楽園計画

 

 朝食をとった後に、リエル、ルネ、メノウを連れて町の外に出た。


 ここでカブトムシと合流するらしいが、まだ来ていないようだ。


「メノウ、二人の事よろしく頼むな」


「じ、自信ないです……」


「頼む方を間違ってねぇか? 俺らにメノウを頼むんじゃねぇのかよ?」


 普段の行動を思い起こしてもらいたい。自分自身を客観的に見てくれないかな。そういう魔道具をヴァイアに作って貰おう。


「ところで、ルネはそのカードをどうしたんだ?」


 ルネは町を出る際に門番にカードを見せていた。多分、冒険者ギルドのカードだろう。


 聞かなくても何となくわかるけど、念のため聞いておこう。


「ディアっちに作って貰いました! どうですか、これ。この顔、ものすごく似てますよね! 魔界のみんなに自慢するつもりです!」


 朝からテンション高い。だが、そうか。こいつも冒険者になったのか。


「まさかとは思うが専属か?」


「いやー、色々特典がついてお得だというから専属冒険者になりましたよ! お茶が無料っていいですね!」


 また犠牲者が出た。魔界から来る奴を片っ端から専属冒険者にしてるけど、大丈夫なのだろうか。冒険者ギルドから調査されるかもしれないな。どうでもいいけど。


 そんな話をしていたらカブトムシが飛んできた。


 メノウは少し怯えている感じだ。カブトムシは常識があるから大丈夫だぞ。どちらかというと問題はこっちの二人だ。


 よく見ると荷台に紐というか植物のツルが置いてある。体を荷台に固定するものじゃないな。もしかして荷台を引っ張るのか。


「ここからは空を飛ばずに地上を歩くのか?」


「おうよ。メノウの町は俺も知ってんだけど、そんなに遠くねぇんだ。飛ぶと警戒されるかも知れねぇからな。荷台を引っ張って地上を行くんだよ」


「寝ていれば早く着くと思うんですけど、人界を観光したいので!」


 出来るだけ早く行ってやった方がいいと思うが、どうなんだろう?


「メノウ、飛んだ方が速いと思うが、どうする?」


「人は、空を、飛びません。地上で行きましょう」


 リエルとルネも頷いている。ああ、怖いのか。


「メノウがいいならそれで構わない。じゃあ、私はついていけないが頑張れよ」


 そう言うと、メノウが両手で私の右手を掴んできた。なんだ?


