秘書と発見者とスペシャルな料理

 

 昼食後はヴァイアもディアも帰った。仕事があるのだろう。


 だが、リエルはまだここにいる。仕事はいいのだろうか?


 そんな私の目に気付いたのか、リエルは肩をすくめた。


「さっきも言ったろ? 仕事し過ぎて疲れた。今日はもうやらねぇ」


「勝手に休まれたら、女神教の爺さんが大変じゃないのか」


「実は爺さんも今日は休んでる。昨日一日頑張ったからな。そうそう、色々な問い合わせに対する回答をしたんだが、何人かはこの村に来るみたいだぜ?」


 人がどんどん増えるな。それだけ村が賑わうならいいのかもしれないけど、この村はこのままでいて欲しい、という気持ちもある。なんというかマイナーなものがメジャーになると寂しいというか。エゴってやつかな。


「みなさんは楽しそうでいいですね。私はお留守番ですか、そうですか」


 メノウが半分瞼を閉じた目でこちらを見ながらそんなことを言っている。モップを持つ姿がなぜか怖い。


 ちょうどいい、お願いしないとな。


「メノウ、メイドを雇うにはいくらぐらい掛かるんだ?」


 メノウは一度きょとんとしてから、高速で近づいてきた。走ってはいないんだけど、不気味な移動法だ。


「とうとう私を専属のメイドとして雇ってくれる決意をしてくれたんですか! 無料! 無料でいいです! メイドギルドからもそう言われてますから!」


「なんでメイドギルドからそんなことを言われているんだ? だいたい専属のメイドってなんだ?」


「その人のみに仕えるということです。健やかなるときも、病めるときも、生涯、忠誠をつくしますよ!」


「そのフレーズ、結婚式で聞いたぞ?」


 専属のメイドを雇うと結婚することになるのだろうか? まあ、それは冗談なのだろう。それにメイドと言うよりは秘書だ。身の回りの世話じゃなくて面倒な事を対応してくれる人を雇いたい。


「メイドを雇いたいというよりは秘書を雇いたい。私にも色々と面倒なことが増えた。それを対処してくれる人族に詳しい奴を雇いたいんだが、メノウが適任だと思ってる。どうだ?」


「もちろんやらせていただきます。フェルさんの手を煩わせることなく面倒な事は全て排除致しましょう」


 即答された。


「いや、排除するんじゃなくて、対応してほしいんだが。昨日の商会とかだな。商談というのは苦手だ。あと、私が村にいないときの対応だな。従魔達じゃ対応できない部分をお願いしたい」


 実際どういうことがあるのかは分かってないけど。


「分かりました。村で魔物のみなさんが対応できないことを私に任せてくださるということですね?」


「まあ、そうかな」


「もちろんお受けいたしますよ! では、この主従契約書にサインを――」


 またあの紙が出てきた。そういう契約はしたくないんだけど。なんと言えばあきらめてくれるんだろう?


「えーと、メノウ、お前と私は親友だ。だから、主従契約を結ぶつもりはない。親友にお願いはしても、命令なんてしないだろう?」


 メノウが少しのけ反ってから片足をついた。胸を押さえて苦しそうにしている。さらに肩で息をしている。なにがあった?


「なんという強力な一撃。永遠に主従契約を結べないという悲しみよりも、親友であるという喜びの方が勝ってしまいました。いつの間にか友達から親友にランクアップしてるなんて」


 メノウはもっと普通の奴だと思っていたんだが、そんなことなかった。メノウもおかしい奴だったんだな。


「何で俺の方を見ながらため息をついた?」


 何となくリエルを見てしまった。


「すまん、特に意味はないぞ」


 私の周囲は変な奴しかいない。悪い奴じゃないんだけど。


 メノウが立ち上がりこちらを見てから頷いた。


「フェルさんの言いたいことは分かりました。本来でしたら一日大銀貨一枚は頂きたいところですが、割り引いて小銀貨一枚でいいですよ」


「いきなり十分の一なんだが、それでいいのか?」


「親友割引です」


 そんな割引があるのか。というか大銀貨一枚がぼったくりなのか?


