ハチミツとエルフと包丁

 

 今日は天気がいい。快晴というやつだ。だが、私の心の中は土砂降りだ。さらにハリケーンで矢も降っている。


 ロイヤルゼリーが買えなかった。楽しみにしてたのに。


 先着十名は少ないだろう。朝食も食べずに買いに行こうとしたら、既に十名以上並んでいた。先頭はアンリとスザンナ。三番目はエルフの女性。アンリは家出すると家族を脅し、エルフの女性はミトルが貯めていたお金をふんだくったらしい。いいのかそれで。


「生きるか死ぬかのサバイバルなのに、こんな時間にくるなんてフェル姉ちゃんは甘い。ハチミツだけに」


「確かに欲しいけど、死なないよな? あと、なにがハチミツだけに、だ。ドヤ顔で言っても、特に上手くないからな?」


 普通のハチミツは買えたからそれで良しとしておくか。次の入荷は決まってないけど、次はもっと早めに来よう。


 ロイヤルゼリーは買えなかったけど、さっそくハチミツを使って朝食にするか。パンに付けたら美味しいはずだ。




 食堂に戻ると、ミトル達がテーブルに座っていた。どうやら女性エルフが買えたロイヤルゼリーとハチミツを自慢しているようだ。とくに悔しくはない。


 次の入荷時の参考に話を聞いてみたら、エルフにとって五、六時間待つなんて余裕らしい。かなり早い時間から並んでいたそうだ。時間の流れが違うってこういう時はいいな。でも、そのエルフに勝ったアンリとスザンナっていつ頃から並んでたんだ?


 あれ? よく見るとエルフ達は荷物を持ってきている。


「ミトル達は今日帰るのか?」


「おー、そのつもりだ。ほら、フェルへの代価は千年樹の木材でも良くなったろ? 帰って準備しないとな。用意できたらまたすぐに来るぜ」


 そうだった。でも、木材を貰ってどうしようかな。ドワーフのおっさんに渡せば何か作ってくれるだろうか。それとも宿の補強に使うか? セラのせいで壁に穴が開いたままだし。


「そうだ、フェルには伝えておこう」


 なんだろうか。隊長からの言葉だから厄介ごとかもしれない。変な事じゃないといいけど。


「ルハラの脅威が薄れたし、森の魔物はフェルが抑えているようなものになったから、これからのエルフは森の外にも目を向けようという話になった。ミトル以外も森の外に出て色々と見聞を広めようと思ってる」


「そうなのか。悪い事じゃないと思うぞ。私も似たようなものだしな」


 私も魔界から人界に来て見聞を広めているようなものだ。


「それでな、どこかフェルが知っている町とかはないだろうか。ミトルのように旅になれているわけじゃないからな。最初は比較的安全なところに行ってみたいのだが」


「もしかして隊長が行くのか?」


「そうだな、父に、いや、長老に言われたのでな。先発隊として私が選ばれている。当然ミトルもな」


 ミトルが「行く場所は俺に任せとけば問題ねーのに」とか言ってる。


 比較的安全な場所か。となると、ルハラ帝国よりもオリン魔法国かな。


 ルハラ帝国内は皇帝が変わったから問題が多い可能性がある。それにトラン王国は私の国があるから攻めてこれないとは思うけど、ウゲン共和国がルハラへ攻め込むかはちょっと分からないからな。


 よし、ならリーンだな。あそこならクロウが領主だし、エルフのことを伝えておけば、それなりに優遇してくれるかも知れない。


「森を東に抜けたところにリーンと言う町がある。そこなら比較的安全だ」


「東と言うとオリン魔法国か。そこにあるリーンという町だな。なら最初はそこへ行ってみるか」


「あー、聞いたことはあるぜ。行ったことはねーけど」


「ちなみに最初に土産として渡したハチミツとかお酒とか木彫りの置物とかはその町で買った。木彫りを買ったのは、名前は憶えていないがそこそこ大きな雑貨屋だ」


 あの婆さんは元気だろうか。もう一度ぐらい行ってみるかな。また一服盛られたら今度は暴れるつもりだが。


 エルフ達の話がまとまったようだ。一度エルフの村に戻って千年樹の木材をここへ運び、その後リーンの町へ行くらしい。行くのは隊長とミトルと男性エルフが何人か。女性エルフは連れて行かないらしい。


 危険な場所じゃないけど、ずっと引きこもっていたから女性エルフが同行するのは心配なのだろう。分からんでもないな。


「では、我々はそろそろ失礼しよう。宴に呼んでくれて楽しかった。感謝する」


「今日帰ると言ってたが、こんな早くに帰るのか?」


「フェルから渡されたお土産や購入した物を少しでも早めに持って帰ってやりたいんだ。それに千年樹の木材を用意するのに時間が掛かる。すぐに取り掛かる必要があるからな」


 相変わらず真面目と言うかなんというか。あ、そうだ。ちょっと聞いてみるか。


「その前にいいか? 確認したいのだが、この村の事をどう思う?」


「いい村だと思う。我々エルフに偏見はないし、無茶な要求をすることも無い。人族によっては森で採れるものを売ってくれと言う輩も多い。だが、この村の人族はこっちが持ってくる以上の要求はないからな。それだけでもいい村だと思う」


