食べ物の力
ムクイ達に連れられてドラゴニュートの村へ移動している。
目の前を歩く三人以外にも周囲に何人かはいるようだが、全員手練れのようだ。気配を殺して等間隔でついて来ている。岩陰を歩いているのか全く見えないレベルだ。探索魔法がないと厳しいな。
目の前の三人も強いのだろう。でも、勝てないレベルではないな。流石に何十人と相手する場合は辛いけど、一対一なら能力を制限していてもまず負けることはないだろう。三人相手でも多分大丈夫。
「聞きたいのだけど、龍神の祠に行って何をしたいの?」
女性のドラゴニュートが歩きながらこちらを振り向いて話しかけてきた。龍神の祠ってなんだろう? あ、そういう事か。山の中腹にある洞窟と言うのは龍神の祠といわれているのだろう。
これはなんと言った方がいいのかな。神っていないことになってるみたいだし、龍神に会いたいというのは理由にならないかもしれない。となると、あれしかないな。
「観光だ。人界の面白そうな場所を見て回り、本にするつもりだ」
全部嘘で塗り固めてみた。でも、それほど悪くない理由だと思う。
「変わった魔族なのね。まあ、魔族と話した人なんていないから、実際に変わっているかどうか分からないけど」
「ドラゴニュートの中で魔族というのはどういう風に言われているんだ? ちょっと興味があるんだが?」
エルフやドワーフにはそれほど怖がられてはいなかったように思える。魔族は人族を襲う以外何もしてないし、どう思っているのかな?
「どんな風と言われていると聞かれても、野蛮、としか答えられないわよ。そもそも魔族に興味がないし。それは魔族だけじゃなくて、人族もエルフも同じね。私達は龍神様と眷属の魔物達のことしか興味がないのよ」
正直なところ、魔族もドラゴニュートを野蛮だと思っている。言わないけど。それにしても、気になることを言っていたな。ちょっと確認してみよう。
「眷属の魔物ってなんだ? 魔族の従魔みたいなものか?」
「眷属は眷属よ。同じ龍神様から生まれたとされる魔物のことね。リザードマンとかラミアとか」
リザードマンはトカゲだし、ラミアはヘビなんじゃないか? ドラゴニュートとは全然違うような気もするけど眷属なのか。まあ突っ込むほどじゃないか。
「なあ、あまり言わない方がいいんじゃないか?」
男性のドラゴニュートが少しだけ咎めている。
ムクイは怒られてからずっと無言だ。というか、何かしゃべったら殴られる感じになっている。ちょっとだけ可哀想と思ってしまった。
「これくらいの世間話くらいいいでしょ。隠しているような事でもないし」
その言い方で隠していることがある、と言っているようなものだと思うが。
なんというか、ドラゴニュートってあまり利口じゃない? 他種族から恐れられているようだし交流は全くないのだろう。嘘をつくとか駆け引きとかができないタイプだと見た。
「よし、この辺りで昼食にしよう。村までまだ距離があるからな」
男性のドラゴニュートがそう言うと、二人のドラゴニュートは頷いて地面に座ってしまった。
そして三人とも干し肉のようなものを噛みだした。ものすごく硬そうだが、三人とも問題なく噛み切っている。
「言っておくがお前の分はないぞ?」
「いや、期待していない。じゃあ、私も食事にしよう」
今日の朝、エルリガでサンドイッチを買った。残念ながら、卵が挟まれているサンドイッチは無かった。だが、トマトが挟んであったのを見つけた。
トマト、ベーコン、そしてチーズ。なんて素敵な三すくみ。すべての食材がすべての食材を生かす完璧な配合。個人的にはレタスが入っているとなお良し。
私がサンドイッチを食べていると、女ドラゴニュートがジッと見つめていた。
「言っておくがこれは私のだ」
「分かってるわよ。でも興味があるわ。私の干し肉と交換しない?」
その硬そうな干し肉を噛み切れるだろうか。自信はあるけど。まあ、いいだろう。仲良くなっておけば、話がスムーズに進むかもしれないし。
サンドイッチを一つ渡して干し肉と交換する。サンドイッチをジロジロと色々な角度から見ている。
