ドラゴニュート
魔王様と別れてドラゴニュートの村を目指している。
周囲は黒い土にむき出しの岩があるだけの荒れ果てた場所だ。そう、私の心の中のようにすさんだ場所ということだな。
改めて魔王様に忠誠を誓ったわけだから、このような扱いをされても辛くはない。でも、こう、なんかあってもいいんじゃないだろうか。大体の概要は魔王様から聞いた。でも、「じゃあ、あとよろしくね」って丸投げ感が酷い。草むしりしておいて、というぐらいの軽さで言われた。
魔王様がやらなくてはいけない事は多いと思う。私が代われるわけじゃない。私は、私ができる事をやるべきなんだろうけど、扱いが以前よりも雑になった気がする。ちょっと、いや、かなりモヤっとする。
確かに利用されてもいいとは言ったけど、それはそれとして、ご褒美的なものはあっても良かったんじゃなかろうか。頭をなでるとか。まあ、魔王様はそういうのに疎そうだからな。ちゃんと言わないとやってくれないかもしれない。
よし、今後はご褒美を要求しよう。それぐらいのワガママは言ってもいいはずだ。変な要求さえしなければ記憶を消されるようなこともないと思う。
それにしても、私はまだ魔王なのか。私が魔王だから、魔王様をアダム様と呼びますか、と聞いたら「今までの呼び方でいいよ」とおっしゃった。どうやら名前を呼ばれるのが恥ずかしいらしい。
でも、そんなのはまだマシだ。私はこれからもっと恥ずかしい思いをすると思う。魔族達になんて言えばいいんだ。やっぱり魔王だったよ、と軽く言うべきか?
ただ、アイツらの言動を思い起こすと、私を今でも魔王と思っている気がする。あれだ、能力制限を解除した時。あの時は私の事を魔王と思っているのではないだろうか。それ以外は魔王として見ていない、そんな態度だ。今度、確認しておこう。
もっと問題なのはヴァイア達だ。私が魔王じゃないって言ってしまった。魔王じゃないから勇者に殺される理由がないと何度も。私が魔王なのはヴァイア達に黙っておこう。バレたらその時だ。
そして残念ながら、いまだに勇者であるセラに殺される理由があるわけだ。今のセラは私を殺そうと思っていない感じだから、しばらくは大丈夫だろうけど、これは由々しき問題なのかもしれない。面倒くさいな。
魔王様との話で魔王様に対する不信はなくなった。でも、色々と問題が増えた気がする。
どこかで美味しい物だけ食べて、ダラダラ過ごすこととかできないかな……無理か。
多分、管理者達を全部仮死状態にして、イブとかいう奴を倒せばひと段落着くだろう。そうしたら長期休暇を取る。魔王なんて他の奴にやらせて、私は魔王様とのんびりする。おお、いい考えだ。絶対に実現させよう。
そんなことを考えながら歩いていたら、探索魔法に反応があった。結構な人数に囲まれているな。
何かが勢いよく飛んできたので躱すとそれが地面に突き刺さった。槍か?