「わかった。それじゃ三十日分、大銀貨三枚だけ渡しておく」


 テーブルに大銀貨三枚を置く。メノウは一度頷いてから大銀貨を受け取った。


「確かにお受けしました。では、フェルさんの手を煩わせる者は私の方で抹殺――対応しますので」


「抹殺するなよ? 暗殺メイド的な仕事は頼んでないからな? ちょっと不安だけど、よろしく頼む。それと私が村を離れている時は、私の従魔達と連携して対応してくれ。アイツらは結構強いから」


「何度かお目にかかったことはありますが、結構強いという評価はおかしいかと。結構どころか、国一個ぐらい落とせそうな感じなんですけど……?」


「そういうことをしないように見張りも頼む。私の手を煩わせるのは、味方にも多いから」


「おう、そこでなんで俺の方を見るんだ? 言いたいことがあるならはっきり言え」


「親友だから言わない」


「それは言ってると同じことじゃねぇか!」


 暗に言っているだけで、実際は言っていないから大丈夫だぞ。




 そんなこんなでリエルと午後を過ごした。だが、リエルの話は恋愛戦術が多すぎる。車懸かりとか、キツツキ戦法ってなんだよ?


 いつかヴァイアを主役にした小説を書くつもりだから無駄にならないけど、どうやって使えばいいのだろうか。


 さて、そろそろ夕食の時間だ。スペシャルな料理ってなんだろう? ちょっとドキドキする。


 そんな期待に胸を膨らませていたら、食堂に誰か入って来た。よく見たらユーリだ。


「フェルさん、冒険者ギルドの本部へ行くと言うのは本当ですか?」


 どうやらアビスから話を聞いたようだな。


「ああ、本当だ。ディアがギルド会議とかいうのに出席するからその護衛として行くつもりだ」


「そういうことですか。それでしたら私も一緒に行っていいでしょうか? ギルドからフェルさんを見張る様に言われてますし、私がいた方が向こうでも色々話が通じやすいと思いますよ?」


 一緒に、か。私だけなら別に構わないけど、今回はディアの護衛だし、ヴァイアやリエルも行く。私だけ意見で決めるわけにはいかないな。


「護衛という名目だし、他にも行く奴がいるからな。返事はちょっと待ってくれないか? 一応聞いてみる」


「でも、フェルさん達はカブトムシのゴンドラに乗るんですよね? あれに徒歩で追いつくのは不可能なのですが」


「それなら馬車でくればいいんじゃないか? ヴィロー商会の持っている馬車がいい物らしいぞ?」


「ヴィロー商会? どうしてヴィロー商会が出てくるのですか?」


 もしかして昨日からずっとアビスの中にいたのかな。ユーリは何も知らない可能性があるのか。


「昨日、ヴィロー商会が来てアビスを乗っ取ろうとした。私がアビスの発見者になっているようなんだが、そのアビスを管理する権利を奪おうとしたんだ。それからなんやかんやあって村に支店を出すことになった。いまも村の周辺にいるんじゃないか?」


「因果関係はよく分かりませんが、そんなことがあったのですか。私はアビスに籠って調査していたから知りませんでしたよ」


「そういえば、アイツらは冒険者ギルドから情報を得ていたようだな。アビスの発見者が私だと知ったのは冒険者ギルドからの情報だとか言ってた。それ以前に何で私がアビスの発見者になっているのかが不思議だが」


 よく知らないけどそういうのは勝手に教えていい物なんだろうか。個人情報だと思うが。そもそもアビスを発見したという申請をしたわけでもないのに発見者になってる理由がわからん。


 露骨にユーリが顔を逸らした。なんだ?


