宿場町
リーンの町を離れて北上中だ。肌寒いと言うか、本格的に寒くなってきた。
ゴンドラにはヴァイアが作った風よけの魔道具があるから、風が寒いわけじゃない。全体的にこの辺は気温が低いのだろう。
カブトムシって大丈夫なのかな? なんとなく寒さに弱そうだけど。
話を聞いてみると、余裕だそうだ。進化して色んな耐性を持ったらしい。進化ってそういうものだっけ? 魔物って不思議だな。
そう言えば大狼は元気にしているだろうか。どこで修行をしているのか知らないが、さらなる進化をしなくても強くなったら帰ってくればいいんだけど。アイツはプライドが高そうだから進化するまで帰ってこないかも。よく考えたら余計な事を言ってしまったかもしれないな。
まあ、いざとなったら探し出して強制的に連れ帰ればいいや。
「フェルちゃん、難しい顔してどうしたの? お腹減った?」
ディアが心配そうに話しかけてきた。心配そうにしているのに聞いてくるのはお腹のことか。まあ、減ってるけど。
「ちょっと考え事だ。ところで、次の町には、あとどのくらいで着くんだ?」
「お昼ちょっと過ぎには着くんじゃないかな? そこでお昼休憩してから、さらに北の町エルリガを目指す感じかな。今日はそのエルリガまで行くよ。そっちは夕方ぐらいに着くね」
次の町には意外と早く着くようだ。ディアは少なくとも一度は王都へ行っているはずだから信用しよう。でも、どんな町なのだろう? エルリガという町も気になるけど、まずは次の町だな。
「お昼休憩する町はどんな町なんだ? 結構大きな町だったりするのか?」
「前に行ったときはそんなに大きな町じゃなかったよ。どんな町って聞かれると……あまり印象には残ってないね。名前も忘れちゃった。そもそもリーンとエルリガの中間にある町だから宿場町みたいなものだよ」
大きい町じゃないのか。できれば美味しい食べ物があってほしい。旅行にはそういう楽しみ方があると本で読んだことがある。グルメ旅行というやつだ。でも、宿場町じゃ期待できないかな。
味はともかく変わった料理が食べられるといいんだがな。美味しくなくてもニアの腕で再現してもらえばいい。食べた料理はメモしておこう。いや、日記に書かれるかな?
「なあ、その町に女神教の教会ってあるか?」
急にリエルがディアに教会のことを尋ねた。どうしたんだろう?
「リエルちゃん、教会に用があるの?」
「異端審問の奴らがヴァイアのような一般人を巻き込もうとしたから抗議の連絡を入れるつもりなんだよ。それにラジット商会の奴にも連絡しとかねぇと」
昨日の夜の件と、婆さんの店について連絡するつもりか。意外と律儀なんだな。
「そうなんだ。今向かってる町にはなかったね。エルリガならあったのを覚えてるけど」
「ならエルリガで宿に泊まる前に教会へ行っておくか」
そんなディアとリエルのやり取りをヴァイアが不思議そうに見ていた。
「リエルちゃんは聖女であることを公にしちゃっていいの? ルハラの教会でも聖女を名乗ってたみたいだけど、聖都から脱走してるんだよね? 居場所がバレちゃうよ?」
「ヴァイアには言ってなかったっけ? 俺が病気じゃないことを世間にアピールして女神教を嘘つきに仕立て上げるつもりなんだよ。そうやって女神教への不信感を煽るわけだな」
確かドワーフの村でそんなことを言っていた気がするな。
「偽名まで使って逃げ出したから、連れ戻されないように最初はこそこそしてたんだが、今は、ほら、最強の護衛がいるだろ?」
リエルが私の肩に手をまわしてニヤニヤしている。突き落とすぞ。
「居場所がバレて女神教の奴らが俺を連れ戻しに来ても、返り討ちってわけだ。爺さんとも相談してそういう活動をすることにしたんだよ」
「そうなんだ。本当にリエルちゃんは女神教を潰そうとしてるんだね」
「まあ、今の女神教はかなりダメだからな。そうだ、大金貨百枚あればフェルが仕事として請け負ってくれんだけど、貸してくれねぇか?」
「そんなお金ないよ」
あの頃はお金の価値ってよく分からなかったが、今なら分かる。大金貨百枚じゃ安い。依頼料を更新しようかな。
「あの、私の前でそういう話をしないでくれますか? 知りたくなかった……」
「ユーリは寝てた方がいいんじゃないか? 余計なことを聞き過ぎだ」
「聞き過ぎではなく、話過ぎだと思いますよ?」
「だが、話を聞いた以上、お前も共犯だからな?」
「邪魔しませんから本当に勘弁してください。あ、お昼を奢るので、私は聞いていないことにしてくれませんか」
取引は成立した。
ディアが言った通り、お昼ちょっと過ぎには宿場町に着いた。カブトムシに乗ったまま町に入ると怒られそうだから、一キロぐらい手前に下りて残りは徒歩だ。
カブトムシとは町の北側で落ち合うことになった。「樹液を吸ってきます」とどこかへ飛んで行ってしまった。
町を見ると、確かにそれほど大きな町じゃない。町を守る壁もなんだか低いし、バリスタみたいなものもない。防衛に力を入れてないのかな。
「リーンと比べると随分小さいし、その、弱そうだな」
「リーンは境界の森に近いからね。森から出てくる魔物の防衛が必要なんだよ。本来、森にいる魔物ってすごく怖いんだからね? フェルちゃんが来てからそんな感じは全くなくなったけど」
