真面目
『フェルさん! 起きてください!』
遠くからメノウの声が聞こえる。部屋の外で扉を叩いているのか? 慌てているようだけど、どうしたのだろう。まだ布団でぬくぬくしていたいのだが。
『フェルさん! 早く起きてください! 助けて!』
あれ? 助けを求めている?
勢いよく上半身を起こした。いかん、寝ぼけてた。もしかして昨日の件で問題が起きたのだろうか。大丈夫だと思って寝てしまったのが間違いだったか。
「メノウ! どうした!」
『フェルさん! 食堂まで来てください! レモさんという魔族が暴れてます!』
扉を勢いよく開けて外へ出る。
「分かった! 食堂だな! すぐに行く!」
「ちょ、フェルさん! 待って――」
メノウに呼び止められたが、構ってはいられない。レモは魔族だ。暴れたら被害が大きい。すぐに大人しくさせないと。
食堂ではヤトがレモを羽交い絞めにしていた。ヤトが押さえていてくれたか。
「レモ様! 落ち着いてくださいニャ!」
「フェル様に迷惑を掛けてしまうなんて、魔族として生きていられない! 死んで詫びる! 腹を切らせて!」
「頼むから落ち着いてニャ! 大体、レモ様の体は普通の剣じゃ切れないニャ!」
なんとなく分かった。レモが死んで詫びようとしているのをヤトが止めているようだ。レモの真面目さが裏目にでているようだな。
「レモ! 落ち着け! 私は迷惑を掛けられたなんて思ってない! 死んで詫びるなんて許さんぞ!」
大きな声でそう言うと、レモやヤトがこちらを見た。
「フェル様! このレモ、腹を切ってお詫びを――うぇ!」
上? 何言ってんだ? それに、全員が私を見て止まっているんだがどうしたんだろう。
不思議に思っていたら、背後からドタドタと近寄ってくる足音が聞こえた。ずいぶん慌てているな。
「フェ、フェルさん! 服! 服を着てください! 今、下着姿ですから!」
メノウが布団のシーツを持ってきて、そんなことを言った。服?
自分の姿を見る。下着しかつけてない。なるほど。一人で寝てたし、起きたばかりだ。何の用意もせずに駆け付けたらこうなるに決まってる。
まずは深呼吸をして心を落ち着かせよう。そしてメノウからシーツを受け取り、そのシーツで体を包んだ。
そしてレモを見る。
「レモ、死んで詫びろ。こんな恥をかいたのは生まれて初めてだ」
「あ、あれ? 私って、それが理由で腹を切るんですか……?」
とりあえずびっくりして落ち着いたようだし、レモには待ってもらおう。一旦部屋に戻って着替えないと。話はそれからだ。
部屋に戻って着替えてから、改めて食堂へ来た。
レモが床で、これでもか、と言わんばかりに土下座している。やや茶色がかった黒髪のおさげが床について汚れそうだ。とっとと立ち上がって貰おう。
「レモ、立て。そんなことしなくていい。さっき言ったのは半分冗談だ」
「は、半分は本気なんですよね……?」
「半分と言ったのも冗談だから土下座なんかしないで、まずは椅子に座れ。というか鎧着て正座ってどうやっているんだ?」
鎧の可動範囲はどうなっているんだろう。まあぴっちりした感じの鎧だから大丈夫なんだろうけど。
レモが立ち上がり、椅子に座った。申し訳なさそうにしている。イタズラを怒られた犬みたいだ。
そこへヤトが朝食を持ってきた。二食分ある。
「レモ様、まずは朝食を食べるニャ。ここの料理は最高だから食べればきっと落ち着くニャ。ここは私の奢りなので、遠慮なく食べて欲しいニャ」
ヤトが胸を張って奢りだと言った。それはレモだけで、私の分は奢りじゃないのかな……うん、私は朝食代を請求された。
レモがチラリと私の方を見る。食べてもいいですか、という視線だと思う。まずは存分に食べて落ち着いてもらいたい。
「冷めないうちに食べるといい。私も食べるから」
「はい、分かりました。ヤトちゃん、ありがとね……」
レモがスプーンでスープをすくい、口へ近づける。フーフーと息を吹きかけてから口へ入れた。すると何度も瞬きをした。驚いているのだろう。
「信じられないほど美味しいです。ルネの言ってたことは本当だったんだ」
「ルネはなんて言ってたんだ?」
「死ぬほど美味しい料理が出る宿にフェル様が泊っていると言っていましたね。あと、フェル様はずるい、私もまた行きたい、とも言ってました」
