「魔王様、人族を殺してはいけないのでは?」


 魔王様のやることなので問題はないのだが、私には絶対に殺すなとおっしゃっているので、ちょっと理解が追いつかない。


「いや、殺してないからね?」


 よく見ると人族たちは気絶しているだけのようだ。びっくりした。やる前に言っていただきたい。


「この部屋の事は人族に知られたくないんだよね。知られたとしても入ることすらできないから平気と言えば平気なんだけど」


「では、どういたしますか? すでに見られた後ですが」


「うん、これから記憶を消すつもりだよ。そのために眠らせたんだ」


 そんな魔法は聞いたことがない。ぜひ教えてもらおう。過去にやってしまった恥ずかしい思い出を消すのだ。石鹸で転んだ記憶とか。


「私にも使えるようになるでしょうか?」


「無理かな。これは魔法じゃないし、記憶というのは難しくてね。正確には記憶を消すなんてことは出来ないんだ。記憶に至る道をちょっと切っておくというニュアンスかな。なにかしらのきっかけで思い出す可能性はあるけど、よほどのことがない限り思い出せないだろうね」


 なるほど、わからん。でもわかったこともある。過去の恥ずかしい思い出は一生付き合っていかないといけないということだ。


 魔王様は人族の目に掌を当てた。掌から光が出ているのだろうか。青と言うか緑の光が点滅している。魔王様はそれを六人に対して行った。


「だいたい一時間ぐらいの記憶を思い出せないようにしたよ。さて、ちょっと大変だけど、手分けしてこの子たちを部屋の外に運ぼうか」


「ここでの対応は完了されたのですか?」


「おかげさまで問題なく終わったよ。施設内の防衛システムはまだ稼働中だけど、ここでの対応は終わりかな」


「そうでしたか。でしたら、コイツらは私が部屋の外に運びますので魔王様は休憩してください」


「そうかい? じゃあ、よろしく頼むよ」


 これぐらいお役に立たないと何しに来たのかわからない。さっさとコイツらを外に出そう。




 数分後、気絶している奴らを部屋の外に出した。扉がないので坑道の道端に置いただけだが。


「さあ、今日はもう戻ろうか」


「コイツらはこのままでいいのでしょうか? それにあの部屋に行く通路がそのままですが」


 目を覚ましたら、また奥に行くかもしれない。でも、扉というか壁は消えてしまった。そもそもどのように閉じればいいのだろう?


「ああ、大丈夫だよ。そこの扉は自動的に閉じるから」


 魔王様がそういうと、土の壁と埋め込まれたガラスが再現し始めた。いったいどんな仕組みなんだろう?


「この子たちが目を覚ましても何かの罠にかかったとしか思わないだろうし、魔物もここまでは来ないから放っておいて大丈夫だよ」


「そうでしたか、なら放っておきましょう」


 魔王様は頷くと歩き出した。私もそれについていく。


 今は夕方ぐらいだろうか。早く帰って食事をしたい。ドワーフのおっさんは料理人を見つけられただろうか。明日からリンゴだけとかは嫌なんだけど。


「昨日、フェルが言いかけたことだけど……」


 移動中、魔王様が急に話を切り出された。昨日、言いかけたことって何の事だろう?


「あの日記を読んだのかい?」


「そのことでしたか。あまり意味は分かりませんでしたが、読ませていただきました」


「そう。今なら何でも答えるけど、昨日は何を言いかけたんだい?」


「たしか、エデンというのは日記に書いてあるものですか、という問いかけをしようとしていました」


「そうだね。日記に書かれているエデンと、この大坑道の奥にあるエデンは同じものだよ」


 なら次の質問だ。これが一番大事。


「日記にはエデンにアクセスしたから管理者たちから不要と判断された、とありました。魔王様はエデンにアクセスされるのですか? 危険な行為ではないのでしょうか?」


 魔王様はどんな状況でも問題ないと思うが、危険な行為は避けてもらいたい。


「まず、エデンにはアクセスするよ。危険な行為だけどやらない訳にはいかない。そうしないと、管理者たちが勝手に判断して世界の調整をしてしまう可能性が高いからね。それをさせないためにエデンの情報を書き換えないといけないんだ」


 勝手に判断して世界を調整する? 人界の生命体をすべて殺すということか? それを管理者が行う?


