帰郷

 

 東の地平線に太陽が顔を出した。まだ肌寒いがこれから徐々に温度が上がるだろう。


 今、帝都の東門を出たところに全員が集まっている。今回は急ぎじゃないので四日ぐらいかけてソドゴラ村に帰る予定だ。


 見送りにディーンと傭兵団の奴等が来ていた。ディーンはなんだが清々しい顔をしている。昨日、結婚を断ってやったんだが気にしていないようだ。ちゃんと気持ちに踏ん切りがついたかもしれないな。まあ、その方が健全だ。皇帝なんだから魔族と結ばれている場合じゃない。もっといい嫁を見つけるがいい。


「本当に帰られてしまうんですね」


「ソドゴラ村にいるボスが首を長くして待っているからな。早く帰ってやらないとうるさい」


 ディアから連絡では、アンリが早く帰って来てと言っているらしい。年相応の可愛いところもあるものだ。


「そうですか。では、次の勝負は三年後ぐらいでいいですか?」


「何言ってんだ、お前」


 次の勝負ってなんだよ。


 訳が分からないのでウル達の方を見た。ウルが大きくため息をつき、ロックは大笑いだ。


「うちのボスは再戦を希望するらしいぜ? 別にまた挑戦してはいけないって約束はしてないからな」


「そんなものを受けるわけないだろうが」


「おいおい、不戦勝でいいのか? それならボスの勝ちで結婚だぜ?」


「ふざけんな」


 何度やっても勝てるとは思う。だが、面倒くさい。どうしようかな?


 そうだ。昨日の勝者は私だ。ならそれ相応の権利を貰わないと。負けたら結婚するというリスクを負ってやったんだ。それなりの要求をしよう。


「昨日、私は勝負に勝った。勝者の権利として条件を付けさせてもらおう」


「は、はい! どんな条件でしょうか?」


 ディーンが喜んでいる。もしかしてタダのハッタリだったのか? そうなればいいなという程度の話だったのかもしれない。ちょっと早まったか。まあいい。似たようなリスクを負ってもらおう。


「ディーンも結婚のリスクを背負え。お前も戦いを挑まれて負けたら、挑んだ奴と結婚するんだ」


「え?」


「三年間、誰にも負けなかったら再戦を受け付けてやろう。それまでに誰かに負けたらそこで終わりだ。勝った奴と結婚しろ」


「それはいいわね! フェルにそれだけのリスクを負わせたんだから、ディーンもリスクを負わないとね!」


 ウルが張り切っている。そして見えないようにサムズアップしてきた。もしかして勝てるのか?


「そ、それは、どう、なんでしょう?」


 ディーンの汗がすごい。なんだろう、問題があるのか?


「決まりね! よーし、三年の間に勝つなら希望が出て来たわ!」


「え、あの、ちょ……」


「玉の輿。狙うしかない」とベルが参戦した。

「お妾さんでもいい」とクルという奴も参加するようだ。

「それじゃ、国中に御触れを出すか! トーナメントをやって優勝者はボスに挑めるとかな! いい興行になりそうだぜ!」とロックは言い出した。これは悪ノリかな。


「いや、その……」


「頑張れよ。結婚してなかったら三年後に再戦してやるからな」


「ちょ、フェルさん、待って――」


「よし、お前等、帰るぞ」


 私はロスに飛び乗ると、出発するように促した。それに合わせてカブトムシもゴンドラを引っ張る。他の魔物達もディーン達に手を振りながら移動をし始めた。


「フェルさーん!」


 三姉妹に囲まれているディーンが手を振っていた。もしかしたら助けを求めるジェスチャーだったかもしれないが、真相はわからないので、こっちも手を振ってやった。


「じゃあな」


 素っ気ないがこんなもんだろ。二度と会えない訳じゃないし。さあ、ソドゴラ村に帰ろう。




「なあ、フェル」


 少し進んだところでリエルが話しかけてきた。真面目な顔だ。どうしたのだろう?


「なんだ? またトラブルか?」


「俺もトーナメント参加していいかな? ツバがついてないなら狙い目じゃね? 勝てば結婚ってシンプルでいいよな?」


「……好きにしろ」


 聞いて損した。それも激しく。


「あ! リエルっちずるい! 私も! 私もトーナメントに参加したいです! ……あの、フェル様。殺気を抑えてください」


 そんなに結婚したいものなのか。そういう願望がないからよく分からないな。


「結婚かぁ」とヴァイアがため息交じりに言い出した。聞こえなかった振りをしよう。


「私も『私が勝ったら結婚して』とか言うべきかな? それとも『私が負けたら結婚してあげる』の方がいいかな? フェルちゃん、どう思う?」


 名指しかよ。それって、答えなきゃ駄目なのか?


「……両方言ったらどうだ? 勝負に持ち込めば、相手は逃げられないぞ」


「……天才だね!」


 嫌な才能を持ってしまった。リエルもルネもメモを取るな。……本当に疲れるな、コイツ等。




 一日目の終わりには森の中の古城に泊まることになった。


 デュラハンが気さくだった。どうやら、この城を宿泊施設にするらしい。アンデッド達がいなくなったから森に魔物が住み着くと思うので、ソイツ等を配下に置く計画を立てているそうだ。


 カブトムシの運搬業とも業務提携するような話をしているし、シルキーの掃除業をここで生かすみたいな話も出てる。


 何だろう? 魔物達がすごくやる気になってる。魔物達の琴線ってどこにあるんだろうか?


 まあいいや、日記書いて寝よう。最近、物忘れがひどいからな。毎日の事を思い出して記憶力の訓練をしなくては。




 二日目の終わりには森を抜けて町に着いた。


 ディーンから連絡があったのだろう。町に入る時には歓迎された。魔族でも魔物でも問題なく町に入ることができて、普通に宿に泊まれた。


 森のアンデッド達を浄化した上に、安全に帝都まで行けるようになったから、感謝しているという話だ。


 歓待というほどではないが、色々と気を使ってくれているようだ。ありがたいことだな。




 三日目の昼頃に、ルネと別れることになった。


 ルネは北の山にある魔界への門から魔界に帰る。私達は南東の方だ。


「食べ物とお土産をきちんと魔界に届けろよ。あと、ズガルに国を運営できそうな魔族を何人か送ってくれ。防衛用に獣人達や魔物達も連れてっていい。その伝言も頼む」


「はい! 分かりました!」


「それと、ドレアのお目付け役として総務部の部長を予定しているから打診してみてくれ。他にできそうな奴がいるなら推薦してもいいけどな」


「ドレア様のお目付け役ですか? 総務部の部長以外でやれそうなのは……軍部?」


「ルネ、それは止めたまえ。彼女とはソリが合わん」


 ドレアは眉間に皺を寄せて、メガネの位置を直している。


「え? ドレア様とソリが合う魔族なんていないんじゃ……」


「何か言ったかね?」


「いえ、何も言っておりません! とりあえず、フェル様のお言葉は部長に報告しておきます!」


「ああ、よろしく頼む」


 ルネはリエルとヴァイアの方を見た。


「二人とも頑張ってくださいね! まあ、彼氏ができるのは私が先だと思いますけど」


「それは宣戦布告か? 言っておくが徹底抗戦するつもりだぞ?」


 敵意むき出しでルネを睨むな。冗談だろうが。


「あはは、ルネちゃん、冗談が上手いね」


 ヴァイアは笑っているけど、目が笑ってない。あと、石を出すな。


「それでは魔界に帰ります! でも、また戻ってきますよ! そう、不死鳥のように! あいるびーばっく……!」


 ルネは山へ向かって歩き出した。でも、何度も振り返っては手を振っている。早く行け。




 三日目の夜はルハラで最初に攻撃した町に泊まることになった。


 ここもディーンから連絡が来ていたのだろう。一応、歓迎はされた。すごく怯えてたけど。


 ここまでくれば、後は境界の森だけだ。明日、朝早く出れば魔物達の足なら十分にソドゴラ村に着くだろう。


 久々のソドゴラ村だ。なんとなく嬉しさがこみ上げてくるな。




 魔物達も早めに帰りたかったのだろうか。なんというか足早だ。


 午後三時頃にソドゴラ村に着いた。着くのは夜ぐらいだと思っていたんだが、明るいうちに帰ってこれたな。


 村の皆が広場に出て来ておかえりと言ってくれている。


 なんだろうな。ここで育ったわけじゃないのに昔から居た気分だ。故郷に帰って来たというのはこういう気持ちなのだろうか。


「ただいま」


 私がそう言うと、村の皆も大騒ぎになった。色々な町を見たが、小さくてもこの村のほうがいいな。


「私は村長と話してくる。お前達は好きにしていいぞ」


 そう言って解散した。魔物達は畑の方に、ヴァイア達は森の妖精亭に行くようだ。


 さて、私は村長の家だな。


「たのもー」


 村長の家に入る。すぐに何かが胸に飛びついて来た。それをがっちり受け止める。


「フェル姉ちゃん、おかえりなさい」


「アンリか。ただいま」


 アンリが笑顔で出迎えてくれた。勢いがあり過ぎてちょっとむせそうだったけど。


「おお、フェルさん。外が賑やかになったので、もしやと思いましたが」


 村長が笑顔で隣の部屋から顔を出してきた。


「ああ、今帰った。一応、色々と報告しようと思って来たのだが」


「そうでしたか。大体の事はディア君を通して聞いていますが、念のためフェルさんからも伺いましょうかな」


「よし、じゃあ、アンリちょっと下りてくれ。村長と話をするから」


「うん。アンリも準備がある。お話が終わったら呼んで」


 アンリは決意を秘めた顔で部屋を出て行った。準備ってなんだ? ボスとしてのお言葉でもあるのか?


「さて、フェルさん、聞かせて頂けますかな?」


 村長が小さな机に座ったので、対面に座る。


「ニアを救出したことは知っているな? その後、帝都に向かって――」


 これまでの事を村長に話した。村長は驚きもせず、淡々と聞いている。まあ、事前にディアから聞いているからな。驚くようなことは何もないか。


 でも、さっきからかなり真面目な顔で聞いているな。なにか問題があるのだろうか。


「トランの軍隊を魔物の皆さんが退けたのですか……」


「ああ、そうだ。ちなみに魔物がいたのでな。ソイツ等は従魔にした。すまないがダンジョンに住まわせてもらうつもりだ」


「ええ、村の住人を襲わないなら構いませんよ」


 村長は魔物の受け入れが早いな。住むのはダンジョンだから問題ないのかな。


 それにしても、質問がトランの事か。帝都での話に食いつくと思っていたのだが。


「村長はトランに興味があるのか?」


「……ええ、そうですね」


 村長は目を瞑ってしまった。どうしたのだろう? 何か考えているのか?


「フェルさん。いつか、アンリがフェルさんの力を借りたいと言ったら、何も言わずに力を貸してやってくれませんか?」


 なんだいきなり? アンリが私の力を借りたい?


「村長? 話の脈絡が分からない。なんでそんな話になる?」


「脈絡がないのは申し訳ないです。ただ、いつの日か、アンリがフェルさんの力を借りたいと思う時が来ると確信しています。その時に、どうか、アンリのお願いを聞いてやってもらいたいのです」


 なんと村長が頭を下げてきた。なんでこんな話になっているのか良くは分からないが、真面目な話なのだろう。


 アンリのお願いか。考えるまでもない。


「アンリは私のボスらしいからな。ボスのお願いぐらい無料で引き受けてやってもいい」


 私は認めてないんだけど、周りの従魔達がなぜかそう思っているんだよな。まあ、いいけど。


「……ありがとうございます。さて、堅苦しい話はここまでですな!」


 急に村長がにこやかになった。情緒不安定なのか?


「明日にでも宴会としましょう。ニアを連れ戻してくれましたし、ルハラの脅威もなくなりましたからな。皆もフェルさんの帰りをずっと待っていたのですぞ?」


「そうか、楽しみにしている」


 ニアの料理をたらふく食べよう。それができるぐらい頑張ったからな。そしてしばらくはゴロゴロするんだ。魔王様からの依頼以外は何もしないぞ。


「お話は終わった?」


 隣の部屋への扉からアンリの声が聞こえた。


「アンリ、フェルさんとのお話は終わったから来ても大丈夫だよ」


 村長が扉に向かってそう言うと、アンリが出てきた。黒いマントを羽織って。どうした?


「フェル姉ちゃん、家出するから手伝って」


「ちょっと待て」


 どういうことだ? 家出って、家を出ることだよな? どこに行くんだ?


 村長を見ると、ポカンとしている。村長にも想定外の事なのだろう。


「待て、アンリ。理由を言え」


「フェル姉ちゃんは約束を守ってくれた。ニア姉ちゃんを連れ戻してくれたし、皆、大怪我してない」


 確かにアンリのお願いと命令は遂行したと言っていいだろう。


「アンリも約束を守っていい子にしてた」


 そうか、そんなことを言っていたな。私が強要したわけじゃないけど。


「いい子になると言った日から、毎日ピーマンが出た。そして勉強の量が増えて、おやつは半分。つらい日々が続いた」


 村長を見ると苦笑いをしている。どうやら本当の事らしい。


「フェル姉ちゃんが帰ってきたから、もうあの約束は無効。ピーマンは食べないし、勉強もしない。おやつは倍食べる。夜更かしもするし、家出もする。アンリは悪い子にクラスチェンジ」


「早まるな」


 理由は分かったけど、早まってはいけない。人生は一度きりだぞ。


「フェル姉ちゃん、アンリを連れて逃げて。部屋には『探さないでください』と書置きを残してあるから大丈夫」


 何が大丈夫なのだろうか。


「えーと、村長、さっき言っていたのはこれか? この願いを聞けばいいのか?」


「……いえ、全く違いますぞ。この願いは聞かないで貰いたいですな」


 帰って来たばかりで疲れているのに、また問題を何とかしないといけないのか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る