魔王の強さ

 

 考え込んでしまったユーリの前でぼーっとしていると、ディーン達が帰ってきた。


 ディーンはどうやらユーリの事を魔王様だと思ったらしい。不敬にも程がある。


 ベルの奴はジャムを売ってくれとしつこいし、ロックも手合わせしようとか言ってくる。


 帰って来て早々何なんだコイツらは。


「お前らいい加減にしろ。まず、これは魔王様ではない。ジャムは売らんし、手合わせなんて嫌だ。そろそろ食事の時間なんだ。静かにしろ」


 落ち着いて食事をしたい。魔界に住む者にとって食事は重要な儀式だ。それを邪魔するなら殺されても文句は言えんぞ。


 それに夕食はパンとチーズしか出ないからな。それに手持ちのジャムと蜂蜜、そしてリンゴ。この戦力でどうやって飽きずに腹を満たすか。これを考えなくてはいけない。どのような順番で食べるかが重要なんだ。


 くそう、卵料理があればパンを食べつつ、途中に卵料理を挟んで飽きることないループを繰り返せるのに。ニアの卵料理とトマトソースが恋しい。


「魔王でないなら、どなたなんですか?」


「名前はユーリ。『武器庫』って言われている奴だ」


「どうも初めまして。冒険者ギルド所属でアダマンタイトのユーリと言います。お見知りおきを」


 ユーリは考え事が終わったのだろうか。相変わらずの微笑みで普通に挨拶している。


 ディーン達三人はちょっと止まっている感じだ。頭の処理が追い付いていないのかな。静かになって丁度いいが。


「あ、貴方が『武器庫』? カ、カードを見せてもらってもいいでしょうか?」


 よく分からんがいきなりカードを見せろというのは、失礼に当たらないのかな。最初から疑っているということなんだけど。


「ええ、どうぞ」


 ユーリはカードを取り出して、魔力を流す。カードが青く光り、本人の物だと証明した。


 ディーン達はそのカードを見ると、唾をのみ込んだ。


「本物ですね……」


「サインください。ベルさんへ、と書いて」


「ええ、いいですよ」


 ベルが紙とペンを取り出してサインをお願いした。お前たちはルハラで戦争するんじゃないのか? なんか緊張感がないんだけど。


 ユーリは慣れているのかサラサラとサインを書いてるし。私もサインを作って練習しておこうかな。将来的に本を書くから必要かもしれん。


「良かったら勝負してくれねぇか? 俺はミスリルランクだが、それなりに強いぜ? 勝てるとは思ってねぇが、どれくらい差があるのか知っておきてぇんだ」


 ロックとユーリの差か。私の見立てでは天と地の差があるけど。


「すみませんね。アダマンタイトの冒険者は私闘を禁じられているのですよ。破ると結構なペナルティがありましてね。どうしてもというならギルドに依頼を出してください。それなら可能ですよ」


 私にもそういう制限がほしい。魔族に戦闘を仕掛けてはいけないとか、冒険者ギルドでルールを作ってくれないかな。


「貴方がなぜフェルさんと? 以前からのお知り合いなんですか?」


 そんなわけない。武器庫のことはお前らから聞いたんだ。


「いえいえ、今日、フェルさんに戦いを挑んだら派手に負けましてね。その時に仲良くなったのでお話している最中です」


「仲良くなってない。それに戦いを挑むというか殺しに来てただろうが」


 関係をねつ造された。後でギルドにでも訴えよう。


 それに話をするなら他のテーブルでしてくれないかな。ディーン達も勝手にテーブルについてるし。また一緒に食事をするのだろうか。昨日の干し肉が出るなら考えないことも無いんだが。


「アダマンタイトの冒険者を倒したのですか?」


 ディーンが驚いているんだけど、お前はアダマンタイトでも勝てなくはない的な話をしてただろうが。もしかして見栄を張っただけか?


「ええ、私は負けましたね。アダマンタイトが負けたなんて知られると困るので内緒にしてくださいね?」


「分かりました。しかし、そんな関係なのに、なぜここでフェルさんと話をされているんですか?」


 それは私も聞きたい。


「調査の一環ですね。ギルドから魔族を調べるように言われているんですよ。殺せるなら問題なかったのですが、負けましたので話を聞こうかと。手ぶらでギルドに戻ったら無能扱いされてしまいますからね」


 殺されたら私にとっては大問題なんだが。


 まあいいか。早く話を終わらせて夕食に備えたい。それに大体のプランは決まった。


 締めのデザートはリンゴで決まりだから、最初にリンゴのジャムを使う。リンゴで始まり、リンゴで終わる。様式美だな。そして途中はブルーベリーとイチゴのジャムを交互に食べていく形だ。もちろんチーズのローテーションも忘れない。


