惚気
さて、昼食だ。ディアの手伝いをしてやったのだから報酬として奢ってもらおう。スペシャル盛だ。手加減はしない。
「ディア、さっきの約束は守ってもらうぞ?」
「もちろん。フェルちゃんのおかげで明日の花嫁さんは完璧になったからね。昼食ぐらい奢っちゃうよ。そうだ、アンリちゃんも来る? お姉ちゃんが奢っちゃうよ?」
「およばれする。でも、報告が必要。おじいちゃんとお母さんに言ってくる」
「うん、森の妖精亭で待ってるからね」
アンリはギルドを飛び出していった。慌てると転ぶぞ? アンリなら転んでも、受け身を取りそうだけど。
「じゃあ、ヴァイアちゃんも誘ってみようか。リエルちゃんは……ほっといても来るよね」
そんなことを言いながら、服を丁寧に畳んだり、ハンガーにかけたりしだした。
どう見てもギルドの風景じゃない。明らかに私物化している。冒険者が私とヤトしかいないから別にいいのかもしれないけど。
そういえば、リーンの冒険者ギルドは昼間から冒険者が飲んだくれていたな。あんな風にはなってほしくないが、この光景もちょっと疑問に思うな。
「そういえば、リエルちゃんが、ヴァイアちゃんとノストさんを二人きりにしないように邪魔しろって言ってきたけど、どういう意味だか知ってる? それと、ノストさんにヴァイアちゃんの事を褒めろ、とも言ってたね。どういうことかな?」
アイツ、ちゃんと説明していないのか。なら説明しておくか。
「釣り野伏だ」
「フェルちゃん、私の話を聞いてた? それ、どっかの戦闘民族の戦術だよね?」
やっぱりそうなのか。私の知らない恋愛戦術なのかと思ってた。
とりあえず、リエルが説明していたことをディアに話しておこう。
「そういうことなんだ。私、見回りしていたノストさんにヴァイアちゃんの良い処を言ったんだけど……」
「なにを言ったんだ?」
「胸が大きいって」
「それって褒めてるのか? それに胸の事は言ってやるな。本人、気にしているみたいだぞ。だいたい、ヴァイアにはもっと良い処があるだろう? ……すぐには思いつかないが」
そんな話をしていたら、ディアの片付けが終わったようだ。
「おまたせ。じゃあ、行こう」
二人でギルドを出た。
広場のステージを見ると結構出来ているっぽい。ここで結婚式をするのだろうが、どういうことをするのだろう? どちらかというと出し物の方が気になるが。まあいい。明日の楽しみにしておこう。
その後、雑貨屋でヴァイアを拉致してから宿に移動した。
食堂には既にリエルがいた。いつものテーブルに座って水を飲んでいる。
「お前らおせぇよ。早く食事にしようぜ」
奢ってもらう立場なのに何で偉そうなんだろうか。まあいいか。いつもの事だ。
その後、アンリが合流し、五人でスパゲティという麺料理のスペシャル盛りを食べた。なんだか明日の結婚式でも似たような料理を出すらしい。同じ麺でも味付けが違うらしいので楽しみだ。
ちなみにヴァイアやリエルも含めてディアが昼食の代金を全部奢ってくれた。それはいいのだが、サイズ調整の手伝いをした私の立場は一体……?
「なんで今日に限って奢ってくれるんだ?」
「オリエさんから結構な手間賃を貰えたんだよ。フェルちゃんに着てもらった服、結構あったでしょ?」
確かに結構な数の服を着た。ジャージ以外は特に着たいと思わなかったが。
「そういえば、あの中にウェディングドレスってあったのか?」
「あるわけないでしょ。あれはサイズ調整でも花嫁さん以外に着せたりしないよ。既にサイズ調整して渡してあるよ。オリエさんの母親の物だったらしいね」
そういうものか。事前にどういう物か見てみたかったな。
「ところでリエルちゃん、釣り野伏の件なんだけど」
ヴァイアの首がものすごい速さでディアの方に向いた。首が折れるぞ。
「ヴァイアちゃん、顔が近いから離れて。あれって効果あるの?」
「当たり前だろ? 恋は障害が大きいほど燃え上がるもんだ」
「でも、ヴァイアちゃんの片思いだよね? 障害があるのはヴァイアちゃんの方だけじゃないの?」
「だから事前に裸エプロンしたんだろうが。ノストの方は恋じゃないが気にはなってるはずだ。今朝、二人でなんとなく嫌な空間を作りやがったからな」
周囲に弱体効果をまき散らす空間だな。私も似たようなことができるけど、あれほどじゃない。
「なんの話?」
アンリがリンゴジュースを飲みほしてから聞いて来た。そのジュース、私のなんだが。
「恋バナだよ。アンリちゃんにはまだ早いかな?」
「大丈夫。赤ちゃんがキャベツから生まれないことは知ってる。今はコウノトリが怪しいと睨んでる」
何の話だ?
