獣人の国とファンクラブ

 

 落ち着こう。まずは状況を整理だ。


 ヤトがやっているウェイトレスの仕事を少し休ませてくれと頼んだら、ロンが殺す気か、と言ってきた。なるほど、殺人未遂だったわけだ。


 さっぱり分からん。まったく話がかみ合ってない。私の言葉がおかしかったのだろうか。


「いいか、フェル。ヤトちゃんをよく見ろ」


 少し怒っている感じのロンがそんなことを言った。仕方がないのでヤトを見る。


 黒猫の獣人でウェイトレスの服を着ている。魔界では強襲部隊隊長。漆黒のヤトって言われてた。今は見る影もない。


「見たけど、ヤトがどうした?」


「猫耳、猫しっぽ、語尾のニャ。全てにおいて完璧だろう? そんなヤトちゃんが一時的とは言え、食堂で働かなくなったら、俺は何を楽しみに生きればいいんだ! それは俺に死ねと言っているのと同じだ!」


 何かの病気なのだろうか? ニアを助け出したときのロンと別人過ぎる。もしかして二重人格?


 まあ、何でもいいか。ニアに許可を取れば話は終わりだ。


「メノウ、ニアを連れて来てくれ。ロンじゃ話にならん」


「待て、フェル。話し合おう。そもそも何でヤトちゃんがウゲン共和国へ行くんだ?」


「ズガルで解放した獣人達がいるだろう? 国へ返してやろうと思うんだが、ヤトがいた方が色々スムーズに済みそうだからな」


 魔族と獣人は敵対していない。でも、五十年間も交流はなかったわけだし、今は獣人達がどう考えているか分からないからな。でも、ヤトを連れて行けば、すんなり国へ入れる可能性が高いと思う。


