スカウト

 

 ハインが来て、今後の予定を伝えてくれた。予想通りと言うか、予定通りというか、ダイアンと一緒に食事をすることになった。クロウと一緒に食事をするのが元々の予定で、そこにダイアンが同席するような形になったらしい。


 余計な事をしないで純粋に食事だけを楽しみたいんだけどな。とはいえ、ヴァイアを放っておくわけにもいかないし、気にならないと言えば嘘になる。なんとかフォローしてやらないと。


 時間もないのでディアが提案した作戦で行くことにした。ヴァイアとノストは結婚を前提としたお付き合いをしている、という作戦だ。


 良くある話だな。嘘で付き合っていたらいつの間にか本当に付き合っていた。そんな展開をディアは狙っているんだと思う。でも、大丈夫だろうか。さっきからヴァイアが心ここにあらずという感じだ。目の焦点が合ってないし、膝を抱えてブツブツ言ってる。


「おい、ヴァイア、大丈夫か? 演技だぞ、演技。本当じゃないんだぞ?」


「わ、わ、分かってるよ! そ、そんなことは私が一番良く分かってるよ!」


 胸ぐらをつかまれた。演技と念を押したらいけないのか。複雑な乙女心だ。仕方ない、なんとか落ち着かせよう。ノストに聞こえないように小さな声で言わないとな。


「いいか? これは予行だ。本番のための予行練習。練習でこんな感じだったら、本当に付き合った時、心臓麻痺で死ぬぞ? 心を落ち着けろ。みんなもいるんだし、フォローは万全だ」


「ほ、本番!?」


「声がデカい。あと、胸ぐらから手を放せ。力を入れ過ぎだ。私じゃなきゃ死ぬぞ」


 さっきからヴァイアの呼吸が荒いというか、魔力の制御もできていない。本当に大丈夫かな? 変なボロを出して、結婚させられそうになったら私が暴れるか。でも、それは最終手段。できれば穏便に済ませたい。


 慌てているヴァイアの肩をリエルが軽く叩いた。


「おいおい、ここに恋愛の達人がいるんだぜ? 大船に乗った気持ちでいろって」


 大船でも泥船の気配がする。だが、私なんかよりはマシか。信じるしかない。


「フェルちゃん、私も何とかサポートするから、どうしようもなくなったら暴れてうやむやにして。大概の事はそれで済むと思うから」


「ディアは状況がよく分かってるな。暴れるのは得意だ。任せろ」


 ディアとリエルのフォローに期待だな。どうしてもダメになったら私の出番だ。


 そういえば、ノストはどうするのだろう。


「ノストは食事に同席するのか?」


「いえ、ここ最近はダイアン様の護衛をしていましたが、屋敷に戻ったということで任は解かれています。普通に考えれば、同席することはありません」


 となると、やっぱりヴァイアが自分で何とかしないといけないんだな。まあ、求婚されたらノストと結婚を前提に付き合ってると言えばいいだけだ。そんなに難しくはないと思う。


「ヴァイア、ノストはいないが本当に大丈夫か?」


「だ、だ、大丈夫だよ! わ、私だってやる時はやるよ! 今、下着を代えて来るから!」


「ノストの前でそういう事を言うな。恥じらいを持て」


 簡単なミッションだとは思うんだが、どうも不安だ。


 その後、綿密な打ち合わせをしていたら、ハインがやって来た。どうやら食事の準備が整ったらしい。


 よし、いざ出陣だ。




 案内された部屋の中にはクロウがいた。長細いテーブルの上座に座っている。そのすぐそばに見たことがない奴が座っていた。顔の造形から考えてもクロウの血縁だろう。こいつがダイアンか。


 他にはオルウスとハイン、そして確かヘルメとか言うメイドがいた。


「おお、フェル君! サンダーバードを土産に持ってきてくれるとは、やることが憎いね!」


「土産じゃないぞ。ちゃんと買い取れよ?」


「はっはっは! もちろん高値で買わせていただこう。先程見せてもらったがね、あれなら国王に献上できるような代物だ。サンダーバードはなかなか遭えない上に討伐しても傷だらけというものだから、あそこまで傷がないものなら相場の倍を出しても問題ないだろう!」


 そのあたりはよく分からないから、お任せだ。少しでも高く買い取ってくれれば魔界へ送る食糧も増えるからありがたいな。


「それと屋敷の皆にも肉を分けてくれるのだろう? もちろんそれも買い取りさせてもらおう」


「その分はいい。世話になった礼だ。私が持ち帰る分だけ残して他は皆で食べろ」


「いいのかね?」


「リーンの町で門を壊したりしたからな。その補填だと思ってくれ。でも、ちゃんと食べさせろよ? 貴族の権限で奪うようなことはするな」


「はっはっは! そんなことはしないから安心したまえ。オルウス、では、そのように対応してくれ」


「畏まりました。フェル様、私からもお礼を。ありがとうございます」


 オルウスが恭しく頭を下げる。それにならってメイドの二人も頭を下げた。背中が痒くなるから礼なんかしなくていいんだけどな。


「さあ、まずは座ってくれたまえ」


 長いテーブルに横一列に座る形だ。私はクロウに近いところだな。ダイアンの正面。そして順番にリエル、ヴァイア、ディアと並んで座った。ヴァイアのフォローとして横に二人がいれば心強いだろう。


「紹介がまだだったな。不肖の息子でダイアンだ」


「初めまして。ダイアンと申します」


 ダイアンはすこし微笑んだだけだった。いわゆるイケメンなのだろう。クロウが若返った感じで、二十前半ぐらいか。魔力も相当なものだ。こいつが魔力の高い女性に求婚する、と。三人も嫁がいるならもういいだろうに。