 よし、とっとと質問に答えて夕食にしよう。


「ユーリ、あと一問だけ答えてやる。お前にお願いした内容ならそれぐらいが妥当だからな」


「貴方が魔族の中で二番目に強いということは、最近までいたもう一人の魔族はどうなのでしょう?」


 ルネの事か? なぜそんなことを聞きたがるのだろう? それにルネを知っているということは、その頃から私を監視していたのか? ストーカーだな。


「待ってください。フェルさんが魔族で二番目に強い? じゃあ、一番は?」


 なぜかディーンが話に入ってきた。そもそも何でディーンは聞いているのだろうか。


「部外者はテーブルから離れてくれないか? 私がユーリと話をしているのは取引の結果だ。お前たちは関係ないだろ?」


「フェルさん、今日はベーコンと卵を買ってきました。夕食に提供しようと思っているのですが」


 生意気にも私に交渉してきたか。だが、それだけでは駄目だな。


「トマトソースは?」


「もちろんあります」


 交渉成立だ。


「好きなだけいろ。質問はなんだった? ああ、魔族の一番か。当然、魔王様だ」


 夕食の攻め方が変わるな。プランの練り直しだ。


 卵とベーコンなら当然ベーコンエッグだから最初に食べよう。いや、黄身の部分はメインディッシュだな。潰れなかったらそのまま。潰れたらパンにつけよう。シチューで培ったワイプを応用すればいける。


「あの、私の質問に答えてくれませんかね?」


 なんだっけ? そうだ、ルネの事か。


「アイツの強さか? 魔族の中では弱い方だ。下から数えた方が早い」


「魔族で弱いと言われてもピンと来ませんね。人界で判断するとどんな感じでしょう? オーガになら勝てるとか?」


「お前になら勝てる」


 ユーリの右目が開いた気がしたが、今は笑顔のまま固まっていた。気のせいかな。でも、殺気は気のせいじゃない。


「私に、勝てる?」


「ああ、そう言った。言っておくが人族が一対一で魔族に勝てると思うなよ? 私といい勝負をしたとか思っていないだろうな? 私には色々と制限があるからそう思えただけだ。他の魔族が手加減する必要はないからな。はっきり言ってアイツが相手ならお前は十分持たんぞ」


 ユーリの殺気がさらに強くなった。怒っても仕方ないんだが。だいたい、魔族と人族の強さを比べるのがおかしいんだ。


「信じられませんが、それ程なのに魔族の中では弱いのですか?」


「そうだ。アイツが弱いというよりも、他の魔族が強すぎると言った方がいいか」


「なるほど、なら大丈夫ですかね」


「何の話だ?」


「いえ、こちらの話です」


 なぜか殺気も無くなった。これで話は終わりかな。さあ、夕食だ。


「フェルさん、魔王というのはどれくらい強いのですか? フェルさんよりも強いというのが想像できないのですが」


 ディーンが質問してきた。なんでそんなことが聞きたいのだろう。そもそもそれを聞いてどうするつもりだ。


「もういいだろ。早くベーコンエッグが食べたい。トマトソースたっぷりでな」


「そのベーコンエッグに黄身が二つあったらいいと思いませんか?」


 交渉のやり方を分かったようだな。成長してる。


「いいだろう、魔王様の強さを教えてやる」


 あの時の事は今でも鮮明に思い出せる。そんなに昔の事じゃないが、色々あったから懐かしい感じがするな。


「魔王様が魔王となる前に一度戦ったことがある。完敗だった。私は魔王様に触れることもできず、武器は破壊されて、五分と持たなかった。さらに魔王様を一歩も動かすことは出来なかったな。だから私は――」


 なんだ? みんなが驚いた顔をして私を見ているのだが。


「どうかしたのか?」


「あ、いえ。しかし、フェルさんが手も足も出なかったという事ですか? 魔王には必殺の攻撃というものがある、という事でしょうか」


「そうだな。だが、いきなりそれを使われたわけじゃないぞ。先手を譲られた。思いつく限りの攻撃をしたのだが、全く効果が無かった」


 力の差を思い知ったな。上には上がいるというのを初めて知った。私も若かった。今も若いけど。


「簡単に言えば、私は魔王様の足元にも及ばないということだ。答えてやったんだからベーコンエッグはダブルにしろよ」


 ディーンが頷くと卵二個とベーコンを数切れ渡された。もしかして自分で作れと言う事だろうか。


 いいだろう、魔族の本気を見せてやる。厨房でな。

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