勇者の因子

 

 私の耳が壊れた可能性もあるが、魔王様が言い間違えた可能性もある。


 次期勇者ではなく、持久者とか。こう、ものすごい距離を走れるとか、そういう称号の可能性もあるだろう。


 念のため耳に小指を入れて耳垢がないか確認した。……よし、大丈夫だ。綺麗なものだ。


「魔王様、申し訳ありません。もう一度いってもらえますか? アンリが何だとおっしゃいました?」


「次期勇者だね」


「持久者ですか?」


「違うよ。次の勇者のことだよ」


 落ち着こう、クールだ。冷静になるんだ。こういう時は水を飲むんだ。


 亜空間からコップを取り出して、水が湧き出るのを確認してから一気に飲む。


 気管支に入った上に、水が鼻のほうにも入ってむせた。


「フェル、大丈夫かい?」


 魔王様が背中をさすってくれているのがわかる。なんとお優しい。だが、むせている原因は魔王様の発言だ。


「ありがとうございます。少々取り乱しました。それにしても、魔王様は冗談が上手い。アンリが勇者なわけないじゃないですか」


「もちろん今は勇者じゃないよ。今の勇者が亡くなったら勇者を受け継ぐ可能性があるだけだね」


 アンリが勇者を受け継ぐ? もしかして本当の事なのか? 魔王様は冗談を言っていない?


「あ、あの魔王様。詳しく教えていただけませんか?」


「そうだね。施設の防衛システムが稼働しているから、話をしても大丈夫かな。でも、長くなるから歩きながら話そうか」


 魔王様はそういうと、坑道を歩き出した。


 その斜め後ろを歩く。魔王様がどんな爆弾発言をしてもいいように心構えだけはしておかないと。


「この世界にはね、勇者のシステムというものがあるんだ」


「勇者のシステム……ですか」


「そう。勇者というのは無敵だからね。そう何人も勇者になれないように制限が掛かっている。今でいう世界規則の一つだね」


 世界規則ということであれば、不可侵のルールということだ。同じ名前を持つものがいない、とかと同じルールだな。似たようなものが勇者にも適用されているということか。


「その制限というのは勇者は世界にただ一人、だね。つまり今の勇者が死なない限りはアンリちゃんが勇者になることはないよ」


「今の勇者? あの嫌な奴のことですね?」


「そうだね。彼女が死なない限り、アンリちゃんはスペックの良い普通の女の子って言うだけだから安心して」


 特に安心できる要素がない。それにスペックが良いと普通がものすごく矛盾してる。


 でも、おかしい気がする。勇者とは生きている人族からランダムに選ばれるのではないのだろうか。それを知らなかったから、昔の魔族は人族に襲い掛かって勇者を殺そうとしていたのに。