「そうか。なら例えば私がこの村に居なかったとしても、引き続き取引を続けてもらうことはできるのか?」


「なんだよ? まさかこの村から出ていくのか?」


 隊長と話をしていたのに、ミトルが割り込んできた。他のエルフ達も声には出さないが、私の方を見つめて答えを待っているようだ。


「いや、そんなつもりはない。ただ、昨日、ちょっと言われてな。エルフ達が村で取引しているのは私がいるからだと。私が村からいなくなったら取引はなくなると言っていたからお前達に確認したかっただけだ」


「それはそうだろう。フェルがいないのに取引するわけがない」


 悩んだりせずに即答か。


「この村はさっきも言ったとおりいい村だとは思う。だが、信用できるかどうかはまた別だ。長い時間をかけて信用に値するか確認している最中と言ったところだな」


 隊長が真面目な顔をして答えている。冗談じゃなさそうだな。


「俺が最初にこの村に来た時に村長に手紙を渡したの覚えてるか? 似たような事が書いてあったはずだぜ。不当な理由でフェルを追い出したら村に戦いを挑むかもしれないとか書いてあったんじゃねーかな?」


「なんでそんなことになる。というか本人にも言えよ。私が原因で戦いになったら困るだろうが」


 だれか私に無断で変なルールを作らない、というルールを作ってほしい。


「まー、その心配はないだろ? 俺は何度も来てるけど、村の人達はフェルを大事にしているっていうか、追い出すようなマネはしねーだろうからな。俺達エルフに信頼されているように、村の皆からも信頼されてんだろ?」


 そういうことを口にするな。どういう顔をしていいか分からん。


「もういい、分かった。この話は終わりだ」


「あー? なんだよ? もしかして照れてんのか?」


「よし、顔かボディを選ばせてやる。どっちなら穴が開いてもいいか答えろ」


「こえーよ!」


「ミトルが悪ノリしてすまないな。だが、ミトルの言ったとおりエルフ達はフェルを信頼している。覚えておいてくれ」


 だからそういう事を言うなよ。それとも嫌がらせで言ってんのか?


「嫌そうな顔をするな。とはいえ、これ以上言うと暴れそうだな。それじゃ、朝食も終わったし、村長に挨拶してから帰るとしよう」


 隊長がそう言って立ち上がると、エルフ達も全員立ち上がった。


「土産を持ってとっとと帰れ」


「はは、そうさせてもらうよ。じゃあ、またすぐに来るからその時にな」


「ああ、またな」


「じゃあなー!」


 ミトルは手を振り、他のエルフ達は一度礼をしてから隊長の後について宿を出て行った。




 いつものテーブルに座る。ぐったりと背もたれに背中を預けた。


 なんか疲れた。どうもああいうのは苦手だ。褒められたり、感謝されたり、信頼していると言われるとなんとなくぞわぞわして落ち着かない。なんというかストレスが溜まる。


「フェル様、朝食の飲み物は牛乳とリンゴジュースのどちらにしますかニャ?」


 ヤトが注文を取りに来た。でも朝食時の飲み物が選べるようになったのか?


「じゃあ、リンゴジュースで」


「了解ですニャ。今持ってきますから少々お待ちくださいニャ」


「あ、ヤトちょっと待ってくれ」


 厨房に行こうとしていたヤトを止める。ヤトはこっちを振り向いて首を傾げている。


「しばらく話をしていなかったからな。まずは労いの言葉と言うかなんというか、とにかく、ニアの件のことだ。よくやった。ニアが無事に戻ってこれたのは全部お前のおかげだ」


 尻尾が大変なことになってる。落ち着け。


「何か褒美をやろうと思う。何か欲しい物はあるか?」


「時間を貰ってもいいかニャ? すぐには思いつかないニャ」


「構わない。いつでもいいから決まったら言ってくれ。ただ、すぐに用意できるかどうかは分からないから早めにな」


「了解ですニャ」


 そうだ。褒美の前にヤトにも土産があった。


「これはメーデイアという町で買った包丁だ。褒美ではなくて、お土産として買ってきた。使ってくれ」


「ありがたく使わせてもらうニャ。マイ包丁とか料理人みたいニャ」


 包丁を持ってなかったのか。ヤトは嬉しそうに包丁を持って厨房の方へ向かった。嬉しいからって包丁を振り回すのは良くないぞ。


 さて、食事でもしながら今日することを考えるか。ゴロゴロするのはその後だ。

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