アイドルメイド
食堂にいる皆が固まっている。この空気をどうしたらいいのだろう?
知らん振りしてアビスへ向かおうか。うん、それがいい。
「フェルちゃん、知り合いなの?」
だが、ヴァイアにメノウの事を振られた。その言葉に皆の視線が集まる。知らん振りをするのは無理だな。
「久しぶりだな、メノウ」
軽く手を振った。メノウが私に気付くと、満面の笑みになる。
「あ! フェルさん! お久しぶりです! じゃなくて、お久しぶりですわね! 息災そうで何よりですわ!」
無理してキャラを作らなくてもいいんだけどな。普段のメノウとギャップがあり過ぎてなんとなく馬鹿にされている気がする。
周囲に私が知り合いだという認識が伝わったのか、ざわつきはじめた。
「縦ロールだ」
「縦ロール?」
「縦ロールすぎないか?」
「縦ロールと猫耳。それは禁断の組み合わせ」
よく見ろ、縦ロール以外もあるだろうが。白黒的なところとか。
「メノウ、ちょっとこっちに来てくれ」
なんだか晒しものになっているから助けよう。
「あ、はい。じゃなくて、分かりましたわ!」
メノウがテーブルに近づいてから、胸をそらしてのけ反った。
「よろこんでくださいまし! 私がわざわざフェルさんに会いに来ましたわ!」
「いや、そういうのはいいから普通に話せ」
ちょくちょくボロが出ているじゃないか。慣れない言葉遣いなんてしなくていいんだけど。それにその喋り方にイラっとするし。
「なあなあ、コイツ誰だよ?」
リエルがそんなことを言っている。もしかして、このバージョンのメノウって初めて見るのか?
「メノウだ。アイドル冒険者をやってる時のな。メノウ、涙目になるな。リエルはそっちの姿を知らないだけだから。忘れているわけじゃない」
本当に忘れてないよな? ちょっと怪しい。変な事を言ってトドメを刺すなよ?
リエルが「あー? メノウ?」とか言いながらメノウをジロジロ見ている。メノウはリエルを涙目で見つめた。「思い出してください」という眼力を飛ばしている気がする。
しばらくすると、リエルは左の掌を右の拳で叩いた。
「ああ! 化粧をしているから分かんなかったぜ! メノウじゃねぇか!」
「そうですわ! さっきからそう言ってますけど、メノウですわ!」
メノウはものすごく安堵している。よかったな。リエルが覚えていて。
「ねえねえ、フェルちゃん。私とディアちゃんにも紹介してくれない?」
そうか。ヴァイアとディアは初対面か。
「ええと、アイドル冒険者をやってるメノウだ。ドワーフの村で知り合って、病気の弟を治してやった」
「おう、俺が治してやったんだぜ!」
「その節はお世話になりましたわ!」
お礼をしているのにふんぞり返るのっておかしくないか? まあいいけど。
「そういえば、リエルちゃんをドワーフの村に呼び出していたね。その時の人なんだ?」
「メノウですわ! 今後ともよろしくお願いいたしますわ!」
「私はヴァイアです。村で雑貨屋やってます」
ヴァイアがメノウに向かって礼をすると、メノウも礼をした。そこは礼をするのか。
今度はディアが挨拶するのかと思ったら、眉間に皺を寄せてメノウを見ている。睨んでいると言ってもいい。ちょっと不穏な感じだが、ディアはメノウを知っているのだろうか?
「あ、あの、メ、メノウですわ?」
メノウも怖がっている感じだ。ディアは本当にどうしたんだろう?
「アイドル冒険者のなかで最高峰の人気を誇るツートップの一人。メノウ。ファンの数は一万人とも二万人とも言われていて、その影響力は計り知れないと聞いたことがあるよ……」
ディアがメノウについて語りだした。もしかしてファンなのか? 実は私もメノウのなんとか顧問にされているんだが。
「メノウちゃんが所属していたギルドのギルドマスターに私はいびられていたんだよね。売り上げがないからって」
そういえばそんな話を聞いたことがあるな。なるほど、メノウの名前だけは知っていたっけ。
「そ、それは失礼しましたわ! でも、そのギルドマスターは更迭されましたので、もうそんなことは無いと思いますわ!」
「ディア、思うところはあるだろうが、メノウがやったわけじゃないんだ。そんなに威嚇するな」
ディアは一度深呼吸すると、いつもの笑顔になった。
「まあ、そうだよね。うん、メノウちゃんは関係ない。じゃあ、改めて。私はディア。冒険者ギルドで美少女受付嬢をやっているタダの美少女だよ」
すごいな。そんな自己紹介するなんて私には無理だ。
「その勝負、受けて立ちますわ! わたくしはアイドルメイドのメノウ! アイドルをやっているタダの可愛いメイドですわ!」
すごいのが二人になった。でも、なんの勝負だ?
