坑道へ
今日から大坑道を攻略だ。朝食を食べたら早速大坑道へ向かおう。
食堂へ向かうと私以外の奴らが全員揃っていた。みんな早いな。
「おはよう。朝食をよこせ」
挨拶が返されてからメノウがパンとスープを持ってきた。ゾンビマスクをつけて食事を取る。普通に美味い。
「メノウはなんでアイドル冒険者なんてやっているんだ?」
アイドル冒険者としての実力は知らないが、普通に料理屋とか宿屋でも営めばいいと思う。
「えっと、弟が病気になってからお金を稼ぐ必要があったのですが、これが一番稼ぎやすいといわれまして」
「あのゴスロリファッションはお前の趣味なのか?」
「ち、違いますよ。あれはキャラを作っているんです。『おほほ』なんて笑いをする人はいません」
そうか。やっぱりフィクションだよな。ちょっと残念だ。
「あ、あの時絡んできた男性ですが、ギルドから派遣されてきた人でして本人に悪気はないんです。その、ギルドマスターから断れないような依頼を受けただけでして……その、虫のいい話ですが、あの男性も許してもらえないでしょうか?」
まあ、そんなことだろうとは思った。
「許すも許さないもない。あれは本来魔族が受けるべき反応だ。必要以上に絡んでくれば相応の対応はするが、あの程度なら気にしてない」
メノウは深く頭を下げてきた。昨日からずっと頭を下げている。なんだか体がかゆくなってきた。ここは話を変えよう。
「そんなことより心配することがお前にはあるだろう? 問題がなければリエルが着くのは夜だ。今日はここに泊まって、明日出発すると思う。それまでに出発の準備をしておけよ」
「はい、何から何までありがとうございます」
よく考えたらリエルを一泊させる金は私が払うのか。お金はまだあるけど、何とかしないとな。そうだ、金メッキを売ればいいかな。ドワーフになら高く売れるかもしれない。
「なんじゃ、それだと明日には料理人がいなくなってしまうのう」
しまった。それを考慮していなかった。大坑道の攻略は最速でも四日は掛かるはずだ。今日はいいとして三日間をなんとかしないと。
「急いで料理人を雇え。最優先事項だ」
「料理人ギルドとかこの町にはないんじゃが。張り紙でもだしておくかのう」
そんなもので料理人が来るのだろうか。だが、私は何もできないな。おっさんの運に期待しよう。
「フェルさん、魔王はいないのですか?」
ディーンは魔王様がそんなに気になるのか? どうあがいても手助けすることはないのだが。おそらく会う事もない。
「魔王様は朝食を食べない派だ。魔王様に変なことを願い出るようなら私が阻止するぞ?」
「そんなことしませんよ。まったく気配を感じないので、まだ来ていないのかと思っただけです」
「会わせるつもりはないので、気にしなくていいぞ。可能性のないことを頑張るより、確実なところを頑張った方がいい。お金が必要なんだろ?」
「手厳しいですね。ですが、その通りです。私たちも大坑道に行くのですが、フェルさんも一緒に行きますか?」
「一緒には行かない」
即答。曖昧な言い方はしない。つまらん問答をしている暇はないのだ。
「残念です。では私たちは先に向かいますね」
ディーンたちは宿を出て行った。おそらく大坑道へ向かったのだろう。大坑道内でまとわりつかれても困るので、探索魔法の印をつけておいた。近づかないようにしよう。
さて、メノウのおごりでお昼のお弁当を二人分用意してくれたし、私もそろそろ出発しよう。
「じゃあ、行ってくる」
「おう、気をつけてな!」
「いってらっしゃいませ!」
さあ、頑張るか。
大坑道の入り口で兵士の恰好をした奴にギルドカードを見せた。
魔族ということで怯えていた感じだが、普通に対応してくれたとは思う。敵意がないなら襲ったりしない、というのはなかなか浸透しないな。
兵士が結界を解除してくれた。坑道内に入ると、また結界を張り直したようだ。中から外に出るには外から結界を解除してもらうのだが、緊急用にギルドカードを結界に触れさせることで内側からでも数秒間だけ結界を解除できるらしい。近くに魔物がいる時は駄目だそうだが。
色々面倒だがルールはルールだ。しっかり覚えておこう。
さて、まずは準備。
ヴァイアの店で購入した前方に光を放つバンド型おでこ当てを使おうと思ったが、坑道の中は暗くない。等間隔に木による補強がされていて、光球の魔法が展開されているカンテラみたいなものがぶら下がってる。せっかく買ったのに使う必要がなかった。
気を取り直して次はカナリアストーンを取り出す。これはポケットにしまっておこう。亜空間の中じゃ音はならないからな。
あと、ロープとかツルハシがあるけど多分使わないかな。これらは亜空間に入れたままにしよう。
よし、準備完了。
あとは魔王様がいらっしゃるのを待てばいい。
「待たせたかな?」
「いえ、まったく待っていません」
待ってはいないのだが、気配を断って背後に立たないで頂きたい。驚きで寿命が縮む気がする。そんなことは言わないけど。
魔王様は転移されているとは思うのだが、魔力を全く感じない。せめて魔力を感じれば驚いたりしないのだが。いったいどうやって魔力を押さえているのだろう?
