勝負
ディーンに連れられて、城のバルコニーに来た。
随分と広いバルコニーだ。月が明るいし、城の中から明かりが漏れているから、夜とは言ってもよく見渡せる。何の用があって連れてきたのだろうか。
昼間は暑いくらいなのに夜は結構肌寒いからな。早く寝たいんだけど。
「フェルさん、私は一週間後の戴冠式の後、ここで演説をしなくてはいけないんですよ」
なるほど、バルコニーから下を見ると大きな広場のようになっていて演説するにはもってこいの場所のようだ。
「大変だな。言葉を噛まないように気をつけろよ。練習あるのみだ」
「はは、そうですね」
ディーンは楽しそうだ。だが、ちょっと寂しそうにも見える。
「ここに呼んだ理由はなんだ?」
面倒だから単刀直入に聞く。言いたいことがあるならちゃんと言うがいい。
「まずは、改めてお礼を言いたかったのです。フェルさん、本当にありがとうございました」
「気にするな。ニアを取り戻すついでだ」
「ついでで帝位を簒奪してくれましたか、フェルさんらしいですね」
ディーンは笑いながら町の方を見た。
「私は何もできませんでした」
いきなり何を言っているんだろう。それにこっちを見ずにずっと町の方を見ている。
「帝都から逃げ出すときもウル達に守られながらでした。三万の軍勢を引き付けたのはフェルさんですし、あのテンシという側近を倒したのもフェルさんです。……私は何もせずに皇帝になってしまった」
「それがどうかしたのか?」
「私に皇帝の資格があるのか、という気持ちが芽生えています。せめて兄、ヴァーレを殺すぐらいの事をしていれば、こんな気持ちにもならなかったと思いますが、私はヴァーレを殺さない選択をしてしまいました」
ディーンが手すりに手を置いたまま、顔だけこちらに向けた。笑った顔ではなく真面目な顔だ。
「私はこのまま皇帝になってもいいのでしょうか?」
「知らん。自分で決めろ」
今度はびっくりしているようだ。なんで驚いているんだ? 変な事は言ってないよな?
「私が皇帝にならなくてもいいと?」
「だから知らん。それはお前が決める事だろう? 他人の意見で決める事なのか?」
「……そうですね。その通りです。ただ、その、不安になりました。私が皇帝として国を治めることができるのか、と」
なるほど、不安か。まあ、分からんでもない。私もそういう気持ちになったことはある。ここは年長者として助言してやるか。
「私も魔王になった時、そう思った」
「え? ああ、フェルさんは半年前まで魔王だったと言ってましたね」
「十五の頃から二年半だな、魔王だったのは。だが、私には選択肢はなかったぞ? 気が付いたら魔王だった。なんの力も持ってない魔族がいきなり魔族達を率いることになったわけだな。難易度で言えば、ハルマゲドンだ」
あの頃は大変だった気がする。ありがたいことに魔族は魔王としての私に絶対服従だったからな。人族とはまた違うのだろうが、それでも苦労はした。魔界での生活向上、魔族の組織化、魔物の駆逐、勇者への対策、何もかも手探りだった。
「ディーン、皇帝になることが不安ならやめておけ。お前だけの問題ではなく、ルハラという国が巻き込まれるからな」
「そう、ですか。フェルさんの事だから、ふざけるな、と叱咤してくれるかと思っていたのですが」
気合を入れてほしかったのかな? だが、そんな事をされないと気合が入らないなら、皇帝なんてやめた方がいいと思う。
「フェルさんと話をして良かったです。踏ん切りがつきました」
もしかして皇帝にはならないという答えを出したかな?
