氷結地獄

 

 ハインの案内でダンジョンの近くまでやって来た。


 ドーム型の巨大な建造物があり、その中にダンジョンの入り口があるらしい。建造物の入り口には兵士が二人立っていて、入るためには何かしら身分を証明するものが必要ということだ。


 ダンジョンの危険度は低いが、無謀な挑戦をさせる訳にもいかないので、国の兵士が見張っているらしい。もちろん魔物暴走の監視も同時に行っている、とハインが説明してくれた。


 でも、その説明だと、私はともかく三人は入れるのだろうか?


 私はブロンズランクだが冒険者。ヴァイアは商人ギルド所属だし、ディアは受付嬢、リエルは聖女だけど戦力として数えてもらえるのか分からないな。


「私達はそもそも入れるのか?」


「調べた限りでは大丈夫だよ。危険度の高い奥の方は行けないけど、アイスバードがいるところまではほとんど許可がでるんだって。もともと観光できる場所でもあるから問題はないよ」


 なるほど。それなら大丈夫か。


 兵士達の方へ近づくと、「身分を示すものをご提示ください」と言われた。


 それぞれギルドカードや女神教のカードを見せると、問題なく通してくれた。ただし、行けるのはダンジョンの第二階層までで、第三階層には行けないようだ。第三階層に行くには何かしらの魔道具が必要になっていて、それがないと奥へ行けないようになっているらしい。なかなか凝った造りをしているんだな。


 許可も出たので、建造物の入り口から中へと進んだ。でも、許可が出たのはいいのだが、あれはどうなんだろう?


「さっきの兵士達、ものすごくヴァイアを見てなかったか? もちろん私も結構見られていたけど」


「この国は魔力を重視しておりますので、相手の魔力量を見抜く者が多いのです。フェル様とヴァイア様は相当な魔力をお持ちですので、驚いていたのでしょう。お二人の魔力量は控えめに言っても化け物ですから」


 ハインは本当に控えめに言ったのだろうか。だが、私も含めて魔力量だけなら確かに化け物か。セラも相当な物だったが、ヴァイアほどではなかった。魔族や勇者より魔力が多いってどういう事なんだろうな。もしかしてヴァイアも勇者候補なのか?


「フェルちゃんやヴァイアちゃんはいいよね。それにリエルちゃんだってカード見せた時、兵士の人がびっくりしてたからね。私なんかスルーだよ、スルー」


 ディアがちょっとだけ拗ねている感じがする。


「そっちの方がいいじゃないか。はっきりいって注目されるのは煩わしいぞ」


「例えそうでも一度は体験したいよ。こう、気分良さそうじゃない?」


 そういうものか。こういうのは性格によるのかな。


「ちなみにヴァイアはどうだ? 注目されて気分いいか?」


「どうかな? 私の場合は人見知りするからあまり注目されたくないかな」


「リエルは?」


「いい男限定ならいくらでも注目を集めてぇけど?」


 やっぱり性格だな。ディアなんかは目立つと力を発揮しそうなタイプだ。逆にヴァイアなんかは委縮しそう。リエルは……我が道を行くって感じだからなにも変わらない気がする。


「そういうフェルはどうなんだよ? 注目されるのは嫌か?」


「どうだろうな。魔界では目立つ立場だったから、あまり考えたことはない。人界で目立ちたくないが、これは私の都合みたいなものだしな。そういうしがらみが何もなければ、注目を集めたくない方だとは思う」


「ふーん、フェルちゃんもヴァイアちゃんも目立ちたくないタイプなんだね。私なんかは派手に目立ちたいけどね。あ、でも、闇に生まれ、闇に生きるって感じも好きだよ?」


「それはただのチューニ病だ。目立つとか目立たないとか関係ないだろうが」


 そんなどうでもいいことを話していたら、通路を抜けたようだ。


 抜けた先は円形の広場になっているようで、天井までかなり高い。そして結構人が多い上に露店もたくさんある。どうやらここで商売をしているようだ。


「驚かれましたか? 外は寒いのでこのドーム内で商売をする方が多いのです。国や商人ギルドの許可を得て商売をしておりますので、安全に買い物ができます」


 買い物か。私は特に必要ないけど、みんなはどうだろう? そもそも何を売っているのか知らないけど。


「何か買うか?」


「私は特に買わないかな」


「魔道具は作っておいたから買い足しは必要ないよ」


「こんなところでオシャレな下着は売ってねぇよな。買わねぇ」


 売ってても買うんじゃない。


「では先に進みましょう。広場の中心に地下へと続く道がありますので、そこから第一階層へ下りることができます。では、こちらへどうぞ」


 ハインの案内でドームの中央まで来た。中央には傾斜が緩そうな道が地下へ続いている。これはダンジョンコアで作ったわけではなさそうだ。天然のダンジョンなのだろう。


 入り口部分はかなり大きく、二十メートルぐらいあるだろうか。かなりの広さを誇るダンジョンなのかもしれないな。


 ハインを先頭にその坂道を下りていく。思ったよりは寒くない。それに天然のダンジョンということで中は暗いと思っていたが、そんなことはなかった。地面はむき出しの土とか岩だが、壁や天井が氷で覆われていて、それがぼんやりと光を放っている。光を放つ氷ってどういう現象なんだろう?


