インテリジェンスソード

 

 三人で顔を見合わせる。何かあったに違いない。


 音がした方へ駆け出す。そして騒がしくなっている部屋へと足を踏み入れた。


 なんだ? なんとなくだが、部屋の中が気持ち悪い。いや、それは後だ。まず、状況を確認しないと。


 部屋の中では、男がレモと対峙していた。そして部屋の隅には三人の人族がいる。兵士がメイド二人を守っているようだ。


 見た限り窓は壊れていないようだが、花瓶らしきものが倒れて破片になっている。地下で聞いた音は、花瓶が割れた音だったのだろう。


「レモ。どうしたんだ?」


 まさかとは思うが、レモが人族を襲ったとかじゃないだろうな。


「フェル様! その男、怪しいです! タンタンがそう言ってます!」


「ま、待ってください! いきなり魔族に襲われたんです! だから反撃を! 信じてください!」


 男は否定しているが、状況がよく分からん。大体、何でタンタンが怪しいなんて言うんだ?


 男の方を見る。領主を護衛していた奴らと同じ格好だ。この町の兵士とかなのだろう。もしかして地下で見張りをしていた奴か? 治療で運ばれたのでは?


「一体何があった?」


 部屋の隅にいるメイドに話を聞くと、この男をベッドで治療していたら、レモがやって来て、いきなり男を拘束しようとしたらしい。拘束する前に男が目覚めて、腰の剣を抜いて反撃したそうだ。


「そうか、分かった」


 男の目の前に転移してパンチ。男は剣の腹部分でそのパンチを受けた。威力を逃がすために自分から後方へ飛んだようだ。


「……何の疑いもなく俺を攻撃するとは」


「当たり前だ。魔族が魔族を信じなくてどうする」


「フェ、フェル様! ありがとうございます!」


 レモが嬉しそうな声を出した。なんでお礼を言われたんだ? まあいい、まずはこの男だ。


「レモ、隅にいる人族を守れ。コイツは私がやる」


 レモは頷くと、人族達の前に立った。それを見届けてから、男の方を見る。


「さて、お前はただの兵士じゃないな? 何者だ? それにジェイ達を殺したのもお前か?」


「まあ、お前達の敵さ。ジェイ達を殺したという質問の答えなら、違う、だな。だが、これ以上、余計な事を言うつもりはない。悪いが逃げさせてもらうぜ?」


「そんな事をさせるわけないだろうが」


「それはどうかな? こっちには人質がいるんだぞ?」


 人質? どこにいるんだ?


「不思議そうだな? 人質が見えないか? こういう事だよ」


 男は自分の首に剣を当てた。何をしているのか全く分からん。自分が人質だという事か? 重要な情報を持っていて、自分が死んだらまずい、という意味なのだろうか。


「この男に死んでほしくないならそこをどきな」


「お前、言葉が不自由なのか? この男って自分のことだろ? それに自分の命を人質にしてどうする?」


「まだ分かってないのか。察しが悪いな」


 察しが悪い? 何を言っているんだ?


「フェル様! 剣をよく見てください! 同じです! タンタンと同じなんです!」


 レモがタンタンを振りながら、そんなことを言ってきた。


 タンタンと同じ? どう見ても違う形だけど。というか、男が持っている剣はレオが使っていた聖剣か?


 いや、待て。タンタンと同じ? まさか、この剣も意思を持つ剣ということか?


「まさか、俺と同じタイプの剣があるとは思わなかったぜ。バレなきゃもっと安全に逃げられたのによ」


「お前、インテリジェンスソードか」


「正解だ。この男は操っているにすぎない。コイツが死んでもいいというなら掛かってきな」


 私自身が人族を殺さなければ、まずいことにはならないと思う。戦いで犠牲はつきもの。遠慮する必要は無い……とは思うが、見捨てる訳にもいかないな。


 一応、ハッタリをかましておくか。


「私は魔族だぞ? 人族を人質にとっても意味がないと思わないのか?」


「魔族の情報はある程度知ってるぜ? 魔族は人族と信頼関係を結びたいんだろ? お前に人族を見捨てるなんてできないさ」


 バレてる。どうしたものかな……男の命が最優先か。逃げられない事がベストだが、最悪逃げられても、情報だけは手に入れておきたい。状況を整理して、交渉材料がないか検討してみよう。


 コイツはレオが使っていた聖剣だ。ということなら、レオの仲間だろう。戦った時、レオを操っていた感じはしなかった。普段はタダの剣として使われているのだと思う。タンタンと一緒だな。


 見張りの男に関しては、あの部屋で怪我をしていた時から操っていたのだろう。何らかの方法で見張りに剣を持つようにさせて、操ってから自分で怪我をして倒れていた。


 でも、なんでそんなことを? 操ってからとっとと逃げれば……無理か。見張りなのに持ち場を離れたら怪しまれる。怪しまれないように持ち場を離れるには、怪我をしておくのが一番か。誰かに襲われたとか言えば、自分以外に注意が向くだろうし、それから逃げればいい。


 ちょっと待てよ? それだと逃げられるのは剣だけか? レオ達が逃げられない。もしかして仲間じゃない?


