ラジット
特に何の問題もなくリーンに着いた。一キロほど手前でゴンドラから降りて、今は徒歩でリーンへ向かっている。そろそろ日が落ちそうだ。早めに宿をとらないとな。
ふと、ムクイの方を見ると、楽しそうに景色を見ていた。
「なあなあ、フェルさん、あれがリーンって町なのか? 壁が高いな!」
ムクイは元気だな。途中で寄った町の激辛料理を食べて、のたうち回っていたのに。しかもその激辛料理を食べるディアとヴァイアを見て、尊敬の眼差しだった。
次期族長なのに色々と心配になってくる。激辛料理を食べたくらいで尊敬するのはどうなんだろう。私の知ったことではないのだが、私についていったからムクイがおかしくなったとか言われたら嫌だ。
「ムクイ、ちゃんとした族長になれよ?」
「いきなりなんだよ? そうなるために見聞を広めにきてるんだって」
なんとなくだけど、遊びに来ているだけのような気がしないでもない。目を離さなければ大丈夫だとは思うんだけど色々と心配だ。
「フェルちゃん、今後の予定ってどうなってるのかな?」
急にヴァイアがそんなことを聞いてきた。今後の予定か。
とりあえず、今日は宿に泊まって、一日くらいはリーンで過ごすかな。雑貨屋の婆さんに挨拶しておきたいし、あの本屋にも行くつもりだ。読む本が減ったから補充しないと。
ほかにも魔界へ持っていくための食材を購入しておきたい。多分、魔界からレモが来ているから渡してやらないといけないからな。
「今日はこのままリーンに泊って、明日は一日リーンに滞在するつもりだ。明後日にソドゴラ村へ帰る感じだな。それだと問題があったりするか?」
全員が首を横に振った。なら決まりだな。そういうスケジュールでいこう。
門が近づいてくると、門番がこちらに気付いた。そしてなぜか駆け寄って来る。
「フェ、フェルさん!」
あれ? いつもの門番だ。今日は西門じゃなくて北門へ配備されたのかな。
「久しぶりだな。今日の仕事場はここなのか?」
「い、いえ、クロウ様の命令でフェルさんを待っていました!」
「私を? クロウが私に用なのか? まだ王都だよな?」
さすがにカブトムシより先にリーンへ来れるとは思えない。ドラゴニュートの村に行っていたけど、それでも追い越されることはないだろう。
「はい、その通りです。クロウ様はまだ王都にいらっしゃいます。実はリーンで問題が発生していまして、フェルさんを中に入れないようにとクロウ様から連絡がありました。本当に申し訳ないです」
「問題? なんで入っちゃダメなんだ?」
門番の話によると、今この町に異端審問官が大量に入り込んでいるらしい。さらに女神教と懇意にしているラジット商会も入り込んでいて、色々と難癖をつけて法に触れない程度の嫌がらせをしているそうだ。
そこに私が出ていくと状況が悪化するので、リーンには寄らずソドゴラ村へ帰る様に、とクロウから連絡があったらしい
「嫌がらせ……? まさかとは思うが、あの雑貨店が嫌がらせを受けていたりするのか?」
「……エリファ雑貨店ですね? はい、あそこが一番被害を受けていると思います。ですが……」
「門を開けろ」
「し、しかし……」
「私は魔族だ。人族の町がどんな状況になったとしても知ったことではない」
そんな風に思ってはいないけど、魔族に多少なりとも友好的な態度を取ってくれている婆さんを放ってはおけない。
「開けないなら押し通るまでだ。門の代金はツケといてくれ」
以前、西門を壊したときの値段はすごかった。だが、それくらい払ってやる。
「……わかりました。クロウ様もフェルさんが事情を聞いたら無理にでも入るだろう、とおっしゃっていました。その時は入れて構わないとも命令を受けています」
「そうか。すまないが頼む」
門番が別の門番に指示を出すと、両開きの大きな扉が地鳴りのような音を上げて開いた。
「フェルさん、もう一つクロウ様から連絡を受けております」
「なんだ?」
「町で何が起きても領主として見逃す、とのことです」
「また借りができたな、とだけ伝えておいてくれ」
門番は頷いてから敬礼した。
よし、雑貨屋へ急ごう。
雑貨屋へ向かう途中、自分一人で行くから、ついて来なくていい旨を伝えた。
