魔術師ギルド

 

 食堂に来て椅子に座っているのに、いつまで待っても朝食が出てこない。


 仕方ないので言葉にして要求した。意地汚いと思われても構わない。これは当然の権利のはずだ。たとえ屋敷を借りている立場だとしても、それなりに高価な食材を渡したんだから問題ないと思う。


 それが効果的だったのか、あっという間に朝食を準備してくれた。


 相変わらずクロウは氷を凝視しているけど私には関係ないな。少なくとも朝食より興味のあることじゃない。放っておこう。


 朝食は卵スープのなかにサンダーバードの肉が細かく刻まれて入っていた。他にも野菜とかキノコが入っているようだが、何の種類かは分からない。あと、パンとリンゴジュースも来た。これはいい。さっそく頂こう。


 王都のパンは意外と硬いな。それにちょっと黒い感じがする。美味しいからいいけど。もしかしてスープにでもつけて食べるのだろうか。今度やってみよう。


 次はスープ。まず、香りで鼻を楽しませてくれる。そして卵と肉をいい比率でスプーンにすくい口に入れた。もともと肉は細かく刻まれているけど、歯で噛まなくてもほどけてバラバラになる感じだ。食感が楽しい。それに溶き卵が絡んで私の口を楽しませてくれる。野菜やキノコのアクセントも良し。


 リーンの町で食事をしたときはそうでもなかったのだが、この屋敷の料理人は腕がいいとみた。あれだ、シェフを呼べ、というヤツだな。呼ばないけど。


 ゆっくり時間をかけて朝食を食べた。食べ終わっても、クロウは氷を凝視しているようだ。よく飽きないな。


 そんなことはどうでもいいか。さて、三人は今日、どんなもてなしをしてくれるのかな。楽しみだ。一度部屋に戻って今日の予定を確認しよう。


「じゃあ、クロウ、ごちそうさま」


「ちょっと待ちたまえ」


 部屋に戻ろうとしたら呼び止められた。厄介ごとの気配がする。


「なにか用か? 部屋に戻りたいんだが」


「まあ、待ちなさい。こんなものを見せておいて何の説明もなく戻ることは許されんよ」


 クロウの許しなんかいらないけど、仕方ないな。ちょっとだけ付き合うか。主に私じゃなくてヴァイアが対応するようなものだし。


「ヴァイア君。これはヴァイア君が作った物なんだね?」


「は、はい、そうです」


「ヴァイア君は知らないかもしれないが、魔氷のダンジョンにある氷はすべてが魔力によって作られた物と言われている」


 あれだな。氷結地獄とか言う魔法があったとかなんとか。証拠はないらしいけど。


「魔道研究所でもその氷について色々と研究しているのだ。だが、光る氷を作れた者はいない。そしてこの魔道具。はっきり言って研究を大幅に加速させるだけの価値があるだろう」


「は、はあ。すごい、ですね……?」


 ヴァイアは良く分かっていないようだ。すごいのはそれを作ったヴァイアだろうに。


「この魔道具を購入させてもらうことは可能かね? 是非ともダイアンのもとで研究させてやりたいのだが」


「はい、構いません。屋敷に泊めてくれたお礼として献上しますので、自由に使ってください」


 クロウの手から魔道具がテーブルの上に落ちる。オルウスがすぐにそれをクロウの手に戻した。


「け、献上する? これほどの物をくれると言うのかね?」


「はい。なにかの役に立つなら使ってください」


 クロウは微動だにしない。見かねたのか、オルウスが一歩前に出た。


「ヴァイア様、こちらの魔道具は我々にとってかなり価値のある物です。もしかしたら歴史に名を残すようなものになるかもしれません。それを簡単に手放されても問題ないのですか?」


「それは大げさだと思いますけど……ええと、それは光る氷を作るだけの魔道具ですので実用的じゃないんですよね。見た目がキラキラして面白いかも知れませんが、氷を作るだけならもっと簡単な魔道具で作れます。だから渡しても問題ないです」


 その魔道具は魔力の消費が激しそうだし、できる氷もかなり小さい。確かに実用的じゃないな。


「実用的ではない? それだけの理由でお渡し頂けると?」


「はい、私が本当に作りたいのはもっと生活を良くしたり、誰にでも使える魔道具です。その魔道具はちょっと人を選びますから、たいした価値は無いと思ってます」


「たいした価値はない、かね……今までの研究を否定されているような感じだよ」


「あ、も、申し訳ありません……」


「いやいや、謝る必要はない。おそらくだが、これが魔法を使えない者が使える者に抱く気持ちなのだろうな……勉強になるよ」


 クロウは目を瞑って天井を仰ぐように椅子の背もたれに体重をかけたようだ。なにか考えているのだろうか。


 しばらく待つと、クロウは目を開いてオルウスの方を見た。


「オルウス。昨日、ダイアンと話をした件だが、ヴァイア君にお願いしたいと思う。お前の意見を聞きたい」


「よろしいかと思います。これ以上の適任はいらっしゃらないかと」


 クロウは深く頷いた。そしてヴァイアを見つめる。


「ヴァイア君。魔法を使えない人のために何かしたいと言っていたね?」


「は、はい」


「よろしい。今、オリンでは魔術師ギルドを設立しようと考えている。その初代グランドマスターとして一緒にギルドを立ち上げないかね?」


 魔術師ギルド? そのギルドのトップにヴァイアを据えるということか?


