ドワーフと獣人
さて、次はゾルデやムクイ達を探すか。村にはいそうにないからアビスかな。
ゾルデの方はもしかしたら、ドワーフのおっさんに会いに行っているかもしれない。おっさんにはお酒のお土産もあるから、ついでに渡してしまおう。
広場を通って畑の方へ足を運ぶ。途中、村の皆から昨日の礼を言われた。お土産だから気にしなくていいんだけど、悪い気分じゃないな。畏まって礼を言われたら嫌だけど、気軽に礼を言われるなら許容範囲だ。
畑に着くと、仕事をしている皆がこっちに手を振っていた。
畑か。獣人達をスカウトするように頼まれたけど、ウェイトレスの仕事だけじゃ生活は厳しいかもしれない。獣人達の土地ではないが、獣人達の畑があった方がいいかもしれないな。食べる分以外は国へ送ることも出来るだろうし。
「ちょっと聞いていいか?」
「おう、フェル。どうした? そうだ、昨日はありがとな。お土産、美味かったぜ」
「ああ、気にするな。聞きたいことは畑の事だ。もし獣人がここで働きたいと言ったら可能か?」
「畑仕事をしたいという事か? 今ある畑を使わせるのは難しいな。俺達の仕事が無くなっちまう。だからダンジョンにいる獣人達にもやらせてないんだ。でも、森を開拓してそこを畑にするとかなら大丈夫だぜ。やり方が分からなければ教えるしな」
なら大丈夫かな。畑仕事をしたい奴がいるなら連れてこよう。
「あー、でもよ。最終的には村長の決定が必要だぞ。今のは俺の考えであって村長の考えじゃないからな」
「なるほど。それは道理だな。分かった。村長にも確認してみる」
男に礼を言ってその場を離れた。そしてアビスの入り口近くにある小屋の前まで移動する。
「フェル様、いらっしゃい。アビスへ入りますか?」
小屋の中からバンシーに話しかけられた。なんとなく暇そうに見える。ディアっぽくならないといいけど。
「ああ、入るつもりなんだが、ゾルデやムクイ達は中にいるか?」
「ええと、お待ちください」
バンシーがなにか板のようなものを人差し指でなぞる。
「いらっしゃいますね。ゾルデさん、ムクイさん、パトルさん、ウィッシュさん。全員いらっしゃいます」
「そうか、ありがとう。ちなみに、それは何をしているんだ?」
「アビスから渡されたダンジョン内をチェックする魔道具ですね。魔物の総数を数えるとか、色々できますよ。ちなみにダンジョン内のトラップも発動できます。たまに発動したくなるんですけど、どうしましょう?」
「耐えろ」
アビスのことだからあまり驚かないんだけど、なんというか普通じゃない。まあ、管理者達のようにおかしくなっているわけじゃないし、アンリや村の人達に対しても友好的な感じだから何の問題もないけど。
「それじゃ、中に入らせてもらうぞ」
「はい、いってらっしゃいませ! では、いい冒険を!」
まだ練習してるのか。いい笑顔だとは思うんだけど、バンシーって泣き叫ぶのが得意なのでは? 真逆だと思うけど、種族的に問題ないのかな。こう、アイデンティティ的に。
入り口から階段を下りてエントランスにつく。皆はいるようだから、場所を確認して出向くか。
「アビス、聞こえるか?」
『はい、フェル様。なんでしょうか?』
「ゾルデがいると聞いたのだが、どのあたりにいる?」
『グラヴェ工房にいます。グラヴェと一緒のようです。転送しますか?』
「金取るんだろ? なら歩く」
『ほんの少し余計に魔力を貰えるなら無料にします。お得ですよ』
特にお得感は感じないけど、今日はそれほど魔力を使うわけでもないだろうし、少しくらい減っても大丈夫だろう。
「分かった。ならお願いする。ゾルデと話をしたら他にも転移してもらうからそのつもりでな」
『分かりました。では工房の入り口前に転送します』
少しだけ浮遊感を味わった後、目の前に扉があった。扉の上には「グラヴェ工房」と書かれている。
「たのもー」
扉を開けて入ると、ドワーフのおっさんとゾルデがいた。そして獣人も二人いる。
「あ、フェルちゃんだ。やー、昨日は楽しかったね! 信じられないくらいの美味しい料理があったから、お酒をぐいぐい飲んじゃったよ!」
ゾルデはいつでもぐいぐい飲んでる気がする。というか、昨日二日酔いだったよな? 宴でも結構飲んでたけど、大丈夫なのだろうか。
「おう、昨日はありがとうな。楽しかったぞ!」
おっさんがそう言い、獣人達も頭を下げた。
「そうか、私も楽しかったから礼なんかいらないぞ」
「相変わらずじゃのう。で、今日はどうしたんじゃ?」
「ああ、ゾルデの様子を見に来た。昨日の宴でも皆と仲良くやってたから大丈夫だとは思ったが、念のためな」
初対面のはずなんだけど、村の皆と打ち解けて一緒に酒を飲んでたからな。
「心配してくれたんだ。でも、何の問題もないよ。それにしても、この村はいい村だね! 料理も酒も美味しいし、グラヴェおじさんもいるからね! やー、来てよかったよ!」
「二人とも知り合いだったんだな。ゾルデの父親繋がりか?」
