魔法行使不可

 

 ヴァイアが混乱している。自分で何を言ったのかも分かっていない感じだ。


 魔道研究所と言う職場かな? そこにスカウトされたのに結婚しているとか言い出した。お付き合いを前提に結婚しているってなんだよ。色々とふっ飛ばし過ぎだ。


 だが、ヴァイアの両隣には頼りになるサポーターがいる。なんとかフォローしてくれるだろう。


 隣を見て「フォロー頼む」とアイコンタクトを送る。


 二人からは「無理」とアイコンタクトが返ってきた。頼りにならないな。


「はっはっは! ダイアン、お前の性癖はこちらのお嬢さんにばれている様だぞ?」


 クロウにそういわれたダイアンは苦笑いをしている。どうやらヴァイアがあのような回答をした理由を察したようだ。


 ここはネタ晴らしをした方がいいだろうか。なんとなくだが、クロウがいれば強制的に嫁にする、とかいう暴挙にはでない気がする。


「クロウ、ダイアン、ちょっといいか? なんとなく分かっていると思うが、ヴァイアがああいう返答をしたのは、ダイアンが魔力の多い女性を嫁にするという情報を得ていたからだ。その、なんだ。ヴァイアには気になる男性がいるんでな」


「そんなことだとは思っていた。ダイアン、これもお前が節操なく求婚するからだぞ? この国でも有名な話なのだから今後は自重するのだな」


「も、申し訳ありません、父上。皆さんも申し訳ないです。言われなかったら求婚したかもしれませんが、そういう訳にもいかないでしょう。ヴァイアさんへの求婚はしないと誓います」


 本当に求婚するつもりだったのか。最初からダイアンの評価は低いけどさらに低くなったな。


「なあなあ、魔力の多さならフェルもそうだろ? フェルには求婚しねぇのか? しても妨害するけど」


 リエルの奴が余計な事を言い出した。ルハラでそういう事は懲りているんだ。面倒なことに巻き込まないでくれ。


 ダイアンの方を見ると困ったような顔をしている。


「もちろんフェルさんも魅力的に見えます。ですが、これから同盟を結ぼうとしているルハラへ宣戦布告するようなマネはできませんから」


「ちょっと待て。ルハラに宣戦布告ってどういう意味だ?」


「ルハラの皇帝から連絡がありまして、魔族のフェルさんに変な事をしたらルハラが戦争を仕掛けるぞ、と」


「あの馬鹿」


 やっぱり完膚なきまでに叩きのめして諦めさせれば良かった。ウルを鍛えてやってディーンに勝てるようにしてやるか……いや、ルハラにはオリスアが行っているはずだ。オリスアにウルを鍛えさせよう。二年あれば勝てる。


「はっはっは! 皇帝を馬鹿呼ばわりかね? 何があったかは知らないが随分と仲のいい事だな! 我々オリン国もルハラ帝国とはそういう関係になりたいものだ!」


 ダイアンがルハラと同盟を結ぶとか言ったな。そう言えば、オリン国としてディーンをルハラの皇帝と認める声明をだすとか言ってたけど、もう終わったのだろうか。


「ディーンを認める声明をだしたのか?」


「うむ、それは出しておいたぞ。冒険者ギルドなども出していたな。ソドゴラ村はそういう情報がなかなか伝わらないかもしれないがね。そのおかげかどうかは知らないが、戴冠式は混乱なく終わったと聞いた。オリンからも使者を出す話が出たんだがね、さすがに日程が厳しいので国王の言葉だけ念話で伝えたよ」


 戴冠式か。それまで居てくれとか言われたけど、面倒だから帰ってしまったんだよな。晴れ姿を見てもらいたかったのだろうが、私に見せるんじゃなくて民に見せればいい。あれだけ手伝ってやったんだから、歴史に名を残すようないい皇帝になって貰いたいものだ。


「話を戻してもよろしいでしょうか?」


 ダイアンが微笑みながらそんなことを言った。話を戻すってなんだ?


「ヴァイアさん、先程の返事をもらっていません。いかがですか? 王都で魔法の研究をしませんか?」


 ああ、その話か。


「え、あ、あの、私、お付き合いしている人が――」


「ヴァイア、もう、その話は終わったから。ダイアンはヴァイアに求婚はしないと言っている。魔道研究所で働かないかという話だ」


 求婚されるどうこうよりも、嘘でもノストと付き合っているという状況がヴァイアを駄目にしている。もう終わった話だと気づかないほどとは。本当にノストと付き合ったらどうなるんだろう?


「え、あ、そうなの? よかったぁ」


「よ、喜ばれると、それはそれで傷つきますね……ま、まあいいです。で、どうでしょう? 魔道研究所は国が力を入れていることもありまして、優秀な方を雇いたいのですよ」


「あの、そもそも魔道研究所は何をしているのでしょうか?」


 どうやらヴァイアは落ち着いたようだ。そして当然の疑問を言っている。私も興味があるな。


「主に新魔法の研究ですね。新たな術式を構築して生活を豊かにすることを目的としています」


 魔界の開発部魔法課と同じような事をしているんだな。


 ヴァイアは魔法を使えない人のために役に立ちたいとか言っていた。魔道研究所も似たような事をしているんじゃないだろうか。


「あの、魔法の研究ということは魔法が使えることが前提なんですよね?」


「え? ええ、それはもちろんです。複雑な術式を組むための知識と、それを行使できるだけの魔力は必要不可欠ですね。職員は王立魔法学園の首席クラスが多いですよ」


「それですと、私には無理です。私、魔法が使えないんです」


 ダイアンはもちろん、クロウやオルウス、メイド達も驚いていた。


「ま、待ってください。これほどの魔道具を作れるのに魔法が使えない? どういうことでしょう?」


「えっと、これもフェルさんに教えてもらったのですが、私は魔法行使不可というスキルを持っていて魔法が一切使えません。魔法の代わりに魔道具を作ってそれを使っているだけなんです」


