疑問

 

 広場でロスを無力化した。


 アラクネの糸で拘束されてロスは広場に転がっている。これから説得タイムだ。


「我が主であるフェル様に牙をむき、ナガル殿にお預かりしている狼達も危険に晒すとは何たる失態! 腹を切らせて頂きたい! なにとぞ、なにとぞお願いいたします!」


 面倒くさい。ものすごく面倒くさい。外はこんなにもいい天気だというのに、私の気分は大雨だ。むしろ台風。


 そもそもどうやって腹を切るつもりだ。爪で切れるかもしれないけど、前足とか腹に届かないよな?


 仕方ない。ここは主としてちゃんと言ってやろう。


「ロス、確認するが私はお前の主だな?」


「その通りです。だからこそ此度の失態は許されません。どうか私に死による謝罪を! なにとぞ!」


「私の従魔なのに、私の許可なく死んでいいと思っているのか?」


 あまりこういう事はしたくないんだけど、ここは主っぽく……いや、魔王っぽく振る舞おう。


「いいか? お前が死んでいいのは私が許可を出したときだけだ。それ以外の死は許さん。そして命令する。死ぬな。謝罪をしたいと言うなら、生きて謝罪しろ。生き恥を晒してでもな」


「おお、おお……!」


 ちょっと殺気を放ちながら言ったんだけど、なんで嬉しそうなんだ? もしかして、痛めつけられると喜ぶタイプなのかな?


 まあいいか。大人しくなったし、もう死ぬなんて言わないだろう。


「アラクネ、糸を解いてやってくれ」


「大丈夫クモ?」


「大丈夫だ。これ以上暴れたりしないだろう」


 アラクネが糸を解くと、ロスはお座りの状態で頭を下げた。


「フェル様の慈悲に感謝を。このロス、フェル様にさらなる忠誠を誓います」


 別に慈悲とかじゃないんだけど、死なないと言うならそれでもいい。


「分かった。お前の忠誠を嬉しく思う。よし、ちょうどいいから、この場で昨日なにが起きたのか聞かせてくれ」


 ロスの話では、レモと獣人達に近づくといきなり襲われたらしい。獣人達は撃退したものの、レモに噛まれたそうだ。さらに記憶は曖昧だが、狼達を噛んだのはロス自身らしい。


 予想通りか。不用意に近づいてやられた、と。私もタンタンの言葉が無ければ危なかったかも知れないな。一応はタンタンに感謝しておこう。


 疑問なのは、あの獣人達はどこから来たか、だな。森の西側にいたのだから、ルハラか? いや、考えても仕方ない。狼達の治療が終わったら、獣人達の治療が始まるはずだ。一人治ったら話を聞いてみよう。


 あと、ドレアに連絡を取って確認する必要があるな。この森では被害を最小限で抑えられたが、ルハラでこんなのが広まっていたら大変だ。そもそも管理者でないと治せないなら、不治の病が蔓延するような感じになってしまう。


