間者
広場に戻ってくると、すでに昼食が始まっていた。
魔物達がお行儀よく食事をしている。美味しいのだろう。狼達が尻尾を揺らしているのが分かる。
出遅れた。挽回せねば。
食事を配っているニアに近づく。いい匂いだ。胃袋が早く寄越せと言っている気がする。慌てるな、冷静に行動するんだ。
広場に作られた調理台でニアが鶏肉を切り、何かのタレをつけながら焼いている。そして焼いたものをパンに挟んでいるな。隙間に入るレタスがいいアクセントだ。
流れるような動きで隙がない。匠の技だ。ニアが料理するところはほとんど見たことがないが、こんな感じなんだな。
そしてヤトの目が怖い。ほぼ睨んでいると言っていい。技を盗んでいるのか。頑張れよ。
「フェルちゃん、遅かったじゃないか。冷めちまう前に食べておくれよ?」
「もちろんだ。チキンはダブルにしてくれ。トリプルでも可」
「ダブルにするなら二個食べなよ。重ねて食べてもいいけど、一個一個食べるのもいいもんだよ? フェルちゃんが食材を提供しているんだ。多く食べたって誰も咎めたりしないさ」
大きく口を開けて噛みちぎるのが美味しい食べ方だと思うんだが、ニアがそう言うならそうしようかな。
「ちなみに目玉焼き的な物はないのか?」
裏メニューとかいう常連御用達のアレ。
ニアがニヤリと笑った。これはある。やっぱりニアは分かってる。
「フェルちゃんには特別に照り焼きチキン卵バーガーだよ。一つだけしかないけどね」
「構わない。二種類味わえるという事だ。二倍美味い」
昨日の夕食の時も思ったが、特別というのはいいものだ。スペシャルな感じがする。
「それと、皆の分も持っていってくれないかい? 一緒に食べるんだろ?」
「分かった。亜空間に入れていくから渡してくれ」
照り焼きチキンバーガーを亜空間に入れる。全部食べたいが流石にそれは駄目だな。食べてしまわないうちにヴァイア達に渡そう。
どっちから食べようかな。やはり、卵がない方が先か。
好きな物は最後に食べる派だ。こう、食べ終わった時の余韻に浸りたい。どっちも美味いだろうが、卵がない方が劣る可能性はあるからな。それだと余韻が残念な気分になる。
そんなことを考えながらヴァイア達に近づきバーガーを渡す。出来るだけ大きい物を私のにしよう。
「フェルちゃん、持ってきてくれたんだ。ありがとう」
「わりぃな」
「すまん、助かる」
三人目に渡すものはない。これは私のだ。
「どうして軍隊長がいるんだ? お前の分はないぞ?」
なんで当然のように混じっているのだろうか。
「お前達が変なことをしないように見張るつもりだ。部下達に指示したら『隊長が見張るべきです』と泣きながら言われたから、私がすることになった。だからお前達の近くにいる。拒否権は無いぞ。……それよりも私の分は無いのか。なら自分で貰ってこよう」
そういうと、軍隊長はニアの方へ向かった。後姿にちょっと哀愁がある。
中間管理職の辛さが顔の皺ににじみ出ていたからな。なんとなく気持ちは分かる。部下っていう事を聞いてくれない。
ヴァイア達がゴザを敷いて食べる準備してくれた。座ろう。
「ところで軍隊長が言ってた変な事をしないようにってなんだ? 変なことはしてないよな?」
「さあ? なんだろうね?」
「俺も分からねぇ。あれか? 魔物達が治安維持みたいなことをしているからその関係か?」
それは可能性があるな。魔物達に何をしたのか聞いてみよう。
さて、それよりもお待ちかねの昼食だ。
早速、卵のない照り焼きチキンバーガーをかじる。おお、なんだか甘い。鶏肉も美味しいが、このタレがいいな。
だが、このタレは曲者だ。上手く食べないとこぼれる。バランスだ。バランスが重要なんだ。出来るだけバーガーを地面と平行にして、タレがこぼれないか全体をくまなくチェック。そしてタレがこぼれそうなところから食べる。
これは籠城戦と一緒だ。相手は意識の薄い所から攻めてくる。ここは意識を集中させて各個撃破だ。一番注意を払わないといけないのは撃破した反対側だ。倒したと思ったら反対側からあふれ出る。これは気を抜いたらやられるな。
「なんだか楽しそうだな?」
声からして軍隊長か。昼食を受け取って来たのだろう。だが、今はそれに構っている暇はない。
「話しかけるな。下手すると本丸が落とされる」
「……何を言っているんだ?」
「フェルは時々変になるんだよ。気にしないでいいぜ」
失礼な事を言っているのはリエルだな。あとで制裁だ。
……乗り切った。私の完全勝利だ。そして美味い。タレが染み込んだパンが最高だった。レタスもいい仕事をしていた。さすがニアだ。
だが、これでは終わらない。これに卵が増援されるわけだ。考えただけで頬が緩む。食べたばかりなのにもう食べたい。
「随分と笑顔で食べるんだな」
軍隊長が驚いた顔でそんなことを言ってきた。もう、食事中の笑顔は隠さない。ゾンビマスクも使わない。
「美味い物を食べると笑顔になる。呪いじゃないぞ」
「そんなことは知っている。だが、魔族は怖いと子供のころから教わっているんだ。魔族が笑っている姿なんて人族を殺している時だけだと思っていたから、不思議な感覚になっただけだ」