「本当にありがとうございました。このお礼はいずれ必ずしますので」


「お礼なら弟が治ってからにしろ。それに私はリエルを紹介しただけだ。礼ならリエルにするんだな。だが、弟は紹介するな。危険だぞ」


「いいか、フェル。いい男だったら口説くのはマナーなんだよ。覚えとけ」


 そんなマナーがあるわけない。


「まあ、リエルは残念な感じだが、治癒魔法の腕はいい。期待できるはずだ。とても残念だが」


「褒めるか貶すかどっちかにしやがれ」


 どちらかというと残念な方に重きを置きたい。だが、やる気をそぎたくはないな。


「リエルはやる時はやる女だ。期待していいぞ」


「お、おう。ちょっとびっくりだ。ああ、任せろ。バッチリ治してくるぜ!」


 褒められ耐性がないのか。そういうところは私に似ているな。


「あと、ルネ。護衛を頼むぞ。だが、絶対に相手を殺したりするなよ。魔族は人族と友好的な関係を築こうとしているからな」


「はい、わかりました。実はディアっちにぬいぐるみを作って貰いましたので、戦力的には手加減できるレベルかと思います」


「そうか、なら安心だ」


 ルネが人族に後れを取ることは無いと思うが、人形があるなら問題はないだろう。


 どうやらカブトムシの準備を終わったようだ。三人が荷台に乗り込んだ。


「じゃあ、気を付けてな」

「おう、任せろ」

「では、行ってきます!」

「本当にありがとうございました」


 カブトムシは荷台を引っ張って町のある南の方に向かった。超高速で。


 カブトムシは空を飛ぶことも出来るが地上でも速い。悲鳴が聞こえたけど、どうしようもないな。


 さて、私は大坑道に行くか。




 町の中に入って坑道に入るまでの間、色々と声をかけられた。


 主に「ゴスロリはもう着ないのか?」と「俺もメノウちゃんのファンなんだよ」だった。


 その中でも、ゴスロリの集団に囲まれた時は怖かった。メノウのゴスロリファッションを真似ているんだろうな。みんなちょっとずつ違うのだがコンセプトは同じなんだろう。


 囲まれてから、「お姉さまのファンクラブに入りたいのなら、わたくしの許可を得てからにしていただけませんこと?」と言われた。この喋り方って「おほほ」と同様にフィクションじゃないのか。


 とりあえず、私は昨日の魔族とは違うと、声をかけてきた奴ら全員に言った。


 背が違うということで納得してくれたようだが、ファンクラブの奴らはチラシを渡してきた。どうやらゴスロリの集まりがあり、このチラシに書いてあるからルネに渡してほしいという事だった。


 そうか。この私がパシリか。……まあ、いいけど、このやるせなさはルネにぶつけよう。




「やあ、フェル。おはよう……なんだか朝から疲れているね?」


 坑道内で魔王様と合流した。そして私が疲れているのを見抜かれた。顔に出ているのだろうか。


「おはようございます、魔王様。いえ、問題ありません。今日もよろしくお願いします」


「うん、それじゃ早速行こうか。そうそう、ここなら何を話してもいいからね。歩きながらだけど、なにか聞きたいことはあるかい?」


 魔王様はそう言って坑道の奥に歩きだされた。歩きながら現れる魔物達を簡単に屠られている。私の出番がない。


 それはともかく、聞きたい事は結構あるな。まずは日記の内容か? それとも魔王様はそもそも何をしているのかを聞くべきか?


 ……後者にしよう。大坑道に来た話ではなく、魔神や賢神を倒した理由だ。世界樹でも聞こうと思っていたからな。それに多分、日記の事に関係あると思う。


「魔王様はなぜ神殺しをされているのでしょうか?」


「いい質問だね」


 褒められた……のだろうか?


「最初から話をしようか。神と言われている奴らは神ではない話を以前したね? 昨日も言った通り神と呼ばれている奴らはゴーレムみたいなものなんだよ。命令されたことを延々と実行しているだけでね、神でも何でもないね」


「命令ですか?」


「そう。その命令は、ある計画を成功させろ、だね」


 計画というのは、楽園計画の事だろうか? それしか心当たりはない。


「楽園計画でしょうか?」


「なんでその名前を……ああ、日記を読んだんだったね。そうだよ。その計画を成功させるためだけに存在するのが神であり管理者。神じゃないけど、神殺しをしているのはその管理者たちを止めるためだね」


「そもそも楽園計画とはどういうものなのでしょうか? 私には権限がないとかで調べられなかったのですが」


 魔王様は急に歩くのを止められた。どうされたのだろうか。


「どうして権限がないことを知っているんだい? 誰がその情報を教えたのかな?」


 お、おおう、怖い。口調は変わらないが、なんとなくお怒りになっている気がする。というよりも警戒されている?


「ソドゴラ村にダンジョンを作りまして、そこのダンジョンコアに教わりました」


「ダンジョンコア? 受け答えが出来るということは、思考プログラムによる自律モードか。最近構築したダンジョンでいいのかな?」


「はい、数日前です」


 魔王様から緊張とか警戒の雰囲気がなくなった。かなり怖かったが、問題なかったのだろうか。


「一度、そのダンジョンに行かないと駄目だね。それまではそのダンジョンコアに何も言わないようにして。とくに日記関係については聞いちゃ駄目だ」


「はい、魔王様がそうしろとおっしゃるなら必ず守ります」


「うん、場所によっては聞くのも駄目だけど、知りたいことがあれば僕に聞く様に。これは命令だよ」


「畏まりました」


 なんだかよく分からないが魔王様の言うことに間違いはないだろう。だが、理由は知りたい。


「魔王様、命令は守ります。ですが、ダンジョンコアに聞いてはいけない理由を伺ってもいいでしょうか」


「そうだね。簡単に言うと僕には警戒している相手がいてね、その相手はダンジョンコアを自由に操作できる。ダンジョンコアの情報がその相手に渡ることを防ぎたいんだ」


 警戒している相手? その相手がダンジョンコアを自由に操作できる? そんなことが可能なのだろうか?