 そうだ、ズガルでも似たような事があるかもしれない。エリザベートに確認しておく必要もあるだろう。


 いきなりやることが増えたな。でも、まずはロスだ。


「ロス、今日はゆっくり休んで、また明日から森の巡回に励んでくれ。お前のおかげで怪しい獣人達を村に入れずに済んだのだからな。それはお前の手柄だ」


「なんと……ありがたき幸せ。畏まりました。では、これからジョゼフィーヌ殿や狼達へ謝罪に行ってまいります」


 ロスは何度も頭を下げながら、アラクネと一緒にアビスの方へ向かった。とりあえず、ロスはもう大丈夫だろう。朝から疲れた。


「あの、フェル様」


「レモ? どうした? お前ももう腹を切るなんて言うなよ?」


「あ、いえ……その、さっきのセリフ、私にも言ってくれませんか? 『それ以外の死は許さん』のくだりを。あと、『お前の生も死も私の物だ』って追加してほしいのですが」


「絶対に断る」


 なんの嫌がらせだ。しかも、本人はいたって真面目なのがタチ悪い。ロスに言ったセリフは頭の中から消去してほしい。


「分かる。ああいうセリフ、言いたいし、言われたいよね!」


 ディアが両手を組んで頷いていた。しまった。広場にはこの三人しかいない。変な事に巻き込まれる。


「フェルちゃん、そちらの魔族さんを紹介してよ」


「えっと、魔族のレモだ。で、こっちはディア。もう帰っていいか?」


「ああ、貴方が……! 初めまして、私はレモと言います。えっと、ディアさんのことはルネから聞いています。こう、色々と」


 レモの目が期待に満ちている。ルネからディアがチューニ病なのを聞いているということか。巻き込まれたくない。


「じゃあ、私はここで失礼する。後は若い者同士で話をしてくれ。レモもまだ本調子じゃないんだから、無理するなよ」


 そそくさと退散した。二人からは「闇」とか「蠢く」とか聞こえてくる。なんの暗号か知らないが、私にはまったく関係ない事だ。宿に戻ろう。


 宿に入ると、ヤトが近寄って来た。


「ロスは大丈夫でしたかニャ?」


「ああ、大丈夫だ。真面目過ぎるのも考え物だな……まあいい。これから部屋で念話をするから、しばらくは誰も部屋に来させないようにしてくれ」


「分かりましたニャ」


 ヤトと別れて、部屋に戻って来た。下着姿で飛び出したことは早く忘れよう。


 まずはズガルだな。これはジョゼフィーヌに確認させるか。私はその間にドレアに確認だ。


 念話でジョゼフィーヌに確認するように伝えた。次はドレアに念話だ。


「ドレアか? 確認したいことがあるんだが」


『おお、フェル様。久しぶりですな。今でしたら問題ありませんが、どんなことを確認されたいのです?』


「ルハラで変な獣人達がいたという話を聞いていないか? 帝都ならいろんな情報が集まっているだろ?」


『変な獣人ですか? いえ、そんな話は聞いておりませんな。今、ウゲン共和国との融和を図るために、ルハラの獣人をすべて帝都に集めたところなのです。どのレベルで変なのかは存じませんが、問題のあるような獣人はおりませんぞ』


 そんなことをしていたのか。となると、あの獣人達はルハラから来たわけじゃないのかな。とりあえず、こちらで起きたことをドレアに話しておくか。情報を共有しないとな。


 説明が終わると、ドレアは「ふむ」とだけ言った。


『関係があるかは分かりませんが、ここ最近、ウゲン共和国との連絡がとれなくなっているのです』


「連絡が取れない? そもそも連絡が取り合えるようになっていたのか?」


『ええ、私や連れてきた獣人達が間に入ることによって、話を聞いてもらえるようにはなりました。獣人達をどのように国へ帰らせるかを決めていた所だったのですが、急にウゲンからの連絡が途絶えまして、どうしたものかと考えていたのです』


 関係あるのかもしれないな。ウゲン共和国でこれが蔓延している可能性がある。もしかして、その一部がこの森へ来た?


 いやいや、ルハラを通らずに森までは来れない。人のいないところを通って来た可能性はある。だが、意識が曖昧でも、レモは襲われたし、ヤトの声には反応していたんだ。どこかの町や村へ向かう可能性の方が高い。


 もしかすると、トランから来たのか? トランからでもルハラを通る必要はあるが、ウゲンから来るよりは人に会わずに来られる可能性が高そうだ。でも、トランに獣人?


『フェル様、どうされました?』


「ああ、すまん。ちょっと考え込んでしまった。そうだな、明日にでもウゲン共和国へ向かおうと思う」


『いえ、フェル様にそこまでしていただくわけには――』


「いいんだ。元々ソドゴラ村にいる獣人達を送り届けるつもりだった。ついでに様子を見てくる」


 それに魔王様がウゲンにある施設に行くわけだから、私が行かないという選択肢はない。


『畏まりました。ではルハラからも誰かを派遣しましょう。融和の交渉を進めたいですからな』


「分かった。どこかウゲンの国境に近い町で落ち合うように調整してくれ。ウゲン共和国で落ち合う形でもいい」


『はい、では早速人選を始めます……あの、別件で聞きたいことがあるのですが、今、よろしいですかな?』


「構わないが、何を聞きたいんだ?」


『なぜ軍部のオリスアがルハラに来たのでしょうか? 邪魔なのですが』


 邪魔って言ったよ。ソリが合わないのは知っているけど、同じ部長クラスなんだから普通に協力してくれないかな。


「詳しくは知らんが、戦いで決めたそうだぞ」


『だからオリスアとサルガナが来たのですか。なんでそんなもので決めたのだ……』


 魔族なんだから戦いで決めるのは正しいと思うけど。


「人事に関して私は何も言わないから、諦めてくれ。嫌だからと言って、手を抜くことは許さんぞ。ルハラでの経験は魔界に持ち帰ってもらうんだからな?」


『手を抜くなんてことはしませんぞ。ただ、オリスアによく分からない特訓をさせられて魔道具を愛でる時間が減り、ストレスが溜まっているだけですからな……』


 声に哀愁を感じる。なんとかしてやりたい気もするが、たまにはいい薬だ。


「色々あると思うが頑張ってくれ。そこにいるのは、お前への罰でもあるんだからな。それじゃ、何かあったら連絡を頼む。切るぞ」


 これ以上付き合うと、愚痴を聞かされそうなので念話を切った。


 その後、ジョゼフィーヌから連絡があった。エリザベートの話では、同じ問題は発生していないようだ。そもそも獣人を見ていないらしい。ズガルも大丈夫ということか。


 とりあえず、ルハラでは似たような問題は発生していないようだ。だが、ウゲン共和国は大変な事になっているのかもしれない。もしかしたらトランも。


 だが、治療ができるのはアビスだけだ。もし、ウゲン共和国が大変なことになっているとしても、ここまで連れて来ることはできるだろうか……人数にもよるが、難しいだろうな。


 アビスに治療方法を聞くしかないだろう。どういう治療なのかは知らないが魔法なら術式を覚えればいい。もしくはヴァイアに魔道具を作って貰おう。


『フェル様、よろしいですか?』


 いきなり念話が届いた。アビスの声だ。


「アビスか? ちょうど話をしたいと思っていたんだ」


『そうでしたか。その前にいいでしょうか。今、獣人の一人を治療したのですが、色々と話があるそうです。こちらへ来てもらうことは可能ですか?』


「分かった。今から向かう」


 さて、どんな話が聞けるのか……面倒な話でないといいのだが。

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