「わ、私がギルドのグランドマスター!? い、いえ、無理です!」


「なに、今すぐに、という訳ではない。そうだな、五年後、十年後ぐらいを見据えてくれればいい。どうかね? もちろん私達も支援するので全部お任せということにはならんよ」


「え、あ、あの……」


 ヴァイアが言い淀んでいる。これはちょっと間をおかないとダメだな。


「クロウ、話を急ぎ過ぎだ。すぐに答えを出せるようなものじゃないだろう」


「む、確かにそうだな。ヴァイア君の作った魔道具をみて興奮してしまったようだ。ヴァイア君達はしばらく王都にいるのだろう? その間に考えてくれれば十分だ」


「いや、それでも早いだろ。だいたい、魔術師ギルドって何をするギルドなんだ。設立する理由も分からん。そういう説明はないのか?」


「それもそうだな。オルウス、簡単に説明してもらえるか」


「畏まりました」


 オルウスが話してくれた内容はこうだ。


 魔術師ギルドの目的は二つ。魔法使いへ仕事を斡旋することと、魔法を教えること、らしい。


 オリン国では、いわゆる二流三流の魔法使いがあぶれてしまって困っているとのことだ。クロウのように国の要職にもつけず、ダイアンのように魔道研究所で働けるほどでもない魔法使いが大量にいるので、その者達へ仕事を斡旋することが目的の一つ。


 その理由は、あぶれてしまった魔法使いが冒険者ギルドやメイドギルドに流れ込んで問題になっているかららしい。


 なりたくて冒険者やメイドになるなら問題ないが、他にすることがなくてギルドに所属する者も多く、やる気のない雰囲気が周囲へ伝染しているらしい。また、普通の冒険者とトラブルも多く、危険と隣り合わせの冒険者ギルドなどでは深刻な問題になっているそうだ。


 もう一つは、お金の理由で魔法の勉強ができない者への救済とのことだ。現状、裕福な家庭の者しか魔法を学べないらしい。そういった格差をなくすために、お手頃な値段で魔法の勉強ができるようにしたいらしい。


 なんでも今ある魔法学園は入学金が支払えないという理由から平民はそもそも入れないらしい。もともと講師をする人も少ないので、多くの人数を教えることができない、という問題もあるそうだが。


「教育については何となくわかるが、仕事の斡旋というのはどうなんだ? 冒険者ギルドと変わらないと思うぞ?」


「魔法使いといっても得手不得手は明確にあります。冒険者はいわゆる何でも屋ですから、手持ちの魔法では解決できないような依頼もあるでしょう。でも、生活のためにはやるしかない、そして命を危険に晒す、ということが多いようです。魔術師ギルドへの依頼でしたら、それが得意な方に仕事を割り振れますし、仕事がない方にはギルドで講師役をやってもらうなどもできます」


 なるほど。上手くいくかどうかは分からないが、色々と考えているんだな。


 でも、そんなギルドのグランドマスターがヴァイアか。務まるのかな?


 オルウスは一通り説明を終えて、ヴァイアの方を見た。


「ヴァイア様、いかがでしょうか? 基本的なギルドの運営は旦那様や私が行う予定です。ヴァイア様には象徴としてグランドマスターの職に就いてもらえると助かるのですが」


「象徴……ですか?」


「はい。失礼ですが、ヴァイア様は平民でございます。ですが、術式の知識に関しては旦那様やダイアン様を凌ぐほど。努力すれば平民でも偉大な魔法使いになれるという例を、グランドマスターが体現している。一つの到達点が目の前にあるということは、たいへん励みになると思います」


 ヴァイアの魔力は生まれつきだが、術式の知識は勉強で得られたものだ。努力の象徴とも言えるな。


「あの、えっと、まだ、決められません……」


「はい、もちろんでございます。旦那様も言っておりましたが、すぐに、というお話ではありません。二、三年考えてくださっても問題ありませんから、じっくりとお考え下さい」


「は、はい。真面目に考えさせていただきます」


 ヴァイアはやる気なのだろうか。一応これも魔法が使えない人のためになること、なのかな。


「おお、そうかね! 前向きに検討してもらえると助かるな! そうそう、ヴァイア君はソドゴラ村に住んでいるんだね? ならこうしよう! もし、グランドマスターをやってくれることが決まったら、ノスト君を護衛としてつけようじゃないか! 将来のグランドマスターに何かあったら困るからね!」


「はい、グランドマスターをやります。ノストさんに護衛させてください」


「ヴァイア、ちょっと待て。ディア、リエル、ヴァイアを押さえろ。クロウ、タイムだ。今の無し」


 リエルがヴァイアの口を押えて、ディアが手を動かせないように糸で縛った。これでしばらくは動けないだろう。


 ノストの話がでたらいきなり承諾しやがった。もっとちゃんと考えるべきだろう。


「おい、クロウ、ノストを取引の条件に出すのは卑怯だぞ?」


「はっはっは! 貴族とはそういうモノだよ、フェル君。使えるモノは何でも使うさ。まあ、卑怯すぎるとは思うから、今の承諾は聞かなかったことにしよう。だが、ヴァイア君、そういう特典もついてくるということだ。よく考えてくれたまえ」


 そう言ってクロウは笑いながら食堂を出て行った。オルウスも一度頭を下げて食堂を後にした。


 よし、ヴァイアを連れて部屋に帰ろう。作戦会議だ。

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