後で制裁する。まあいい。まずは朝食だ。食事中に余計な事を考えていたら、料理に失礼だからな。
朝食を食べ終わった。本来なら少しまったりするのだが、今はそんなことをしている暇はない。レモも落ち着いたようだし、なにがあったか聞いてみよう。
おっと、その前に確認しておかないといけないな。
「レモ、いまさらだが、お前の治療は終わってるんだな? 意識はちゃんとしているようだが、念のため確認させてくれ」
「はい、問題ありません。アビスさんに治して貰いました」
アビスの奴も治したのなら連絡を寄越せばいいのに。いや、朝方だったから遠慮したのかな。
「そうか。なら安心だな。さて、色々聞きたいことはあるが、朝のあれは何だ? お前のせいでものすごく恥を晒したんだが」
レモは「うっ」と言って、バツが悪そうな顔になった。反省しているようだし、怒るつもりはない。
それに、下着姿を見られたのはニアとヤトとメノウ、そしてレモだけだから問題はない。ロンは見ていないんだ。私が下着姿で現れて大きな声を出した時に、ニアがロンを殴って見せないようにしたらしい。今回の件で一番の被害者は青アザを作ったロンだ。あとでレモに謝罪させよう。
「アビスさんに治療されて、朝に目が覚めたんです。森の妖精亭にフェル様がいるから、そこで待てばいいと聞かされました」
「そうか。でも、なんであんな騒ぎになっていたんだ?」
「実は私、おかしくなっていた時の記憶が曖昧なんです。夢の中にいたみたいで、よく思い出せません。なので、ヤトちゃんに何があったのか聞きました」
記憶が曖昧、か。あんな状態で記憶があったら逆にしんどいと思うから、結果的にはいいことなのかもしれないな。
「……説明を受けて思いました。魔界で請け負った仕事が遅延したばかりか、フェル様へ襲い掛かろうとした上に、助けてまでいただいて……」
レモの目がくわっと開く。
「もう、腹を切って詫びるしかないと!」
「面倒だからやめてくれ。それにレモは防御力が高いだろ。ヤトも言ってたが、普通の剣じゃ傷もつかないだろうが」
「そこはこの魔剣タンタンで……あれ? タンタン? どこ?」
レモが辺りをキョロキョロと見渡す。確かにどこにもないな。もしかすると、まだアビスの中か?
「タンタンもちゃんと連れてきた。多分アビスの中にあるから安心しろ」
「うう、死ぬこともままならないなんて……」
「だから死ななくていい。というか死ぬな。墓を作るのが面倒だ」
レモはテーブルに突っ伏して鼻をすすっている。ディア程になるとアレだけど、真面目過ぎるのも考え物だな。もっといい加減に生きればいいのに。
もう少し話をしていれば多少は気が紛れるだろう。ダメだったらディアを紹介してやればいいや。多分、すぐに打ち解ける。
「レモ、教えて欲しいことがある。あの状態になる前は何をしていた? 直前の事を思い出せるか?」
レモが顔を上げてこちらを見た。そして目を瞑って首をひねっている。
「ええと、覚えているのは人界に来て一日目の夜です。野営をしようとしたところに獣人達が現れました。どうしたものかと思っているうちに、背後から頭を噛まれまして……そこからの記憶が曖昧です」
お前、魔族だよな? 獣人に噛まれるなんて油断し過ぎだ。しかも全身鎧なのに、ピンポイントで頭を噛まれるなんて。
もしかしたら人界のぬるさに気が緩んだのかもしれないな。これから人界に来る魔族には人界に来ても気を抜かないように伝えないと。
「状況は分かった。まあ、結果的には大事に至らなかったからな。今回は不問だ。今後は注意してくれ」
「う、うう……! あり、ありがどうございまじゅ!」
「泣きながら抱き着くんじゃない」
レモは身長が高いし力も強いから、なんかこう、怖い。あと、鎧のトゲトゲが痛い。
なんとかレモを引きはがすことに成功すると、宿の入り口から勢いよく誰かが入って来た。
「フェルちゃん! 大変だよ!」
「ディアか? どうしたんだ?」
「ロスちゃんが腹を切って詫びるって言ってるらしいよ! 今、アラクネちゃんが広場で止めてるから行ってあげて!」
アイツもか。真面目な奴らは不真面目な奴らと同じくらい面倒だな。
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