「魔王様。勇者とは生きている人族からランダムに選ばれるのではないのですか?」


「それは間違いではないけど正確ではないね。勇者の因子を持っている人族から選ばれるんだ」


「勇者の因子とは何でしょうか?」


「勇者の素質とか才能とでも言えばいいかな? スキルや称号を持って生まれてくるのと一緒だね」


 アンリを見ていると確かに素質とか才能はありそうな気がする。


「そして因子を持って生まれてくる子は何人もいるんだ。そういう子たちは普通の子よりも基本性能が高い。どんな状況でも生き残れる力を持たされている、ということだね」


 勇者の候補は何人もいるという事か。もしかすると過去の魔族達は勇者候補なら倒せていたのかもしれないな。


 そんなことはともかく、候補が複数いるならアンリ以外が勇者になることもあるよな。


「あの嫌な奴が死んだとしても、アンリが勇者にならない可能性もあるのですか?」


「そうだね。他の候補が勇者になる可能性はあるよ。だけど、今はアンリちゃんが暫定一位かな」


「暫定一位、ですか?」


「勇者が死んだときに、候補の中で一番経験の多い者が勇者になるんだよ。今はアンリちゃんの経験値が一番多い」


 マジか。これ以上何もさせないようにしよう。アンリが勇者になったら敵対しないといけない。なんとなく、それは嫌だ。


「フェル、アンリちゃんと敵対するのは嫌かい?」


「そう、ですね。従魔達に人気があるから、なんとなくイラッとするのですが、敵対したくはありません」


 そう答えると、魔王様はなぜか笑顔になった。なにか面白いことを言ってしまったのだろうか。


「安心していいよ。今の勇者が死ぬことはないだろうし、勇者のシステムを何とかしようと僕が色々やっているからね」


 なんと。魔王様は勇者のシステムに対して何かされているのか。それなら何の問題もない。安心した。


「そうでしたか。なら心配する必要はないですね」


「うん、必ずシステムを停止させるよ」


 おお、魔王様がやる気になっておられる。私も頑張って手伝わないとな。よし、どんどん進もう。




 移動の途中、お昼になったのでお弁当を食べた。おにぎりという米を丸めた食べ物らしい。メノウがそんなことを言ってた。


 魔王様はダイエット中だから食べないとおっしゃった。ダイエットの必要はないように思えるが、私も女性の端くれとしてその気持ちは理解できる。だから無理には勧めない。けっして私が食べたいからとかではない。


 携帯食としては十分な美味しさだ。おにぎりの中に具材が入っていて、食べるまでわからないという遊び要素もあった。焼き魚の一部が入っていた時は当たり。赤くて酸っぱいものは外れ。


 魔王様にそのことを言ったら「フェルはわかってない」と言われた。ショックだ。おにぎりのことを勉強しないと。


 その後、魔王様と坑道を長時間歩いた。出てくる魔物は魔王様が一瞬で倒してしまうから、私の出番はない。護衛としてついて来たのだが、私が必要なのは防衛システムを解除するときだけなのかな?


「見えて来たね、あれが防衛システムを一段階解除するための部屋だよ」


 魔王様が指した方を見るとガラスのようなものが土の壁に埋め込まれていた。タダの行き止まりのように見えるが部屋なのだろうか。


「フェル、すまないけど、そこに掌を当ててくれるかい」


 手をかざすと扉が開くアレか。


 魔王様の指示通りにガラスに掌を当てる。そうすると、緑色の横線がガラスを上下に何度か移動した。


『権限を確認。セキュリティルームへの入室を許可します』


 変な声が聞こえた。ダンジョンコアが喋るような感情のない声だ。そういえば、アビスの声はそんな風に感じないな。どちらかというと邪魔者扱いしているような感じがするけど。


 おっと、いかん。集中しないと。


 鍵が外れるような音がしたと思ったら目の前の土がガラスごと無くなってしまった。


 これまでの土とは違い、金属で出来た通路が奥まで伸びているようだ。魔王様が何も言わずに進まれたので私もついていく。


 こういう場所の通路はいつも壁が入り口の方から奥に順番で光る。それが何度も繰り返されるから見やすいと言えば見やすい。目がちかちかするけど。


 通路の奥はちょっとした広間になっていた。世界樹でみた部屋に似ているな。


「さて、フェル。僕はちょっと防衛システムの一部を乗っ取るから護衛を頼むよ。証拠を残さずに対応するのは神経を使うから周囲に気を配れないんだ。悪いけど、よろしくね」


「畏まりました」


 魔王様が何を言っているか分からないが、無防備だから守れということだろう。全力でお守りせねば。


 魔王様が部屋の壁から紐みたいなものを取り出すと左手の小手に繋げた。


 何をしているか分からないが、世界樹では「情報を書き換えている」とおっしゃっていた。もっと具体的に教えていただきたいが、今は無理だな。


「おいおい、何だよここ?」


 しまった、こんな近くまで接近を許すとは。慌てて入り口の方を見ると、人族らしき奴らが六人いた。冒険者か?