「幸いなことに自律モードで動いているようだからね。意図不明なアクセスは遮断すると思うけど、慎重にならないといけないからね」


 魔王様が何をおっしゃっているかわからないが、慎重にならないといけないのは分かった。軽率なことをしないように気を付けよう。


「さて、話を戻そうか。楽園計画についてだね」


 魔王様は再び歩きだされた。遅れないようについていかねば。


「大昔、魔界に人族が住んでいたことを知っているよね?」


「はい、旧世界のことですね?」


「そう、その頃は人族ではなく人間と言っていたけどね。その人間たちはとある理由から全滅寸前だった。でも全滅する前に別の惑星に移住する計画を立てたんだよ。それが楽園計画の最初だね」


 最初? ということは次があるのだろうか?


「計画通りに全滅を逃れて別の惑星に移り住んだけど、生き残った人間には子孫を残すことが出来なかった」


「子孫を残すことができない?」


「子供を産めないってことだね。女性がいないとか、そういう話じゃないよ。当時の人間は子供を残す必要がない状態になっていてね。生き残ったのはいいけれど、そこで終わりだった。だから、自分たちに変わる新しい生命体を作ったんだよね」


 なんだろう? 物語を聞いているような感じで現実感がない。魔王様が嘘をつかれる理由はないのだが荒唐無稽すぎて、にわかには信じられないな。


「新しい生命体を誕生させて、それを繁栄させる。それが楽園計画の第二段階だよ。その計画がうまくいくように管理者たちに管理をさせたんだ」


「疑う訳ではないのですが、信じられない、というのが正直な感想です」


「だろうね。信じなくてもいい、これはフェルが知る必要のない情報だからね」


 それはそれで寂しい。知らなくても魔王様のお役に立てるならそれでもいいけど。


「そして気が遠くなるほどの時間が流れて今の形になった。だけど、管理者たちがどうもおかしくなったみたいでね。何の問題もないはずなのに世界の調整を行おうとしているんだよ」


「世界の調整を止める事が神殺しをする理由でしょうか?」


「正解。ただ、日記を見たなら分かると思うけど、管理者の誰かが意図的に他の管理者をそうさせていたみたいでね。最初の前提が崩れてしまったんだよ」


 確かにそんなことが日記に書かれていたような気がする。


「最初、全ての管理者を一度止めればいいと思っていたんだけど、日記の内容からそうでない可能性が出てきた。だから来る予定のなかったエデンにまで来ているんだよね……さて、どうやら着いたようだ。フェル、すまないけど、また手をかざしてもらえるかい」


 壁に埋め込まれたガラスに掌を当てる。前回と同じように声が聞こえて壁が消えた。


 通路を通り部屋に入る。前回の部屋とまったく同じ造りに見えるが違う場所なのだろう。


「魔王様、この部屋を人族に見られるのはまずいのですよね? でしたら入り口で誰も入らないように見張っていますか?」


「いやいや、そんなことされたら僕がこの部屋に閉じ込められてしまうからね。フェルはこの部屋から出ないようにして。もし、誰かに見られても記憶を消すから大丈夫だよ」


 安心というわけではないが、それならここで待とう。


 誰も来ないといいのだが、その希望はすぐに終わりそうだ。困った。だが、どうしようもないか。


 ディーンたちが通路から現れた。


「あれ、フェルさん? こんなところでなにを?」


 探索魔法で印を付けていたのに意味なかった。


 はあ、なんでこうなるかな。

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