「じゃ、頂きます」
サンドイッチをまるごと口の中に放り込んで咀嚼しているようだ。というか一口か。まあ、口の大きさから言っても一口サイズなんだろうけど。
「へえ、味わったことがない味だけど、美味しいと思うわね。祭りで出てくる食べ物みたいで楽しくなるわ」
「それは何よりだ。だが、交換した干し肉は硬い。噛み切るのに時間が掛かる。しかもしょっぱすぎる。これ、美味いと思って食べてるのか?」
「ただの保存食を美味しいとは思わないわよ。でも仕方ないわ。この辺りじゃそんな肉だって貴重なんだから大事に食べなさいよ」
「何の肉なんだ?」
「ジャイアントスネークね。それなりに高級な肉なのよ」
ヘビか。魔界でもヘビは良く食べる。大して味はないけど、貴重な食材だ。こんな味じゃないけど、懐かしく感じるな。
まあ、それはいい。気になるのはさっきからムクイがこちらをジッと見つめていることだ。
「なにか用か?」
こちらがこう聞いても何も答えない。殴られるからか。なんとなくサンドイッチが欲しいような気がする。念のため、サンドイッチを上下左右に移動させてみた。
それに合わせてムクイの視線が移動した。コイツもサンドイッチを食べたいと言う事だろうか。
「交換するか?」
サンドイッチをムクイの前に差し出すと、向こうも干し肉を差し出してきた。交渉成立と言う事か。
私の方に干し肉の需要はないけど、多少は友好的にならないとな。
ムクイは女ドラゴニュートと同じようにサンドイッチをジロジロと眺めてから口に放り込んだ。そして目を瞑って咀嚼している。
ゴクン、と音が聞こえるほど大きな音を出して飲み込んだようだ。
「うっま! なんだこれ! 俺、初めて食ったぜ!?」
なんだか反応が魔族と同じだな。いや、魔族よりも新鮮か? 魔界にも五十年前に奪った人族の食べ物が結構保管されていたからな。ある程度は美味しい物に耐性がある。
ムクイはそれが全くなさそうだ。女ドラゴニュートは祭りとやらで食べた経験があるみたいだけど。
そして今度は男ドラゴニュートが干し肉を出してくる。そんなに干し肉はいらないんだけど。
でも可哀想だから交換してやった。仲間外れは良くないよな。
反応は同じだ。食べた後、目が見開いた感じになった。
「外界にはこんなに美味い物があるのか。もうすこし外界にも目を向けるべきなのかな?」
「族長がそんなことを許すわけないでしょ。でも、祭り以外でもこういうのを食べてみたいとは思うわね」
そんな言葉にムクイが何度も頷いている。
ピンときた。もしかしてコイツら、食べ物を渡せば色々便宜を図ってくれるかもしれない。
「お前達に友好の証として美味しい物をやろう」
亜空間からリンゴを三つ取り出す。それを一人ずつ渡した。
「これはなに? 赤いわね?」
「リンゴという果物だ。美味いぞ。オススメだ」
三人とも臭いをかいで頷くと一口で口の中に入れた。そして、バキボキという音が聞こえてくる。芯まで食べているんだろう。私も良くやる。
三人ともゆっくり飲み干すと、一度深呼吸をした。
そして私にいきなり飛びかかってきた。
「これなによ! 美味しすぎるじゃない! 私、初めて食べたわよ!」
「お前ら近すぎる。離れろ」
顔がドラゴンみたいに長めなんだから、距離感を大事にしてくれ。パーソナルスペースが近すぎだろうが。
「だから言ったろ、これはリンゴという果物だ。エルフの森で採れるものなんだ」
三人がうわ言のように「リンゴ、リンゴ」と言っている。大丈夫か。ちょっとやらかしたかもしれない。
「俺、族長になったら外界進出を推進する」
「支持するわ」
「俺も支持しよう」
変な派閥ができたみたいだけど私のせいじゃないよな。多分。
でも、ドラゴニュートにリンゴが効果的な事が分かった。これは意外と早く事がすみそうな気がする。
族長とやらにリンゴを渡して、龍神の祠と言う場所に入れるようにしてもらおう。
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