「皇帝としてこの国を治めます。至らないところは多いですが、私の周囲にも優秀な人材は多いですからね。頭を下げて教えを乞うつもりです」
「……そうか。まあ、頑張れ」
「はい……それでフェルさん、一つお願いがあります」
「なんだ? 内容によるが聞いてやってもいいぞ?」
「私と勝負してください」
何言ってんだ、この皇帝は。もう夜も遅いんだけど。それに明日は朝早くに帰るんだが。
「それで、私が勝ったら……結婚してください、フェルさん」
ここでそう来るのか。
冗談で言っているようには見えないな。真剣な顔をしている。本気のお願いなのだろう。
ここで勝負を断ることもできると思う。だが、それだとディーンの中で気持ちがくすぶったままな気がする。ならば、私との勝負でその気持ちを断ち切ってやろう。
「いいだろう。お前が勝ったら結婚してやる」
ディーンは一瞬驚いた顔になり、目を瞑って頭を下げた。
「感謝します」
「もう勝った気でいるのか? お前は最も確率の低い方法を選んだんだぞ?」
手すりから離れ、バルコニーの中央辺りで向き合った。
ディーンはいつの間にか剣を抜いている。私も右手にグローブをはめた。
「フェルさんから頂いたドラゴンの牙で作った剣です。なぜかソドゴラ村に居たドワーフが嬉々として作ってくれまして」
なんとなく事情は分かる。しかし、帝位簒奪のために渡した物がこんなところで私に跳ね返ってくるのか。物による援助は今後避けようかな。
「では、どちらかが降参するか、気絶するまでということで」
「いいだろう。よし、来い。先手は譲ってやる」
そう言ったとたん、ディーンが切りかかって来た。
切りかかって来たと言うより突いて来た、だな。それなりに早い突きだが、まだまだだ。剣を弾くことも無く普通に躱せる。
「その程度か? なら次はこっちの番だ」
突きを右手のグローブで弾いた後、がら空きの顔面に左ジャブ。
当たった、と思ったら顔の部分が霧になった。そうか、ディーンにはこれがあるな。だが、それならそれで、霧になっていない胴体を狙う。
さらに踏み込んで左ジャブを三連射。右腕、胸、腹と殴った場所が霧になった。
霧になる度に魔力を消費しているはずだ。なら魔力が切れるまで殴るのみ。
見えないパンチで連続攻撃。全力で殴る必要はない。手加減したパンチでもディーンは霧になるしかない。なら連射だ。
調子に乗って殴っていたら、ほとんど霧になってしまった。殴るところがない。
「どうしたディーン? 霧のままだと魔力を消耗するだけだぞ?」
霧が一ヶ所に集まっていくと、ディーンが形成された。
「さすがです、フェルさん。ですが、私もスキルについて色々勉強しましてね、こういう事ができるようになりました」
なんだ? ディーンが人型のまま霧になった? それって意味があるのか?
人型の霧が剣を構えた。そのまま攻撃してくるのか?
うお、一瞬で間合いを詰められた。それに攻撃が速い。これは躱しきれない。右のパンチで剣を弾いてから、転移して間合いを取った。
「驚いた。速いな。思わず逃げてしまった」
霧の状態からディーンの姿に戻ると、笑顔になった。
「フェルさんのおかげです。味方への強化ができると教えてもらいましたからね。簡単に言えば自分自身にも出来ましたよ」
自分自身を霧で強化しているのか?
「それはいいのだが、魔力の消費が多くなるんじゃないか? 戦える時間が減ると思うぞ?」
「こういう事も出来るようになりましたので」
なにかに足を掴まれた。なんだ?
足元を見てみるとバルコニーの地面全体がうっすらと霧に包まれていた。暗くてよく分からなかったが、こんなことになっていたのか。
そしてその霧から手のようなものが生えて私の足を掴んでいた。
「魔力を頂きます」
「なに?」
微妙だが魔力を吸い取られている感じがする。なるほど、私から魔力を奪っているから魔力切れは無いと。
「明るい場所ですと霧が地面を覆うまでに気づかれると思いましたので、夜に戦おうと思ってました」
「本気で勝つ気だったのか? てっきり私に負けて吹っ切ろうとしていたのかと思った」
「まさか。負けるつもりなら求婚なんかしませんよ」
記念試合という訳じゃないようだ。なら少し本気を出そう。
「【加速】【加速】【加速】」
身体強化魔法を使ってから転移してディーンを殴る。当然、霧になって逃げられた。
「無駄ですよ。フェルさんの魔力が続く限り私は霧になれます」
「本当にそうか?」
「え?」
魔力を吸収する力は弱い。おそらく私から魔力を奪ったところで先に枯渇するのはディーンの方だ。ならばもっと魔力を使わせる。
空飛ぶホウキで霧が届かない場所まで飛んだり、送風の魔法で霧を吹き飛ばしたりしてもいいんだが、それは可哀想だからやめておこう。
「ディーンの魔力が尽きるのが先か、私の魔力がつきるのが先か勝負だな」
ディーンが実体化したらすぐさま転移して攻撃。それの繰り返しだけで多分勝てる。時間は掛かるけど。
数十回、同じことを繰り返すと、ディーンの息があがってきた。霧になるタイミングも遅くなってきている。かする程度だが、ディーン本体にも当たっているな。魔力が切れてきたのだろうか。
「フェルさんの魔力総量を見誤りましたね……」
「この程度で勝てると思っていたなら片腹痛いぞ。他の奴には効果があるかもしれないが、私には効かん」
「……そのようですね。なら魔力が尽きる前に勝負に出るまでです!」
バルコニーの地面に展開されていた霧もすべて引き戻したようだ。そして霧の人型に変化して剣を構えて飛び込んでくる。
……おかしい。無謀すぎる。霧だから攻撃を食らわないとはいえ、こんな玉砕攻撃をするか? 魔力が切れたら終わるぞ?
魔眼を使っておこう。嫌な感じがする。
……霧は全部戻してなかったか。私の後方に霧の塊が残っているようだ。ディーン本体はそっちで、襲ってきたのはダミーか? 二つの人型の霧を使って挟み撃ちにする気だな?
襲ってくる霧の後方に転移する。丁度、襲ってきた霧と私の後方に残っていた霧の直線上だ。
「【ロンギヌス】」
魔力を少しだけ込めてギミック発動。これなら死ぬことは無いだろ。
そして右ストレートを放った。飛ぶ拳撃を受けるがいい。
襲ってきた霧を後方から撃ちぬき、さらにその先にいるディーン本体の霧に当てる。
「がはっ」
全身を霧にするのが遅れたか、魔力が足らずに霧になれなかったか。どちらでもいいが、これで終わりだな。
倒れているディーンに近寄った。大の字になっているディーンは、肩で息をしている。しばらくは立ち上がれないだろう。
「私の勝ちだな」
「……私はまだ降参してません」
「見苦しい」
ディーンの腹に見えないパンチ改。気絶させた。私の勝ちだ。
さて、後は覗いている奴等だな。
「お前達、見てたんだろ? 証人だからな?」
リエル、ヴァイア、ウル、そしてロックがバルコニーの入り口から出てきた。
「大丈夫だとは思っていたけど、最後だけはちょっとだけひやりとしたぜ」
「ディーン君、頑張ったんだけどね」
「言っとくけど、フェルを応援してたのよ?」
「だから戦い以外で勝負を挑めっていったのになぁ」
覗きとは趣味が悪い。まあ、色々と心配だったんだろうけど。
「ウル、ロック、聞きたいんだが、ディーンは本気で私と結婚したかったと思うか?」
正直よく分からない。念のため聞いておこう。
「多分、したかったわよ。でも無理なのは分かってたから、勝負で決めようとしたと思うわ」
「俺もそう思うぜ。理性では諦めなくてはいけないと思ってた。だけど、気持ちは本気だったからな。なにかしら理由をつけて諦めるきっかけが欲しかったんだよ」
「そういうものか」
ディーンは皇帝だしな。さすがに魔族と結婚するわけにはいかないだろう。
「それにしてもよかったぜ、フェルが結婚するとかになったら、どう邪魔してやろうかと心配したからな」
「心配の仕方が違うと思うんだが?」
「はぁ、でも、フェルちゃんいいなぁ、求婚されるなんて……秘訣はなに?」
「……皇帝にさせてやる、かな?」
むしろ求婚されない方法を教えて欲しい。
「さて、もう遅いし、フェル達は明日早いんだろ? 後処理は任せて部屋に帰りな」
「そうか。じゃあ、よろしく頼む」
帰り際に一度だけディーンを見た。暗くてよく分からないが目から一筋の涙を流しているようにも見える。いや、気のせいかな。
「ロック、ディーンが起きたら、私が後悔するぐらいのいい男になれよ、と伝えておいてくれ」
「ああ、必ず伝えておくよ」
さあ、部屋に戻って寝よう。
……なんでリエルとヴァイアはメモ帳を取り出したのだろうか? まさかさっきの言葉をメモしてないよな?
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