ディアがニコニコしながらそんなことを言い出した。
私のせいにしないでもらいたい。最初からアイツらはそんなに怖くないだろ。だいたい、人を襲うような魔物は意志の疎通ができない下位の魔物だけだ。
「まあ、ここはそんなに危険じゃないからね。防衛力も低いんだよ。さあ、もう行こ。お腹すいてるでしょ?」
「悔しいがその通りだ。早く食事にしよう」
町の出入り口でギルドカードを見せると、普通に通してくれた。魔族だからひと悶着あると思ったが、怯えられることもなかった。
「私って魔族だよな?」
「何言ってんだ? アレか? 雑貨屋の婆さんが言ってた角が生えただけの女の子ってフレーズが気に入ってんのか?」
「そうじゃない。門番が私を見ても怯えたりしなかったから不思議に思っただけだ」
そう言うと、みんなも「ああ、そう言えば」みたいな顔をしやがった。こんなに立派な角があるのに私が魔族であることを忘れないでもらいたい。
「そんなことはどうでもいいんじゃない? まずは昼食だよ! 以前、食べた時は美味しかった気がするからここで食べよう!」
私が魔族かどうかはそんなことなのか。面倒がないからそれでもいいんだけど、なんとなく釈然としない。だが、ディアの言う通りでもある。まずは昼食だ。
店に入りテーブルに座ると、店の人が注文を取りに来た。何にしようか考えようとした矢先に、ディアが勝手にオススメを五人分頼んでしまった。別にいいけど、何が来るんだろう?
「オススメって何が来るんだ?」
「忘れちゃったけど美味しかった……気がする。以前、ここで食べた時においしかった記憶がおぼろげにあるよ」
「おぼろげなのかよ」
なにか普段食べないような料理が出ることに期待しよう。
「あの、みんな、ごめんね?」
料理を食べた後、ディアがテーブルに頭をこすり付ける感じで謝っている。それをリエルとユーリがものすごく冷めた目で見ていた。もちろん私も。ヴァイアだけは問題なかったみたいで、あまり気にしていないようだ。
「あのな、ディア。お前にも好みがあるのは分かる。だが、私達が同じだと思うな」
出てきた料理はものすごく辛かった。というか痛い。食べようとするとむせたほどだ。でも、頑張って食べた。料理を残すなんてありえないからな。
もうちょっと辛さを押さえてくれれば美味しいと言えたと思う。でも、なんでオススメが激辛なんだ。
「大丈夫だよ、フェルちゃん。辛い料理はね、痩せるらしいんだよ!」
ヴァイアが汗を拭きながら笑顔でそんなことを言っている。
「なにが大丈夫なんだ? 私が太ってると言ってるのか? 温厚な私でも怒る時はあるぞ?」
もう食べた後だから仕方ないんだけど、なんだろう。すごく疲れた。汗をかいたからかな。シャワー浴びたい。
とりあえず少し休憩しよう。すぐには動きたくない。
ちょうどいい、今のうちにソドゴラ村へ連絡しておくか。
「ちょっと念話でメノウに連絡するから、休んでいてくれ」
みんなに断りを入れてメノウへ念話を飛ばした。と言ってもヴァイアがメノウに渡した魔道具の方へだ。メノウ自身のチャンネルは知らないからな。
『はい。フェルさんの忠実なメイド、メノウです』
「いや、確かに今は雇っているんだけど、その肩書はどうかと思うぞ?」
『事実を述べただけです。それよりもどうかされましたか? 旅は順調ですか?』
「ちょっとだけ面倒な事はあったが特に問題ない。そっちは何かあったか?」
『エルフの方達がいらっしゃいました。私、初めて見ましたよ。でも、いきなりチャラそうなエルフにナンパされたのですが』
「ソイツはミトルっていうエルフだが無視していいぞ。リーンに向かうとは言っていたが、結構早かったな」
エルフは時間の流れが違うから、もう少しかかるかと思ってた。意外と行動が素早い。
『それでエルフの方達がフェルさんに木材を持ってきているのですが、どうしましょうか?』
そう言えば千年樹の木材をリンゴの代わりに貰う予定だったな。
「もしかしてちょうど来ているのか?」
『はい。木材をどこに置くか悩んでおいででした。結構大量にありますね』
「なら木材はダンジョンに置く様に言ってくれ」
あそこなら邪魔にならないだろう。
『分かりました。ちなみにヴィロー商会の方が木材を売ってくれとうるさいのですが』
「無視していい」
『はい、分かりました。こちらは以上です。フェルさんの方はなにかございますか?』
「ミトル達にリーンに行ったらエリファ雑貨店という店に行くように伝えてくれ。そこで装飾品や置物を買ったと言えば分かると思う。それと物々交換で取引できるとも伝えてくれ。買うかどうかは知らないけど」
「はい、エリファ雑貨店ですね。伝えておきます。他にはなにかありますか?」
「いや、もうないな。メノウがいてくれて助かる。お土産を買っていくから楽しみにしていてくれ」
『助かるならお土産よりも私と主従契――』
念話を切った。あのまま聞いていたら疲れることになりそうだからな。辛い料理を食べて疲れているのにさらに疲れたくない。
よし、もう少し休んだら出発しよう。
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