 いや、それ以前にレオ達は魔石を抜かれて死んでいた。それをやったのはコイツか? でも、どういう意味があるんだろう? 仲間だろうがそうじゃなかろうが、魔石だけ持っていく理由があるのだろうか。


「おいおい、さっきから何を黙ってんだよ? お前は人族を殺さない。なら、俺を見逃す選択しかないぜ?」


「まあ、待て。今、どっちによりメリットがあるか考えている。その人族を殺しても、それ以上の信頼が得られるなら、やる価値はあるだろ?」


 嘘だが時間稼ぎだ。


 まずは魔石の事を考えよう。こういう時はアビスに聞くのが一番だな。


『アビス、聞きたい事がある』


『フェル様? なぜこの距離で念話を?』


『あの剣に聞かれたくないからだ。一つ聞きたい。あの剣がジェイとレオの魔石を持っていると思うんだが、その場合、どんな理由が考えられる?』


『そうですね……持ち運びが楽、でしょうか』


『持ち運び? 魔石を持ち帰ってどうするんだ? ジェイもレオも死んでいるんだぞ?』


『ああ、言い方が悪かったですね。ジェイやレオを死んでいると言ったのは、活動を停止している、という意味です』


 そんなことは知ってる。何を言っているんだろう、このダンジョンコアは。


『同じ意味だろう?』


『すみません。また言葉が足りませんでしたね。簡単に言うと、活動を停止していますが、生物の死とは違い、活動を再開することができます。魔石を元に戻せば、また普通に動きますよ』


『そうなのか?』


『はい、間違いありません。ちなみに、ジェイとレオの魔石を入れ替えて戻すと、二人が入れ替わる感じですね』


 体が入れ替わる、ということか。あ、もしかして。


『なら、別の体に魔石を入れるとどうなる?』


『入れた体で活動を再開するでしょうね。魔石だけを持って行ったのはそれが理由でしょう。確証はありませんが、可能性は高いと思います』


 そういうことか。魔石を持ち帰るだけで、逃げ切れるわけだ。


 それに二人の死体があるのは効果的だ。二人の死体があって、見張りも負傷。だれかが侵入したと考えるだろう。それに男は剣が操っている。誰かを犯人に仕立てることは簡単だな。


 トランの人族が死んでいて、ルハラの見張りも負傷しているんだ。もしかすると、魔族や獣人の誰かを犯人に仕立てるつもりだったのかもしれない。


 剣にとって計算外だったのは、こっちにはタンタンがいたということか。どうしてタンタンが気付いたのかは分からないが、自分と同じ剣がいるのを何となく感じたのかな。


 そして私達が駆けつけてこんな状況になったと。読めてきた。可能性でしかないが、大方こんな感じなのだろう。


 よし、それじゃ交渉するか。


「見逃してやってもいいが条件がある」


「おいおい、条件を言える立場か?」


「お前こそ何かを言える立場だと思っているのか? 男を殺したければ殺せ。名誉の戦死として家族にちゃんと報告しておいてやる。だが、殺した時点でお前も動けん。私の亜空間にしまったあと、どこかの湖にでも沈めるか、火山に落とす。安心しろ、好きな方を選ばせてやる」


 男、というか剣が黙る。私が本気かどうか伺っている感じだ。できれば男は生きていてもらいたいが、本当にそうなったら本気でやるつもりだぞ。


「分かった。条件を言え」


「魔石を置いていけ」


「……何を言っているんだ? 魔石なんて知らん」


「反応が遅れたぞ? とぼけても無駄だ。ジェイとレオから魔石を取り出しているだろ? あの体は使い捨てか? 別の体がトランにあるのか?」


 男は目に見えて狼狽した。予想は当たっていたな。


 アビスならジェイやレオの魔石を解析できると思う。そこから色々な情報を引き出してもらおう。


「……恐ろしいな。これはトランの最新技術だぞ。なぜ魔族のお前が知っている?」


「むしろ、何で知らないと思ったんだ?」


 アビスからの情報だけど、知っているぞ、という雰囲気を出しておこう。いつだってハッタリは大事。


「なるほど、色々知っているようだな。だが、これは知らないようだ」


「なに――」


 男がおもむろに窓の方を向き、思い切り剣を投げた。剣が窓のガラスを割り、外へと放りだされる。そして男は倒れた。操られていたのが解除されたのだろう。


 だが、どういう事だろう? 剣だけじゃ動けない。一時的に逃げれたとしてもそこで終わりだ。


 窓に近寄って外を見る。屋敷の中庭だろうか。


 そこには剣と袋を咥えた狼がいた。黒い狼?


 狼はこちらをちらりと見てから走り去った。まさか、あの狼を操っているのか?


『ヤト! エリザベート! 町から逃げようとしている狼を捕まえろ! 逃がすな!』


 急ぎ念話で命令する。直後に遠くで窓が割れる音がした。多分、中から突き破ったのだろう。あとで弁償しないとダメだろうな。


 最後に油断してしまったな。ヤト達に期待しよう。

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