三つ目の魔道具
寒さで目が覚めた。
窓の外を見ると雪が降っている。そして風も強そうだ。吹雪だな。早く暖炉っぽい魔道具に魔力を通して部屋を暖かくしよう。おっと、魔力の調整に気を付けないとな。
昨日は随分と夜遅くまで話し込んでしまった。ヴァイアが目を覚ますまで起きていようという事になったのだが、結局ヴァイアは目を覚まさなかったな。幸せそうな顔だったので無理に起こすのもなんだし、そのままお開きになった。まだちょっと眠い。
暖炉の近くで暖を取っていたら、部屋をノックする音が聞こえた。
「おーい、フェル、起きてるか? ヴァイアのところに行こうぜ。その後、メシにしよう」
リエルの声だ。ヴァイアも起きているだろうし、お腹もすいた。行くべきだろう。
「分かった。準備するから待ってくれ」
いつもの服を着て身だしなみを整えた。顔を洗う水が冷たい。急速に目が覚める。
準備を終えて部屋を出た。リエルだけかと思ったらディアもいたようだ。
「おはよう。待たせたな」
二人とも朝の挨拶を返してきた。意外に早起きだな。昨日は遅かったのに。
「眠くないのか? 結構、早い時間だぞ?」
「ヴァイアの事が気掛かりでなぁ、何となく目が覚めちまったよ。あと寒い」
「私も似たようなものかな。ヴァイアちゃんのことだから夢だと思っている可能性があるからね。ちゃんと教えてあげないと」
そこまでヴァイアも酷くはない……と思う。だが、私も気になると言えば気になる。さっそく、ヴァイアの部屋に向かうか。
向かうと言っても、三部屋となりなだけだ。すぐに着いた。
「おーい、ヴァイア、起きてるか?」
リエルが扉をノックすると、中から「お待ちください」と返事があった。ハインの声だ。
しばらくすると、扉を少しだけ開けて、ハインが顔を覗かせた。
「おはようございます、皆様。ちょうど良いところへ来てくださいました。どうぞ、お入りください」
ちょうど良いところってどういう意味だ?
ハインに促されて部屋へ足を踏み入れる。ヴァイアがベッドで上半身を起こしているのが見えた。そして窓の外を見ている。
「よお、ヴァイア、おはようさん。ようやく目が覚めたか」
「みんな……おはよう」
なんだか元気がないように思える。どうしたのだろう。
「おはよう。どうしたんだ? ものすごく暗いぞ?」
「私、死んじゃうのかな?」
朝っぱらから何言ってんだ、コイツは。ハインの方を見ると、顔を横に振った。それはどういうリアクションと捉えればいいのだろう? 手遅れってことか?
「ええと、何でだ? 健康そうに見えるぞ。変なバッドステータスもない」
私の魔眼はごまかせない。超健康体だ。目は死んでいるような気がするけど。
「なんて言うのかな? 天にも昇る気持ちなんだけど、その幸せが怖いというか。こう、今の幸せが指からこぼれ落ちそうな感じがするんだよね。もしかしたら夢なんじゃないかって気もするし……」
「ディア、ヴァイアのほっぺたを引っ張ってやれ。私だと、手加減できずにほっぺたが取れてしまうから」
ディアが頷いてからヴァイアのほっぺたを引っ張る。
「痛たたた! 痛いよ、ディアちゃん!」
「痛いんだから夢じゃないだろ? 安心するといい。あと、幸せがこぼれ落ちる? そうならないようにすればいいだけの話だ。何もしないで幸せになれる訳ないんだから」
「おお、フェル、いいこと言うな! 俺も後で使っていいか?」
「いや、まあ、いいけど」
こんな言葉を使う時があるのだろうか。シチュエーションが思いつかない。
「フェルちゃんの言う通りだよ。ノストさんと付き合うのが最終目標じゃないでしょ? 結婚して、子供は二人くらいで、犬飼って、一軒家に住むんじゃないの?」
「ディ、ディアちゃん! な、なんでそれを知ってるの!」
妄想ダダ漏れの時、誰それ構わず言ってたぞ。私も知ってる。
「で、でも、そうだよね……ここが最終目標じゃないよ。もっと幸せになれる可能性があるんだから頑張らないとね! こんなところで立ち止まってはいられないよ!」
ヴァイアの目に光が戻って来た。いい傾向だ。
「今度はどうすればいいかな!? ノストさんのご両親に、ノストさんをくださいって言えばいいかな!?」
「それ、逆だからね? ノストさんがヴァイアちゃんのご両親に許可を取りに行くんだよ? というか、まず、ノストさんからちゃんと求婚されて?」
なるほど、結婚を前提に付き合っているわけだが、求婚はまた別なのか。ノストが求婚するときは私も立ち会おう。
それと、結婚をするにはヴァイアの両親に許可を取るのか。あれ、でもヴァイアの両親はもう亡くなっているよな?