「じゃあ、早速行こうか。ここは大坑道ではあるんだけど、下の階層に行かないと『塔』の施設ではないからね」
「そうだったのですか。では私が先に進みます」
「いやいや、僕が先導するよ。道順は既に頭に入っているからね」
「わかりました。では、よろしくお願いします」
少しでもお役に立ちたいのだが難しいな。せめて邪魔しないようにしよう。
おっと、魔王様の後に続かないと。遅れたりしたらまずい。
しばらく進むと広場にでた。広場の中央には大人が百人ぐらいは入れるような大きな穴が開いている。デカいな。
「この下だね。フェルはそのはしごを使うといいよ」
魔王様が指す方を見ると、下に行くためのはしごがかけられている。
「魔王様はどうされるのですか?」
「僕は飛ぶから大丈夫」
そういうと魔王様は穴に飛び込んだ。
慌てて穴を覗くと魔王様はゆっくりと下降しているようだ。明らかに浮いてる。
もしかして魔王様は飛べるのか。あとで術式をおしえてもらいたい。私もヴァイアのホウキで飛べるとは思うのだが、一度も使ってないからな。ここで使うのは得策じゃない。素直にはしごを使って下りよう。
はしごを下りきると魔王様の周りにゴブリンやコボルトが十数体いた。
魔王様が右手を胸の位置で左から右に振りぬくと、その方向にいた魔物たちが真っ二つに切れた。さらに左手を別の方向へ向けてから、開いた手を握りこむとその方向にいた魔物たちが潰れた。どう考えてもおかしいのだが、さすが魔王様だ。
「お見事です、魔王様。それは次元断と重力魔法ですか?」
「そうだね。それに似たようなものだよ」
いつか教えてもらいたい。私もやれるだろうか。
「フェルの方は大丈夫かな?」
「大丈夫です。そもそも魔物に襲われていませんので」
「問題ないようならすぐに移動しようか。こっちだよ」
魔王様が歩き出したので遅れないようについていこう。
しばらく歩いたが、結構な数の魔物がいる。魔物暴走が発生しているからだろう。ほとんどゴブリンとコボルトだけで、魔王様の足止めにもならないけど。
ただ、次元断を何回も使っている。魔力切れとか大丈夫だろうか。魔王様の魔力に関してはどれぐらいの量なのか全くわからないから少し心配だ。
「魔王様、お疲れではありませんか? 次元断を何回も使用されていると思いますが」
「ああ、うん、問題ないよ。フェルの方こそ大丈夫かい?」
「はい、私は何もしていませんので」
正直なところ、坑道に入ってからまったくお役に立てていない。魔物が一瞬で倒されるからな。
「それにしても、魔王様の魔力は底なしですね。似たような技をアンリも使いますが、一日に一度しか使えないそうです」
「アンリ? ああ、結婚式の出し物でキレッキレに踊っていた子だね?」
「ご存知でしたか。紫電一閃という技を使ったのですが、次元断と同じように空間を切り裂きました。五歳とは思えません」
あと、カリスマパワーがすごい。従魔達が『アンリ様の従魔になるので主従契約を解消してください』とか言って来たらどうしよう。
「まあ、彼女なら五歳でもやれるだろうね。次期勇者だし」
どうやら私の耳は壊れてしまったらしい。リエルに治してもらわないと。
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