いつもの光景

 

 腹に衝撃を受けて目が覚めた。


 どうやら寝相の悪いリエルの足が腹に当たったようだ。相変わらず変なものが見えているが、記憶から消去しつつベッドから突き落とした。結構激しく落ちたのに目が覚めないとはさすが聖女だ。


 昨日の夜は遅くまで部屋に戻れなかったから風呂にも入ってない。出発前にシャワーを浴びておくか。


 色々と準備して浴室へ移動する。そして暖かいシャワーを浴びた。


 はー、生き返る。


 それにしても昨日は大変だった。あの後、他の客を巻き込んで宴会みたいになったからな。


 気付かれないようにディアと部屋に戻ろうとしたら、宿の主人に見つかった。


 この宿はソドゴラ村にある森の妖精亭のように食事で儲けている店だったようで、食堂に他の客が寄り付かないのは困ると言われた。簡単に言うと、部屋へ連れて帰れ、ということだな。


 仕方がないので、そのことをやんわりと皆に伝えたら、ゾルデが「そうなの? じゃあ、私がお酒と料理を客に奢るよ! じゃんじゃん持ってきて!」とか言い出した。


 その言葉を聞いたパトルが「なら私達は食材を提供しよう」と言って、宿の主人にワイバーンの肉を渡した。しかも結構な量。空間魔法が使える魔道具をゾルデが持っていて、大量に入れていたから、そこから取り出して渡していた。


 宿の主人はホクホク顔になった。そして遠巻きに見ていた客からは歓声。部屋にいた客や噂を聞いて来た客が集まって宴会になった。


 いいんだけど、もうちょっと落ち着いて食べたかった気がしないでもない。三日連続で宴だ。少し落ち着く日を作るべきじゃないだろうか。


 まあ、終わったことに対して文句を言うものじゃないな。


 それに、ディアに奢らせようとしたけど、昨日の支払いは全部ゾルデだ。奢ってもらっている以上、文句をつける筋合いはない。


 さて、今日の予定はリーンに向かうだけかな。夕方くらいにはリーンに着くと思う。あの婆さんの店でお土産でも買っていこう。


 そういえば、ミトル達はちゃんとリーンに着いたのかな。メノウ経由であの婆さんのことを紹介したけど、ちゃんと物々交換もしてもらえただろうか。その辺りも確認するべきだな。


 よし、シャワーで目も覚めた。色々準備しよう。


 浴室から出ると、三人が既に起きていた。朝の挨拶をしてきたので、それを返す。


「なあ、フェル。俺、ベッドの下に落ちてたんだけど、何か知らないか?」


「知らん。私が起きた時には既に落ちてたぞ。リエルは寝相が悪いからな」


 ベッドとベッドの間が狭いとは言っても、私に足をぶつけるなんて相当な寝相だ。私が突き落としたけど、ベッドから落ちるなんて時間の問題だったと思う。


「皆の準備は大丈夫なのか? 早めにでないと、リーンで宿が取れなくなるぞ?」


「おう、そうだな、とっとと行こうぜ! リーンにはノストの友人が多いんだ。紹介してもらわねぇとな!」


 そんな話もあったな。どうでもいいけど。


「じゃあ、私、ノストさんに伝えに行ってくるね!」


 ヴァイアはそういうと、ものすごい速さで外へ行ってしまった。


「あれはノストさんの寝起き姿を見ようという邪な理由だと思うね。というか、二、三日、ずっとこうなんだよ。ちょっとイラッとするね!」


 笑顔でイラッとするとか言うな。その笑顔が怖い。


「それもあと少しだ。俺にも男ができたら広い心で対応してやるぜ!」


 何も言うまい。言ったところで何もかわらないだろう。


 だが、なんというか、いつもの光景、という感じだな。言ってることもやってることもダメな感じだが不思議と心地いい気がする。できれば気のせいであってほしいが。


「それじゃ、ゾルデさん達の部屋に寄ってから、チェックアウトしようか」


「そうだな。でも、アイツら、大丈夫か? 結構遅くまで飲んでたよな?」


「二日酔いに効く治癒魔法ってねぇぞ? しいて言えば解毒魔法か?」


「それはアイツらの自業自得だから直さなくていいぞ」


 頭が痛くて歩けない、とか言ったら置いてく。




「やー、昨日は楽しかったねー! もう、お酒をぐいぐい飲んじゃったよ!」


 ゾルデ達が泊った部屋に声を掛けると、ものすごい元気なゾルデが出てきた。なんというか、肌のツヤが良くなってる。ドワーフの体内で酒はどのように吸収されるのだろうか。


「そんなに美味い物なら俺も飲みたかったぜ」


「外界には外界のルールがあるんだ。そこに足を踏み入れている以上、そのルールに従うべきだぞ」


「そうよ。村で許されるような事でもここじゃダメかもしれないんだから気を付けなさいよ?」


「分かってるって。俺の失敗がドラゴニュート全体の失敗になるんだから注意しねぇとな!」


 意外とムクイは物分かりがいいんだな。一応、次期族長としての自覚はあるのかも。


「二日酔いは平気か? 頭が痛いとか吐き気がするとか」


「それをフツカヨイというのか? 俺は特に問題ないが、ウィッシュはどうだ?」


「私も平気よ。特に体調がおかしい所はないみたい」


「そうか。ならいい」


 いきなり「はい!」ゾルデが手を挙げた。テンション高いな。


「私も平気!」


「お前の事は心配してない。二日酔いになるドワーフなんていないだろうが。なったとしても同情すらない」


 あれだけ飲んだんだから、むしろ二日酔い、いや一週間ぐらい酔っぱらっておけ。




 ヴァイア達と食堂で合流して、チェックアウトした。


 宿の主人はまだホクホク顔だ。かなりの売り上げだったのだろう。酒が全部なくなったとか言ってたし。


「ぜひともまたいらしてください! こちらはサービスです!」


 そう言って大量のパンを渡された。バイキング形式の朝食だったパン。その残りだ。ありがたく頂いておこう。


 宿を出て門の方へ向かう。


 昨日と同じように、ものすごく注目を集めている。ヴァイア達はともかく、ドラゴニュート三人とドワーフ一人、そして魔族一人がいるからな。注目を集めて当然だ。好奇の目であって敵対じゃないのが救いか。


 注目を集めたが特に問題なく門に着いた。


 ギルドカードを見せてから門の外にでると、カブトムシが待っていた。以前は一キロ先で乗り降りしてたのにものすごく間近だ。しかも門番に手を振って、門番も返してる。


「……仲良くなったのか?」


「ここへ襲ってきた魔物がいたので撃退したのです。私は草食系なので、魔物は食べません。倒した魔物を渡したら喜んでくれました。それよりもチラシを渡した効果だと思いますが」


「ああ、そう」


 どう考えても魔物を倒したからだと思うけど、言わないでおこう。それにしても着々と全国展開の準備を整えているようだ。カブトムシ一匹で大丈夫なのかな。私が気にすることじゃないけど。


 カブトムシがゴンドラの準備をしていると、ゾルデが近寄って来た。


「ねえねえ、フェルちゃん。あ、私もフェルちゃんって呼んでいい? フェルちゃんは私より強いけど、私の方がお姉さんだから」


「ちゃんづけせずに、フェルでいいぞ。むしろ、ちゃんを付けない方向で」


「可愛くないでしょ? だからフェルちゃんね。そんな事よりも聞きたいことがあるんだけど?」


 ちゃん付けがそんな事扱いされた。私の意見は全くの無視か。


「で、何が聞きたいんだ?」


「昨日もさっきも不思議に思ったんだけどさ、なんでフェルちゃんはヒヒイロカネってランクなの? それってアダマンタイトがフェルちゃんを倒したときになれるランクだよね?」


「昨日、私が冒険者ギルドに行った理由を知らなかったのか? いつの間にかこのランクになっていたから確認しに行ったんだ」


「そうなんだ。お酒の事ばかり考えていたから気にしてなかったよ。で、どうしてフェルちゃんがヒヒイロカネなの?」


 頭の中がお酒の事ばかりか。村に連れてきたドワーフのおっさんは武具のことばかりだから似たような感じだな。ドワーフってこんなのばかりか。


 それにヒヒイロカネの説明か……面倒だな。端折ろう。


「色々あって私専用のランクになった。ちなみに私に喧嘩を売るとペナルティがあるぞ」


「それは前からあったよ。アダマンタイトにそんな連絡が来てたからね。でも、専用ランクができるなんてすごいね」


 すごいというよりは、隔離された感じだけどな。それにアダマンタイトだってすごいと思うが。


 あれ? 昨日、アダマンタイトって色々制限があるとかダグが言っていたような気がする。ゾルデにはそんなのがなさそうだけど、どういう事だ?


「よく考えたら、アダマンタイトって私闘が禁じられてるんじゃないのか? ドラゴニュートの村で戦ったよな?」


「フェルちゃんの時は、同意があれば問題なかったんだ。あと、私闘が禁じられているのは人族と戦う時の話だけだよ。ちなみに、それが理由でドラゴニュートの村まで行ってたんだ」


「そういうことだったのか」


「あー、でもこれでフェルちゃんとも戦えないのか。残念だなー」


 チラチラとこっちを見るな。私はもう戦わない。


「ソドゴラ村には強い獣人とか魔物がいるから、ソイツらに相手してもらえ。多分、ゾルデよりも強い」


「本当!? それは楽しみだね!」


 ゾルデは大喜びだ。あそこなら強い奴が多いからゾルデも満足できるだろう。


「フェル様、準備が整いました」


 皆はすでにゴンドラに乗っていた。少し狭そうだけど問題ないだろう。


 よし、リーンに向けて出発だ。

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