偽物

 

 全力で人族と友好的になろうと決意した直後にこの連絡。ルネは狙っているのだろうか。


 ……いや、待とう。アイツが理由もなく人族をボコボコにするわけがない。色々と事情があるのかもしれない。短気は損気だ。


 それにルネは護衛をしていたんだ。先に襲われたなら反撃するのは問題ない。やり過ぎは良くないけど。


 でも、リエルは冒険者って言ったよな。夜盗とかじゃなくて冒険者だと。


 聞きたくはないが聞かないと駄目だな。


「なにがあったか詳しく教えてくれ」


『アダマンタイトの冒険者がいきなりルネに襲い掛かったんだよ。ただ、予想以上に強かったからかなりボコボコにしちまったみたいでな。ほら、フェルって人族と仲良くしようとしてるけど、やられたらやり返す感じだろ? 放っておいていいか分からねぇから連絡したわけだ。感謝は寄付でいいぜ?』


 セーフ。ルネ、信じてたぞ。


 だが、アダマンタイトの冒険者? もしかして、ユーリの奴はギルドに報告していないのか?


「ルネの方は平気か? それに、いつ襲われた?」


『ルネは怪我一つねぇよ。襲われたのはついさっきだな。――ちょ、ルネ、何だよ? 不可抗力? 意外と強くて手加減できなかった? むしろ被害者? 制裁しないで? 分かった、伝える、伝えるから服を引っ張んな! バタフライが見えちまうだろ! これを見れんのはいい男だけなんだよ!』


「ああ、もう聞こえた。その件に関しては事情を知っている。ルネに制裁は加えないと伝えてくれ」


 知りたくない情報まで聞こえた。早く忘れよう。


「それと冒険者の方は反撃できないぐらいには治してやってくれ。今、忙しいから一旦切るぞ。夜にもう一回連絡してくれ」


『おう、分かった。他にも報告したいことがあるから、また夜にな』


 念話が切れた。


 冒険者ギルドめ。ユーリから話が伝わってないのか? それとも伝わったが無視してるのか? 一度、ユーリを問いただそう。


「なにか問題かい?」


「ルネがアダマンタイトの冒険者に襲われました」


「大丈夫なのかな?」


「ルネ本人は大丈夫のようです。ただ、手加減が出来なかったので相手をボコボコにしてしまったとか」


「それは仕方ないね。それに強い奴ということはアダマンタイトだろう? おそらくそのランクは全員勇者候補だよ。普通の魔族が手加減して倒せる相手じゃないね」


 知りたくなかった情報が増えた。勇者候補が多すぎる。


 そして部屋が大きく揺れてから止まった。どうやら着いたようだ。


 ここからは監視されるのだろう。余計なことは言えないし、聞けなくなってしまった。


「じゃあ、戻ろうか」


「はい」


 魔王様と一緒に入り口の方に向かって歩き出す。


 魔物達はほとんど見なくなった。新たに魔物が発生しないから魔物暴走はかなり収束しているのだろう。


「僕は明日から『工場』の施設に入れるように準備や調査をしに行くよ」


 急に魔王様がそんなことを言われた。それは言っても大丈夫な事なのだろうか? 最初からの予定だから問題ないのかな?


