来訪者
「面倒だからちゃんと説明してやる。私はセラに負けただろう? それを何とかしたいから魔王様にお願いして、倒せる方法を聞いていたんだ。そのための勉強だ。残念ながら方法を教えてもらえなかったがな」
でも、期待していると言ってくださった。ならその期待に応えるべきだ。何をすればいいのかはまだ分からないけど。
そうだ。午後はその辺りを魔王様に聞いてみよう。
「男と女についての勉強という訳じゃねぇんだな? 先生と生徒というシチュエーションでもねぇんだな?」
「ディア、リエルの口を縫い合わせろ。二度と喋れないようにしてやれ」
「想像するだけで痛いから、そういうことを言わないで」
ディアが顔をしかめながら両手で口を押えている。確かに痛そう。例えリエルでもそんなことをしたらダメだな。
「ヴァイア、周囲の音を無くす魔道具を作ってリエルに持たせろ」
「できなくはないけど、リエルちゃんが魔力を通さないとダメじゃないかな?」
これもダメか。なら、やっぱり殴るか。
「ところでリエルはどうして私がアビスで魔王様と会っていることを知ったんだ?」
「朝食を食べにここへ来たら、ニアに教えてもらったんだよ。ものすごい笑顔のフェルが魔王と勉強するとか言ってたってな。それを聞いてピンときた。勉強は嘘でデートをしやがっているんだとな!」
「なににピンときたのかは知らないが、デートなんてしていないぞ。本当に勉強だけだ」
いまだにリエルは私を疑いの目で見ている。虚偽を見抜く魔法を使ってもいいぞ。ないだろうけど。
「本当かぁ?」
「もしも、本当にもしもの話だぞ? 私が魔王様とデートしていたとして、だ。なんでそれをお前に隠す必要がある? 本当にデートなら逆に自慢してやる」
魔界でも言いふらして日記にも書くつもりだ。
リエルは腕を組んで首を傾げた。お前自身がわからないのかよ。
「あー、俺を傷つけないために隠しているとか?」
「すまんが、そんなことを考えたことは一度もない。だいたい知り合いがデートしていてお前が傷つくのか? どちらかというと邪魔するだけだろ?」
「そういやそうだな」
納得しやがった。本当に邪魔する気か。もし、いつか魔王様とデートをする事になったら絶対にリエルには言わないようにしよう。
「分かった。疑って悪かったな! フェルは白だ!」
「色々と言いたいことはあるが、疑いが晴れたなら何よりだ」
「だいたいフェルって初心そうなお子様だからな! 例え男と二人きりになっても何もできねぇと思う!」
「表出ろ。そこまで侮辱されたのは生まれて初めてだ」
私だって頑張れば手をつなぐぐらい余裕だ。誘惑スキルとか持ってないけど、できるはず。多分。
外は雨が降っているからやめておいた。服が汚れたら嫌だ。晴れていたら外でリエルにパンチを放っていたな。雨に感謝しろ。
昼食は服を汚さないように注意しながら食べた。せっかくの服を汚したくない。汚した奴には本人にその意思がなかったとしても制裁を加えるつもりだ。
食事が終わってふと気づくと、食堂が村の男達でいっぱいになっていた。どうやら畑仕事はお休みらしい。まあ、雨に濡れて汚れたら嫌だもんな。
食後のリンゴジュースをこぼさないように丁寧に飲んでいたら、ディアが私の方を嬉しそうに見ていた。
「大事に着てくれているんだね?」
「ああ、お気に入りだ。ただ、気に入り過ぎて汚さないか心配だ。そういう意味だと使い勝手は悪いな」
雨に濡れないことは当然で、歩いている時の泥ハネにも注意した。
「状態保存の魔法でもかけておけばいいんじゃないかな? それなら服が破れたりするのも防げるし、汚れもすぐに落ちるよ?」
そうか。状態保存の魔法ってそういうこともできるのか。食べ物とか本とかにしか使ってなかった。魔法が掛かっている時間が短いから何度も魔法を掛ける必要はあるけど、それならいつでも新品同様だ。
「いいことを聞いた。今後、それでいく」
戦う前にその魔法を使っておこう。そうすれば汚れても平気だし服も破れないだろう。
「やっぱりその服はディアちゃんが仕立てた物なんだ? 昨日、フェルちゃんがお店に来た時、いつもの服とは違うなぁとは思ってたんだけど」
「気づいてはいたのか。まあ、口に出していう事でもないしな」
そういえば、服を指摘したのはアンリぐらいか? いや、セラも指摘していたな。
「魔王さんは何か言ってくれた? そもそも気づいてくれたのかな?」
ヴァイアが身を乗り出している。興味があるのか?