それにメノウは気になることを言った。アイドルメイド?
「アイドルメイドってなんだ? アイドル冒険者じゃないのか?」
「話すと長いのですけど、冒険者ギルドを辞めて、メイドギルドに戻りましたの。だからアイドル冒険者から、アイドルメイドにクラスチェンジしたのですわ!」
別に長くないだろうが。よく分からないが、アイドルって所属するギルドによって違うのかな……どうでもいいか。
そんなことよりも、その喋り方に限界を感じてきた。下手すると殴りそう。
「メノウ、この村ではキャラを作らなくていい。ゴスロリを着替える必要はないが、言葉遣いは元に戻せ。ありていに言うとイラっとして殴りそう」
「あ、そうですね。この村には私のファンもいないでしょうし、いつもの私で問題ないですよね」
ようやく元に戻った。この喋り方なら問題はない。
しまった。メノウを立たせたままにしていた。
「メノウ、椅子に座ってくれ。歩いて来たんだろう? 疲れているだろうから休んでくれ」
「はい、では失礼して」
メノウが荷物を床に置いて椅子に座った。結構疲れているように見える。リーンから歩いて来たら二日は掛かるよな。途中で野営をしただろうし、今日は雨だ。大変だっただろうに。
「メノウは何をしにこの村まで来たんだ? メーデイアからはかなり遠いだろ?」
スザンナの水ワイバーンとカブトムシに乗っても十二時間以上掛かった。馬車とか使っても一週間ぐらい掛かるんじゃないだろうか。
「それはもちろんフェルさんとリエルさんにお礼を言いに来たんですよ。あの時は急にお帰りになったから十分な礼をできませんでしたので」
「礼は十分にしてもらったぞ? 三割程度のお金で食糧とかお土産が買えたからな」
「そんなんじゃ足りません」
即、否定された。そして意思の強そうな目をしている。商人も来ると言うのに面倒な事が増えたな。
何もさせないで帰らせるのもなんだし、満足がいく礼をしてもらってお帰り願うか。普通に遊びに来たとかならいくらでもいていいんだけど。
「なら、満足するまで礼をしてくれ。リエルにな。私はいいぞ」
「リエルさんにも礼はしますが、メインはフェルさんです。メイド長からもちゃんと礼をするようにきつく言われています。適当にやったりしたら私はギロチンですから」
「相変わらずメイドギルドは怖いな」
不味い料理を作ったら腕を引きちぎるとか、メイドとして命を絶つとかどこの特殊部隊だ。いや、特殊部隊だってそんなことしない。
「どんな礼か知らねぇけど、してもらえばいいじゃねぇか。ちなみにメノウはこの村にどれくらいいるつもりなんだ?」
そうか、ずっといるわけじゃないからな。満足のいく礼ができなくても帰る必要があるわけだ。なら私の方は適当にあしらおう。最悪、アビスに逃げ込む。
「それなのですが、その前にこの村の村長さんとかに会えますか?」
「村長に? 会うのは問題ないが何か用なのか?」
「はい、村長さんに――」
メノウが何かを言いかけた時に、外へつながる扉が勢いよく開いた。全員がそちらを見る。
アンリとスザンナだ。どうしたんだろう?
「フェル姉ちゃん。私達をかくまって」
スザンナもウンウンと頷いている。何があった? 二人が逃げるなんて相当だな。
「どうした?」
「スザンナ姉ちゃんと一緒に勉強すると言ったら時間を倍にされた。二人いるから時間が倍なんて理屈は通らない。どちらかと言うと半分にするべき。弁護士を雇って戦う」
倍も半分もおかしいと思うけど、弁護してくれるかな? それに費用が掛かるんじゃないか?
「あ、スザンナちゃん、久しぶり。元気だった?」
メノウがスザンナに対して手を振っている。
そうか、あの時からスザンナはいたっけ。たしかサインも貰っていた気がする。
「……誰? 知らない人とは話さない」
メノウが泣いた。早く化粧を落とさせよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます