降神の儀
メイドギルドの最上階「王宮」でメノウから報告を受けている。
さすがメイドと言うべきか、本当にメイドなのかと言うべきか判断に迷うが、ここはメイドの皆に感謝だけしておこう。余計な事で悩まない。
メイド達からもたらされた情報では、五日後に聖都エティアで降神の儀があるらしい。
降神の儀とは教皇の代替わりのこと。教皇は女神の代行者。その教皇がただの人に戻り別の人が新たな教皇となる、女神教の一大イベント。
当然、次の教皇に選ばれたのはリエル。聖都では着々と準備を進められていて、お祭り騒ぎとなっているらしい。ロモンはもとより、他国からも人が集まっているようだ。
集まっているとは言っても、主にオリン国からでルハラやトランからは来ていない。ルハラとトランは休戦協定が破られている状態なので、女神教徒が聖都へ移動することをどちらの国も止めているそうだ。
思っていたよりも面倒な事になっている。
異端審問官だけを相手にすればいいと思っていたが、そういう訳にもいかないな。むしろ、この状態で女神教が邪教という声明を出したら女神教が一丸となって抵抗する可能性もある。
どうしたものかな。
メノウが「フェル様」と声を掛けてきた。いかん、悩み過ぎたか?
「ソドゴラ村にいた女神教の司祭様がメイドギルドにいらしています。ご相談されてはどうでしょうか?」
そうか、爺さんがいたな。確か爺さんは反女神教だ。もしかすると、聖都にその勢力がいるかもしれない。相談する価値はあるだろう。
「いい案だ。早速爺さんに会いに行く」
「ここへお連れしますが?」
「こんな場所に泊まっていると思われたくないから、私が爺さんの部屋へ行く。案内してくれ」
なぜかメノウがしょんぼりした。
「この部屋にいるフェル様を見せびらかしたいのですが。玉座に座っているフェル様に誰かを案内してくるというのはメイドの喜びなんですよ?」
「そんなことは知らん。そこに置いてある玉座には座らないし、この部屋に人を呼ぶのは禁止だ」
こんな豪華な部屋を使うのは私の趣味じゃない。もっと質素で落ち着いた感じの部屋がいい。森の妖精亭にある部屋が一番しっくりくる。私は庶民派の魔王なんだ。
「時間は有限だ。すまないが、早く爺さんのところへ案内してくれ。リエルを救い出したら、もしかしたらやってやるかもしれない。だから今は急いでほしい」
「分かりました! 約束ですよ! さあ、こちらです! 急いで!」
ちゃんと、かもしれない、と言った。絶対にやるなんて言ってない。甘いな。
メノウに案内されて爺さんのいる部屋へやって来た。
メノウがノックして、私を連れてきたことを扉越しに説明する。扉が開き、爺さんが顔を出した。
「おお、フェル。来ておったのだな。感謝するぞ」
「感謝? 感謝をするならリエルを助け出してからにしてくれ。そもそも爺さんをこき使うつもりだから、私が感謝するほうだ」
爺さんは嬉しそうに頷いてから部屋へ入る様に促してきた。早速入ろう。
部屋へ足を踏み入れると、普通の部屋だった。私もこれくらいの部屋でいいのだが。むしろこの部屋と交換してほしい。
「ダメです」
「メノウ、私の考えていることが分かったのか?」
「メイドですから」
正直、怖いんだけど、それはいいや。まずは爺さんと情報交換しよう。
「おじいちゃん、誰か来たの?」
なんだ? 女性の声がした? でも、どこかで聞いたような声だ。誰だっけ?
奥にある扉から女性が現れた。シスターの恰好をしている。爺さんの事をおじいちゃんと言っていたから、爺さんの孫か。
「うむ、話しただろう。ソドゴラ村に住んでいる魔族のフェルじゃ。フェル、こっちは儂の孫でアミィじゃ」
「ああ、やっぱり貴方だったのですね。お久しぶりです」
思い出した。エルリガにいたシスターだ。リエルが女神教に宣戦布告をしたときの教会にいたシスター。爺さんの孫だったのか。
「なんじゃ、二人とも知り合いか」
「知り合いではないな。王都へ行くときに寄ったエルリガで会っただけだ。名前も初めて知った。というか、初めて会った時に魔族だからって殺されそうになったけど」
「まあ、いいじゃありませんか。過去の事は水に流しましょう」
「それは私が言うべきことじゃないのか?」
世間は狭いな。爺さんの孫がエルリガでシスターをやっているなんて。
「それでフェル、紹介は終わったことだし、どうやってリエル様を助け出すのか教えてもらえるかの?」
「それなんだが、具体的には決まってない。聖都の状況が色々と大変そうでな。爺さんの知恵を借りにきた」
私と爺さんとアミィ、それにメノウの四人で話し合うことにした。
「なるほどのう、降神の儀か。リエル様が新たな教皇となるわけじゃな」
「ああ、だが、そこにリエルの意思はない。精神を乗っ取って都合のいいように教皇を演じるだけの人形になってしまうということだ」
女神がリエルの体を乗っ取る話はしなかった。管理者と言っても分からないだろうし、そもそも女神はいないことになってる。爺さんに余計な情報は与えないようにしよう。
「だれがリエル様の体を乗っ取るのかは知らないが、罰当たりなことだ。女神様が知ったらお嘆きになるだろう」
女神がやってるんだけどな。
もしかして女神がこれらの事をやってると言ったら、爺さん達は女神側に付くのだろうか。言うつもりは無いけど、どこかでそれを知った時に裏切られたら困る。一応確認しておくべきか。
「爺さん。もしもの話だぞ。もしも、これらの事を女神が主導でやっていたら爺さんはどうするんだ?」
「それはどういう意味じゃ?」
「そのままの意味だ。洗脳による布教を指示したり、リエルの精神を乗っ取ったりしているのが女神ならどうするんだ、と聞いている」
女神がやっているなら全面的に協力するとか言わないで欲しいが、どうだろう。
「そんな神なら滅んだ方がマシじゃ。いや、神ではないな。強制的に信仰させるような行為をしている時点で神ではなく悪魔じゃ」
なるほど。神であれば盲目的に信じるというわけじゃなさそうだな。それなら信頼しても大丈夫だろう。
「リエルから聞いていると思うが、女神教を潰して別の宗教を立ち上げる。女神という概念が無くなるかもしれないが、構わないよな?」
「聖人教じゃな。流石はリエル様じゃ。女神教を潰すだけではなく、新たな心のよりどころまで作ろうとするとは。いやはや、頭が下がる」
リエルの評価が上がるのは嬉しいのだが、必要以上に評価されているとちょっとモヤっとする。
「先程の質問じゃが、もちろん構わんぞ。もし女神様がいたとしたら、女神教のしていることを知って嘆かれるだろう。そんなことに利用されていると分かったら、自身の概念が無くなっても構わないと思うはずじゃ」
女神はそんなことを思わないだろうが、そういう事にしておこう。
「爺さんの気持ちは分かった。なら早速リエル救出と女神教を潰す作戦を一緒に考えてくれないか。聖都に女神教徒が多すぎて攻め込むのが難しい。異端審問官以外に怪我をさせたくないからな」
「なんじゃ、そんな事か」
「なにかいい案があるのか?」
「いい案もなにも、魔族として堂々と聖都へ攻め込めばいい。そしてリエル様を助け出すのじゃ」
「いや、ダメだろ。そんなことをしたら、普通の女神教徒と戦いになる。洗脳されているかも知れないが、普通にしている一般人を巻き込みたくない。それに魔族のイメージが悪くなる。今の魔族は人族と友好的になろうとしているって言ったことがあったよな?」
友好的な関係を結ばないなら正面突破するけど、それはダメだ。攻め込む前に声明が出る予定だけど、魔族に叩きのめされた人族が多いと、そんな声明も意味がない。女神教が悪だったとしても、人族が魔族に対して怒りや恐怖を持ってしまう可能性が大だ。
五十年間、魔族と人族が戦争をしなかったから魔族に対する怒りや恐怖が和らいだ。だから私も受け入れてもらえた。そんな奇跡的な状況なんだ。その状況を壊すようなことはしたくない。一部の人族には魔族の怖さを教えてやったけど、あれは例外だ。
「なに、普通の女神教徒ならすぐに逃げる。だから巻き込まれる心配は不要じゃ」
「なぜそんなことが分かるんだ?」
アミィが「ああ、なるほど!」と声を上げた。アミィは何かに気付いたのだろうか。
「アミィは気づいたのか? 私は分からないのだが、どういう意味だ?」
「四賢がいるから……そういう意味ですね、おじいちゃん」
「その通りじゃ。四賢は魔族に対抗できる女神教の戦力じゃ。それがすぐ近くにいるのに、わざわざ魔族と戦おうとする女神教徒はおらんよ」
「でも、女神のためなら死ねる、とかいう奴もいるんじゃないのか?」
「そういう考えを持っているのは異端審問官じゃ。普通の女神教徒でそこまでの狂信者はおらん。心配なら儂らの仲間が聖都で女神教徒を避難誘導しよう」
「そんなことができるのか?」
「もちろんじゃ。むしろ、降神の儀を見に来た集団に紛れて、魔族は四賢に任せる旨の発言をしたほうがいいかもしれんの。その発言に乗せられて、皆が騒ぎ出せば異端審問官との戦闘も避けられるかもしれん」
良く知らないけど、集団心理というヤツだろうか。でも、本当にそうなるかな? 可能性は低そうだが。
「重要なのは四賢に勝てるかじゃ。大丈夫なんじゃよな?」
「それは問題ない。私や私の部下が負けるとは思えない」
はっきり言って過剰戦力と言える。四賢達は人族にしたら強い方なのだろうが、それでも魔族が負けることは無いだろう。
小細工なしに、正面から乗り込んで、四賢を撃破。そのままリエルを救い出す。
悪くはないが、もう少し検討したいな。皆にも相談してみよう。
買い出しもそろそろ終わったはずだ。皆が帰ってきたら打ち合わせだな。
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