「……違和感には気づいてくれたぞ」
セラに指摘されて、綺麗になった、に近い言葉をかけてくれた気がする。なんか違う気もするけど誤差の範疇。
なんでお前等、私の肩に手を置くんだ? それに「大丈夫だから」とか言うな。どうして慰めるように言うんだ。別に傷ついてない。
「俺もこの服しか持ってねぇから新しい服を作っかな。こう、魅力的な感じの」
「それ修道服だろ? 魅力的になっていいのか? その、女神教的に」
良くは知らないが、女神教のイメージが魅力的と反対な気がする。
「なんで服を作るのに修道服なんだよ? 普通の服だよ、普通の服。まあ、修道服でもいいけどよ。どうよ、ディア。俺の服も作らねぇか?」
「それはいいけど、お金か布を渡してよ? さすがに無償では作らないよ?」
「んだよ、ケチだな」
「お金を払わない方がケチでしょ? 明日、商人さんが到着するらしいから、そこで布を何種類か買ってくれれば作るよ?」
「おお、そっか。明日、商人が来るんだっけ。じゃあ、何か買うかな」
商人か。そういえばヴァイアがそんなことを言ってたな。面倒だから部屋から出ないかダンジョンに引きこもろう。
「そういえば、どれくらいの規模の商人が来るんだ? いい男いる?」
ディアは呆れた顔になり、ヴァイアは指を折りながら何かを数えている。
「大体、三人から六人の商人さんだね。そこに見習いさんというか、お弟子さんが同じぐらい。さらに十人から二十人の護衛さん。全部で三十人ぐらいになったのが、いままで一番大きいかな? 商人さんが団体で護衛さんを雇って、個人が支払う護衛料を安くしているみたいだったよ。そうそう、ノストさん以上のいい男はいないね!」
ヴァイアのノロケカウンターが炸裂した。リエルは苦しそうにしている。
「結構な数の護衛を雇うんだな?」
十人も二十人も護衛が必要だろうか?
「前にも言ったでしょ? フェルちゃんが来る前は危険な森だったの。今は安全な森になったけどね。今回は護衛さんも楽できるんじゃないかな?」
ヴァイアの言葉にディアも頷いている。
それなら今後は護衛の数が減るかもしれないな。悪いことをしてしまったかもしれない。まあ、森には野良の魔物とかいるだろうし、仕事が無くなるわけでもないだろう。私が気にすることでもないかな。
『フェル様、今、よろしいでしょうか?』
いきなりジョゼフィーヌから念話が届いた。なんだろう?
「どうした?」
『はい、村の南西、一日ほどのところに人族の集団がいます。巡回中のロスから連絡がありました』
「多分、それはこの村へ来る予定の商人達だな。その前に気になったのだが、ロスが森を巡回しているのか?」
『はい。ナガルの後を継ぎ、狼達やヘルハウンド達を統率して森の巡回をしております。その、ナガルが修行に行ってしまったのは自分が原因だと思い込んでおりまして、かなり気合を入れて巡回しているようです』
なるほど。ナガルとロスが言い合いをしなければトーナメントも無かっただろうし、ナガルが修行に行くことも無かったということか。トーナメントが無くてもいずれそうなったと思うけどな。
「分かった。無理はするなと言っておいてくれ。念のため、集団が商人かどうかを調べておいてくれないか。分かったら連絡をくれ」
『畏まりました。それともう一つ報告があります。人族の女性が一人で東から村へ向かっているようです。そろそろ村へ到着すると思います』
森を女性が一人で移動しているのか? まさかとは思うがアダマンタイトじゃないよな? そろそろいい加減にして欲しい。
「どんな奴だ? 強そうか?」
『いえ、どちらかというと弱そうです。ただ、発見が遅れたのは何かしらの魔法かスキルを使って気配を消していた可能性があります』
魔法かスキルで気配を消していたか。それなら女性一人でも森を行動できるかな。なんとなく怪しい気はする。でも、もう着くらしいし、どうにもできないか。
「とりあえず分かった。多分、大丈夫だから放っておけ」
『畏まりました』
ジョゼフィーヌからの念話が切れた。
ふと見ると、ディアが好奇心丸出しの目でこちらを見ている。
「なにかあったの?」
「ジョゼフィーヌからの連絡でな、村の西に人族の集団がいるらしい。あと、この村に人族の女性が向かってきているようだ。もうすぐ着くらしいぞ」
「村の西にいる人族の集団は、多分、商人だよね? 雨なのに大変だね」
おそらく商人だろうけど、調べさせているから、そのうちに分かるだろう。
「女性というのは誰だろうね? こんな雨の中を一人で村に来るなんて考えられないけど」
雨が降ったのはお前のせいだぞ、と言いかけそうになった。ディアのせいじゃない。偶然だ。
おっと、結構時間が経ったな。
「そろそろアビスに戻る。魔王様をお待たせする訳にはいかないからな」
「なんだよ、村に来る奴を見ねぇのかよ?」
「弱そう、という連絡だったし、私絡みじゃないと思うぞ? 普通の旅人なんじゃないか?」
この村にいる間、そんな旅人には一度も会ったことないけど。
椅子から立ち上がって移動しようとしたら、外へ通じる両開きの扉が勢いよく開いた。
白と黒の二色で構成された人族の女性が立っている。あと、縦ロール。
「私の名はメノウ! この村にフェルさんがいるのは知っているわ! 呼んで来てくれても良くってよ!」
メノウは右手の甲を横にして口元に持っていき、「おーほっほっほ」と言って高笑いした。
知ってる奴だけど、他人の振りをしたい。
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