「魔族のフェルだ」


 とりあえず、こちらも名乗っておく。そして、ヴァイア達も名乗った。


「そちらのディア君というお嬢さんには初めて会うかな? ソドゴラ村の住人かね?」


「はい、そうです。ギルド会議に参加するため王都へ参りました。こちらの三人には護衛として付いてきてもらっています」


 おお、ディアが普通に対応している。それだけでちょっと驚いた。


「なるほど、もうそんな時期だったか。しかし、ギルド会議に出るということは、ギルドマスターなのかね?」


「はい。ソドゴラ村は辺境でして希望者がおりません。ですので、僭越ながら私がギルドマスターを務めています」


 僭越なんて言葉をディアが言うからじんましんがでた。


「ふむ、若いのに大したものだ。フェル君の知り合いのようだし、今後も何かあれば屋敷を使ってくれたまえ」


「過分なる心遣い、ありがとうございます」


 ディアが座ったまま、クロウへ頭を下げる。立ち上がらなくていいのかな? まあ、いいか。


「リエル君とヴァイア君はリーンで会っているね。しかし、リエル君は聖女だったのかね? 私はそういう事に疎いから、あとからオルウスに聞いて驚いたよ」


「おう、こんな言葉遣いで悪いな。イメージとは違うだろうが、これでも聖女だ。よろしく頼むぜ」


「もともと聖女に対してイメージは持っていないから安心してくれたまえ。ただ、後で治癒魔法を見せてほしい。聖女の治癒魔法は人界一と聞くからな」


 クロウの病気が出た。まあ、被害者はリエルだから問題ないかな。


「それとヴァイア君か……」


 なんだ? クロウが言い淀んだ、というかジッと見つめている。


「迂闊だった。前回はフェル君だけを意識してしまい、ヴァイア君の存在をスルーしてしまったよ」


「は、はぁ、恐縮です……?」


 ヴァイアは随分落ち着いたようだ。ノストが部屋にいないからかな?


 でも、存在をスルーしたってなんだ? 随分と失礼だな。


「フェル君さえ凌ぐ魔力の持ち主か。それに報告では面白い魔道具を作れるとか?」


「は、はい。フェルちゃ――さんのおかげで魔道具を作れるようになりましたので」


「そうなのかね?」


 クロウが私の方を見る。疑う部分は無いと思うけど、なんで確認しているのだろう?


「そうだな。ヴァイアのスキルを見たら、魔法付与のスキルを持っていた。それを教えてやっただけだ」


「ふむ。フェル君が何か特別な事をしてヴァイア君に力を与えたとかいう訳ではないのだね? 例えば、ヴァイア君の能力を開花させたとか」


 力を与えるってなんだ? そういう事は言わないでくれ。ディアがちょっとそわそわしてるじゃないか。安心しろ、そんな芸当はできないから。


 ああ、そうか。ヴァイアに対して私が何かしたから魔力が多くなったり魔法付与ができたりするようになったと思っているんだな。


「言っておくが、そんなことはできない。ヴァイアは元から魔力が多かったし、スキルを持っていたのも私に会う前からだ」


「そうなのかね。それは残念だ。可能なら私もこうパワーアップさせてほしかったのだが」


 他を当たれ。


「ところでヴァイア君。面白い魔道具を持っていると聞いたのだが、見せてもらってもいいかね?」


 食事の前に色々やるんだな。食後の方がいいんだけど。


「は、はい、これです」


 ヴァイアがとりよせ君と念話用の金属板をテーブルに置いた。近くにいたハインが、「失礼します」と言って、それを大事そうにハンカチの上に乗せると、クロウの方へ持って行った。


 クロウはそれを受け取って凝視した。


「これは凄いな。条件指定した鳥をおびき寄せるのか。こっちは指定チャンネルへの念話が可能な上に千里眼や映像保存……だろうか、複雑な術式が組み込まれているな」


 クロウも凄い。見ただけで術式を理解したのか。


「父上、私にも見せてもらえますか?」


 黙っていたダイアンが動いた。求婚じゃないけど、なんとなく身構えてしまう。


 クロウから受け取った魔道具をダイアンも凝視した。


「素晴らしいですね。言われないと分からないような術式が芸術的に組み込まれています。ヴァイアさんは優秀な方なのですね」


 ダイアンが自己紹介したときよりも笑顔でヴァイアの方を見た。


「え、えっと、きょ、恐縮です……」


 ヴァイアは委縮しているというか、怯えている感じだ。


「ヴァイアさんは、どんなことをされて生計を立てているのですか? ソドゴラ村の事は知らないのですが、魔力や魔道具を活かす仕事をされているので?」


 ヴァイアに興味津々じゃないか。求婚されないのが一番いいのだが、これは来るか?


「ざ、雑貨屋を営んでいます……」


「雑貨屋? 魔道具を売っているという事でしょうか?」


「ま、魔道具も売ってますが、普通の日用品も売ってます……」


「なるほど」


 何が「なるほど」なんだろう? どんな手を打ってくるつもりなんだ? それとも警戒し過ぎかな?


 ダイアンが真面目な顔になった。


「ヴァイアさん。その魔力と魔法付与の力を魔道研究所で活かしませんか?」


 求婚じゃなくてスカウトされてる。これはどうすればいいんだろう?


「あ、あの! 私! お付き合いを前提に結婚してる人がいますので!」


 色々とツッコミどころが多いな。言うタイミングも内容もまるでダメだ。どうしよう? 暴れるべきかな?

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