「はい、ソドゴラ村の北にある山の事ですね」


「そうだね。いまでは大霊峰と言われているらしいけど」


 大霊峰と言うのか。山の事について事前に調査しておこう。村長に聞けばいいかな。


「そうそう、あの辺りに人族は住んでいないからね。野営が出来る準備をしておいてもらえるかな」


「はい、準備しておきます」


 ヴァイアの店で揃うかな? いや、ヴァイアの店は日用品しか置いてない。この町で見繕っておこう。お土産も買わないとな。


「それと『工場』ならソドゴラ村から通えるからね。フェルがソドゴラ村に着いたら宿を借りておいてくれるかい? この間と同じ部屋でお願いするよ」


「それは分かりましたが、一つ伺ってもいいでしょうか?」


「うん、なんだい?」


「魔王様の転移は距離制限があるのですか? こちらに来ていた時はソドゴラ村にお戻りにならなかったようですが」


「距離制限はないけど、遠いと単純に疲れるんだよね。ここからだとちょっと遠いから町の近くで野宿していたよ」


「そういう事でしたか」


 予想とちょっと違うが近いならソドゴラ村を拠点にできるのだろう。


 他の神たちがいる場所は知らないが、部屋を数ヶ月まとめて借りておこうかな。割引してくれるかもしれないし。


 しかし、野宿させてしまっていたのか。快適な野宿が出来るような魔道具ってないかな。


「出口が近いね。すまないけど先に宿に戻るよ。今日はもう動けそうにないから、何かあったら明日の朝、報告してくれるかな」


「畏まりました。お休みなさいませ」


「うん、お休み」


 魔王様は景色に溶かれるように姿を消された。宿の方に転移されたのだろう。


 さて、今は二時ぐらいか。まずは食事だな。


 坑道を出て宿に向かう。今日は特にだれにも絡まれなかった。いい日だ。


 宿に入るとドワーフのおっさんが出迎えてくれた。


「おう、今日も早いの。食堂は好きに使っていいぞ!」


 何も言わなくても分かっているのか。なら遠慮なく使おう。


 食堂を見ると、ユーリが優雅に何かを飲んでいた。コイツには言いたいことがある。


「おい、ユーリ」


「坑道での調査は終わりですか? 私の方はギルドに連絡を入れておきましたよ」


「言ってくれたのか。それはありがたいのだが、ルネが襲われたと連絡がきた。どういうことだ?」


 ユーリが驚いた顔をした。あれ? 予想した反応と違うな? とぼける感じかと思ったんだが。


「どんな結果になったか教えて頂いても?」


「ルネがボコボコにしたらしい。強かったから手加減できなかったとは言っていたな」


 リエルからの又聞きだけど。


「そうでしたか」


 なんだかうれしそうだ。もしかして、魔族に負けたのが自分だけじゃないとか思っているのか?


 他の奴が負けたとしてもお前が強いわけじゃないと思うんだけどな。


「そんなことよりも、だ。ギルドに連絡をしてくれたんだよな? なんでこうなる?」


「連絡はしましたよ。グランドマスターも依頼を一時的に取り下げる旨を言っていましたので、襲った冒険者に連絡が届いていなかっただけだと思いますよ」


 そういう事か。だが、そういうのは迅速にやってもらいたい。


「あと、グランドマスターから言伝を預かっています。『会える日を楽しみにしている』とのことです」


 なんだ、いい奴じゃないか。なんで魔族を殺せなんて依頼を出したんだ?


「それと『来たら儂が叩き切ってやる』と言ってましたね」


「殺す気じゃないか」


 いい奴じゃなかった。


「ちなみにグランドマスターは私より強いですよ?」


「そうか。どれ位強いか知らんが勝てると思っている時点で傲慢だな」


「一応伝えておきますが、今のグランドマスターは、五十年前に勇者と共に戦った戦士ですよ? 年齢による衰えはありますが、まだまだ化け物の領域だと思いますがね」


 勇者と共に? 勇者は魔界に一人で来たはずだけどな。そもそも普通の奴に魔界の地表は歩けない。


 もしかして、勇者って女神教にいる奴のことか?


「聞きたいのだが、勇者というのは?」


「ご存知ありませんか? 女神教の四賢ですよ。あの方と共に魔族と戦った戦士が今のグランドマスターです」


「偽物の勇者か」


 もしかしたら、勇者もグランドマスターも勇者候補なのかもしれないけど候補なら怖くない。


 なんだろう? ユーリが驚いてこっちを見ているのだが。


「に、偽物?」


 ああ、そうか。女神教の勇者は本物だと思われているのか。当時の勇者は魔界で死んだし、今の勇者はあの嫌な奴だ。どう考えても女神教にいる勇者とやらは勇者じゃない。


 そういえば、魔王様は勇者が死ぬと候補のなかから経験の高いやつが勇者になるとおっしゃっていた。


 もしかして、あの嫌な奴はその頃に勇者になったのか?


 でもアイツは私よりちょっと上ぐらいの容姿だ。五十年前とアイツの間にもう一人ぐらい勇者がいたのかもしれないな。あとで魔王様に聞いてみよう。


「フェルさん、偽物とはどういう意味でしょう?」


「本物の勇者は他にいる。五十年前の勇者は魔界で死んだし、今の勇者はソイツじゃない」


 でも一応確認しておくか? あの嫌な奴は女神教じゃないよな?


「ちなみに女神教の勇者って女か?」


「え? いえ、男性ですよ。もう、八十ぐらいの老人です」


「そうか。じゃあ、やっぱり偽物だな。あ、お前、女神教の信者じゃないよな? リエルに女神教の奴には言うなって言われてた気がする」


「信者じゃありませんが、あまり知りたくない情報でしたね。鵜呑みにはできませんが、グランドマスターは偽物の勇者と共に戦ってましたか……」


 私にも知りたくない情報とかあるから気持ちは分かるぞ。今日のリエルの下着とか知りたくなかったからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る