そして三人ほど姿を現した。
二足歩行のトカゲ、だろうか。いや、鱗があるから二足歩行のドラゴンか。三人とも体は大きくて二メートルくらい。真ん中の奴だけ頭の部分が派手だ。鳥の羽でできたトサカを頭につけている? 多分、コイツらがドラゴニュートなんだろう。
「貴様、何者だ?」
槍を投げる前に聞けよ。当たって死んでたら答えられないだろうが。
「私は魔族のフェルだ。お前達に用があって来た」
魔族と言った瞬間に三人とも持っていた盾を構える。左右の二人はさらに槍を構えたが、真ん中の奴だけ、腰の剣を抜いた。さっき、槍を投げたからだろう。
仕方ない、敵対していないことを伝えないと。
まずは地面に突き刺さっている槍を引っこ抜いて、ドラゴニュートの足元へ放り投げた。
「警戒するのは仕方ないが、争いに来たわけではない。武器を収めてくれないか」
派手なトサカのドラゴニュートが警戒した感じで地面に落ちた槍を拾い上げる。その動作の間、私をジッと見つめていた。一瞬の気も抜かない、という感じが伝わってくるな。
「ちなみにこっちは名乗ったぞ? ドラゴニュートが狂暴なのは知っているが、名乗った相手に名乗り返さない程、礼儀がないのか?」
「……我々はおいそれと名を名乗らない。名前は神聖なものだ。信用できない奴には名乗らん」
「じゃあ、お前はトサカな。名前が無いと面倒だから」
「ふざけるな! 俺にはムクイというちゃんとした名前が……あ」
左右のドラゴニュートが真ん中のムクイという奴を半眼で見ている。なんというか、思っていたよりも狂暴そうにみえないな。
「貴様、卑怯な手を使いやがって……!」
「どう見てもお前の自爆だろうが。そんな事よりもムクイ。戦うつもりは無いから武器を収めてくれ」
「きやすく名前を呼ぶな!」
ドラゴニュートの年齢は分からないが、もしかして結構若いのか? 沸点が低すぎる。
右側にいる奴が「おちつけ」と言って、ムクイをなだめている。そしてこちらを見た。
「魔族のフェル、だったか? 争いに来たわけじゃないなら何しに来た? お前達は人族と戦争しているのだろう? 我々に用はないはずだ」
戦争? 人魔大戦の事か? それは五十年前に終わっている。もしかして知らないのだろうか。
「今はもう魔族と人族は争っていない。どちらかと言えば、今の魔族は人族と友好的になろうとしているぞ」
「そうか。我々は外界の事情に疎くてな。まあ、それはいい。我々に何の用があって来た?」
魔王様の話では大霊峰の中腹に洞窟があって、そこに結界が張られているらしい。それを取り除く鍵をドラゴニュートが持っていると言っていた。ただ、魔王様もどんな形をしている物なのか知らないと言っていた。
用というなら、その鍵を借りて洞窟に入ることだな。
「山の中腹に洞窟があるだろう? 中へ入るために結界を解除する鍵を借りたい」
「龍神様に会いたいと言うのか! そんなの俺だって無理なんだぞ! あそこには巫女様しか行けないんだからお前なんか――痛ぇ!」
ムクイが騒いだと思ったら、右側の奴が頭を槍で殴った。
「お前はさっきから何をばらしているんだ! それでも次期族長か! ……あ」
コイツらはコントでもしているのだろうか。そんなに面白くはないんだけど、色々と教えてくれるからありがたい気はする。というか、こいつ、次期族長なのかよ。大丈夫か。
左側にいた奴が首を横に振った。
「貴方達、もっと緊張感をもちなさいよ。はあ、仕方ないわね、この魔族を連れて村へ行きましょう。族長の指示を仰ぐのが一番だわ」
お前、女なのか。全然分からなかった。他種族の男女は区別できるけど、ドラゴニュートはダメだな。まったくわからん。
「こんな奴、この場で殺してしまえばいいだろう!?」
「貴方ね、相手の力量を測れるようになりなさいって何度も言っているでしょう? そんな事だと、あの時みたいに大怪我するわよ?」
「あ、あれはちょっと油断しただけで……!」
「そのちょっとの油断が死を招くのよ? あれはあの方が止めを刺すつもりがなかっただけ。本当なら死んでたわ」
「ぐぐぐ……」
ええと、どうなったんだろう? 村へ案内してくれるのかな? それとも交渉決裂?
ムクイを怒っていた女性のドラゴニュートがこちらを見た。警戒心はあるようだが、武器の構えを解除してくれたようだ。
「フェルと言ったわね。ドラゴニュートの村へ連れて行くわ。はっきり言って、私達じゃ貴方に敵わない。でも、襲ってくるなら腕の一本、いえ、指の一本ぐらいは覚悟して。私達も黙って殺されるつもりはないわよ」
「そんな覚悟はしない。そもそも襲うつもりがないからな」
「いいわ、その言葉を信じる。じゃあ、付いてきて。ほら、ムクイ! 行くわよ!」
「けっ! いいか! お前、後でボコボコにしてやるからな――痛ぇ!」
ムクイという奴はなんだか騒がしいし、私に敵対心をむき出しだな。まあ、二人に殴られたから不問にしてやるけど。
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