 それに私と獣人達だけだと道中気まずい。あまり共通の話題もないし。


「正当な理由があるのか……」


「正当かどうかは知らんが遊びに連れて行くわけじゃない。許可を出してくれるな?」


 ダメだと言っても連れて行くつもりだ。ヤトはウェイトレスをしてるけど私の部下でもある。さすがにいきなり連れて行くのは悪いと思うから許可は取るけど。


「分かった。でも条件がある」


 ロンは真面目な顔になった。条件とは何だろう? ヤトを危険に晒さないとかだろうか。そもそもヤトに勝てるような奴がいるとは思えないが。


「うちで働いてくれそうな獣人がいたらスカウトしてきてくれ。できれば猫の獣人」


「メノウ、ニア呼んで来てくれ」


「待ってくれ! かみさんには内緒! 内緒でお願いする!」


 なんだろう、ロンに対する好感度が急降下だ。マイナスといってもいい。


「フェル様。それはアリかも知れないニャ」


 意外なところから援護が来た。なぜヤトがロンの意見を支持するのだろうか。


「理由が分からん。ヤトはもうウェイトレスを辞めるから別の獣人にやらせるということか?」


「そうじゃないニャ。聞いた話によると獣人達の国では作物がほとんど育たないニャ。この村なら迫害もないしお金を稼いで食糧を買い、国へ送れるニャ」


 そういえばそんな話を聞いたな。でも、それは私の国というか私の町であるズガルでやろうかと思っていた。あそこならここよりも獣人達の国が近いからいいと思うんだけど。


 でも、リスク回避のために分散した方がいいのかな。ズガルだけでやって失敗したら獣人達が可哀想な気もする。そもそもズガルじゃ嫌だ、という獣人もいるかもしれない。


「無理やり連れて来るようなことはしないから、本当にここで働きたいという奴だけだぞ?」


「もちろんだ! 可能性があるだけで充分! ヤトちゃん! 任せたよ!」


「任されたニャ。獣人の地位向上のためにも頑張るニャ!」


 獣人の地位向上につながるかどうかは分からないけど、ヤトはウェイトレスの仕事を休んでもいいみたいだな。


「それじゃ、ヤトは獣人達に話をして、二、三日中に出発できるようにしておいてくれ」


「分かりましたニャ」


 よし、これでいいだろう。私も準備しないとな。


 次はどうしようと考えていたら、メノウが私のそばに寄ってきた。


「今回は私もお連れ下さい」


「ヤトを連れて行くから、メノウはいいぞ。それにウェイトレスが二人減ったらさすがに宿が大変だろ?」


 ロンに視線を送ると、うんうん、と頷いている。


「そんな! 連れて行ってください! メイドは主人が近くにいないと、タダのメイドなんですよ!」


 何の問題がある? どっちにしてもメイドだよな? というか私は主人じゃない……あ、そうだ。そもそもメノウには言わなくてはいけない事があった。


「メノウ、確認したいことがある。私のファンクラブなんか作ってないよな?」


「はい、作ってません」


「こっちを見ながら言え。それだけで嘘だって分かるぞ。お前、何してんだ。ファンクラブを持っている奴が他人のファンクラブを作るなよ」


「だ、大丈夫です! 秘密のファンクラブですから! 誰もが会員になれるようなものじゃありませんから!」


 大丈夫な根拠がまるでない。それにファンクラブなんて、あるだけで迷惑なんだけど。むしろあったというだけで黒歴史確定だ。


「いいか、とっととファンクラブは解散――なんだ?」


 アンリとスザンナがそれぞれカードのようなものを出した。


「アンリは会員番号がナンバーワン」


「私はナンバーツー。幹部待遇」


「なんでお前達が会員なんだよ。メノウかヤトのファンになればいいだろ」


 私は歌ったり踊ったりしてない。アイドルになる気もないぞ。


「あ、ちなみに私はファンクラブの会長ですので、ナンバーゼロです!」


「そんな事は聞いてない」


 なんでメノウは嬉しそうに言うんだ。でも、どうしよう。すでに外堀が埋められている。何を言ってもダメな気がしてきた。


 いや、待てよ? これを利用すればいいのか。


「じゃあ、ファンクラブへ命令だ。村で留守番してろ。大体メノウにはお金を払って雇っているんだ。私がいない間に私の案件を対応してくれ」


「う、そ、そういう手で来ますか」


「ファンだからやってくれるよな? やってくれないなら、除名だ。そして解散」


「わ、分かりました。この村からフェルさんをサポートしますので」


 しぶしぶと言った感じだが大丈夫だろう。


「信じるぞ。じゃあ、これな」


 亜空間から袋を取り出す。そしてメノウの方へ渡した。


「えっと、これは何でしょう?」


「お土産だ。ただ、私のセンスに期待するなよ?」


「あ、開けてもいいですか!?」


 ものすごい食いつきだ。ちょっと怖い。それだけ期待しているという事だろうけど、開けてガッカリされたら嫌だな。でも、仕方ないか。


「開けていいぞ。ただ、さっきも言ったが期待はするなよ」


 予防線を張っておこう。王都で色々見て回った時にいいと思ったものを購入したけど、メノウが気にいるかどうかは分からないからな。


 メノウが袋を開けると、ブローチが出てきた。コチョウランを模したブローチだ。メノウはメイドギルドでファレノプシスというランクらしいからな。それにあやかった感じの物を用意した。無難だと思いたい。


 メノウの目がくわっと開く。なんだろう、怒っていないよな。ジッと見つめて微動だにしないんだけど。


「お、おい、メノウ? 大丈夫か? そんなに嫌なのか? 別の物と交換するか?」


 そう言うと、メノウの首が高速でこちらへ向く。びびった。


「ダ、ダメですよ! これは私のです! 私の! 代えませんよ!」


「ああ、うん。それでいいなら、交換する必要は無いけど」


「なんて……なんてすばらしいお土産を……! 家宝! これは家宝にします!」


「あのな、メノウ。掲げないでくれるか? みんな見てるから」


 両手で水をすくうようにブローチを持って、ずっと眺めている。一点モノとか言ってたけど、そんなにいいものだったのだろうか。


 気にいってくれたのなら何よりだ。こっちはこれでいいだろう。でも、いつかファンクラブを解散させないとな。最重要課題だ。


 今度はアンリとスザンナの方を見る。


「二人も村で大人しくしていろよ? 私のファンだというならな」


「任せて。大人しくしている。シングルナンバーのファンとして模範になって見せる」


「同じく」


 だれの模範になるか知らないけど、大人しくしているというならいいかな。


 おっといかん。朝食があるのを忘れていた。せっかくの朝食が冷めてしまう。もう話は終わったから、早く食べないと。


 朝食を食べようとしたら、ヤトが私を見つめているのに気づいた。しかもちょっと震えている。


「ヤト? どうかしたのか?」


「フェ、フェル様には負けないニャ! ファンクラブがあるからっていい気にならないで欲しいニャ!」


 そしてヤトは厨房の方へ走って行った。


 いい気になんてなっていない。むしろ嫌なんだけど。


 それにしても私は何もしてないのに面倒事が増えるのはなぜなんだろう?

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