職権乱用
女神教に喧嘩を売ったリエルがドヤ顔だ。相手には見えないけどいいのか? もしかして私に向かってドヤ顔してるのか?
『……本気か? 本気で女神教と敵対する気か?』
アムドゥアという奴の声が厳しい。見えないし、近くにいる訳でもないから正確なところは分からないが、殺気がこもっているような声だ。
「お前だって気付いてんだろ? 今の女神教がダメだってこと。一緒に洗脳による布教は止めようって教皇に直訴したじゃねぇか。聞いてはくれなかったけどよ」
リエルは脱走する前からそんなことをしていたのか。女神教をダメだと思っているのは嘘という訳じゃないんだな。というか、アムドゥアと一緒に直訴した?
「女神教の中にも、反女神教がいるからな。ソイツらをまとめ上げて今の教皇や四賢を辞任させるつもりだ。いや、女神教という母体を一度解体してやるぜ」
『本当にそんなことをできると思ってるのか?』
「当然。おれは聖女だぞ? それに――」
リエルが私の方を見てニヤリと笑った。
「こっちには最高の仲間がいるからな」
「お金払えよ。大金貨百枚でいいから」
金額の更新はしないでおいてやる。タイミングは魔王様が女神を仮死状態にする時かな。教皇とか四賢のことは知らないが女神がいなくなれば女神教も色々と力を失うだろう。
『はぁ、自由にやってんだな。羨ましいよ』
急に声のトーンが変わった。優しくなったと言うか、諦めた?
「お前もこっちに付くか? 歓迎してやるぜ?」
『考えておく。だが、気を付けろよ。シアスの爺さんがお前を連れ戻す準備をしているぞ。異端審問官の精鋭を引き抜かれちまった』
シアスの爺さんって誰だ? 四賢の誰かかな?
「あの爺さんが聖都を離れるのか? まあ、返り討ちにしてやるけどな」
「お前、本当にお金を払えよ? 食べ物でもいいけど」
なんだかタダ働きをさせられそうな気がする。いざとなったら無料で助けてやるけど、事前に分かっているならちゃんと雇ってもらいたい。魔界にもまだまだ食糧が足りないからお金が必要なんだ。
『さっきから別の声が混じるんだが、近くに誰かいるのか?』
私の声のことかな。水晶玉が周囲の声を拾っているんだろう。
「おう、近くに魔族のフェルがいる。俺を連れ戻そうとすると、フェルが暴れるから気を付けるように言っとけよ」
『さっきも聞いたが、魔族と一緒にいるって話は本当だったんだな。目撃証言にも魔族が一緒にいるとあったからまさかとは思っていたが……ちょっと話せるか?』
私と話すのか? 理由は分からないが、話くらいしても問題はないだろう。
「魔族のフェルだ」
『俺は女神教の四賢、使徒アムドゥアだ。その、なんだ。リエルのこと、よろしく頼む。口は悪いし、周りを振り回すし、頭の中は男のことばかりだが、悪い奴じゃない……と思う』
「褒めるところはちゃんと褒めろよ。感想じゃなくて断言してくれって」
なんだろう、アムドゥアと会ったこともないのに、いきなり親近感が湧いた。多分、友達になれる。リエルはうさんくさいとか言っていたけど、直に話を聞いた限りでは普通にいい奴のように思える。
「分かった。何の因果かコイツとは親友だ。無理やり連れ戻そうとする奴がいるなら私が対処しよう」
『それで構わない。それじゃ、こっちも色々動くか。そうだ、リエル、もう連絡するなよ。盗聴されるからな』
「そうなのか? なら最後にラジット商会の頭取に謝っておいてくれよ。俺のワガママでリーンに作るショッピングモールとやらの計画を潰しちまったんだ。金が必要なら俺の金を渡していいから」
『ああ、だからラジットの奴が急に聖都を離れたのか。多分、アイツは直接リーンに乗り込むぞ。計画を再開させるつもりじゃないか?』
「聖女御用達の店を潰そうって言うのか? なら謝んなくていい。もう一回計画を潰してやる」
それ、私がやるのか? 婆さんの雑貨屋のことだからやらないとは言わないけど。
『聖女御用達の店ってなんだ? あ、いや、言わないでいい。悪いがそっちは手伝えないぞ。聖都からだと十日間程度でリーンに着くと思う。自分で何とかしてくれ』
十日か。ちょうど帰るときにリーンで出くわしそうだ。その時にまた助ければいいや。
「おう、わかったぜ。そっちは何とかする」
『そうしてくれ。あとな、さっきの宣戦布告だが、教皇達に言わないでおく。耳に入ったら聖女を剥奪されるかもしれないからな。お前も聖女の名前で人を集めているんだろ? なら肩書は必要だ。使える物は使っておけ』
「色々考えてくれてんだな。助かるぜ」
『気にするな。こっちもお前が動きやすい様にはしておくから頑張ってくれ。じゃあな』
「おう、またな!」
リエルがそう言うと、念話が切れた。
話をした限りだとアムドゥアという奴は悪い奴じゃなさそうだ。意外にもリエルの味方っぽいしな。
でも、リエルはアムドゥアのことをうさんくさいとか言ってなかったっけ?