「昨日、言ったかな? エデンは人界を維持管理しているんだ。つまり、エデンを停止させてしまえば、世界の調整を行えるんだよね」


 恐ろしいことをしれっと言わないでいただきたい。いや、それを阻止できるから簡単に言ったのだろうか。


「でしたら急がないと人界が危険ではないでしょうか?」


「それは大丈夫。世界の調整を行うためには、管理者全部が許可を出さないといけないんだ。これは偶然なんだけど、管理者の二体は許可をだせる状態じゃないからね。それでも何年か経てば許可なく実行する可能性がある。だから今のうちに情報を書き換えておきたいんだ」


 すぐにどうこうという話ではないようだ。だが、管理者ってなんなのだろう? アビスの話では、無限演算装置とか思考プログラムだとか言っていたが。


「魔王様、そもそも管理者とはなんなのか教えて頂けますか?」


「ああ、今でいうと神の事だね。魔神や賢神のことだよ」


 なんとなく予想はついていたけど、やっぱりそうなのか。


「魔神と賢神は魔王様が倒されたから許可を出せない、という意味でしょうか?」


「正解」


 でも、おかしい。魔王様はさっき偶然といった。魔神と賢神が許可を出せないのは偶然? いや、そもそも魔王様はなぜ魔神と賢神を倒されたのだろう? 


「どうやら出口が近いね。残念だけど話はここまでだよ。日記に書かれているような単語は外では話さないようにしてもらえるかな」


「理由をお伺いしてもいいでしょうか?」


「簡単に言うと僕は監視や盗聴をされている。それをしている相手は味方だと思っていたんだけど、あの日記を読んでから考え直す必要がでてきたんだ。その相手に日記の内容を知られたくないんだよね」


 魔王様の味方なのに監視や盗聴をしている? 一体誰の事だろう? あの嫌な奴じゃないよな? あれ、でも、ついさっきまで日記の話をしていたような?


「坑道内で話をしていたのは大丈夫なのでしょうか?」


「今、この施設内は防衛システムが稼働しているからね。この状態なら外部からの監視や盗聴は不可能になるんだ。まあ、それを狙ってこの施設の防衛システムを作動させたんだけどね。でも今はエデンに行くために防衛システムを解除しているわけだ。これは自作自演というやつかな?」


 笑いながらおっしゃっているが、魔王様も自作自演ですか。流行っているのだろうか。


「そんなわけで、続きはまた明日だね。一緒に外に出るわけにはいかないから僕はここから宿に転移するよ。今日はもう休むから、フェルも自由にしていいからね」


「畏まりました。お休みなさいませ」


「うん、お休み。じゃあ、また明日もよろしく」


 魔王様は景色に溶けるように転移されてしまった。


 さあ、私も外に出よう。




 坑道の入り口で結界を解除してもらい、普通に外へ出た。外は結構薄暗くなっている。早く宿に戻って夕飯を食べよう。


 だが、なんだろう? 町が騒がしいような気がする。しかも私をみてヒソヒソ言ってる。


 ゾンビマスクをしているわけでもないし、服が破れているわけでもない。なにか問題があったのだろうか?


 宿に入るとここも騒がしい。もしかしてリエルが来たのだろうか。


「お主、あれはどういう事じゃ?」


 カウンターからドワーフのおっさんが話しかけてきた。まずは「おかえり」だろうが。


「一体何の話だ? 今、坑道から戻って来たばかりで何のことかわからん」


「あれじゃよ」


 指した方は食堂だ。後ろ姿しか見えないがあの服とヴェールはリエルだな。メノウと話をしているのがわかる。


「リエルがもう着いたのか。結構早かったな」


「ちがう、ちがう、その隣じゃ。もう一人おるじゃろ」


 改めて見てみると、メノウがいた。あれ? 二人いる? あ、いや、ゴスロリファッションと村娘ファッションだ。ゴスロリの方は顔が見えないからメノウかと思ったら違うのか。


「メノウの知り合いか? ゴスロリ仲間とか」


「……頭を見ればわかるんじゃないのか?」


 頭? ゴスロリの頭を見た。……角がある。山羊の角だ。


 転移してゴスロリの前に出た。


「あ、フェル様。私、この町の子になります。こんなに綺麗になったの、私、生まれて初めて」


 ゴスロリファッションのルネだった。


 何発殴れば気が済むかな。

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