「ニアとロンがヴァイアの親代わりなんだろ? じゃあ、ノストはいつか二人に許可を取りに行くわけだ。これは俺も行かねぇとな!」
なるほど、ニアとロンか。面白そうだ。これも立ち会おう。
「わ、分かったよ! ダメだとか言ったら力で認めさせたらいいんだね!? 二人には恩があるけど、これとそれとは話が別だからね!」
「ヴァイアちゃん、ちょっと落ち着いて。そこはノストさんが頑張るところでしょ?」
へこんでいたと思ったら、今度はハイな感じだ。感情の起伏が激しいな。気持ちは分からんでもないが。
だが、元気になったのなら良かった。問題は解決したということだ。食事にしよう。お腹がペコペコだ。
「ヴァイア、元気になったのなら朝食を食べに行くぞ。着替えてくれ」
「う、うん、そうだね! ちゃんと食事して今後の事を考えなくちゃ!」
そう言えば、朝食にもサンダーバードを使った料理を出すとか言っていた気がする。昨日の料理は美味しかったからな。朝食も期待できる。それにニアに作って貰ったらもっと美味しくなる可能性があるな。村に戻った時も楽しみだ。
「ヴァイアさん、起きていらっしゃいますか?」
扉をノックする音とノストの声が聞こえてきた。心配になってやって来たのだろう。
ヴァイアの方を見ると、顔が真っ赤になっている。付き合っていてもそうなるのか。慣れれば大丈夫だとは思うけど、なんだか心配だな。
「ひゃ、ひゃい! 起きてます! もう、ずっと起きてます!」
「おはようございます、ヴィイアさん。えっと、ヴァイアさんの容態を見に来たのですが、お元気そうなので安心しました。では、これから仕事に向かいますので、行ってまいります。また夜に会いましょう」
ヴァイアが瞬間移動のように扉へ移動する。そしてちょっとだけ扉を開けた。
「あ、あの、お、おはようございます! げ、元気になりましたので! もう大丈夫ですから! また、夜に! あ! あの、その、い、行ってらっしゃい……」
最後の部分は声が小さくなった。これがいじらしいと言う事か。私には無理だな。
扉があまり開いていないので見えにくいが、ノストはヴァイアに微笑みかけたようだ。
「はい、では、行ってきます」
そしてヴァイアに礼をしてから離れて行ったようだ。
ヴァイアが余韻に浸る様に立ち尽くしている。たった数秒のやり取りなのに、ものすごい嫌な空間が展開された。
そして舌打ちが三回聞こえた……あれ? 三回? ハインを見たがすまし顔だ。多分、聞き間違いだろう。
ヴァイアがこちらを振り向くと満面の笑顔だ。ちょっと殴りたい。
「今のやり取りって夫婦っぽくないかな? えへへ」
色々心配してやったのが馬鹿らしくなってきた。私達の説得よりもノストの挨拶の方が効果高いじゃないか。
「幸せってこういう事を言うんだね……今、私の心は今日の天気のように晴れやかだよ」
「今日は吹雪だぞ? 窓が風でガタガタしてるほどだ」
そんなことを言っても今のヴァイアには何の効果もなさそうだ。実際の天気はどうでもいいらしい。
「皆様、ヴァイア様も元気になられたようですので、朝食を提案致します。いかがいたしましょうか?」
「そうだな、よろしく頼む」
これ以上、ヴァイアに付き合っていてもノロケが始まりそうだからな。早く朝食にしよう。
食堂へ着くと、昨日と同じようにクロウが上座に座っていた。傍にはオルウスも控えている。食事はもう終わったのかな。なにやら暖かそうな飲み物がテーブルにあるだけだ。私も飲みたい。
「やあ、おはよう。昨日はよく寝れたかね?」
「おはよう。おかげさまでぐっすりだ」
「ヴァイア君も、昨日あんなことがあったが、体の調子は大丈夫かね?」
「は、はい。ご迷惑をおかけしました……」
「いや、なに。気にしてはおらん。ノスト君はなかなか見どころのある青年だからね。彼にいい人ができて良かったと思っているよ」
「きょ、恐縮です……」
ヴァイアがそう言った後、昨日と同じ場所に四人で座った。直後にクロウがオルウスの方をちらりと見る。オルウスは一礼してから、ヴァイアの方へ近づいた。
「ヴァイア様、昨日お借りした魔道具でございます。あのような事がありましたので、こちらで預かっておりました」
オルウスが亜空間から二つの魔道具を取り出した。それをヴァイアの目の前に置く。
そういえば魔道具を渡してそのままだったな。
「丁寧に保管してくださって、ありがとうございます」
ヴァイアは金属の板を服にしまい、とりよせ君は亜空間に入れた。
「クロウ様、ヴァイア様へ発言してもよろしいでしょうか?」
「ハイン? 珍しいな。ヴァイア君、大丈夫かね?」
「え、はい、なんでしょうか?」
「魔道具の件ですが、ヴァイア様が私へ見せてくれた魔道具がもう一つありました。そちらも見せて頂くことは可能でしょうか?」
もう一つの魔道具ってなんだっけ?
「えっと、氷を作る魔道具の事ですか?」
「はい、その魔道具です」
そんな魔道具もあったな。魔氷のダンジョンにある氷と同じものを作れる魔道具だった気がする。私も忘れていたが、ヴァイアも出し忘れてたか。昨日はダイアンの求婚対策で色々大変だったからな。
「えっと、これですけど」
金属の塊をテーブルの上に置く。昨日と同じようにハインが「失礼します」と言ってハンカチの上に乗せた後、クロウの方へ持って行った。
「これも魔道具かね?」
「はい、ご確認ください」
クロウが金属を手に取って見つめた。すると、同じように金属を見つめていたオルウスが「なんと!」と言い出した。珍しいモノを見たな。
「オルウスはこれが何なのか分かったのか? 氷を作る魔道具だとは思うが……」
「旦那様、少し魔力を込めてみればすぐに分かります」
「ほう? オルウスが驚くほどの物なのか。どれ、試してみよう」
クロウが金属に魔力を流す。すると、小さな氷ができあがり、テーブルの上に落ちた。
「ふむ? やはり氷を作る魔道具か。これがいったい――」
クロウはそこまで言いかけてから、氷を凝視した。
それはいいんだけど、いつになったら料理は来るのかな?
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