王都へ
今日もいい天気だ。初日に晴れとは縁起がいいと思う。
護衛ではあるが、みんなで旅行という側面もある。昨日はちょっとワクワクして寝れなかった。魔界で旅行と言ったら命懸けだから別の意味で寝れないけど、楽しみで寝れないと言うのは悪くはないな。
それに旅行自体が久しぶりだ。この三年ぐらいはそんなことすらできなかったからな。人界に来ていることが旅行とも言えるけど、どちらかと言えば仕事だ。今回も護衛という仕事ではあるが、ちょっとくらい羽を伸ばそう。
朝食を食べてから広場に出ると、カブトムシがゴンドラをタオルで拭きながら準備していた。ものすごくシュール。
五人乗るけど大丈夫かと聞いてみると、問題ないという回答をくれた。頼もしい。
その後にヴァイア達が来て、村のみんなもなぜか集まって来た。ディアにお土産を頼んでいるようだ。
「前もそうだったんだよね。王都に行くときはお土産を要求されるんだよ。王都には色々な物があるからね!」
ディアがメモを取りながら教えてくれた。なるほど、色々な物があるのか。私も何か買ってみようかな。となると、本か。
「ほうほう、このカブトムシが空を飛ぶのですかな? なるほど、このゴンドラに乗せて運ぶのですか」
ラスナがゴンドラを見ながらそんなことを言っている。ラスナは興味津々と言う感じだが、ローシャはなんとなく疑っているような目だ。
「お前ら、本当に村の土地を買ったのか?」
「気になりますかな?」
ラスナが笑顔でこちらを見ている。
「どれくらいの広さなのかは知らないが、大金貨一万枚も払うようだったからな。気にはなる」
「まったく、あんな大金を払うなんて……」
どうやらローシャは納得していないようだ。私も納得できん。とはいえ、払った、と言うことは買ったんだろうな。
「私の見立てではすぐに回収できますぞ。これからはご近所ですから良しなに」
演技かもしれないがラスナは上機嫌だ。そして見送りに来てくれた村長はちょっと苦笑している。
小声で「本当に払うとは思いませんでした」とか言ってる。やっぱりかなり吹っ掛けたんだな。
「よく分からんが、お前たちなら村の近くを勝手に開拓して住んでも良かったんじゃないか?」
そもそもこの森は誰の物でもない。村長達も勝手に開拓して住んでいるだけのはずだ。
「それでは村の者として認めてもらえませんからな。近くに住んでいる人という程度の認識では意味がないのですよ。近くに勝手に住み付いたら、フェルさんだってそう思われるのでは?」
まあ、そうだな。村の近くにヴィロー商会の奴らが住み始めたなって程度の認識にしかならない。
「このソドゴラ村にちゃんと許可を得て住み始めた、という状況が必要なのです」
「そうか。まあ、頑張ってくれ」
敵対的な行動を取らないなら特に問題はない。でも、なんとなく不安だ。メノウにちゃんと見張らせよう。
「メノウ、村のことよろしく頼むな」
「お任せください。メイドとして任務を遂行して見せますよ!」
メイドの仕事って任務っていうのか?
「あ、メノウちゃん。これあげるね」
ヴァイアがメノウに片手で持てるくらいの金属っぽい板を渡した。
「ヴァイアさん、これは何でしょう?」
「私達に念話を送れる魔道具だよ。私達四人のチャンネルを登録しておいたから、何かあったら連絡して。フェルちゃん以外は私達も同じものを持ってるんだ。こっちのものにはメノウちゃんのチャンネルが登録されてるから」
私達四人? ディアとリエルの分も登録されているのか? それにメノウの分も? いつの間に。
そして、メノウは驚きの顔で固まっている。
「こ、こんな高価な物は受け取れませんよ!」
「実質タダだから大丈夫だよ。私が作った物だし、板はグラヴェおじさんから使わない金属を貰っただけだから。それにもうそれはメノウちゃんの魔力にしか反応しないから、返されても困るんだ」
すでに退路を断っている。これは受け取るしかない。
メノウは目を瞑ってから、板を両手で抱えるようにしっかり持った。
「分かりました。ありがとうございます、ヴァイアさん。大事にしますので」
「うん、でも、壊れちゃったら言ってね。すぐ直すから。ほかにもいろんな術式を組み込んでいるから試してみて。これマニュアルね」
あとで私もみんなのチャンネルを聞いておこう。念話できるなら便利だしな。
「ちょ、ちょっといいかしら? 貴方、魔道具を作れるの!?」
ローシャがいきなり声を上げたと思ったら、ヴァイアに詰め寄っている。
「え? ええ、まあ。フェ、フェルちゃんのおかげで、そ、そういうスキルを持っているのが分かりましたので」
ローシャがラスナの方に振り向く。ラスナはまた顎に手を当てて、ヴァイアをジッと見つめていた。
「フリーの魔法付与師ですな。どこの商会とも契約していないと思われますぞ。おそらく商人ギルドにも登録されていないでしょう」
「あ、貴方、ヴィロー商会と契約しない!? 好待遇で雇うわよ!」
「は、はあ? い、いえ、私は――」