「すげえ、これ全部金属か? 魔物なんか倒さなくても大儲けできるんじゃねーか?」


「おい、先客がいるぜ?」


「魔物か!?」


「いや、待て、アイツは昨日ギルドで見た。魔物よりやばい。魔族だ」


 私を知っているのか? もしかして昨日ギルドにいた奴らだろうか。でも、魔物よりやばいって、傷つくのだが。


「ど、どうするんだよ!?」


「いや、あれは大丈夫だ。昨日、チンピラが絡んでも反撃しなかった腰抜けだ。魔族とは言っても弱い方なんだろ」


 こ、腰抜け。怒りで眩暈がした。どうしてくれよう。


「この場所を発見したのはアンタか?」


「ああ、そうだ」


 発見したというよりは魔王様について来ただけだが、そこまで言う必要はないな。


「ならこの部屋にある物は全部アンタの物だ。でもよ、アンタはブロンズランクだろ? ここは先輩冒険者の顔を立てて、半分ぐらい権利をくれないか?」


「お、おい……!」


「黙ってろ! どうだい? 半分もあれば一生遊んで暮らせるぐらいの稼ぎになるはずだ。独り占めしないで分けてくれねえか?」


「断る」


 何を言っているのだろうコイツは。権利があったとしたらそれは魔王様だ。渡すわけにはいかない。


「チッ、穏便に済ませようとしたのによ。まあいいや、ならやっちまおう。六人なら魔族の一人ぐらいやれんだろ」


「ほ、本当にやるのかよ!?」


「当たり前だろ。お前も昨日のアレを見てたろ。たいして強くないんだよ、コイツは。ギルドカードに履歴が載っちまうが、相手は魔族だ。問題ねえよ」


 リーンのギルドマスターのときも思ったけど、コイツらって相手との力の差が分からないのかな?


 どうやら六人ともやる気のようだ。武器を構えだした。前衛、後衛がそれぞれ三人ずつ別れている。武器は、剣が二人、槍が一人、小型弓が三人か。


 魔王様から言われている通り、殺しは駄目だ。意識を奪う感じで倒さないとな。なんというか、殺さないって難易度が高い。こいつら一撃で体に穴が開きそうだしな。


 ディーンたちぐらいなら多少の手加減で何とかなるんだけど、コイツらには極限まで手加減しないとな。


「【筋力低下】【筋力低下】【筋力低下】」


 魔法を使ったら相手にビビられた。自分につかっただけなんだけど。


「なんの真似だ、そりゃ?」


「お前らが弱すぎる。かなり弱体化しないと殺しそうなんでな」


 なんか怒った。助けてやるのに怒るとは。


「やれ!」


 後衛にいる奴らが弓で矢を放ってきた。躱したりして魔王様に当たるのはまずいので全部キャッチ。エルフと初めて対峙した時もやったな。エルフ達の方が数倍速かったけど。


「なんだと!?」


 驚くような事じゃないと思う。魔族なら誰でもできる。


 今度は槍を持った奴が何度も突いてきた。でも、遅い。躱したときに槍を掴む。


 槍を引っ張ると相手もこっちに来た。手から離せばいいのに。近くに来たので、腹にパンチ。かなり手加減したから穴は開いてない。でも気絶させた。


「おら、死ねえ!」


 リーダーっぽい奴が剣で切りかかってきた。ウルの方が数段速いな。アレに比べたら止まっているようなもんだ。


 もしかしてディーンたちは結構強いのだろうか? 今度ランクを聞いてみよう。比較するにはコイツらのランクも必要だな。


「お前、冒険者ランクはどれくらいなんだ?」


「ゴールドの俺たちがブロンズのお前に負けるわけねえんだ! くそ、お前ら援護しろ!」


 ランクは負けてるけど、それだけだからな。なんで勝てると思っているんだろう。


 面倒なので手加減したパンチを食らわせた。後方に吹っ飛んで後衛の奴らを巻き込みながら倒れる。もう一人の剣使いが残ったが、武器を床に捨てて降参してきた。


「す、すまん! 謝って済む話じゃないが、謝るから助けてくれ!」


「戦意がない奴をどうこうするつもりはない。倒れている奴らを担いで帰れ」


「わ、わかった……」


 意識のある奴らはこちらに怯えながら仲間を担ぎ出した。


「フェル、悪いけど、この子たちをこのまま返すわけにはいかないんだよね」


 魔王様がいつの間にか私の後ろに立っていて、そんなことをおっしゃった。


 魔王様が左手をかざすと、次の瞬間、冒険者たちはバタバタと倒れてしまった。


 まさか殺してしまった?

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