「おい、ユーリ、もしかしてなにか知っているのか?」


「お、怒らないで聞いてくれますか?」


「内容による」


 アビスを発見したのは私だと冒険者ギルドへ連絡したのはユーリだった。そこからまわりまわってヴィロー商会にその情報が伝わったらしい。つまり、一番の元凶はコイツだ。


「ダンジョンの登録がされていないことを知りまして、私が気を利かせて登録を、と思ったんですが、余計なことでしたかね?」


 ユーリから汗がダラダラと流れている。


「そうだな。結果、セラに逃げられた。余計な事をしたとしか言いようがない」


 とはいえ、悪気があったわけでもないし、セラと共謀していたわけでもないのだろう。なら、お咎めなしだな。


「お前にはギルドの声明を出してもらった借りもあるし今回は不問だ。だが、あまり余計なことはするなよ。面倒くさいから」


「ええ、今度は何かするときは問題ないか聞きますよ」


 余計なことをするなって言ってるんだけど。


 まあいいか。そんなことよりも夕食のために精神統一しないとな。




 夕食はどうやらみんなで食べる物らしい。ヴァイアとディアが来るのを待たないといけないそうだ。


 もうしばらく待つと、ヴァイアとディアがやって来た。これで揃ったな。


「ヤト、ニアにスペシャルな料理というのをお願いしてくれ」


 ヤトは頷いてから厨房へ向かった。


 それを聞いたディアが不思議そうな顔をしている。


「スペシャルな料理ってなんのこと?」


「私も良く知らない。ニアが今日はスペシャルな料理を出してくれると言っていたんでな。楽しみだ」


 多分、こう、すごい、と思う。


 準備に時間が掛かるようだな。先に話をしておくか。


「実はユーリが一緒に行きたいと言っているんだが、一緒のゴンドラに乗せてもいいか?」


「私は別にいいよ。行先同じだしね。うさんくさいけど」


「俺も別に構わねぇぜ。うさんくさいけど」


「私も大丈夫。うさんくさいけど」


「あの、近くのテーブルにいるので、もうちょっと聞こえないように言ってくれますか……?」


 涙目のユーリがそんなことを言っている。


「だったら、もうすこしうさんくさくない服を着ろ。全身黒づくめだろうが。まあそれはいい、話は聞いていたな? とりあえず一緒に行くことは問題ないようだから明日の朝に広場に来いよ?」


「はあ、分かりましたよ。置いて行かないでくださいね」


 ユーリはトボトボと階段を上がって行った。ちょっとかわいそうなことをしたかな。


「おまちどうさまですニャ」


 ヤトが火の点いた台のようなものを亜空間から取り出した。その上に大きな鍋を置く。鍋の中には肉や野菜がぎっちり入ってる。ぐつぐつ、という音が心地いいな。


「これはスキヤキですニャ」


 スキヤキ?


 ヤトは亜空間からさらに小皿を取り出した。あと卵。


「生卵に絡めて食べるニャ」


 なんとそんな食べ方が。卵を焼いたりせずにそのままか。これは私に対する挑戦とみた。


「これはオリンでよく見る料理だね。以前、ギルド会議に出た時、向こうで食べたよ」


「一度だけ食ったことあるな。冷めてておいしくなかったけど」


「私は初めて。生卵に絡めるってすごいね」


 それもそうなんだが、問題はみんなで一つの鍋ということだ。いわばバトルロイヤル。誰かを犠牲にしなくては沢山食べられない。親友だが周りは全員敵だ。


 そこにメノウがやって来た。


「では僭越ながら私が鍋奉行を務めますので」


 鍋奉行ってなんだ?


 自分で食べるものを取れるわけじゃないのか。メノウが取り分けてくれるようだ。


「フェルの分が多くねぇか?」


「気のせいです」


 おお、メノウが味方だ。王都でお土産をかってきてやろう。


「では、取り分けるのは最初だけですので。残りはバトルロイヤルです。正々堂々戦ってください」




 スキヤキは美味しかった。


 甘い汁とそれが染み込んだ肉と野菜が生卵の味とマッチして一緒に襲ってくる感じだ。そして具材が食べ終わると、うどんによる増援。これも美味しい。なんでも、お米を入れるバージョンもあるらしい。今度やってもらおう。


 たしかにスペシャルな料理だ。あまりの美味しさにモヤモヤしたものもちょっとは解消されたしな。


 それにヴァイア達も私に遠慮してくれたのだろう。バトルロイヤルなのにギスギスしなかったしな。たまには気を使われるのも悪くない。


 さて、明日から護衛という名の旅行だ。早めに寝て明日に備えよう。

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