護衛

 

「殴る前に聞いてやる。なんでここにいる?」


「リエルっちの護衛としてついて来ました」


 護衛? そういえばリエルの護衛までは気を配ってなかった。確かにリエル一人でメノウの弟がいる町に行かせるのは良くない気がする。


 でも、護衛なら他に……いないか。ヴァイアは護衛という感じじゃないし、ディアはギルドの仕事がある。ヤトもニアの代わりをしているからそっちが優先だろうな。魔物達は私の従魔だが、調教済みの魔物じゃないと町に入れないとか言っていた気がするから駄目か。


「魔界に帰ろうとしたんですけどね、女神教のお爺ちゃんに泣いて頼まれましたから! 嫌々! 本当! 嫌々なんですけどね! しばらくリエルっちの護衛をすることになりました! 困ったものですね!」


 せめて嫌そうに言え。魔界でも見たことがないほどの笑顔だぞ。爺さんも魔族に依頼するな。……いや、いまさらか。最初にリエルの護衛をしたのは私だった。


 それにしても爺さんはよく許可を出したな。護衛がいたとしてもリエルを村から出すのは危険と判断しなかったのだろうか。


「私が呼んでおいてなんだが良く来れたな。爺さんならリエルを村から出すようなことはしない感じだが」


「それなんだけどよぉ、俺が聖都にいないことを暴露しちまおうって話になってな。村に居たんじゃそれができねぇから、いろんな町に行って聖女自らが健在をアピールする予定なんだ。女神教が嘘をついてるって大々的に言っておけば、女神教のイメージダウンになるだろ? どうよ、この作戦?」


「お前は聖女じゃないって女神教が言えば、それで終わりじゃないか? ほとんどお前の顔は知られてないんだろ?」


 リエルはなにやら考え込んでしまった。


「あ、ほら、女神教のカードあっから大丈夫じゃね?」


「女神教がカードをそのままにしておくわけないだろ?」


 リエルはまた考え込んでしまった。


 もうどうでもいいや。女神教の話だからな。私の問題はルネだ。


 いまから追い返すわけにも行かないし仕方ないな。でも総務部の部長には伝えよう。今度の査定を楽しみにしているがいい。


「ルネ、とりあえずリエルの護衛としてしばらく人界への滞在を許そう。だが、護衛が終わったら帰れよ」


「ええ? むしろ永住する勢いですよ? 人界最高! ……あ、すみません。調子に乗りました。護衛が終わったら帰ります」


 色々と察してくれたので助かる。殺気って大事。


 そうだ、メノウに紹介しておかないとな。


「メノウ、一応紹介しておく。コイツが聖女だ。驚いたかもしれないが現実はこんなもんだ」


「あぁ? どういう意味だ、コラ」


「リエルっち、私の推理だとフェル様はリエルっちが聖女っぽくないって言ってる気がする……!」


 アホが二人いる。なんでこの組み合わせなんだろう。普段より二倍疲れる。


「い、いえ。しゃべり方はともかく見た目はまさに聖女様という感じでしたので驚くという程では……。どちらかというと、魔族さんにゴスロリの服を着たいと言われた時の方が驚きました……」


 頭痛い。


「お前、何してんだ」


「まあ見てください。どうですか、この衣装? 個人的にはイケてると思うのですが。これで魔界に帰ればモテモテに……!」


「服は返してやれ。それにお前がモテないのは外見ではなく内面の問題だ」


「そうだぞ、ルネ。外見だけじゃなく内面も磨かなきゃな!」


「それはお前に言いたい」


 リエルとルネはそんな馬鹿な、という顔をしている。自分をわかってないって怖いな。


 そんなやり取りを見たメノウは肩を震わせて笑っていた。


「聖女様も魔族の方も面白いんですね。久しぶりに心の底から笑いました」


 弟が危ないんじゃ、笑いたくても笑えないか。普段はアイドルやってキャラを作ってるって言ってたし、なかなか大変だな。


 さて、馬鹿話はここまでだ。今後の事を確認しよう。


「確認したいのだが、今後はどういう予定になってる?」


「おう、今日はここに泊まって、明日の朝、メノウの弟がいる町に行く予定だぜ。あと弟は結構イケメンらしい」


 弟の情報は予定じゃないだろうが。


「そういえば、カブトムシはどうした? というかお前ら二人とも大丈夫だったのか? 空の旅は駄目だったろ?」


「カブトムシは近くで野宿すると言ってどっかに飛んでいきました。朝には戻るそうです。空の旅には関してはこれです。ヴァイアっちに作って貰いました」


 ルネは羊の形をした木彫りの置物をテーブルに置いた。掌に乗せられるぐらいの小さなものだ。巧みだな。でも、これが何なのだろう?


