恋は盲目
ドラゴニュートの村まで戻って来た。お昼を少し過ぎたところだな。
今日の私はドラゴンステーキを食べたかったのにそんなものは無かった。一度食べたいと思ってから食べられないと思うとものすごく辛い。この辺りを探索してドラゴンを退治してこようかな。近くにいるかもしれないし。
「フェル様、どうぞ、こちらへ! 族長が待っております!」
そして巫女がうざい。あまり知らない奴に降す評価ではないのだが、こう、私を見る目が尊敬の眼差しだ。どうしてこうなった。
いや、分かってる。巫女の頭の中ではものすごい物語が構築されていて、私はドラゴニュート達を救った英雄的な扱いになっているのだろう。
私がやったことなんて金属のドラゴンと、黒いドラゴンを倒しただけだ。ほとんどは魔王様の手柄なのに、なぜか私がその功績を受けてしまっている。
「む、フェル、我の顔に何かついているか?」
それもこれも、この大狼が、私が魔王であることをあの場で言うからだ。いまさら私じゃない魔王様が龍神を止めた、と言っても信じてくれないだろう。面倒くさいことになった。
よし、族長に会って鍵を返したらとっとと帰ろう。もうここに用はないし、逃げるのは正しい判断だ。
「こちらです、フェル様! フェル様の武勇伝は族長に伝えておきましたので!」
もう勘弁してくれ。
もしかして私が龍神を倒したから、遠回しに嫌がらせをしているのか? この巫女ならやりそうだな。
穴に入ると、族長とムクイが座って待っていた。二人ともものすごく真面目な顔をしている……ような気がする。
「話はアトリから聞きました」
「アトリって巫女のことか?」
「そういえば伝えておりませんでした。その通りです。巫女はアトリと申します」
そして族長のコアトとムクイが頭を下げた。トサカがビョンと動く。
「我々の一族ばかりか龍神様をお救いになられたとか。一族を代表して感謝を」
「ああ、うん。感謝は受け取った。じゃあ、これ、鍵な。ここに置いておくから。あと、野営セットも置いてく。好きに使ってくれ。じゃあな」
さあ、帰ろう。
「お待ちください。我々の救世主とも言えるフェル様をこのまま帰してしまったら族長として非難されてしまいます。今日の夜、盛大な宴を開きますので、ぜひご参加ください!」
「宴は昨日受けた。前倒し的に。だから不参加で」
「そうおっしゃらずに! 我々秘蔵の食材も提供致しますから!」
秘蔵の食材? それはちょっと興味がある。
「それはどんな食材なんだ?」
「はい、竜の肉でございます」
ドラゴンステーキが来た。これはいつも頑張っている私へのご褒美ではないだろうか。
でも、ここで英雄扱いされるのも嫌だ。それだけ貰って帰れないかな。
「えっと、その肉だけ貰う訳には……」
「宴の料理で提供致します」
やっぱりダメか。そんなワガママは通用しないようだ。それにどれくらいの量があるか分からないけど、皆で食べた方が美味しいよな。以前、アンリがそんなことを言ってた気がする。
仕方ない。英雄扱いは嫌だが、食べたいものを食べたいときに食べられるチャンスを逃したくない。もう一日ここに泊って明日の朝帰ろう。
「分かった。じゃあ、宴に参加するから、もう一泊する。そして明日の朝帰る。このスケジュールは変えないぞ」
「おお、もちろんです。では早速準備に取り掛かりますので。ムクイ、お前も宴の準備を手伝え」
「おう、もちろんだぜ! それにしてもフェルさん、すげぇなぁ、龍神様の邪悪な部分を倒しちまうなんて……憧れちまうなぁ。俺、全力で宴の準備をするぜ!」
おう、ムクイの目が輝いている。本当に嫌がらせじゃないんだよな?