なんという風評被害。そもそも、五十年前の魔族は勇者を殺すのに必死だった。笑っているはずはないんだけど。
「軍隊長さんは、なんてお名前なんですか?」
「名乗っていなかったか。これは失礼した。クリフだ。よろしく頼む」
「私はヴァイアです。よろしくお願いします」
「俺はリエルだ、よろしくな」
「私は一度名乗ったな? だが、もう一度名乗っておこうか。魔族のフェルだ」
クリフは頭を下げてからゴザに座った。お前もここで食べるのか。
次はメインイベントだ。さっきのは前座。かなりの強敵だ。先程と同じ条件だが、やや硬めの半熟卵がチキンの上に挟まっている。黄身の進撃速度はタレの比ではない。タレとの相乗効果でもっと速い可能性がある。だが、負けん。一滴残らず、私の胃に収まるがいい。
……被害は私の手だけで済んだ。危なかった。もうちょっとでジャケットが大変なことになるところだった。
でも美味しかったな。タレだけでも美味いが、卵の黄身と合わさって、素晴らしいハーモニーを奏でた。だが、そこに感動し過ぎてタレの進撃を許してしまった。私の弱点を突いた見事な罠だ。
さて、手も洗ったし午後は何をするかな。
「フェル様、お時間ありますか?」
「ルネか? どうした?」
ルネがアラクネの糸に縛られた人族を連れて来た。
「つい先ほどトラン国の間者を全員捕まえ終わったんですが、どうしましょうか? あ、この人がリーダーっぽいです」
間者……スパイか。面倒な事にならないように情報だけ奪って解放しよう。
なんてったってスパイだからな。さりげない物に色んな魔法が付与されている可能性がある。危険な物を持っているかもしれないから、徹底的に排除しないと。
「ドッペルゲンガーに噛ませた後、壁の外に放り出しとけ。あと、持ち物をちゃんと確認しておいてくれ。ペンが爆発したり、依頼を伝えたら煙のように消えたりする魔道具を持っているかもしれないからな」
「はい、了解しました」
「待て待て待て、トラン国の間者? なんでそんな奴等が?」
「もともとこの町にいたようですよ? 住人として諜報活動をしていたんでしょうね。あと町から南へ五キロほど向かった先にある森にもいましたね」
「……町にいた? 南の森?」
「ええ、全員捕まえて縛っておきました。フェル様から治安維持の命令を受けていたので、その一環ですね。森の方はジョゼフィーヌ達が夜に襲撃をかけて壊滅させちゃいましたけど。もちろん、だれも殺してないですよ。動けなくしただけで生きてます」
町の外まで治安維持しなくていいんだけど。でもお手柄だな。町で破壊行動とかを扇動されたら困るし。
「ご苦労様。さっき言った通り処理しておいてくれ」
「いや、待て、待ってくれ!」
なんでクリフはそんなに慌てているのだろうか。
「どうしたんだ? 慌て過ぎだぞ?」
「これが慌てずにいられるか! ここはルハラの領地だぞ! トラン国の間者をそう簡単に解放できるか!」
「そうなのか。なら任せる。ルネ、捕まえた奴等をクリフに渡しておけ」
「分かりました。どうぞ、受け取ってください。残りはあっちの隅っこにいますので、これからすぐに連れてきます」
ルネはそういうと、広場の隅の方へ移動していった。よく見たら縛られている奴等がいるな。兵士っぽい。あとはクリフに任せよう。
「さて、私達はどうするか。午後はお土産を買いに行くか? この町の食材に興味がある。ソドゴラ村に帰ったら宴会するしな」
「いいな。行こうぜ」
「私は作った魔道具を売ろうかな?」
町の方に行こうとしたら、クリフに進路を阻まれた。絶対に逃がさない。そんな意志を感じる目だ。
「……何か用か?」
「……助けてくれ。俺だけじゃ手に負えん」
「面倒なら壁の外に放り出せばいいじゃないか? 見なかったことにする、とか」
「だから解放できないと言っただろう。コイツ等が何をしようとしているか調べないといけない」
「もう手遅れさ」
縛られた奴が何か言ったようだ。その男はクリフの方をみて、嫌らしい笑いになった。
「なんだと? なにが手遅れなんだ?」
「東側の壁は壊れているだろう? 東側からトラン王国が攻めてくる手はずになっている。三千人規模の軍隊だが、壁さえなければこの町は簡単に落とせるからな」
誰も何も言わない。私もちょっと言葉が見つからないな。どうしよう。何も言わずに立ち去るか?
そんな事を考えていたら、ルネが二十人くらいの人族達を連れて来た。全員縛られている。
「どうぞ、お受け取りください。そういえば、フェル様。東の壁を直したんですか? アラクネっちがそんなこと言ってましたけど。『超活躍したクモ』とドヤ顔で言われたので、ちょっとイラっとしました……!」
「ああ、うん」
「か、壁を直した?」
哀れすぎて何も言えなかったけど、ルネが言ってくれた。よかった。
「もう買い物に行っていいか? ……そうか、駄目か」
面倒くさいな。私達は関係ないと思うんだけどな。
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