「魔力を流すと眠くなるんです。寝ている間にカブトムシに運んでもらう。そうすれば飛んでないと一緒ですよ!」


 コイツらは落ちるのが怖くて飛ぶのが嫌だったんじゃないのか? 寝ていても落ちる時はあると思うが。まあ、言わないけど。


「なら移動手段に問題はなさそうだな。次は病気のことだが、リエルはどう思う? 治せそうか?」


「見たことがねぇ症状だから何とも言えねぇよ。どう考えても病気じゃなくて呪いの類だと思うんだけどなぁ」


「や、やっぱり駄目なんでしょうか……」


 メノウが暗い顔をして下を向いてしまった。しまった、ここで聞くべきではなかったか。


「おいおい、まだ何もしてねぇのに諦めてんのか? 死者の復活はできねぇけど、生きてんだったらいくらでも可能性はあんだよ。死ぬまで諦めんじゃねぇ」


「そうですよ、メノウっち。なにもしていないうちから諦めてどうするんですか。チャンスはいくらでもありますって!」


「そ、そうですよね……。皆さん、ありがとうございます」


 二人ともポジティブだからな。こういう時は役に立つ。私はこういうのは苦手だ。


「で、弟が治ったら紹介しろよ? イケメンなんだろ? 俺は絶対諦めねぇぞ?」


「あ、リエルっち、ズルい。こういうのは公平ですよね? 私にもチャンスがありますよね? 理不尽だと魔族の力を見せちゃいますよ?」


「ふふふ、二人ともそんなこと言って。私を笑わせようとしてくれているんですね? その心遣い、すごくうれしいです」


 そんな意図はないと思う。目が本気だ。


「あ、そうだ、フェル様。私が魔界から持ってきた物を使わせてもらってもいいですか? 魔界の風邪に似ているなら効くかもしれませんから」


 そういえば、ニアが風邪だと言うから持ってきてもらったものがあった。確かにこれらなら効くかもしれない。


「わかった。テーブルに出すからちょっと待ってくれ」


 亜空間から色々取り出してテーブルの上に置く。


「なあ、これなんだ?」


「これはエリクサーだな。これがネクタル、こっちがソーマで、この長いのがユニコーンの角。あとドラゴンの卵とネギ」


 リエルはテーブルに置かれたものを手に取り一つずつ眺める。そしてため息を吐いた。


「俺って必要なくね? ユニコーンの角だけで大抵の病気は治せるぞ? しかもエリクサーって。女神の涙とか言って、大聖堂に飾ってあるのと同じじゃねぇか。超レアアイテムだぞ?」


「そうなのか? 大昔の勇者が持っていた物だから詳しいことは知らん。賞味期限は大丈夫だと思うから持ってけ」


 テーブルに置いたものをルネが自身の亜空間にしまいこんだ。これだけあればなんとかなるだろ。


「それじゃあ、よろしく頼む。私はまだここで仕事があるから一緒には行けないからな」


「おう、わかった、何かあったら念話を送るからな」


「そうしてくれ。よし、夕食にしよう。腹が減った」


「おっと待ちな! フェルさんよぉ、一番大事な事を忘れてんじゃねぇか?」


 忘れている? 何のことだ?


「そうですよ。二人いるんですよね? 私にもチャンスがありますよね?」


 もしかして紹介の事か。そういえば、それを餌に呼んだ気がする。


 食堂を見渡したがディーンたちはいないな。


「メノウ、アイツらはまだ戻ってきてないのか?」


「あ、はい。まだ、お戻りになっていませんが……あ、ちょうどお戻りの様ですよ」


 入り口の方をみると三人が入ってくるところだった。


 ディーン達はドワーフのおっさんに話しかけた後、こちらに気付いた。そして笑顔で近づいてくる。


「ただいま戻りました」


「おかえり。無事か?」


「ええ、ロックが少し怪我をしたぐらいで特に問題はありません」


 ロックというのは大男の事だな。よく見ると少し血が出ているか?


「それよりもですね。フェルさんが町で噂になっていましたよ?」


「なんだと?」


 確かに町で私を見ながらヒソヒソ話をしているような気がしていたが、噂になっている? 一体何の噂だろう?


「どんな噂だ?」


「魔族がゴスロリ服を着て町を歩いていたと。アイドル冒険者メノウのファンになったのではないかと噂になってましたね」


 ルネの方にゆっくりと顔を動かした。そして目が合う。


 ルネは片目をつぶり、舌をだして、自身の頭をこつんと叩いた。


「この格好で町を散策しました!」


 殴った。

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