「あ、そうだ。肉を少しだけ分けてくれないか。私の知り合いに食べさせたい」
帰りがちょっと遅くなるからな。ヴァイア達にお土産として持って帰ろう。
「分かりました。それなりの量がありますので、お持ち帰りください」
良かった。これでちょっと遅くなっても許してくれるだろう。よし、すぐに連絡を入れておくか。
ムクイの宣言通り、ものすごい急ピッチで宴の準備が進んでいる。私は邪魔しないように端っこの方で連絡しよう。巫女のアトリが近くに寄ってくるから追い払った。さすがにプライベートの会話は聞かれたくない。
よし、ディアに連絡しよう。チャンネルを思い出してから接続して念話を送る。
「ディアか? フェルだが」
『あ、フェルちゃん。そっちはどう? 火山は平気?』
そういえば、火山を調査するという理由でここに来たっけ。調べてないけど、もう噴火はしないだろう。あれは魔王様がやったことだし。
「もう噴火はしないと思う。そっちの町はどうだ? 魔物が攻めてきたりしたか?」
『そんなことは無かったよ。そういえば、砦からの連絡で町へ向かっていたバジリスクを大きな狼が倒しちゃったんだって。私の知っている狼かな?』
「そうだな。今、ドラゴニュートの村にいるんだが、そこで大狼と再会した。修行でこの辺に来ていたらしい」
『そうなんだ……って、ドラゴニュートって狂暴な種族だよ! 大丈夫なの!?』
「ああ、大丈夫だ。それでな、今日の夜、宴を開いてくれるようだから、明日帰ることになる」
『相変わらず誰とでも仲良くなるね、フェルちゃんは。らしいと言えばらしいけど。でも、そっか、明日帰ってくるんだ……』
なんだろう? 随分と落ち込んだ声だ。何か問題でもあるのだろうか?
「なにかあったのか? 元気がないぞ?」
『うん……そのヴァイアちゃんがね……』
ヴァイアがどうしたんだろう? まさかノストと何かあったのか?
『ノロケが酷くて私が罪を犯しそうだよ。もし不幸な事が起きたら面会に来てね……あ、魔族の弁護士を紹介してくれる?』
「落ち着け、深呼吸だ。あれだ、人の顔を野菜だと思うんだ。ちなみにリエルは大丈夫なのか? アリバイ工作しているとか証拠隠滅しているとか言うなよ?」
『リエルちゃんは私を置いて教会へ逃げたね。私一人がこの空間にいるのはものすごくキツイ。フェルちゃん、早く帰って来て。なんだか今日の裁縫道具は凄く血に飢えてるから』
「気のせいだからしまっとけ」
思ったよりも深刻な事態だ。仕方ない、ここは私からヴァイアに言ってやる。イチャイチャするときは二人きりの時だけにしろと。
「ヴァイアを出してくれるか? 私からガツンと言ってやる」
『うん。ヴァイアちゃん、フェルちゃんから念話だよ』
すこし間が空いてから『フェルちゃん? ヴァイアです。そっちは大丈夫?』と声があった。
「ああ、問題ない。ところで――」
『あ、そうだ、相談していい? ちょっと困ってるんだ』
私が先に言おうと思ったのに、いきなり相談されるのか。でも、困っているようだからまずは聞いてやるか。
「ええと、なんだ?」
『ノストさんを呼ぶとき、アナタとダーリンのどっちがいいかな?』
「……ディアに代わってくれるか?」
『え? どうしたの急に?』
「いいから。急ぎだ」
なにやらゴソゴソと音がした。魔道具を渡してディアに代わってくれているのだろう。
『代わったよ。ちゃんと言ってくれた?』
「今の誰だ? ヴァイアと代わってくれと言っただろ?」
『言いたいことは分かるけど、まごうことなきヴァイアちゃんだね。あの頃のヴァイアちゃんはもういないんだよ。こうやって皆、大人になっていくんだね……』
どの頃のヴァイアなのかは知らないが確かにもういないんだな。手遅れだったか。でも、ディアの言い方はかなりわざとらしい。もしかして辛そうな演技か?
「今の話し方だと、そんなに深刻な話でもないのか?」
『あはは、分かった? 確かにちょっとため息と舌打ちの回数は増えたけど大丈夫だよ。ヴァイアちゃんもそんなに酷くないし、フェルちゃんをからかっただけ。リエルちゃんは本当に教会に行っちゃったけど』
なんだ、心配して損した。でも、そうか、リエルは耐えられなかったか。まあ、私もヴァイアの相談には面食らった。リエルが耐えられるわけないな。
「そうか、なら大丈夫だな。明日、お土産を持って帰るから、それまで頑張ってくれ。なんなら別の部屋を取るとかギルドへ逃げ込んでもいいと思うぞ?」
『そうだね、考えておくよ。じゃあ、こっちは大丈夫だから気を付けて帰って来てね』
「ああ、分かった」
念話が切れた。
しかし、ヴァイアには困ったものだな。ノストと付き合えるようになったから色々と嬉しいんだろう。周囲の事が見えないくらいに。恋は盲目とはよく言ったものだ。
さて、ディアにはドラゴンの肉を持って帰ってやろう。リエルにも少しは分けてやるが、ヴァイアにはやらん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます