感謝の宴

 

 太陽が山に隠れて辺りは真っ暗になった。


 明かりと言えば、ものすごく大きなキャンプファイヤーだけだ。昨日よりもはるかに大きい火になっている。そして私が座っているところが色々と仰々しい。族長が座るところよりも派手にするな。


「別の場所に座っていいか?」


「フェル様の席はそちらです。変更はできません」


 巫女の目力が強い。私の事を尊敬しているみたいだけど、私の要望は聞いてくれない。一体何がしたいのか。なんとなく、メノウの言動を思い出してしまう。


「姉ちゃん、ズルくねぇか? なんで姉ちゃんの席がフェルさんの一番近くなんだよ。百歩譲ったってそこは親父の席じゃねぇか?」


「私は龍神の巫女なのです。なら、龍神様を助けてくれたフェル様をおもてなしするのは私でしょう? さあ、ムクイはフェル様への料理をもってきなさい」


 お前ら姉弟なのか。なんとなく仲は良さそうな気がするな。でも、ムクイのトサカがないとどっちがどっちだか分からん。性別すら分からない。


 そんな二人を見ていたら、族長がやって来た。


「そろそろ宴を始めますが、構わないでしょうか?」


「私の許可なんか必要ないだろ。早く始めてくれ。というか敬語とかいらない。あと、敬称もいらんぞ。背中が痒くなる」


「そういう訳にもいかないのですが……仕方ないですな。フェルさ――フェルのお願いだからな」


 分かってくれたか。だったらこの派手な席は止めてくれないかな?


 そう言おうとしたら族長は周囲を見渡した。


「では皆の者。聞いていると思うが、龍神様は闇堕ちされていた。それを救ってくださったのがこちらにいるフェルだ」


 ドラゴニュート達から歓声が上がる。それは巫女が考えた創作だ。でも、いまさら言えない。墓まで持っていこう。


「今日の宴はフェルへの感謝、そして、いずれ復活されるであろう龍神様へ捧げる宴だ。では音楽を!」


 また歓声が上がると音楽が流れてきた。昨日と同じように太鼓の音楽だ。でも、今日は結構テンポが激しいな。


 そして踊りも激しい。でも楽しそうだ。表情は分からないが雰囲気でなんとなくそんな感じがする。


「さあ、フェル。ドラゴンの肉だ。沢山あるからいくらでも食べてくれ」


 族長から皿ごと肉を渡された。いい匂いがする。単に焼いただけで塩もつけていない肉だが、それで十分なんだよな。だが、食べる前に一応確認しておこう。


「えっと、お前達ドラゴニュートにとってドラゴンと言うのは結構近い部類の種族だと思うんだが、食べてもいいのか?」


「ああ、問題ない。そのドラゴンは意志の通じないドラゴンだ。意思の疎通ができるような古代竜ではないからな。ドラゴンとはいえ下位の魔物と変わらんから問題ない」


 そう言う区別があるのか。なら問題ないな。頂こう。


 皿の肉を口に含む。そして咀嚼。噛めば噛むほど肉汁が出てくる。普通の肉よりも噛みごたえはあるが、クセはないし香りもいい。永遠に噛んでいたい衝動に駆られるがそんな幸福はずっとは続かない。飲み込んでしまった。


「美味い。おかわり」


 そう言っただけで周囲から歓声が上がった。いちいち面倒だな。


 そしてドラゴニュート達が肉を皿に乗せて並びだした。もしかして私に肉を持ってきているのか? 食べるけども。




 ドラゴニュート達が持ってきたドラゴンの肉をかなり食べた。もう並んでいる奴はいない。ようやく終わったか。なんというか、私に肉をお供えしているような感じだった。たくさんドラゴンの肉を食べられたからいいんだけど。


「フェルさんはモテモテだね!」


 ゾルデが斧を背負ってやってきた。右手には肉の付いた骨を持っている。


「それはドラゴンの肉じゃないな?」


「そうだよ、これは名前も知らない鳥の肉。その辺でとってきたんだ。食べる?」


 野菜や果物だったら食べたかったんだけどな。贅沢な話だがドラゴンの肉しか食べてない。もう肉はいい。そうだ、果物で思い出した。


「いや、遠慮しておこう。逆にこれをやる。約束していた食べ物だ」


 亜空間からリンゴを取り出してゾルデに渡す。ゾルデはリンゴを受け取ると不思議そうに見ていた。


「これ何? なんか甘そうな匂いがするね?」


「リンゴという果物だ。美味いぞ。私のお気に入りだ。皮ごとかじって平気だぞ」


 ゾルデは「ふーん?」と言って、リンゴにかじりついた。そしてモグモグと口を動かす。目がカッと開いた。


「うま! 何これ! 初めて食べたよ!」


「エルフの森で採れる果物でな。アイツらと取引してもらった。詳しくは知らないが結構レアな食べ物だぞ?」


 木彫りの置物とかで交換できるけどレアだ。


「はぁー? エルフゥ?」


 なんだ? 随分と渋い顔をした。もしかして種族的に仲が悪いのか?


