巨人
ドラゴニュートの村で宴が始まろうとしている。
既に日は落ちて、明かりは広場の中央にあるたき火だけだ。たき火と言ってもキャンプファイヤーというヤツだろうか。木材を積み上げてそこに火をつけたようだ。結構明るいな。
まあそれはいい。問題は隣に座っている大きな狼だ。バツが悪そうな顔をしている。自分が何をしたのか分かっている顔だ。
「で? どういうことか説明してもらおうか? 誰が誰を倒したって?」
「ぬう。これはあれだ。あまりにも我の強さを否定する奴がいたのでな。我の強さについて、少々尾ひれを加えて説明したまでよ」
「少々?」
「かなり盛ったとも言う。だが決してその魔族がお前だと言ったことはないぞ?」
「お前が知っている私以外の魔族は、ルネかドレアしかいないだろう? 本当にどっちかと戦ったのか?」
私の知らないところでそんなことをしていたかも知れない。念のため確認しておこう。
「いや、戦ってはおらん」
「じゃあ、お前、嘘ついたんじゃないか」
「そうとも言う」
なんでコイツは開き直っているんだろう? 修行の旅に出るのはいいんだけど、嘘つきになってるじゃないか。もちろん体の傷を見れば修行をしていたのも分かるし、なんとなく強くなっている気はするけど。
私と大狼が話している所へドワーフがやって来た。
多分だが女性だろう。年齢は分からないが若い感じがする。明るい感じの茶色の髪で、後ろで二つに縛ってる。ツインテールと言うヤツだろうか。そんなことよりも、担いでいる斧が馬鹿デカい。自身と同じサイズの斧だ。よく担げるな。
「ねえねえ、アンタがこの犬っころに負けた魔族なの? 知り合いなんだよね?」
犬っころ。大狼の事だろうな。しかし、大狼をそんな風に呼ぶとはそれなりに強いのか?
大狼がそのドワーフを見てから「フン」と言ってそっぽを向いた。大狼は話すつもりはないようだ。随分と嫌っているんだな。
それにしても、私がコイツに負けた、か。戦ったのはヤトとジョゼフィーヌで、私はちょっとしか戦ってない。でも多分負けないな。
「言っておくが私は負けてないぞ」
なんとなくだが、大狼が嘘をついていないという形にした。私は戦っていないし、他の魔族になら勝ったかもしれない、という可能性を残す言い方だ。
「ふうん? じゃあさ、犬っころと貴方はどっちが強いの? もしかして貴方の方が強い?」
なんでそんなことを聞くのだろうか。大狼の方を見ると我関せずみたいな態度を貫いている。勝手に私の方が強いと言ってしまうけどいいのかな?
「えっと、私だ。私の方が強い」
ドワーフは満面の笑みになった。ドラゴニュートと違って表情がよく分かる。でも、目のギラつきがかなり不安だ。
「本当? なら、私と戦ってよ! そこの犬っころは戦ってって言っても全然相手してくれないんだ。強いと言っている割には勝負してくれないんだよね。いくら挑発しても乗ってこないしさ」
そういえば、大狼は戦うのは魔物だけと誓っていた。ドワーフにいくら頼まれても戦わなかったのはそれが理由だろう。律儀な奴だ。
私はそんな誓いは立てていないが戦うつもりはないな。ありていにいうと面倒くさい。
「やめておく。お前の方が強いということでいいぞ」
「なんだ、つまんない。ドラゴニュートもムクイ以外は戦ってくれないし……せっかく修行にきたのになー」
修行か。大狼と同じだな。まあ、頑張って強くなってくれ。私の知らないところで。
「そう言えば、貴方の名前はなに? 私はゾルデ。ドワーフだよ」
「そうか、名乗ってなかったな。魔族のフェルだ」
「フェル……? もしかしてアダマンタイトの冒険者に狙われている魔族?」
なんでそれを知っているのだろうか? もしかしてコイツはアダマンタイト?