でも、結局全員ついてくるようだ
来るなと伝えた時、ヴァイアは「なんで?」と言い放ち、ノストは「ヴァイアさんがいくなら当然私も行きます」と言い出した。危ないからって何度も言ったんだが、全部「大丈夫」で返された。
リエルは「聖女御用達の店に嫌がらせとは許せねぇ」、ディアは「異端審問官絡みなら私の出番でしょ!」と言ってついてきた。
ゾルデは「もー水臭いじゃん。それに領主様の許可付きで暴れられるんだよ? やるしかない!」とものすごくやる気になっている。その前にアダマンタイトの制限があるだろ、と言っても聞いてくれなかった。
ムクイ達は状況を分かっていないようだが、人族の強さを見ておきたい、とか言い出した。
「フェルさんやゾルデさん並みに強い人族はいないだろうけど、普通の人族がどれくらいの強さなのか知っておきてぇんだよ」
本当にそんな理由なのかは分からないが、ついて来るなと言っても無理そうなので連れて行くことにした。
雑貨屋の近くまで来ると、入り口付近に人が溢れかえっているのが見える。
一際大きな男が婆さんと対峙していた。二メートルくらいありそうか? 随分と強面な奴だ。
「婆さん、相場の十倍でここを買うと言ってるんだがな。耳が聞こえないのか?」
「アンタこそ耳が聞こえないのかい? 私は売らない、と言ってるんだよ!」
懲りずにこの店を買収しようとしているのか。ということはラジット商会とかいうところの奴なんだろう。追っ払ってやる。
「婆さん、もめごとか? 今なら無料で最高ランクの冒険者を雇えるぞ?」
「アンタ……」
婆さんが一瞬笑顔になってからすぐに怒ったような顔に戻った。
「その角……そうか、お前が魔族のフェルだな?」
「そうだ。お前の名前を聞いてもいいか?」
「ラジット商会の頭取、ラジットだ。以後お見知りおきを」
コイツがラジットか。不敵な笑みを浮かべている。そして私をジロジロと見始めた。なんだ? 値踏みされてるのか? ぞわぞわして気持ち悪いな。
「なかなかの強さだな。こりゃ、コイツらじゃ勝てねぇわ」
「自分なら私に勝てる、というような言い方だな? 確かにお前は強そうだが、試してみるか?」
「まあ待て。そもそも俺はお前と戦うつもりはねぇ。大体、俺が交渉してるのはこの婆さんだ。お前じゃねぇよ」
「確かにその通りだが、こんなに人を引きつれて脅す様に交渉するのは婆さんの知り合いとして見過ごせないな」
「交渉は相手よりも立場を良くするところからだぜ? お前だって不利な条件では戦わないだろ?」
「そうか? 弱いと大変だな。私は強者だから相手に先手を譲るぞ? その上で勝つ」
ラジットは少し目を細めた。多少は挑発が効いたようだ。相手が先に手を出してくれれば色々とやりやすいんだけどな。
「なら、俺とお前で勝負しよう。俺が勝ったら、この店を売れ。俺が負けたら手を引く。もちろん今日だけはなく、未来永劫な」
「そんな勝負を受けるわけないだろう? この店は婆さんの店で私のじゃない」
「なら手を引く理由はねぇな。毎日、交渉しに来てやる。商売の邪魔にならなきゃいいな?」
この野郎。
でもなんだ? 勝負って私に勝てるつもりなのか? 確かにその辺の奴よりは強そうに見えるが、ゾルデよりも強いようには思えないけどな。
「わかった。受けて立ってやるよ」
「なんで婆さんがやる気なんだ? ダメだろ?」
「アンタが負ける訳ないだろ? ならこっちの勝ちじゃないか」
いや、そうなんだけど。そんな簡単に決めていいのか?
「婆さん本人が言ってるんだから問題ねぇな。じゃあ、勝負の方法はこっちで決めさせてもらうぜ?」
「勝負の方法ってなんだ? 戦うんじゃないのか?」
「おいおい、魔族と戦って勝てる訳ねぇだろうが。そもそもお前は相手に先手を譲ってから勝つんだろ? なら勝負の方法はこっちで決めさせてもらっていいじゃねぇか」
ラジットは口角を吊り上げながらそんなことを言っている。
「そうだな、カードゲームでどうだ? ババ抜きって知ってるか? それで決めようぜ」
魔眼を持ってる私を相手にそんな勝負を仕掛けるなんて運のない奴だ。
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