二人の正体

 

 領主に許可を貰い、アビスの手を借りて屋敷の地下にある部屋へジェイとレオを閉じ込めた。


 閉じ込めた部屋は入り口のドアに小窓がついているだけで、椅子以外の家具はない。尋問をするための部屋なのだろう。


 地下には似たような部屋がいくつかあり、ジェイとレオはそれぞれ別の部屋に閉じ込めた。二人が所持していた物は別の部屋にまとめて置いた。


 レオの聖剣は亜空間に入れているから影響はないけど、何となく嫌な気分なのでとっとと手放す。すでに亜空間には一本入ってる。一本でも嫌なのに二本はもっと嫌だ。


 去り際に扉の小窓からジェイが顔をだした。顔を見ただけで疲れる感じがする。


「化粧品だけは渡してくれない? すっぴんやばい。出会いはどこにあるか分からないんだよ! そろそろ男を捕まえないといけない年ごろなんだから!」


 うざい。


「何言ってんだお前は。こんなところで出会いがあるか。そんなことよりも、自分の命を心配しろ」


「あは、死を超越したジェイちゃんをどう殺すっていうの? むしろ頑張って殺してみてほしいかな!」


「死なないかもしれないけど、痛いかもしれないぞ? 嘘だったかもしれないが、多少は痛みを感じていたよな?」


 ジェイの視線が上の方へ向く。何かを考えているのだろうか。


「トランに連絡してくれない? 身代金で手を打ってくれないかな!」


「それは領主に言え」


 どこまで本気なのか分からん。死の恐れがないということでこういう性格なのだろうか。どうも調子が狂うな。まともに相手をしてはいけないのかもしれない。


 ジェイやレオに話を聞かなくてはいけないが、まずは町の外にいる獣人達の対応をしよう。


 寝床として屋敷を借りたいから、領主とその交渉をしないといけない。獣人達は野宿でもいいとか言い出しそうだけど、町を救えたのは獣人達のおかげだ。泊まるくらい認めてもらわないと困る。


 ここの見張りを兵士に任せて、アビスと共に地下を出た。




「そういうことでしたら屋敷をお使いください。部屋にも限りがありますので、一人一部屋とはいきませんが、何人かまとまって部屋を使って頂けば全員泊まれると思いますぞ」


 獣人達の事を領主に相談したら、とくに何の問題もなく屋敷を借りられることになった。さらに食べ物も分けてくれるらしい。太っ腹だ。


 今のルハラは獣人との融和政策を掲げているし、それに対するお金も受け取っているため、拒否なんかしたらどうなるか分からないと、笑顔で言っていたな。


 それに領主個人としても獣人との戦いは疲れ果てているため、この行為が後々に良い結果を生むなら率先して対応するとのことだ。


 この町には獣人との戦争で亡くなった者の家族や食糧を奪われた者は多くいるが、過去は過去として割り切るしかない、とも言っていた。


 魔族と人族も似たようなものだが、その確執は五十年前に一度途切れている。今は当事者も少ない。だからこそ、魔族である私を受け入れてくれたのだと思う。


 だが、ルハラとウゲンは最近まで戦争していた。簡単に割り切れるものではないだろうが、皇帝が変わったこともあって、色々と状況を変えていこうとしているんだろうな。


 領主と話をしていたら、ヤトとレモが色々と対応してくれた。外にいた皆を屋敷に連れて来てくれたようだ。


 ロックの奴も無事だったようで、今は食事をしている。どうやら、住民がおかしいと気づき、隠れて様子を窺っていたらしい。その後、住民達を治しているレモ達を見て事情を聞いたそうだ。


「敵対してたら、ワザと噛まれてから反撃するところだったぜ。あぶねぇあぶねぇ」


「なんでワザと噛まれるんだ?」


「この鋼の肉体に効くかどうか試したくなるだろ? まあ、フェルのパンチは試さねぇけどな」


「ふむ、勉強になる」


 アビスは何の勉強をしているのだろうか。将来変な感じになったら困るんだけど。


「フェル様、お呼びと聞きましたが?」


 食事を済ませたところで、ドッペルゲンガーがやって来た。


「ああ、お前の力を借りたい。ちょっと一緒に来てくれ」


 コイツの記憶を見る能力を借りたいと思っていたから呼んだ。ジェイやレオの記憶を見てもらおう。ジェイはいい加減な事ばかりいいそうだし、レオは口を割りそうにないからな。記憶を見た方が簡単だ。


「あの二人に話を聞くのですか? なら私も行きましょう」


 アビスもついて来るようだ。記憶を見るから、あの二人と話をすることはない。でも、一応一緒に来てもらうか。なにかあるかもしれないからな。


 三人で地下へ移動した。だが、何となく変な気がする。それに気持ち悪い。なんだ?


「見張りがいませんね」


 アビスがそんなことを言った。


 そうだ。ここで見張りをしているはずの兵士がいない。


 慌てて扉へ近寄り、小窓から中を見た。


 あれ? ジェイもレオもそれぞれの部屋にいるな。椅子には座らず、部屋の奥で壁を背に下を向いて座っているようだ。


 二部屋とも確認したが、部屋の扉にもちゃんと鍵が掛かっている。


 見張りがサボっているだけか?