「いい奴そうに思えたんだが、ダメな奴なのか?」
「ダメな奴? ああ、うさんくさいとか言ったか? でも、いい男とも言ったろ? うさんくさいのは見た目のことだよ、見た目。いつも黒ずくめで、羽織ってるコートの内側に色んな薬品を仕込んでんだ。見た感じユーリの恰好に似てるんだぜ?」
「なるほど、それはうさんくさいな」
「いい男ではあるんだ。あの恰好を止めて、嫁さんがいなければ口説いてた」
そうか。なんとなくリエルと馬が合いそうな感じだったんだが。
なぜかジッとリエルに見つめられた。どうした?
「そう言えば、雰囲気がフェルに似てるな。ぶっきらぼうな感じだけど、気を使ってくれる、みたいな。話し方も似てるし」
「それは一度会ってみたいものだな」
自分がどんな風なのかは自分じゃ分からないからな。雰囲気が似ている感じの奴がいるなら会ってみたい。
「じゃあ、帰ろうぜ。腹減っちまった」
賛成だ。私もお腹がペコペコだ。早く宿に帰って夕食にしよう。
その後、シスターに挨拶してから教会を出た。シスターに背後から襲われないかちょっとだけ心配したけど、大丈夫だった。
宿へ戻ると、ヴァイアとディアが先に帰っていたようだ。だが、様子がおかしい。
ヴァイアはベッドに腰かけているだけだが、ディアがベッドの上で、枕にマウントを取ってパンチをしている。拳の握りが甘い。
「あ、フェルちゃん、リエルちゃん、お帰り」
「おう、帰ったぜ」
「ただいま。ところで、ディアはどうしたんだ? そんなに枕が憎いのか?」
「それがね、冒険者ギルドでちょっとあって――」
「フェルちゃん! 私、くやしい!」
ディアが急に立ち上がってこっちを見た。
話を聞いてみると、ギルド会議でいつも馬鹿にするギルドマスターと鉢合わせしたらしい。
売り上げはどうだとか、冒険者がいるのかとかさんざん嫌味を言われたとか。
ユーリが近くにいたが、そもそもユーリはソドゴラ村の冒険者じゃない。それにヴァイアも違う。私が専属冒険者ではあるが近くにいないということで、何も言い返せなかったらしい。
「フェルちゃん。ギルドマスターとして強制依頼を発動します。アイツを抹殺して」
「職権乱用だろうが」
目が本気なのが怖い。これから食事だと言うのに、そんな些細なことで怒るな。仕方ないから、なんとかしてなだめよう。
「以前言ったかもしれないが、魔族を専属冒険者にしたんだから会議で自慢すればいいだろ。それにヤトだってそうだし、確かスザンナもそうだったよな? 戦力としては最高だと言えるんだから気にするな」
「そ、そうだったね! 私はすごいんだ!」
「すごいのは専属冒険者だぞ? ディアじゃないからな?」
そこ大事。
「よーし、ギルド会議でアイツをコテンパンにしてやるよ! フェルちゃんも協力してね!」
「その意気だ。私も協力できるならしてやるから」
何を協力すればいいのか分からないけど、まずは夕食だ。とっとと食堂へ行こう。
「協力してくれるんだ! じゃあ、一緒にギルド会議に出てね! 協力するって言質は取ったからね! もう覆せないよ!」
しまった。ディアに協力するなんて言っちゃダメだったんだ。でも、ギルド会議に一緒に出てどうするんだろう?
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