「アイツらこんなにうまい物食べてんの? なんて贅沢な!」


「良くは知らんがドワーフとエルフって仲が悪いのか?」


「そういうわけじゃないけどさー、昔会ったエルフがすごくチャラくてね! 女癖が悪そうな奴の上に、私を見て『子供は範囲外』とか言い出したんだよ! 今度会ったら絶対殴るね!」


 多分だが、そのエルフを知ってる気がする。チャラくて女癖が悪い。アイツしかいない。そもそも森の外にいたのはアイツだけらしいからな。


「まあ、その話はいいよ。これすごく美味しかった。ありがとうね。でも、エルフかー。エルフの森にはいったことがないなー。この辺の魔物とは一通り勝負したし、そろそろ拠点を変えようかな」


「そうか。でも、そもそもここに何しに来ていたんだ?」


「あれ? 言わなかったっけ? 修行だよ、修行。私、もっと強くなりたいんだよね」


 そういえば、そんなことを言っていたかな。でも、どうして強くなりたいんだろう? アダマンタイトなんだから今のままでもかなり強いと思うんだが。


「不思議そうな顔をしないでよ。大した話じゃないんだけどさ、親父が結構有名な鍛冶師だったんだよね。でも、作った武具の性能が良すぎて使いこなせる人がいないって言われてるんだ。せっかく作られた武具が可哀想じゃない? だからせめて私が使いこなせるように頑張っているんだよ」


 父親の事を過去形で言っている。もう亡くなっているのだろう。父親が残した武具のために自分を鍛えている……いい話じゃないか。そういえば、あの斧も親父が作った業物、とか言ってたな。


「父親思いなんだな」


「そんなんじゃないよ」


 ゾルデは照れくさそうに顔の前で手を振っていた。そういうのを照れる年ごろなんだろう。いくつか知らないけど。


 急に歓声が上がった。そちらの方を見ると、大狼が何かを咥えてきたようだ。それを地面に落とす。


「宴に遅れてしまったか。これは今狩ってきた魔物だ。食材にするといい」


「おおー、すげぇぜ、ナガルさん! これワイバーンじゃねぇか!」


 どうやら大狼がワイバーンを倒してきたようだ。そういえばいなかったな。


「へー、結構やるね。ワイバーンは空を飛ぶから仕留めきる前に逃げられることが多いんだよね。私でもあれだけ原型を残して倒すのは難しいよ」


 食べる物が増えるのはいいんだが、肉ばっかりだな。他の食べ物はないのかな?


「肉以外の食べ物ってないのか?」


「しばらくここにいるけど、見かけたことはないねー。近くに川はあるけど、魚はいないみたいだし」


 魚だって肉類じゃないのか? 私が言っているのは野菜とかなんだけど。今回、王都で買ったお土産用の食材は全部ヴァイアの亜空間に入れたから今持っているのはリンゴぐらいなんだよな。


「おーい、フェルさん! ナガルさんがワイバーンを狩ってきたぜ!」


 ムクイがワイバーンの肉を持ってこちらへやってきた。でも、何で生の肉を持ってきた。流石にその状態の肉は食わないぞ。


「フェルがやったことに比べたら些細なものだろうがな。宴と聞いたので食材を調達したまでよ」


 随分と律儀だ。以前はもっと不遜な感じだったんだけどな。


「ワイバーンの肉かー。これってちょっとピリ辛に焼くと美味しいんだよね。お酒のつまみに最高なんだよ」


「お酒は二十歳になってからだぞ?」


「良く言われるけど、私、成人してるからね? ちっこいけど、大人の女性だから」


「え?」


 ムクイがすごく驚いている。近くにいた族長や巫女も驚いているようだ。まあ、ドラゴニュートの三分の一しか身長がないからな。子供に見られてもおかしくはない。


「いまさら驚かないでよ。これでも二十二なんだけど?」


 二十二か。私よりも四つ上。全くそうは見えないが。


「あ、いや、そうじゃなくて、ゾルデさんは女性なのか?」


「なにそれ? 喧嘩売ってる? 高値で買うよ? 言い値で買っていいかも」


 ゾルデは斧を構えだした。そして殺気が溢れる。


 確かに男と言われたら信じそうな風体はしている。髪が赤毛でボーイッシュな感じだし、少年、で通じるものがあると思う。でも、それはあまりにも失礼だろう。


「ムクイ、種族が違うから男か女か分からないかもしれないが女を男と思うのは良くないぞ?」


「す、すまねぇ。そもそも俺達ってあまり他の種族を見たことがねぇからさ。悪気があったわけじゃねぇんだ」


「……まー、仕方ないか。私もドラゴニュートの性別ってよく分からないし、おあいこだね」


 戦いは回避されたようだ。うん、平和が一番。


 ……なんだ? ムクイが私の方をジッと見つめている。私に用なのだろうか?


「どうかしたか?」


「フェルさんは男だよな? あんなに馬鹿力だし」


「その目はいらないな。どっちから潰す?」


「怖! というか、フェルさんも女性なのかよ!」


 ムクイの言葉に音楽が止まる。そしてドラゴニュート達がざわつく。どうやらすべてのドラゴニュートが私を男だと思っていたようだ。理由は私が馬鹿力だから。


「お前達の気持ちはよく分かった。ここで龍神を倒した力を見せてやる。山の肥料になるがいい」


「ちょ! ま、待って! 私は最初からフェルさんを女だと思ってたよ!」


「あ! ゾルデさん、ずりーよ! ここは共闘しよ――ぐべぇ!」


「【黄昏領域】」


 その後、色々あってお土産にもらえるドラゴンの肉が増えた。

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