どうやらヴァイアをスカウトしているようだ。あまり気にしてないけど、やっぱりヴァイアは人族の中でもすごいんだな。魔道具を作っても日用品が多いし、普段が普段だけに、すごさが半減されてるけど。
そんなヴァイアとローシャがいるところにメノウがスッと近づく。力を入れた感じはしないのに、メノウはヴァイアとローシャを簡単に引き離した。
「ちょ、何するのよ!」
「ローシャ様、おやめください。ヴァイアさんが嫌がっております。それにヴァイアさんはこれから王都へ出発するのです。話なら帰った後でお願いします」
「そんなこと言ってたら他の商会と契約するかもしれないでしょ!」
「なら、それまでの縁であったということです」
よく分からないけど、メノウはこういう対処もしてくれるのか。
「メノウちゃん、ちょっと待って。話は簡単だから大丈夫だよ」
「よろしいのですか?」
「うん。えっと、ローシャさんでしたっけ?」
「そ、そうよ。で、どうかしら? 細かい契約内容は後で――」
「フェルちゃんを騙そうとした商会と契約する気はないです」
珍しい。ヴァイアがそんな強気で言い切るとは。それに、なんだか、こう、嬉しい感じがするな。
「そ、それはちゃんと謝ったわよ!」
「フェルちゃんが許しても私が許すとは思わないでください。でも、元々どこの商会とも契約する気はないので、それだけは安心してくれていいですよ。それに同じ村の人ですからね。私のお店の商品は売りますから、そこで買ってください」
ローシャが悔しそうにしている。
よく考えたらヴァイアの店とライバルになるのか。むしろ売らなくてもいい気がするけど。
「まあまあ、会長。残念ではありますが、この村に支店を出すのです。村のみなさんに信頼されるように頑張りましょう」
「……ラスナはお金以外信用してないじゃない。信頼なんて言っても嘘くさいわよ?」
「まあ、そうですな。ですが、お金で買えない物があるのも事実。この村だとお金以外の信用、信頼がもっとも重要なものなのでしょう。なら切り替えていかなくてはいけませんぞ?」
お金が重要と言う割には、考え方が柔軟というかなんというか。そもそもローシャに従っているのは金になるのだろうか?
一応、ラスナに言われてローシャは引き下がったようだ。暴走気味のローシャをラスナが抑えている感じだな。いいコンビ、なのだろうか。
だが、そんなことよりもさらに厄介なコンビが来た。
「ユーリが一緒に行くのに、なんで私は行けないの?」
スザンナが頬を膨らませている。
「いや、別にスザンナは一緒に来てもいいぞ?」
「そうなの?」
「ああ、だけど、右足が人質に取られているぞ? 一緒に来るのは無理だと思う」
スザンナの足にアンリがくっ付いている。
「スザンナ姉ちゃん、裏切りは許さない。一緒にお留守番しよう」
「これはずるい」
スザンナはアンリと私を交互に何度も見ている。ついて行きたいけど、アンリを裏切れない、そんな葛藤が見て取れる。
「はい、そんなアンリちゃん達にヴァイアお姉ちゃんからプレゼント」
ヴァイアが二人になにかを渡した。メノウに渡したように金属っぽい板だ。
「魔力を使うからアンリちゃんはちょっと厳しいかもしれないけど、私達に念話できる魔道具だよ」
「ヴァイア姉ちゃん、これを貰っていいの?」
「うん、向こうに着いたら連絡するから。実はこれ、映像を送ったりもできるんだ。王都の映像を送るから楽しみにしてて」
「すごい、これは九大秘宝の上。殿堂入り。ヴァイア姉ちゃんありがとう。大事にする」
「私も大事にする。ありがとう」
二人とも嬉しそうだ。というか映像を送るとか言ったか? 念話じゃなくてそんなこともできるとは。
「なんで国宝級の魔道具が作れるのよ……」
ローシャが呆れたような悔しいような不思議な顔をしている。そしてラスナはなぜか大笑いだ。
留守にするのがちょっと心配だな。メノウがいるから大丈夫だとは思うけど、マメに連絡するか。
とりあえず、準備は終わったようだ。ディアもリエルもユーリもゴンドラに乗り込んでいるし、後は私とヴァイアだけだ。
「それじゃ村長、ちょっと行ってくる。なにかあったらメノウにでも伝えてくれ。念話で連絡できるから」
「分かりました。今の時期の王都は寒いと聞きますので気を付けてください」
村長がそう言うと、村のみんなも「気を付けてな」とか「お土産よろしくな」とか言っている。ニアやロン、ヤトも見送りに来て「気を付けなよ」と言ってくれた。
「よし、出発だ」
カブトムシがゴンドラに覆いかぶさる。そして浮遊感を感じたと思ったらもう空だった。
ゴンドラから下を見るとみんなが広場で手を振っている。畑の方では従魔達がこちらを見上げていた。アイツらも一応見送ってくれるのか。
ヴァイアとディアがゴンドラから身を乗り出して手を振り返していたので、私も軽くだけ手を振っておいた。
さあ、旅行を楽しむか。
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