人族の観察

 

 昨日は遅くまで日記を書いていたから寝不足だ。だが、今日はエデンに向かうから気合を入れないと。


 部屋を出て食堂に向かう。朝食を食べないとな。


 昨日のベーコンエッグは失敗した。生卵って脆すぎる。フライパンに落ちた卵の殻をとるのに苦労した。しかも目玉焼きがつぶれてしまうし、ベーコンは焦げた。特訓が必要だな。


 食堂に行くと、ディーン達やユーリがテーブルに座っていた。いつの間にか仲良くなっているな。


「おはよう。パンを寄越せ」


「おはようございます。どうぞ」


 ディーンがパンの入った籠を渡してきた。五個は昼食用に持っていこう。四つは今食べる。


「昨日は貴重なジャムをありがとうございました」


 今度はユーリがお礼を言ってきた。


「お前にパンとジャムを奢ったのは、もう襲ってくるなよ、という意味を込めたんだ。分かっているんだろうな?」


「もちろんですよ。それにギルドの方にはきちんと連絡を入れておきますから」


 よし、コイツが襲ってこないだけでも十分だ。あとで時間が出来たら冒険者ギルドの本部に乗り込む。ディアを連れて行こう。アイツにも責任がある気がする。いや、ある。


 さて、食事をしてから坑道に向かうか。


「おう、おはようさん。お主、どうするんじゃ?」


 ドワーフのおっさんが来た。どうするって、何の話だ。


「おはよう。意味がわからん。私がなんだ?」


「宿泊費を今日までしか貰っていないんでな。今日、帰るのか?」


 もう五日経ったのか。少なくとも今日エデンに行って、そのまま帰るとかの話にはならないからもう一泊必要だな。


 確か魔王様の分は一日遅れて支払ったから明日まで大丈夫のはずだ。


 よし、私の分だけ払おう。


「もう一晩泊まる。小銀貨二枚でいいな?」


「食事なしなら小銀貨一枚でいいぞ?」


「ジャムだけでもいいんだが、腹に溜まるものが欲しい。パンを売ってくれ。町で買い物とかすると、いらぬ騒動が起きる可能性があるからな。ここで提供してくれるなら助かる」


 そんなわけで小銀貨二枚を渡した。


 甘い物以外持ってないのは不覚だった。干し肉とかベーコンとかそういうのも亜空間にしまっておこうかな。トマトソースも必須だ。


「それならパンを用意しておこう。じゃあ、今日も頑張れよ!」


 さて、坑道に向かおう。




 いつものように坑道に入ってすぐのところで魔王様を待つ。


 すでに防衛システムが停止しているからきわどい話題は出来ない。だが、そもそも魔王様は誰に監視されているのだろう? しかもどうやって? 遠視とかの魔法を使っているのだろうか? 謎だ。


 そういえば、魔王様はこれが終わったらどうされるのだろう? 一度アビスに行くとか言っていたからソドゴラ村に戻るのかな? それとも神殺しをするためにどこかに行かれるのだろうか。


 何処に行かれるとしても、お側にお仕えしたいな。


「やあ、待たせたね。じゃあ、早速行こうか」


「はい、お供します」


 もう、慣れたものだ。ツーと言えばカー。ツーカーの仲と言える。でも、ツーカーってなんだ?


 魔王様は相変わらずゴミを払うようにゴブリンやコボルトたちを屠っていく。ゴブリンキングとかいたけど、なんの障害にもならない。なら話しかけても大丈夫だろう。


「魔王様、この対応が終わったらどうされるのですか?」


「そうだね、状況によるけど龍神がいる場所に行かないといけないからその対策かな」


 龍神というとソドゴラ村の北にいる奴だな。確か北には山があるとか言っていた気がする。


 神の奴らを止めておかないと人界が調整される可能性があるから、やらないと駄目なんだろうな。とても嫌だがやらない訳にもいかないか。覚悟を決めておこう。


「私も付いて行った方が良いでしょうか?」


「最初は一緒じゃなくていいよ。山に入るための準備が整ってから呼ぶつもりだから。それまでは人族との信頼関係をより構築しておいてね」


「実は魔界から呼んだ魔族が意外と社交的でして、人族との友好的な関係を結ぶには適任かと思います。なので、信頼関係の向上はその魔族にやらせて、私は魔王様のお側に仕えた方が効率的かと思ったのですが、いかがでしょうか?」