「ここが第一階層『氷光の道』です。第二階層まではこの大きな道を一直線に進むだけですので、脇道に逸れないようにお願いいたします。この道にいる限りはほとんど魔物には襲われませんのでご安心ください」


「凄いな。でも、なんで氷が光を放っているんだ? 明るいから助かると言えば助かるけど」


「では、歩きながらこのダンジョンの事について説明致します」


 ハインの後について奥へ進む。その間、ハインはダンジョンの事を説明してくれた。


 このダンジョンができたきっかけははっきりしていないらしい。ただ、一番有力な説は魔法で作られたという話だ。


 オリン魔法国を建国したヴァロンはあらゆる魔法を使えた、という伝説があり、その魔法の一つがこのダンジョンをつくったらしい。


 それは「氷結地獄」という魔法。虹色に輝く超巨大な氷を作る魔法らしい。それで地面を貫いたのだという。その氷が何百年と経って溶けだし、この魔氷のダンジョンができた、ということらしい。


「残念ながら、その説も証拠はないのです。氷結地獄という魔法はあったらしいのですが、実際のところはどういう効果をもたらすのか分かっておりません。術式も失われていますから検証のしようがないのです。ロマンがある、というだけでこの説が支持されています」


 なかなか面白い説だな。こんなダンジョンを作るほどの魔法があるのか……いや、あるかもしれない、と。


「術式さえ分かれば、ヴァイアちゃんもできるかな?」


 ディアが笑顔でヴァイアにそんなことを言っている。どうだろう、これほどの氷を作るなんてヴァイアでも無理だと思うけどな。


「無理かなぁ、頑張ってもこれと同じ氷を作れるくらいだよ。魔力を全部使っても全然足りないね」


 ヴァイアはそう言って輝く氷を作り出した。


「へぇ、すごいね。周囲と同じように光る氷なんだ?」


「うん、製氷の術式に光球の術式を組み合わせて、ちょっとだけ氷の内部を回転させる術式も組み込めば同じ物だよ。あ、でも、氷が溶けないように周囲の魔力をちょっとだけ吸収しているみたいだから、それも組み込まないとダメだね。すごいね、氷結地獄って」


 はっきり言ってヴァイアの方がすごいと思うけど、まあいつものことか。


 さあ、早く第二階層へ行こう……と思ったのだがハインが全く動かない。


「ハイン? どうかしたか? 道案内を頼む」


「え? あ、その、すみません、お待ちください。ヴァイア様、今、何をされました? 氷を作られたのですか? ここにある氷と同じものを作られた?」


 ヴァイアはきょとんとしてハインを見ている。


「えっと、これですか? 見よう見まねで作ってみたんですけど」


 さっきの氷をハインに渡す。ハインはそれを食い入るように見つめていた。


「こ、これは、随分と再現率が高い氷ですね……その辺りで拾ったのではなくて、作られたのですか?」


「え、ええ、そうですけど。この魔道具で作りました」


 渡しているのはタダの金属の塊に見えるけど魔道具だ。多分、即席で作ったのだろう。


 ハインはその魔道具に魔力を流した。ヴァイア程ではないが、小さな氷のようなものができる。キラキラと輝いていて、周囲の氷と同じものだ。


 ハインはそれを手に取って確認した後、ぐるり、とヴァイアの方へ顔を向けた。


「ヴァイア様、クロウ様へこの魔道具をお見せ頂くことは可能でしょうか?」


「はあ、構いませんけど」


「ありがとうございます。では、お返しします。お屋敷に戻ったらぜひともクロウ様へお見せください」


 ヴァイアは不思議そうに顔を傾けている。なんだろう、なにかまずいことをしたのだろうか? ハインを見た限りそんな感じではないのだが、メイドギルドに所属しているからな。顔に出ていないだけかもしれない。


「申し訳ありません。こちらです」


 ハインが歩き出した。ものすごくギクシャクした歩き方だ。顔には出ないけど、体に出たか。多分、ヴァイアがなんかやらかしたんだろうな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る