「その通りだが、依頼は取り下げられたぞ?」
「もちろん知ってるよ。それに貴方の同意なしに挑んだらペナルティが発生することになってるからね」
ダグの奴が色々取り計らってくれたのかもしれないな。でも感謝はしない。私にあれだけの事をしたんだ。やって当然だ。
「ねえねえ、貴方はあのユーリですら勝てるんでしょ? じゃあ、やっぱり私と勝負してよ」
「さっき言ったろ、断る。ちなみにお前はアダマンタイトなのか?」
「そうだよ。『巨人』という二つ名で呼ばれてるんだ」
「いや、ちっちゃいだろ」
ものすごく早いツッコミを入れてしまった。私より低い背で、どうしてそんな二つ名がついた。
「そういう皮肉も込めてそう呼ばれているんだ。私は気にいってるんだけど」
「それは何よりだ。だが、戦うつもりはない。余計な戦いはしない主義だ。平和主義と言ってもいい」
なんだかポカンとされた。魔族で平和主義、笑うところだぞ。
「あーあ、強くなり過ぎちゃって誰も相手してくれなくなっちゃったよ。つまんないの」
「強者は常に孤独だ。そんなことが本に書いてあったぞ。慣れるんだな」
「おお、それは格好いいね!」
自分で言っていてアレだけど孤独か。私は魔界で魔王をしていた時はそんな寂しさは感じなかった。やることがいっぱいあったし、強くなろうと必死だったからな。
魔王様はどうなんだろう? 私には魔族達がいるし、村の皆もいる。でも魔王様はお一人だ。同族である人間ももういないらしい。もしかしたら、寂しいのかもしれないな。
よし、私が魔王様のお側でしっかり仕えよう。そうすれば寂しさが紛れるかもしれない。まずは龍神の祠へ行く鍵を明日借りないとな。
「あ、ゾルデさんとナガルさん! あとフェル。そろそろ宴が始まるぜ!」
ムクイが近づいてきてそう説明してくれた。でも、ちょっと待ってほしい。
「なんで私をおまけみたいに言ったんだ」
「いや、おまけだろ? このお二方は俺よりも強いけど、お前とは戦ってもいないし弱そうだからな!」
殴りたいけど我慢。そう、私は平和主義。そんなことで怒らない。
あれ? でも、大狼はムクイと戦ったのか? 魔物以外とは戦わないはずだよな?
「お前、ムクイと戦ったのか?」
「いきなり襲われたのでな。仕方なく反撃した。それに最初見た時にリザードマンかと思ってな。危うく食べてしまうところだった」
ムクイはコイツに負けたのか。もしかしたらそれほど強くないのかもしれないな。
「私も戦って倒したよ。ムクイは弱いよね」
「俺が弱いんじゃなくて、アンタ達が強いんだからな? でも、戦士長達は俺なんかよりも強いからドラゴニュートが弱いと思わないでくれよ」
「なら戦わせなさいよ。いっつもはぐらかして戦ってくれないじゃない」
「戦士長達は村を守る必要があるんだって。余計な事をして怪我でもしたら村が危なくなっちまう。だから力比べ以上の危険な戦いはしないんだよ」
なるほど。確かに意味もなく怪我したら村が危なくなるよな。防衛戦力は大事だ。
「だから、ゾルデさんはフェルと戦ったらいいんじゃないか? フェルは強いらしいし、怪我しても特に問題ねぇぞ」
「おう、コラ、お前からぶちのめすぞ。怪我しても問題ないとはなんだ。あとゾルデも期待した目でみるな。戦うつもりは無い」
「いや、フェル。戦ってもらえないか?」
背後からそんな声が聞こえたと思ったら、族長と巫女がやって来た。
「なんで私がそんなことをしなくてはならない?」
そういうのはギルド本部でお腹いっぱいだ。おかわりはいらない。
「うむ、龍神の祠へ行くだけの力を見せて欲しいのだ。あの場所はワイバーンやドラゴンなどが出る可能性がある。魔族という点で強さを疑っているわけじゃないが、結界を解除する鍵を渡すのだ。途中で行き倒れられてもこまるからな」
「……それが私に対する要望ということになるのか?」
「そうだな。そう捉えてくれて構わない。それに宴には出し物が必要だろう? 余興と考えてくれればいいのだが」
面倒だけど、鍵を借りるわけだから仕方ないか。これは取引。ギブアンドテイクだ。
「いいだろう。誰と戦えばいい? ムクイか?」
「いや、そちらのゾルデ殿だな。ムクイでは相手にならないだろう」
「親父! 息子を信じろよ!」
「よっしゃ! 待ってた! 久々に暴れられる!」
ムクイは族長のコアトに文句を言って、ゾルデは斧を振り回している。
面倒くさいことになったけど、本気出せ、とか言う話じゃないからな。適当にあしらって終わりだ。
「勝者にはバジリスクの一番美味い部分を食べさせるぞ」
本気だす。
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