戦いの後

 

 大きく深呼吸をする。ようやく終わった。


 もう天使達は動けないはずだ。しかし、随分と殴られた。これは顔が腫れるな。リエルと合流して治してもらおう。


 ディーン達の方に近寄ると、ドレアとルネが跪いた。ディーンとウルは私の方を驚きの表情で見ている。


「お見事でございます」


 ドレアが頭を下げたままそんなことを言った。


 そうか、制限を解除しているから敬意を払っているのか。面倒くさいな。


「【能力制限】【第一魔力高炉切断】【第二魔力高炉切断】」


 これでいつも通りに戻るだろう。敬意を払っている状態だと、普通にしゃべるのも面倒くさい。もうちょっとなんとかならないかな。


 ドレアとルネがスッと立ち上がる。顔は満面の笑みだ。


「さすがフェル様ですな。ただ、フェル様と互角に渡り合うとは、あのテンシというゴーレムもなかなかのものです。魔界に持ち帰ってもいいでしょうか?」


 以前、魔王様に天使の残骸を見せたとき、よく持ってきたと褒められた。なら渡せないな。私の亜空間に入れて、後で魔王様に渡さないと。


「あれは駄目だ。私の亜空間に入れておく」


「そこをなんとか」


「駄目だって言ってるだろ。あれは、その、なんだ、危険なんだ」


 決して私が魔王様に褒めて頂きたいからじゃない。危険だから駄目なんだ。嘘じゃない。


 ドレアはがっくりと項垂れた。四つん這いだ。仕方がない。これをやろう。


「ドレア、この槍をやる。これを持ってけ」


「おお、ありがとうございます!」


 四つん這いだったドレアに槍を渡すとものすごい喜びようだ。アダマンタイト製の槍だけど、それだけだぞ? とくに面白い槍じゃない。


「あの、フェルさん」


 ディーンがこちらを真剣に見ている。どうしたのだろう?


「あのテンシが言っていたのは本当ですか? 兄……ヴァーレの精神を破壊したとか」


 聞こえていたか。よく見てみないと分からないけど、おそらくその通りなんだろう。天使が嘘を言う理由がない。


「とりあえず、ヴァーレを見てみよう」


 天使達の残骸を亜空間に回収しながら玉座の方へ近づく。ドレアの「ちょっとだけでいいですから、残骸を貰えませんか?」という言葉は無視して、すべて回収した。


 ドレアがしょんぼりしているので、天使が使っていたレイピアも渡しておく。とりあえず納得してくれたようだ。世話が焼けるな。


 玉座に近づくとヴァーレは座ったまま、虚ろな目で正面を見つめているだけだった。目の前で手を振ったが、何の反応もない。


 念のため、魔眼でも確認しておこう。


 ……ステータスが「精神損傷」となっている。リエルなら治せるだろうか? 原因が分からないんじゃ無理か?


「ディーン、どうする? もともと殺す予定だったんだろ? このまま殺すか?」


 目を瞑って考えているようだ。戦いの中で殺すのと、無抵抗の相手を殺すのはまったく違うからな。さて、どう答える?


「決めました。兄はこのままにします。幽閉して面倒を見ましょう」


「いいのか?」


「はい。治るかどうかも分かりませんが、治った時は家族の事を聞きたいですしね。それにヴァーレがこの状態なら、私が皇帝として名乗り上げても周囲は納得してくれるでしょう。もしかしたら、殺すよりもスムーズにいくかもしれません」


「……そうか」


 甘いような気もするけど、自分で決めたことのようだからな。その意思を尊重しよう。


「フェルさん」


 ディーンがまたこちらを真面目に見つめている。今度は何だろうか。


「襲撃に関して最初から最後まで任せてしまって申し訳ありませんでした。そしてありがとうございます」


 ディーンが跪いて頭を下げた。おいおい、皇帝が跪いていいのか? あ、まだ皇帝じゃないのか。


「ちょっと! ディーン、何してるのよ!」


 ウルが慌ててディーンを立たせようとしているが、ディーンは頭を下げたまま動かない。


「ウル、お前も頭を下げろ。今回の帝位簒奪、すべてフェルさんのおかげだ。それにあの強さを見ただろう。ドレアさんの言ったとおり、私達に命があるのはフェルさんの慈悲だ。本来ならエルフの森で私達は殺されても仕方ないことをしているんだ」


