魔氷のダンジョン

 

「それで今日はどこに行くんだ?」


 朝食を食べ終わったので、今日の予定を確認することにした。


 魔界で魔王をやってた頃は、みんな私に敬意を払ってくれたが、もてなしてくれることはなかった。実はかなり期待している。本で読んだことがある。接待というヤツだ。護衛をしながらだから気は抜けないがワクワクするのは仕方ない。


 ディアが王都観光案内のパンフレットを見て、指さし確認をしている。


「えっと、今日は魔氷のダンジョンってところだね」


「ちょっと待て」


 私の聞き間違いじゃ無ければダンジョンに行くと言った。もてなしてくれるんだよな? こう、美味しい物を食べに行くとか、歴史的な建物を見に行くとか、そういうんじゃないのか?


 ワクワクが消えて怒りがこみ上げて来た。期待が大きかった分、怒りも大きい。


「フェルちゃんこそちょっと待って。えっとね、このダンジョンにアイスバードという鳥がいるんだけど、この鳥がものすごく美味しいらしいんだ」


「鳥が美味しい?」


 どちらかと言うと、凍っていて硬そう。噛めるのか?


「そう、結構高値で取引されているみたいでね、それなりの冒険者なら結構捕まえられるらしいんだ。今日のお昼はこれにしよう!」


 食材を自分で捕まえるのか。お金を使って解決すればいいのではないだろうか。


 いや、落ち着こう。私はもてなしてもらえる側だ。私に取って来い、という話ではないのかもしれない。三人が取ってきてくれるのを宿でぬくぬくと待っていればいい可能性がある。


「分かった。じゃあ、頑張って捕まえて来てくれ」


「何言ってるのフェルちゃん、みんなで行くんだよ。護衛でしょ?」


 さも当然のように言われた。確かに護衛だから放っておくわけにはいかないけど、なんとなく納得いかない。


「一つ確認していいか?」


「何でも聞いて?」


「私をもてなしてくれるんだよな?」


「もちろん! 王都にいる間はフェルちゃんに美味しい物を食べてもらおうという計画だからね! でも、お金を払って料理を頼もうとすると、ものすごい値段になっちゃうんだよ。だから現地調達しよう!」


 予想と違ってた。何もしないでいいと思っていたんだけどな。


「おいおい、フェル、なんで残念そうにするんだよ? 鳥を捕まえんのはディアやヴァイアがやってくれるんだぜ? フェルは一緒に来てもらうだけでいいんだよ」


「そう、なのか?」


 これまた予想と違ってた。私が捕まえるものだと思っていたが。


「パンフレットによると、鳥がいるところまでちょっと遠いんだよね。そこまでの護衛だけはお願いしたいんだ。鳥がいるところまで行ったら、フェルちゃんは遊んでていいよ!」


「ダンジョンの中で遊ぶところはないと思うが、事情は分かった。そういうことなら護衛を引き受けよう。でも、本当に鳥を捕まえられるのか? 罠を張って一日ぼーっと過ごすとかは嫌だぞ?」


「そこは秘密兵器のヴァイアちゃんがやってくれるよ! ね!」


「うん、任せて。いっぱい捕まえるよ! あ、たくさん捕まえたらノストさんにもあげないと……えへへ」


 ヴァイアは何かを想像して、デレデレしている。多分、ノストに褒められた感じの妄想をしたのだろう。ちょっとキモイと思ったのは内緒だ。


「じゃあ、そろそろ行こうか。早く行かないとお昼までに戻れないもんね!」


「その魔氷のダンジョンってどこにあるんだ?」


「それがね、王都を囲っている壁の中にあるんだよ。入り口を厳重に保護していて魔物が出てこれないようにしてるみたい。ここからだと歩いてニ十分ぐらいかな?」


 壁の外に出ると一時間ぐらい戻れないから壁の内側で良かった。でも、ダンジョンが町の中にあっていいのだろうか? アビスも村の中にあるようなものだけど、あれはまた特殊だし。


 もしかすると、魔物暴走が起きても、ダンジョンの外に出さなければ問題はないのかもしれないな。ドワーフの村も入り口に結界みたいなものを張っていた。村の人達もそれほど慌てた様子はなかったし、意外としっかりした結界を張っていたようだから対策は万全なのだろう。


 ヴィロー商会はそういう結界を使えないのかな? それさえあればダンジョンを保護する権利を剥奪されるような事にはならないと思うんだが……まあ、アイツらの事なんてどうでもいいか。


「おし、行こうぜ。鳥がいる階層までそれなりに時間がかかるだろ? 昼までには戻りてぇからな!」


「そうだな。行くか」


 よく考えたらダンジョンを見るというのも一種の観光だ。面白い物があったらアビスに教えてやろう。




 四人で宿を出た。


 今日は快晴で雪は降っていない。だが、その分、寒い気がするな。今日も吐く息が白い。


 ディアがパンフレットとにらめっこをしている。少し待つと、「あっちだね」と言った。ちょっと不安だ。道、大丈夫かな?