「ならいいかな。簡単に言うとヴァイアお姉ちゃんがノストお兄さんを好きなんだ。どうやったらお付き合いするかみんなで相談しているんだよ」
「ちょ! アンリちゃん、だ、誰にも言っちゃ駄目だよ? 約束ね?」
「うん。大丈夫。関係者以外には話さない。それにアンリも手伝う」
「へぇ? アンリは何を手伝えるんだ?」
「知識を披露する。意中の人と結婚する方法を知ってる」
「その話、くわしく」
「ヴァイア、食いつき過ぎだ。アンリの話だぞ? すこし落ち着け」
だいたい、五歳の子に結婚の方法を聞くな。
「結婚してくれなければ死んでやるって言う」
「それは脅迫だ」
一体、どこから得た知識なのだろうか。村長が怪しいな。
「なるほどな。それは『捨てがまり』だな? 命を賭けて男を引き留める恋愛戦術だ」
「お前は何を言ってるんだ。タダの迷惑な女じゃないか。いいか、ヴァイア、絶対にそんな事するなよ?」
「し、しないよ。で、でもアレンジして『結婚してくれなければ、みんな殺して私も死ぬ』って言ったらどうかな?」
「被害の範囲をアレンジしてどうする。いいか? お前はもっと自信を持て。不本意な事故はあったが、いい方向に進んでいる。変なことをして駄目にするな」
以前にも似たようなやり取りをした気がする。なんで私はこんなことを言わなくてはいけないのだろうか。こういう話になるとものすごく疲れる。
「私もそう思うな。変なことする必要は無いと思うよ? ……フェルちゃん、なんで私の手を握るの?」
仲間だからだ。ディアだけは仲間だと認識した。もっと言ってやってくれ。
「あ、でも睡眠薬を渡しておこうか? ノストさんに飲ませて、朝、同じ部屋で起きれば、後はどうとでもなるらしいよ――ちょ! フェルちゃん、手がつぶれちゃう! 離して!」
敵だった。もしかして、人族の女はそうやって男を捕まえるのが主流なのだろうか。
「ディア、なんでそんなものを持っている?」
「もー、痛いよフェルちゃん。私は異端審問官だったって言ったでしょ? いわゆる自白剤的な物だよ。でも、安心して。使ったことはないから! 以前、同じ審問官に聞いた話なんだよね。上手くいったかは聞いてないけど」
使ったことないのに、ヴァイアに使わせようとしたのか。
「アンリ、お前はこういう奴等になるなよ? こいつらのやり方は邪道だ」
「フェル姉ちゃんは甘い。恋は戦争。正道も邪道もない。勝てば官軍」
最近、アウェーが多いな。というか私の考えが間違っているのだろうか。
「アンタたち、さっきから何を騒いでいるんだい?」
ニアが来た。騒ぎ過ぎたか。周りに客はいないが、注意しないとな。そういえば、ニアにはロンがいる。
「恋愛に関する話をしていた。ニアとロンは、どういうなれそめだったんだ?」
「やだねえ。そんなことを私に聞くのかい?」
「なんというか人族の恋愛観が良く分からん。ニアがどんな感じでロンと結ばれたのか聞いておきたい」
どうやらみんなも興味津々だ。身を乗り出してる。
「特別な話は何もないさ。ルハラの貴族様が私の料理にほれ込んでね、嫁さんというかお妾さんとして囲おうとしたのさ。それを助けてくれたのが旦那だよ。旦那も当時それなりの役職に就いていたんだが、私のために全てを捨てて一緒に逃げてくれたのさ」
以前、ロンに聞いた話と同じだな。本当の事だったのか。騎士団長の話は嘘だと思うが。
「その時思ったんだよ。私はこの人とずっと添い遂げるんだなって」
ニアがちょっと照れてる。聞いておいてなんだが、これは惚気だろうか。
「わぁ、そんなことがあったなんて初めて知ったよ!」
「おじさんも隅に置けないね」
「へぇ、意外にいい男だったんだな、あのおっさん」
「人に歴史あり」
色々と反応があるが、これが王道だろう。乙女が憧れるシチュエーションだ。やはり正道を推したい。
「アンタたちの話がちょっと聞こえていたけどね、策士、策に溺れるって言葉がある。若いんだから、変なことしないで直球で勝負しなよ?」
「ニア、いいこと言ったぞ。全面的に支持しよう」
本当の仲間がいた。経験者の話だ。コイツらも多少は考えを改めるだろう。
そしてタイミングよく、ロンが外から帰ってきた。ステージの制作が終わったのだろうか。
「お、お前らちょうどよかった。この白と黒の猫耳、どっちがいいと思う? 明日の結婚式で――なんでそんな目で見るんだ?」
「ちょっとだけ、後悔してるんだよ。ちょっとだけね」
ニアがため息をついてから、ロンを奥の部屋に連れていった。何があったかは聞くまい。
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