「フェル様、見張りがいました。この部屋で倒れています」


 アビスがとある部屋の中を覗いている。その部屋はジェイ達の所持品を置いていた部屋だ。なんでそんなところに?


「怪我をしているようで、血が出ています」


「本当か? ならすぐに助けないと」


 扉には鍵がかかっていなかったので、上の階にいる兵士達を呼んで運んでもらった。話によると大した怪我ではないらしい。屋敷で治療し、休ませるとのことだ。


「なんでこの部屋にいたのかは知らないが、もしかして荷物を確認しようとしていたのか? なにか荷物の中にトラップがあったのかもしれないな」


「疑う訳じゃないんですけど、なにか物色でもしようとしていたのですかね?」


 なるほど。ドッペルゲンガーの言うこともあり得るな。知らん奴だからいきなり疑うのは良くないけど。まあ、その辺りは別の奴が調べるだろうから放っておくか。


「よし、それじゃまずレオの記憶を見てもらうか」


「分かりました」


 ドッペルゲンガーが頷いたことを確認してから、レオの部屋に入る。


 レオは微動だにせず、奥の壁に寄りかかり、胡坐をかいて座っていた。顔は下を向いており、表情は見えない。寝ているのだろうか。


「おい、レオ。聞こえるか?」


 問いかけにも反応はない。なんだろう、罠じゃないよな?


「仕方ない。このまま噛みついてくれ。暴れたら止めるから」


「その前にいいですか?」


「なんだ?」


「これって死んでません? 死んでいる人の記憶は見れませんよ?」


「なんだと?」


 死んでいる? レオが? そんな馬鹿な。


 レオに近づいて確認したが、確かに死んでいた。脈がない。なんだ? 何が起きた? いや、まずは落ち着こう。クールに対処しないと。


 まず、アビスに見てもらおう。アビスの知識は多いからな。なにか分かるかもしれない。


「アビス、来てくれ」


 外にいたアビスがすぐに部屋へ入ってきた。はて? 顔は普通だが、なんとなく驚いているようにも見える。


「フェル様、隣にいるジェイを小窓から見たのですが、死んでいるようです。近寄ってはいないので、正確なところは分かりませんが」


「そっちもか? 一体どういうことだ?」


 いや、待てよ。ジェイは死霊魔法の使い手だ。偽装死くらい簡単にできるかもしれない。そうやって油断させているのかも。もしかすると、こっちのレオも同じかもしれない。とりあえず、ジェイはそのままにして、アビスにレオを調べてもらおう。


「アビス、まずはレオを調べてくれないか? ジェイはその後に調べよう」


「分かりました。しばらくお待ちください」


 アビスがレオの前に屈みこみ、色々調べ始めた。


 待つこと数分。アビスが立ち上がり、こちらを見た。


「驚きましたね。これは私と同じ魔力で作り出した疑似生命体です。私よりもかなり雑に作ってありますが、三十パーセント程度は同じでしょう」


「魔力で作った体? 人族と見分けがつかなかったぞ?」


 アビスがアンリの相手として作ったゴブリンは作り物だってすぐわかった。だが、対峙したときのレオを見た限りは本当に人族だと思ったぞ?


「外見だけは私と同じレベルの出来と言う事です。かなりの技術で作られています。私よりは劣りますが、素晴らしいですね。トランという国がこれを作ったのであれば、人族はかなり進歩したということです」


 アビスが何に感動しているのかよく分からないが、すごいのだろうな。


「ただ、魔石が抜き取られています。どこへ行ったのでしょう?」


「魔石が抜き取られている? えっと、それが問題なのか?」


「魔石は魔素の体を動かす本体のようなものと言えばいいでしょうか。それが無いと体を動かせません。その魔石が無くなったことがレオの死因といえるでしょう」


 魔石がない……? だが、部屋の中にもなさそうだが。どこへいったのだろう。それはともかく、レオが疑似生命体だとしたら、ジェイはどうなんだ?


「アビス、ジェイも調べてくれ。もしかすると――」


「疑似生命体かもしれませんね。すぐに調べましょう」


 アビスがジェイの部屋へ入り、ジェイの体を調べた。


 数分後、アビスがこちらをみて頷く。


「間違いありません。ジェイも疑似生命体です。レオと同じように魔石が抜き取られています」


「魔石はどこへ行ったんだ?」


「閉じ込められたときには二人とも動いていました。その時点では魔石があったということになります。無くなったのはその後でしょう。魔石だけでは動けませんので、誰かが持ち出したと考えるのが可能性として高いと思います」


 ドッペルゲンガーが手を叩く。なにか思いついたのだろうか。


「それなら、あの兵士が倒れていたのも誰かに襲われたんですかね?」


「襲われた、か。可能性はあるが……」


 チラリとアビスの方を見た。その視線の意味に気付いたのだろう。アビスはため息をついて顔を横に振った。


「ありえません。この町と周辺に怪しい人物はいませんでした。屋敷内の誰かがやった、と言う可能性は否定できませんが、今の時点では館から逃げた者はいませんね」


「それだったら、まだ屋敷の中に――」


 ドッペルゲンガーが言いかけた時に、ガラスが割れるような音が聞こえた。

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