龍神の巫女

 

 見えないけど多くのドラゴニュートに囲まれているのだろう。


 ムクイだけを見てドラゴニュート全体があまり賢くないと思い込んでしまった。こんな罠に引っかかる私の方が賢くない。


 ここは正直に言ってみるか。ムクイを見て思っただけだがちゃんと話せば分かってくれるような気がする。


「分かった。本当の事を言おう。山の中腹に洞窟があることは、魔王様に聞いた」


「魔王というのは、魔族達の王のことだな?」


「その通りだ。お前達が言う龍神の祠に行きたいのは私じゃなくて魔王様だ。私はそのお願いをしにきただけだ」


 私がそう言うとコアトはジッと私を見つめてきた。


「行きたい理由はなんだ?」


 さすがに龍神を仮死状態にしたい、なんてことは言えないよな。すごく怒りそう。ここだけはごまかそう。


「龍神に会って話をしたいのだと思う。詳しくは聞いていない」


「その魔王がなぜ龍神の祠の事を知っているか分からんが……無駄足だったな」


 魔王様は創造主でもあるからな。そういう方面は強い。でも無駄足? 何が無駄足なのだろう?


「龍神様と話ができるのはここにいる龍神の巫女だけだ。そしてその巫女でさえ、ここ数年、龍神様の声を聞いていない」


 コアトが隣にいるヴェールを被ったドラゴニュートの方へ顔を向けながら言った。なるほど、隣にいるのがその巫女か。巫女とやらは微動だにしないが、何となく視線を感じる。ヴェールが邪魔でよく見えないけど私を見つめているのだろう。


 それはともかく、そんなことを私に言ってもいいのだろうか?


「言っていいのか? その、色々と聞いちゃいけない事のように思えるが?」


 もしかしてムクイのようにダメなタイプの族長なのかもしれない。


「この程度の事、どうせムクイが言っておるだろう? それに特に知られたところでどうにかなる話でもない。龍神様がいなければ私達に戦いを挑むつもりか?」


 なるほど。龍神がいてもいなくても、戦力に問題があるとは思っていないのだろう。


「意味もなく襲うつもりは無い。で、どうだ? 龍神の祠へ行ってもいいのか?」


「話を聞いていたか? 龍神様とは話せないのだ。お主の王へそう伝えよ」


 あ、そうか。そういう結果になるのか。ここはなんとか丸め込もう。


「魔王様が龍神と話をしたいと言ったのは憶測だ。もしかしたらその場所自体が理由なのかもしれない。話せなくても構わないから行かせてくれないか?」


「あそこは龍神様と話す以外に利用価値はない。行くだけ無駄だ」


 それを決めるのは魔王様や私だ。でもどうしよう?


「よろしいですか?」


 急にヴェールを被ったドラゴニュートが喋った。


「もしかして魔王というのは龍神様の声を聞くことができるのでしょうか?」


 その質問はなんなのだろう? ドラゴニュートの話では龍神の声を聞けるのは巫女だけなんだよな?


 おそらく魔王様は龍神と話ができるが、ここは馬鹿正直に答える必要はないな。多分、話せる、くらいの感覚で答えておこう。


「あくまでも私の憶測だが話せると思う」


「やっぱり……」


 やっぱり? この巫女とやらは何かを知っているのだろうか?


「族長、皆を下がらせてくれませんか?」


「……良いのか?」


「はい。ここだけの話にして欲しいのです。できれば、族長とこちらの方だけで話を……」


 コアトは逡巡していたが、巫女の方を見て大きく頷いた。


「お前達、下がってくれ」


 コアトがそう言うと、私に向けられていた殺気がなくなった。しかし、部屋全体から殺気が向けられていたな。もしかして認識阻害の魔法か何かを使ってすぐ近くにいたのだろうか。


「で、話とはなんだ?」


「はい、龍神様の最後のお言葉です。『いつか私の戦友がここへ来るだろう。その時はこの祠へ導いてやってくれ』と、そう申されました」


 戦友……? それは魔王様がほかの創造主の事を言う時に使う表現だ。でも、管理者の事じゃないよな? 龍神は管理者の事だと思うけど?