「それは、そうだけど……」


「やめろやめろ。お前達に頭を下げられても嬉しくない。約束のお礼を守ってくれれば十分だ。あれは無し、とか言ったら暴れるけどな」


 ディーンが跪いたまま顔をあげた。


「申し訳ありませんが、約束のお礼とは?」


「うまくいったらルハラ中の料理を振る舞うと言っただろうが。時間に余裕ができたら、ちゃんと奢れよ?」


 ディーンは呆気にとられている。思考が止まった感じの顔になった。それから笑顔になった。


「そうでしたね。もちろん奢りますので楽しみにしていてください」


 ルハラの料理は辛い物が多いって聞くけど、普通のもあるよな? 辛すぎたらソフトクリームも食べよう。中が空洞じゃないヤツを。


「できれば、牛と豚と鶏も雄雌一体ずつ貰えないかね? 約束したのはヴァーレだが、貰えるぐらいは働いたと思うのだがね?」


「あ、私はお酒がいいです。度数高めで」


 なに便乗しているんだコイツ等。


「もちろん。お二人にもお礼を差し上げます」


 二人とも喜んでいるな。まあ、くれるというなら受け取ってもいいけど。


 ディーン達はお礼に関して色々と話し合っているようだが、私はもう疲れた。寝たい。


「ロックの実家に戻っていいか? 疲れているから眠りたいのだが」


「何を言っているんですか。今日はこのまま城にお泊り下さい。この城で今の私に逆らえるような者はいません。隠れていますが、こちらの味方になっている者達も城にたくさんいます。少し時間を頂ければ、すぐに用意させますので」


 そうなのか。ならその言葉に甘えよう。


「分かった。ならお願いする」


 ディーンは立ち上がって、ウルに色々と指示を出している。ウルはそれに従って、念話をどこかに飛ばしているようだ。


 こっちはヴァイア達と魔物達に連絡しないとな。でも、疲れていてそれどころではない。


「ルネ、すまないが、皆に連絡を入れておいてくれ。私は疲れた。今日はもう休む」


「了解です! そうですよね、お疲れですよね! いやあ、すごかったです! フェル様の本気を見たのは初めてでした。速すぎてあまり見えませんでしたけど、これも魔界で自慢します!」


 いや、うん。興奮してるところ悪いんだが、疲れているんだって。


「ルネ、早く連絡をしたまえ。フェル様はお疲れなのだ」


 ドレアはいいこと言った。本気で辛くなってきたからな。


「あ、はい! では連絡して来ます! すみませんが念話用の魔道具を貸してもらっていいですか?」


 念話用の魔道具をルネに渡した。いかん、もう限界だ。


「ディーン、すまないが部屋の用意はいい。適当な空き部屋でいいから、すぐに寝れる場所を教えてくれ。そこで寝る」


「え? そう言われましても……あ、あそこなら大丈夫だと思います。案内しますのでこちらへどうぞ」


 重たくなった体を引きずる様にディーンの後を歩いた。もう、倒れそうだ。天使二体と戦っちゃ駄目だな。


「ここです」


 派手な扉の前に来た。どう考えても普通の部屋じゃないだろう。


「もしかして皇帝の私室じゃないのか?」


「構いません。どうぞお使いください。ベッドもありますので」


 私が構うんだけど。しかし、背は腹に代えられん。ここで寝てしまおう。


「分かった。ならここを借りる。よほどのことが無い限り起こさないでくれ。何かあれば、ドレア、お前が対応してくれ」


「畏まりました」


 部屋に入ると豪勢な部屋だった。ベッドも豪勢。メイドギルドのベッドを思い出すな。なすがままに服を着せられたことも思い出したらさらに疲れたが。


 ベッドにダイブしようかと思ったけど、戦闘で服が結構汚れている。それに汗もかいた。


 シャワーは……あるわけないな。仕方ない、水で濡らしたタオルで体を拭くだけにしよう。シャワーは起きてからでいいや。洗濯は後で頼もう。ディーンも皇帝なんだから服くらい洗ってくれる部下がいるだろう。


 さあ、寝るぞ。お腹もすいているし、顔も痛いけど、まずは睡眠だ。


 下着姿になってベッドに潜り込む。これはシルクという布かな。触り心地がいい。良く寝られそうだ――。




 ――顔が痛い。というか熱い。


 おおう、目が開かない。それくらい顔が腫れているのだろう。


 どれくらい時間が経ったのだろうか。少なくともまだ朝ではないと思う。


 あれ? 誰かが近くにいる? 誰かの気配がする。誰だ?


「フェル、目が覚めたみたいだね。大丈夫かい?」


「ま、魔王様?」


 魔王様のお声だ。目が見えなくてもそれは間違わない。


 すぐに起き上がろうとしたが駄目だった。体が動かせない。少し寝たぐらいじゃ回復しきれなかったか。


「も、申し訳ありません、魔王様。体が動かせないのです」


「ああ、いいよ。そのまま横になっていて」


 顔に何かが触れた気がした。


「ちょっと痛いよ?」


「痛ッ!」


 顔に電撃を食らったような痛みが走った。でも、その直後に痛みや熱が引いていく感じがした。腫れも引いて目が開けられるくらいになった。魔王様の治癒魔法だろうか。いままでも何度か受けたことがある。


「傷は治せるけど、体の疲労は治せないからね。今日はそのままゆっくり寝ているといいよ」


「ありがとうございます。随分楽になりました」


「それにしてもフェルは無茶をするね。天使二体と戦ったのかい?」


 魔王様はすでにご存じだったか。


「同時には無理でした。一体は抑えてもらいましたので、なんとか勝てました。そうそう、破壊した天使は亜空間に入れてあります。今、出します」


「いやいや、それは後でいいよ。実はフェルにお願いがあって来たんだ。疲れているだろうから手短に言うね」


 お願いとは何だろう? 魔王様のお願いされたなら全力で応える所存だ。


「北の遺跡に入る許可を皇帝のディーン君に貰って欲しいんだよ。できれば、入るためのペンダントを借りた上でね」


 そう言えばディーンが言っていたな。遺跡に入るためにはペンダントが必要だとか。


 ディーンは私に恩があるはずだ。それくらいなら大丈夫だと思う。


「畏まりました。ディーンに伝えて許可をもらっておきます」


「よろしく頼むよ。疲れているところにすまなかったね。ゆっくり休むんだよ」


 そう言いながら、魔王様は私の頭を撫でた。なんというご褒美。少なくとも心の疲れは吹き飛んだ。あと十年は戦える。


 名残惜しいが手が離れてしまった。


 ……あれ? 暗かったから気付かなかったが、なんで魔王様はそんなに泣きそうというか、辛そうな顔なのだろうか?


「あの、魔王様。なぜ、そんなに辛そうなお顔をされているのですか? なにか私が粗相をしましたでしょうか?」


「ああ、すまないね。ちょっと昔を思い出したんだ。あの子も病弱でね、よく熱をだして寝ていたから、フェルを見て思い出してしまったよ。気にしなくていいからね」


 それは無理な話だ。コップからこぼれた水を、全部コップに戻すぐらい無理。滅茶苦茶、気になる。魔王様はなんという極大魔法を放つのだろうか。メテオストライク級。ウトウトしていた頭がバッチリ目覚めてしまった。


「魔王様。あの子、とは誰のことでしょうか?」


「――フェルの知らない子だよ。大昔に亡くなったんだ」


 いかん。余計な事を聞いてしまった。結婚式の時といい、なんという失態。気になっても聞いてはいけない事って沢山あるのに。


 魔王様がまた頭をなでてくれた。今度は笑顔だ。


「気にしなくていいよ。これは僕の問題だからね。ゆっくり眠るといい。良く寝れるように魔法を使ってあげるからね」


 魔王様は私の目の上に掌を乗せた。じんわりと暖かい。そして掌が離れると、また、眠気が襲ってきた。


「あの子の事はいつか話せるときがくるかもしれない。その時はぜひ聞いて欲しい」


 声には出さず、頷いた。


 それを見た魔王様も笑顔で頷いてから、どこかへ転移された。もう部屋の中には誰の気配も感じない。私一人だけのようだ。


 魔王様がいつか話してくださるというなら、それを待つだけだ。でも、気になるな。誰なんだろう?


 まあいいか。まずは疲れを癒さないとな。魔王様のおかげで心地よい眠気が襲ってきた。さあ、もうひと眠りだ。

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