 適材適所という言葉がある。向き不向きという言葉もある。ひいき目に見ても私は向いてない。


「駄目だね」


 回答が早い。しかも一刀両断された。ちょっと傷つく。


「人族との友好的な関係になるのは魔界の食糧事情のことがあるからなんだけど他の意味もあるんだ。単に仲良くなればいいという事じゃないんだよね」


 他の意味? なんだろう? それは聞いたことがない。


「申し訳ありません、魔王様。他の意味とは何でしょうか?」


「フェルは僕の命令で人族と仲良くしているけど、フェル自身が人族と仲良くしたい、そう思って欲しいんだよ」


「なぜ魔王様は、私が人族と仲良くしたいと思ってほしいのでしょうか?」


 人族と敵対せずに友好的な関係になるのは魔族としてもメリットが大きい。魔王様がやっぱり人族を滅ぼそうと言ったら抵抗するつもりだ。そういえば、そんな話をリーンにいた婆さんに話した気がする。


 それぐらいには人族に対して仲良くしたいとは思っているのだが。


 それとも私は人族に対して無意味に暴れそうな感じがあるのだろうが。


「理由はいくつかあるね。例えば僕がいなくなった場合に人族との付き合い方が昔に戻ってほしくないんだよ。だから人族と友好的になりたいと思う魔族が増えてほしい。その筆頭にフェルが最適だと思っているんだよね」


 聞き捨てならない事を言われているが、魔王様に期待されているという事か。それなら全力で取り組まなくては。


「でもね、それを僕の命令だから、という考えでやってほしくない。だからフェルを人界に連れてきた。多くの人族と知り合いになって、フェル自身がそういう考えをもってほしいんだよ」


 難しいな。命令ではなく、私自身が人族と友好的な関係になりたいと思ってほしい、ということか。


 でも、人族って駄目だな、と思ったらどうすればいいのだろうか?


 ソドゴラ村の奴らはいい奴らだ。だが、人族には夜盗みたいな奴や、リーンにいた領主の次男たちみたいな駄目な奴らもいる。もし人族にそういう奴らが多いようなら……。


「前にアンリちゃんの話をしたね?」


 はて? 脈絡が無いように思えるがなんだろうか? ええと、確か勇者候補の時の話だったな。でも、今は防衛システムが動いていないから勇者候補の話は言わない方がいいはずだ。返事だけしよう。


「はい」


「その時にアンリちゃんとは敵対したくない、と言ったね?」


「はい、言いました」


「それを聞いた時、うれしかったよ。すでに敵対したくない人族がいるなんてね」


 うーん? 確かにアンリとは戦いたくない。だが、あの嫌な奴はいつかボコボコにしたい。そう考えると人族という単位ではないな。


「魔王様、それはアンリという個人に対してでして、人族という括りではないのですが」


「もちろんだよ。まだ人界に来て一ヶ月かそこらだろう? たったそれだけの期間でそういう気持ちになれる人族がいるのが素晴らしいんじゃないか」


 そういうものだろうか? ヤトやルネでもすでに同じぐらいだと思うが。


「まあ、そういう理由だから、他の魔族に任せるというのはなしだね。フェルは今後も人族と付き合って、人族がどういうものなのかをよく見てほしい。それがフェルを人界に連れてきた理由の一つだからね」


 理由の一つか。他にも理由があるのかな? 以前、魔王様に魔族の中で一番信頼しているから、と言われたことがあるが。


「畏まりました。今後も人族と友好的な関係を築きつつ、人族をよく見てみます」


「うん、よろしく頼むよ」


 魔王様に言われたことは何となくわかるが、いまいちピンとこないな。不敬だが。


 すでに魔王様の命令がなくても人族と友好的な関係になりたいと思っているし、アンリ以外でもソドゴラ村の奴らなら敵対したいとは思わない。これではまだ足りないという事だろうか。


 よし、今度からもっとよく人族を見てみよう。

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