「ああ、皆さん。入れ違いになるところでした」


「オルウスか?」


 クロウの執事、オルウスとメイドが一人、いつの間にか近くにいた。


「お久しぶりでございます」


 オルウスが礼をすると、メイドも頭をさげた。メイドの方はハイン、だったかな。


「久しぶりだな。でも、良くここが分かったな? 王都へ着いたのは門番を通して伝わっていたとは思うが、宿はその時点で決まってなかったんだが」


「フェルさん程の魔力を持っているなら探しやすいですから。それにヴァイアさんもおりますので」


 探索魔法で探したのかな。魔力の多さから考えてもすぐ見つかる可能性は高いか。


「ところで、ここまで来たということは何か用なのか? 王都にいる間に挨拶くらいしようとは考えていたが、特に用事はないぞ?」


 用があるとしたら、ノストに会いに行く、くらいかな。主にヴァイアがだけど。


「旦那様がお会いしたいとのことです。あと、よろしければ旦那様の屋敷にお泊りください。遠慮は無用だと、言伝を預かっております」


 屋敷に泊めてくれると言うことか。でも、泊ると魔法談義とか質問攻めに遭いそうだな。


 三人に視線を飛ばす。アイコンタクトだ。断ろう。この宿でいいよな?


「食事は奢りですか?」


 アイコンタクト失敗。いや、ディアはクロウのことを知らないな。なら仕方ないか。


「もちろんでございます。お客様にお食事代を頂くようなマネは致しません。末代までの恥となってしまいます」


「行こう」


「決断が早いな。でも、宿泊費と食事代が浮くなら悪くないか」


 クロウとの雑談にちょっとくらいは付き合ってやろう。必要経費だな。


「あ、でも、これからダンジョンに行くので、伺うのはお昼頃でいいですか?」


「ダンジョンでございますか? ああ、もしかするとアイスバードを捕まえに行くので?」


「はい、そうです。あ、それを使って料理してもらえると助かります」


 そもそも、鳥を捕まえてどう食べる気だったのだろう? ヴァイアが料理する予定だったのかな?


「畏まりました。屋敷の調理師に伝えておきます。それとダンジョンに行くなら、このハインをお連れ下さい。お役に立つと思います」


 ハインが優雅に礼をした。たしか魔道メイドで、ランクはローズ、だった気がする。ローズのランクが高いかどうかは知らないけど。


「えっと、いいんですか?」


「もちろんです。アイスバードがいる階層まででしたら案内もできますので、どうぞお連れ下さい。帰りは屋敷まで案内しますので」


「そういうことならお願いしようかな。余計なことで時間をかけたくないからね!」


 なんとなくディアの案内が不安だったから助かると言えば助かる。道に迷いながら目的地に行くのも醍醐味ではあるんだが、鳥を捕まえないとお昼が食べられない、なんてことになったら悲しすぎるからな。


「なら決まりだ。早く行こう」


「おっと待ってくれ。門番から聞いているかもしれないけど、俺達がいることはノストに内緒にしてくれよ? 計画が台無しになる」


「昨日、門番からその報告は受けております。ご安心ください。ノストは別の任務を請け負っており、屋敷にはおりません。今日の夜には戻ってきますので、それまでは皆さんがいらっしゃることを知り得ませんよ」


 そうだったのか。それなら屋敷で、きちゃった、ができるな。


「完璧なシチュエーションじゃねぇか。ヴァイア、しくじんなよ?」


「大丈夫だよ、何度もイメージトレーニングしたからね! 一撃必殺だよ!」


 不安だ。


「楽しそうですね。では、私の方は屋敷へ戻ります。ハイン、後を頼みますよ。では皆さん、お気をつけて」


 オルウスは礼をしてからこの場を去った。


「では皆さま、よろしくお願いいたしますわ。早速、魔氷のダンジョンへ向かいますか?」


「はい、お願いします」


 ディアがそう言うと、ハインは「畏まりました」と頷き、歩き出した。


「おい、ディア、お前が行こうとした方向と逆だぞ?」


「誰にだって間違いはあるんだよ? 許す心が大事なんじゃないかな? 痛たたたた! フェルちゃん、こめかみをグリグリしないで!」


 クロウのおかげで時間をムダにしなかったな。今日の夜くらいは話に付き合ってやるか。

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