「馬鹿な。そんな話は初めて聞くぞ? 本当に龍神様がそのような事を?」


「はい。龍神様の声が聞こえなくなってからも何度か祠へ足を運びました。そして一度だけその言葉を聞けたのです」


「なぜ言わなかった?」


「いつもの龍神様と口調が違っていましたので、自分の幻聴かと思っていました。でも、今日、この方の王が祠の事を知っていたようですので、龍神様の戦友というのが魔王なのかと思ったのです」


 コアトは唸り声をだしながら考え込んでしまった。


 それにしても口調が違う、か。龍神、つまり管理者が言った言葉じゃなくて、創造主が言ったのではないだろうか? 憶測でしかないけど、その可能性が高い気がする。


 どれくらい待っただろうか。族長はずっと考え込んでいるし、巫女は全然喋らない。


 さらに待つと外から歓声が聞こえた。そして、走ってくるような音が聞こえてくる。


「親父! 客人がバジリスクを狩ってきてくれたぜ! 今日も宴にしよう!」


 ムクイだった。表情を判断するのが難しいが、笑いながら言っていると思う。


「ムクイ! 族長は話中だ! 終わるまで誰も近づくなと言っていただろう!」


 二人のドラゴニュートが叫びながらムクイの後ろから走ってきて、ムクイを殴った。そして地面に倒れたムクイを引きずるように連れて行く。慣れている感じだ。


 そしてコアトは大きくため息をつく。何となく苦労は分かる。


「フェル、だったな。この件は一旦保留とさせてくれ。少し考える時間が欲しい。そうだな、明日の朝には回答をだそう」


「ダメだ。何を考えるのか知らないが、明日の朝になって、祠へ行くことが却下されたら困る。そうだな、祠の結界を解くための条件を提示しろ」


「結界を解くための条件?」


「そうだ。要望があれば引き受けてやる。交換条件というやつだな。依頼を達成したら代わりに祠の結界を解く鍵を渡せ」


「やっぱり……」


 また、巫女の「やっぱり」がでた。今度はなんだ?


「族長。結界を解くための物が鍵だと言う事も知っているようです。フェルさん、それも魔王からの情報ですか?」


「そうだ。龍神の祠という名称なのはご存知なかったようだが、山の中腹に洞窟があって結界が張ってあるというのはご存じだった。その結界を解除する鍵を借りるように言われているんだ」


 巫女がコアトの方を見る。


 コアトの方は目を瞑って唸っていたが、それも止まった。そして目を開ける。


「分かった。いいだろう。結界を解除する鍵を渡す。そしてその代わりに何かしてもらう。してもらうことはまた後で伝えよう」


 よし、何をやらされるのかは知らないがとりあえず許可を貰えた。魔王様、やりました。


「言っておくが現実的な依頼をしろよ? 無理なことはやらんぞ?」


「当然だ。無理な事を頼んでどうする」


 分かってるならいいんだけど、ものすごい面倒な事をやらされるのは嫌だな。まあ、無茶な事を言ったら殴ろう。


「さすがに今日はもう遅い時間だ。鍵を渡すのは明日でいいな?」


「ああ、もちろんそれでいい」


 魔王様に報告したいし明日でいい。でも、今日はここに泊るのか。村にいるけど、野営セットを使おう。多分、掘っ立て小屋やここで寝るよりマシな気がする。


「では今日は客人として迎えよう。別の客人がバジリスクを狩ったそうだからな。宴にするから遠慮なく食べてくれ」


「分かった。遠慮はしない」


 言質は取った。リミッターを解除する所存だ。まあ、味が期待できない分、量で攻めないとな。




 コアトと巫女はまだ話をするそうだ。洞穴を追い出された。


 外に出るともう夕方だった。夕日が眩しい。そして綺麗だ。周囲の山とマッチして普段見る夕日よりも綺麗に見える。


 そんないい気分だったのになにやら騒がしい。何かあったのだろうか。


「どう見ても私の狩った獲物の方が大きいでしょうが?」


「ぬかせ。どうみても我の狩った獲物の方が大きいだろうが」


「アオーンとしか聞こえないけど、自分の獲物の方が大きいって言ってるね! 分かった! ならここで決着をつけてやる!」


 ドワーフの女性と大きな狼が言い争いをしている。ドワーフの方には大きな狼の言葉は通じていないようだけど。


 でも、そんなことはどうでもいい。大きな狼の方を知ってる。なんでここにいるんだ?


「おい、ここで何してんだ?」


「ぬ? フェ、フェル!? お、お前、どうしてここに!?」


 なんだ、その慌てぶり。私がいたらまずいような感じだな。


「なんだよ、この方と知り合いなのか? あ、もしかしてそういう事か!」


 ムクイ達が近寄って来た。もう復活したのか。それよりも、そういう事ってどういうことだ?


「この方が倒した魔族ってフェルの事だったんだな! 魔族を倒したことがあるって自慢してたもんな!」


 ほう? その話は詳しく聞かないといけない気がしてきたぞ。

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