 ダイアンは絶句している。


 まあ、そんなスキルがあるなんて普通思わないよな。私も魔族で一人二人ぐらいしか見たことがない。


「私は魔法が使えない辛さを知っていますから、魔法が使えない人のためになにかできたらと常々思ってます。ですから、申し訳ありません。そういう事情があって魔道研究所では働けません」


「ふむ、オリン国でも千人に一人ぐらいの割合で魔法がまったく使えない者がいる。もしかしたらそういうスキルを持っているのかもしれないな……それに、もともと魔力が少ない者も多いし、魔法そのものを学ぶ機会がない者もいる。そういう人達のために何かしたい、ということだね?」


「概ねその通りです」


 私と出会う前まで魔法は一切使えなかったみたいだからな。思うところがあるんだろう。


「いや、ヴァイア君も若いのに大したものだ。私なんか、君ぐらいの頃は学園に通って魔法の威力を上げる事しか考えてなかったからね。魔法が使えない人のためになにかしようなんて考えたこともなかったよ」


「い、いえ、恐縮です……」


「ヴァイアさん」


 ダイアンが真面目な顔をしてヴァイアを見つめた。


「お気持ちは分かりました。今の魔道研究所はより複雑な魔法を使うための研究をしています。生活を豊かにするというのは嘘ではありませんが、どちらかと言えば、魔法使いがより高みを目指す研究ですので、ヴァイアさんの目指すものとは少し違うようです。潔く諦めましょう。ですが、いつか術式について相談させてください。この魔道具を見ただけで分かります。ヴァイアさんの作る術式は美しい」


 術式が美しいってなんだ? 複雑なだけだと思うけど。それに魔法を直接行使するのと、魔道具を使うのって何か違うのだろうか? もしかすると、ヴァイアが瞬間的に魔道具を作れるとは思ってないのかな。


「は、はい、その時は協力させて頂きます」


 ヴァイアの言葉を聞いたダイアンが微笑んだ。


「それにしても残念です。ヴァイアさんの考えを先に聞いていたら絶対に求婚していましたのに。求婚しないと誓ってしまったのが悔やまれますね」


「え、あ、あの……」


「はっはっは! そうだな! 私もあと二十ぐらい若かったら求婚したかもしれんな!」


 ダイアンに続いてクロウもそんなことを言い出した。モテモテだな。さすが魔法国。


「なあ、フェル……」


 リエルが神妙な顔で私を見つめている。なんだろう?


「どうした?」


「聖女がモテる場所ってどっかねぇかな?」


「……女神教の本部がある聖都じゃないのか?」


 むしろ、そこ以外にあるのか。


 リエルの事は放っておこう。とりあえず、ヴァイアの件は終わった。これで心おきなく食事ができる。


「クロウ、そろそろ食事にしないか? 腹が減ったんだが」


「おお、すまんね。早速用意させよう。オルウス、頼む」


「畏まりました」


 オルウスが人差し指と中指だけ立てて額に当てている。念話をしているのだろうか。


 しばらく待つと、部屋の扉をノックする音が聞こえた。オルウスが「入りなさい」と言うと、部屋の扉が開き、二十名ぐらいのメイドが入って来る。そしてメイド達は亜空間から料理を取り出してテーブルに並べた。結構大量にあるな。


「サンダーバードの食材がメインだが、それ以外にも色々と用意させた。遠慮なく食べてくれたまえ。もちろんマナーなどは気にする必要はないぞ」


「随分と奮発してくれるんだな。ならこちらも提供するか」


 近くにいたメイドにリンゴを渡した。三十個ぐらい渡せば屋敷のみんなで食べられるだろう。


「食後のデザートにこれを使ってくれ。みんなの分もあるから適当に分けてくれ」


 リンゴを渡したメイドが硬直している。早く亜空間に入れてくれないかな。まだ渡すんだけど。


「フェル君……リンゴと言うのは高価なものなんだがね? 王族でもなかなか食べることができない代物だよ?」


「そうらしいな。だが、私はエルフと取引しているから遠慮しなくていいぞ」


 まだ未払い分のリンゴがある。村に戻ったらまた補充すればいい。


「それだけあるなら、国王に献上してもいいかね?」


「構わないが、みんなが食べる分を奪うなよ? それと魔族からの提供だと伝えてくれ。こちらとしては友好的な関係を築きたいからな」


「分かった。サンダーバードの件も魔族からの提供だと国王に伝えておこう」


 追加でリンゴを十個渡した。残り少ないが一日一個のノルマはキープできそうだ。これ以上は渡さん。


「では、料理を楽しんでくれたまえ」


 ようやく食事だ。まずはサンダーバードからだな。


 そう思ったら、大きな音を立てて部屋の扉が勢いよく開いた。


 そちらを見ると、ノストが扉の所に立っている。どうしたんだ?


「ノスト君かね? 急にどうしたのだ?」


 クロウが怪訝そうにノストを見る。


「お食事中すみません! あ、あの、ダイアン様!」


「む、私か? なんだろうか?」


「ヴァ、ヴァイアさんは、私と結婚を前提にお付き合いをしているので、ダイアン様とは結婚できません!」


 終わった話を蒸し返すなよ。もう、放っておいて食べようかな。

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