「おう、そうじゃの。嬢ちゃんが子供の頃にガレス殿の下で学んでおったんじゃ」
「私はもう二十二だよ? 嬢ちゃんはよしてよー」
「はっはっは、儂にとっては孫のようなもんじゃ。いつまで経っても嬢ちゃんじゃよ」
なんだか和むような雰囲気だ。家族っぽい感じもするな。
そういえば、ゾルデの父親が元グランドマスターなんだよな。そしてあの宿屋のおっさんでもあり、名前はガレス。こういっては何だが、名前が格好良すぎないだろうか。ものすごくイメージに合わない。
鍛冶師をラジット商会から引き上げるとか、かなり無理をさせてしまったから感謝はしている。でも、名前がちょっとな。想像できないけど、鍛冶をしている時ならものすごく格好良かったりするのだろうか……いや、ないな。
さて、ゾルデは問題なさそうだ。用事を終わらせてムクイ達の方へ行くか。
「これ、昨日のお土産とは別のお土産だ。受け取ってくれ」
おっさんに酒を渡した。ヒドラ酒とかいう酔いやすい酒らしい。美味しいかどうかは知らないけど、少なくとも毒はないから大丈夫だろう。
「おお! ヒドラ酒か! これは王都にしか売ってないからなかなか手に入らなくてのう! すまんの! ありがたく頂戴する!」
「ああ、受け取ってくれ。おっさんにはこれからも色々頼むつもりだから、そのための投資だ」
「そういう事は普通、言わないんじゃがな!」
「正直者だからな。じゃあ、失礼する」
そう言って扉の方へ移動しようとしたら、獣人達に止められた。
「フェル様、少しよろしいでしょうか?」
珍しいな。何だろう?
「ああ、構わない。どうした?」
「ヤト様から二、三日中にウゲンへ連れて出発すると話があったのですが、その、よろしいのでしょうか?」
「よろしいもよろしくないも、結構時間が経ったし、礼は十分してもらった。そろそろ帰りたいんじゃないのか?」
「それはもちろんですが、人族の奴隷となった時に色々諦めていたので、その、帰れるとは思っておらず……」
「そうか。じゃあ、私の口からも言っておく。ウゲンまで連れて行くから帰れるぞ。用意しておけよ」
獣人二人は目を丸くしてしまった。そんなに信じられないのかな。
「それに私達二人はここで働かせてもらってます。急に離れるのは問題かと」
そうか。そういう問題もあるのか。他の獣人達が何をしているかは知らないが、他でも似たような事になるかもしれないな。まあいい、とりあえず、ここの問題を解決しないと。
「おっさん、鍛冶の手伝いが二人もいなくなると問題か?」
「確かに人手が無くなるのは困るの。しかし、国へ帰れるならその方がいいはずじゃ。儂に遠慮する必要はないぞ」
ドワーフのおっさんがそう言うと、獣人二人は困った感じの顔になった。
なんだろう? 迷っているのかな?
「もしかして帰りたくないのか?」
「い、いえ。そういう訳ではないのです。ただ、色々な事が良い方向へ進んでいてちょっと怖いと言いますか。それにグラヴェさんに教わった鍛冶の技術を、さらに身につけたいとも思っておりましたので」
「そうか。なら、一度国へ帰った後に、またここへ来るか?」
「え? よ、よろしいのですか?」
「ああ、構わないぞ。国に家族や知り合いはいるんだろう? なら無事を知らせてからまたここへ来るといい。私やヤトが帰る時に一緒に来れば帰りも安全だと思うぞ」
獣人達の顔が笑顔になる。あと、尻尾が非常に荒れ狂っている。分かりやすいな。
村長に確認しないといけないが、畑仕事はともかく、鍛冶の仕事なら特に問題ないだろう。今もやってることだしな。
「まだ、出発まで時間はあるからな。色々考えておいてくれ。それじゃ、私は他へ行く。なにかあればヤトに伝えてくれ」
そう言うと獣人達は深く頭を下げた。そんなことしなくていいのにな。
「おう、このヒドラ酒、ありがとうな! 大事に飲むぞ!」
「ねえねえ、グラヴェおじさん。それ、私にも飲ませてよ。飲んだことないんだ」
「なら夕食後に獣人達と飲むか! 帰るにしても戻ってくるにしても、しばらくは会えなくなるからな! よし、そうと決まれば今日のノルマをとっとと終わらせるぞ! 二人とも手伝え!」
「は、はい!」
何やら活気づいたな。いいことだとは思う。さて、次はムクイ達のところへ行くか。
扉を開けて工房の外に出た。そしてアビスに転移を頼む。
「分かりました。では転移します」
また浮遊感を感じると、殺風景なところに移動した。ごつごつした岩しかないな。ドラゴニュート達が住んでいたところに似ている気がする。
「これで私の勝ちクモ。ムクイじゃ私に勝てないクモ」
「嘘だろ! 俺の力でも糸を切れないのかよ!」
声がした方を見ると、アラクネの前に糸でぐるぐる巻きにされたムクイが倒れている。
朝食じゃないよな? 食べられると困るんだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます