ヒヒイロカネ

 

 そろそろ夕暮れになりそうな時間、ディアの案内で冒険者ギルドへ向かっている。


「ところでフェルちゃん、冒険者ギルドに何の用なの?」


「それが私の冒険者ギルドカードのランクがおかしいことになっていてな。状況を確認したいと思っている」


 ギルドカードを取り出してディアに見せた。受け取ったディアがジッとカードを見つめてから私の方へ顔を向ける。


「ヒヒイロカネってなに?」


「本来はアダマンタイトの奴らが私を倒すとそのランクになれるんだが、なぜか私がヒヒイロカネになってる。ディアは何か聞いてないか?」


「聞いてないよ。エルリガ支部へ顔を出してないから、連絡がつかなかっただけかも」


「私が大霊峰へ行っている間、何してたんだ?」


「ぐうたらしてたね。のんびりお風呂に浸かって、美味しいもの食べてたかな。この辺りは辛い料理が多いからリエルちゃんと食べ歩きみたいな事をしてたよ」


 ちょっとだけ羨ましいと思ってしまった。私にもそういう時間が欲しい。やるなら全ての店で食い尽くすつもりだ。


 そんな話をしていたらギルドに到着した。


 普通に入ってカウンターへ向かう。向かう途中、私の事をジロジロ見られたけど、魔族がいることは知っているようだから特に驚いたりはしていないようだ。


 カウンターには受付嬢が三人いた。とりあえず一番近い所にいる受付嬢の前へ移動する。


「い、いらっしゃいませ。冒険者ギルド、エルリガ支部へようこそ!」


 ちょっとだけ驚いたようだが、笑顔で対応してくれた。なかなかのプロと見た。


「ちょっと教えて欲しいのだが、私のギルドランクがいつの間にか変わっていてな。このランクについて教えてくれないか?」


 カードをカウンターに置く。念のために魔力を通して青く光らせた。


「ランクですか? では、拝見しますね……」


 受付嬢はカードを手に取ってランクが書かれている所へ視線を向ける。一度、私の顔を見てから、またカードの方へ視線を移した。


「ヒヒイロカネ……? 何のランクですか? 偽造?」


「人聞きの悪いことを言わないでくれ。偽造なんかするわけないだろ。いつの間にか、そのランクに変わっていたからどういう事なのか確認しに来たんだ」


「そ、そうでしたか。すみません、私にも分かりません。本部に問い合わせてみますので、そこの食堂エリアでお待ちいただけますか? それほどお時間は掛からないかと思いますので」


「分かった。そうさせてもらおう。ディアもいいよな?」


「もちろんいいよ」


 ディアと一緒に近くのテーブルについた。


「フェルちゃん、何か食べる? 軽食を頼めるみたいだよ? 私はなにか頼もうかな?」


 ディアがメニューっぽい物を見ながら、なにかを選んでいるようだ。


 ここで食べてもいいけど、宿に戻ったら皆で食事だ。ここでは控えておくかな。いくらでも食べられそうだけど、皆と一緒に食べた方が美味いだろう。


「いや、私はいい。宿に戻ってから食べる」


「そうなんだ? 山の方へ行っていたからあまり食べていないのかと思ってたよ。二泊三日だったけど、食事は大丈夫だったの?」


「大丈夫だった。バジリスクとかドラゴンの肉を食べていたから特に問題ない。そういえばワイバーンの肉は食べなかったな。人界のワイバーンはどんな味なのか食べておくべきだった」


 不覚だ。ドラゴンステーキを食べ過ぎて、ワイバーンの肉を食べ忘れるとは。ムクイ達が結構持ってきていたから後で食べさせてもらおう。


 はて? 周囲がものすごく静かなんだが。なにかあったのだろうか?


「フェ、フェルちゃん、ドラゴンの肉を食べたの?」


「ああ、普通に焼いただけの肉だったが美味かった。そうそう、ソドゴラ村へのお土産として分けてもらったから、村に着いたらニアに料理を作って貰おう。多分、ほっぺたが落ちるぞ」


 ドラゴンの卵を探そうかと思っていたけど、そんな暇はなかったな。また魔界から持ってきてもらうか。


 なぜかディアが口をちょっと開けて私を見つめている。


「どうした? 今のディアはちょっとアホっぽいぞ?」


「ド、ドラゴンの肉って言ったら超ウルトラレア食材じゃない! そ、そんなものを食べたの!? え? というか分けてもらった? お土産?」


「落ち着け。そして顔が近い」


 おでこで体温でも測るつもりか。というか、頭突きするつもりだったのか……?


 ディアは深呼吸して落ち着きを取り戻したようだ。


「フェルちゃんなら仕方ないけど、ドラゴンの肉を食べられるなんて王族ぐらいだよ? 多分、リンゴよりもレア」


「そうか? リンゴの方が美味いと思うけどな。いや、美味い。これは譲らん」


「譲らなくてもいいけどね……そっか、ソドゴラ村へ帰ったら食べられるのか。村へ着くのが楽しみになってきたよ」


「そうだな。皆へのお土産だから、それまで待ってくれ」


「フェル様、よろしいでしょうか?」


 急に声を掛けられたと思ったら、ランクの話をした受付嬢がすぐそばに立っていた。


「ああ、なにか分かったか?」


「それが、グランドマスターが直接話をしたいとのことです。念話用の個室があるのですが、案内しますのでご一緒していただけますか?」


「ダグが? それは構わないが、ディアも一緒で大丈夫か?」


「あ、はい。ご一緒に、とのことでした」


「私もなんだ? じゃあ、さっそく行く?」


「そうだな。はやく確認しておこう」


 受付嬢の案内で個室のほうへ移動した。


 それなりに広い部屋だ。十人くらいは入れそう。


 そして部屋の中にはテーブルが一つに椅子が四つ。テーブルの上に水晶玉があって、これが念話用の魔道具らしい。受付嬢はその説明だけして部屋を出て行ってしまった。


「えっと、ダグはいるか?」


 水晶玉に話しかけた。受付嬢はもう繋がっていると言ってたけど。


『フェルか、たった数日で色々な情報が入ってきているぞ。お前はやることなすこと破天荒だな』


「いきなり何の話だ。特に何もしていないぞ?」


『ドラゴニュートを連れてきて、何もしていないが通る訳ないだろうが』


 それがあったか。でも、私じゃなくてもゾルデあたりが連れて来ていた可能性はあると思うけどな。


 いや、まて。そんな話をしたいんじゃない。私が確認したいのはランクの件だ。


「その話はどうでもいい。私のランクがヒヒイロカネになっている。どういうことだ?」


『すまんな、説明をする前にカードの情報が書き換わってしまった。今、説明する』


 ダグの話を聞くとこうだった。


 アダマンタイトのウェンディを圧倒できるほどの力を持っていてブロンズランクなのが問題になったらしい。


 冒険者はランクで相手の強さを判断することが多いため、ブロンズのままだと私が喧嘩を売られる可能性が高い。それを避ける対処とのことだ。


 アダマンタイトのランクにするという話もあったが、同じアダマンタイトと強さの桁が違うため、同じじゃまずい。


 それにアダマンタイトは色々と制限がある。私闘がダメとか、アダマンタイト同士で戦ったら資格の停止とかあるため、私にそんな制限をしたら逆にギルドが危ない、とか言われた。失礼な。


 なので新設予定だったヒヒイロカネをそのまま流用して私のランクとしたそうだ。


『はっきり言えばこれはフェル専用のランクだ。アダマンタイトの上であり、なんの制限もない。逆にヒヒイロカネに喧嘩を売った場合、相手の資格を一時的に停止する等の罰則も設けた。ギルド全体に浸透するまで時間は掛かるだろうがな』


 便利と言えば便利かな。冒険者に襲われなくなるだけでもありがたい気はする。


「そうか、色々と便宜を図ってくれるんだな。助かる」


『謝罪の一環だと思ってくれ。それに国王からもフェルに関しては最大限のバックアップをするように言われているからな』


 貢物の成果が出ているようだ。クロウ経由で色々渡してよかった。


『それとそこにディアもいるな? すまないが今後もフェルのバックアップを頼む。冒険者ギルドの職員として、通常業務よりも優先してくれ』


「分かりました。まあ、職員としてじゃなくてもバックアップしますけどね!」


 ディアはドヤ顔をしている。褒めて欲しいのだろうか。ありがたいとは思うけど、それを伝えたら負けな気がする。


『ちなみに、ディアには今月からフェル手当が付く。簡単に言うと、給料が増えるぞ』


「え、本当ですか? やっほーい!」


「なんだ、その手当?」


 勝手に名前を使わないで欲しい。それにフェル手当なら私に出すべきじゃないのか?


『その、なんだ。フェルに関わると色々大変だからな』


 納得いかない。納得いかないが、ディアが喜んでいるからいいか。


「分かった。今日の夕食代はディアに払わせる」


「どうして!?」


 フェル手当で払え。




 ダグとの話が終わり、冒険者ギルドを後にした。もう夕方だ。太陽が大霊峰に隠れそう。


「よかったね、フェルちゃん」


「まあ、ランクが上がったことで喧嘩を売られるのが減るなら助かる。もともとそんなに多くは無かったけどな」


 それにヤトよりもランクが上がったということだ。上司としての威厳が回復した。それには礼を言いたい。


「そういうんじゃなくて、フェルちゃんという魔族が色々と認められてきているってこと。人族と仲良くする目的で人界に来てるんでしょ?」


「ああ、そうだな。色々と認めてもらえるのはありがたい」


 魔族に恨みを持っている奴はまだいると思う。だが、魔族でも認めてくれる奴もいるんだ。もっと頑張れば、いつかは魔族も人界に住めるくらいの関係になれるかもしれない。


 なんとなく気分よく宿へ戻って来れた。


 それなのに、なんだこの惨状は。皆がいるテーブルには大量の料理と空き瓶があって、大きな声で話をしている。相変わらず周囲の客は遠巻きに見ていて、主人は諦めた顔をしていた。


「なになに? ヴァイアちゃんはノスト君と付き合ってんの? もうチュウした? チュウ? お姉さんに言ってみ?」


「や、やだな、ゾルデさん! そういうのはまだ早いですって! やぶさかではないですけど!」


「おう、ヴァイア。もし俺の前でそんなことしたら異端審問に掛けるからな? 絶対に有罪にしてやるぞ」


「すっげー、大人の会話だぜ!」


「ふふふ、青春ねぇ。私も昔を思い出すわ。あの頃はブイブイ言わしてたわね……」


「いや、お前、強すぎて男が誰も寄って来なかっただろ?」


「あ、あの、皆さん、もう少し静かに……」


 他人の振りをして部屋に行きたい。

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