「虫よ」と言った。


「な、何じゃこれは!」


 シアスの周りに黒いモヤが集まる。ドレアが召喚した虫だろうな。もしかして、それだけで勝てる?


「コイツの動きをしばらく抑えておく。そっちは任せたぞ」


「ああ、恩にきる」


 オリスアがそう言うと、ドレアはびっくりした顔になった。普段、犬猿の仲だからな。礼を言われて驚いたのだろう。ドレアはちょっとだけ笑って、シアスの拘束を強めたようだ。


「さて、バルトスとやら。待たせたな。一対一で戦おうか」


「分からんな。一対一なら儂に勝てると思っているのか? それとも何か? 強力なユニークスキルでも持っていて、特殊な発動条件でもあるのか?」


「そんなことを口にする必要はないが、サービスだ。教えてやろう。ユニークスキルは持っていない。自ら鍛えあげた技術だけだ」


 確かにオリスアはユニークスキルを持っていない。だが、強い。私も魔王になった直後はオリスアに負けてたからな。


「ほう? 鵜呑みにするわけにはいかないが、ユニークスキルを持たずとも儂に勝てると言っておるのか……なるほど、ならばその力を見せてもらおう」


 バルトスが高速でオリスアに近づき、聖剣を振るった。明らかに人族、いや、魔族よりも速く行動しているように見える。身体強化の魔法が全部重ね掛けされているような動きだ。


 だが、オリスアはそれら攻撃をすべてさばいている。一撃も受けていない。明らかにバルトスよりも遅いのになんでそんなことができるのだろう。


 数十回の打ち合いが続いた後、大振りになったバルトスの聖剣を、オリスアが思いっきり弾き返した。二人の距離が離れる。


「すばらしい! それほどの技術を持っているとは!」


 なんだ? バルトスがオリスアを賞賛し始めたぞ。


「お主が魔族であることが悔やまれる。だが、仕方あるまい。人族のために死んでもらおう。【聖気解放】」


 バルトスから、気持ち悪い力の波動を感じる。これがバルトスの言う女神の加護か? どうやら私のユニークスキルと同じように、弱体効果を振りまくスキルのようだ。


「この状況なら魔族は本気を出せまい。せめてもの情けだ。お主の口から名前を聞いておこう。覚えておいてやる」


 オリスアは鼻で笑った。そして帽子を脱ぎ、肩にかけているコートを地面に投げ捨てる。随分と身軽になったようだ。


「不要だ。私の名を覚える必要は無い。お前が覚えておく名は唯一つ。フェル様の名前だけだ。私のことは、フェル様に仕える魔族とでも覚えておけ」


 バルトスが私の方を見る。そして視線をオリスアに戻した。


「お前達の関係は分からんが、少なくともあの小娘よりはお前の方が強そうに見るぞ?」


「節穴だな。フェル様が本気をだされたのなら私など足元にも及ばん」


「ほう? ならば、この後に試してやろう。まずはお主を倒してからだな。しかし、欲のない奴だ。死んだとしても、このバルトスに倒された魔族として名を残せたのだぞ?」


「欲がない? 違うな。私は強欲だ」


「……意味が分からんな」


「お前には分かるまい。フェル様の偉大さが。過去、現在、そして未来、全ての魔族がフェル様の偉業を称えるだろう。私はそのフェル様に仕えた魔族。魔族としてこれほど名誉のある肩書はない」


 ものすごく居たたまれない。オリスアは本気で言っているのだろう。水を差したくないから言わないけど、もうやめてくれ。そんなわけないし、持ち上げ過ぎだ。


 オリスアは魔剣を上段に構えた。


「お喋りは終わりだ。来い。そんな下らんスキルに頼っている様なら私に勝つことなど不可能。それを教えてやる」


「面白い。それほど自信があるなら見せてもらおう」


 バルトスが聖剣を構えた。


 一瞬で決着が着きそうだ。大丈夫だとは思うが、いざと言う時には飛び出せるようにしておかないとな。

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