ジョゼフィーヌ

 

 とりあえず、結界を張って小さなダンゴムシが私に近寄れないようにした。ダンゴムシは結界に阻まれると、私を無視して外に出て行ったようだ。


「実はこのドッペルゲンガーは操り人形でしてね? 私の本体は別にあるのです」


 知ってる。ここに閉じ込められているのは知らなかったが、それ以外は大体知ってる。これは、あれかな。犯人が最後に悦に入りながら犯行を語るやつ。普通、崖の上でやるもんだが。


「初めまして、と言いましょう。私はパラサイトピルバグと言われています。お見知りおきを」


 ドッペルゲンガーが私の顔でドヤ顔になった。なんというか、ネタばらしするのが嬉しそうだな。


「数十年、魔族が現れなかったので焦りましたよ? ダンジョンの外にいる私のダンゴムシは少なかったですからね?」


「そうか。だが、そんなことはどうでもいい。なぜ、村の人族を襲った?」


「この付近に住んでいたアラクネが戻ってきましてね。その討伐を人族に依頼したかったのですよ。そのためには人族の体が必要でしたので狼に変身して噛んだのです。人族の姿を持っていませんでしたから」


 そういえば、牢屋でそんなことを言っていたな。


「ですが、人族の記憶を見ると村に魔族がいるのが分かりましてね。それはアラクネ討伐よりも重要なことです。隙を見て噛みつこうと思ったのですが、人族を人質にしたら思いのほか簡単に貴方を噛めましてね」


 顔が得意げになってる。色々言いたくて仕方がない、という雰囲気が伝わってくるな。自分の顔なのに殴りたい。それはともかく、今なら聞けば何でも答えてくれそうだ。


「大狼に呪いをかけたのはなぜだ?」


「大狼? ああ、カラミティウルフですか。私の呪いによる使役は魔力や知識を奪うだけでなく、経験を共有できるんです。そして、このドッペルゲンガーは相手を噛むことで魔力を分析し変身できるようになるのですよ」


 ますます得意げな顔になった。私の顔でそういうのはしてほしくないのだが。


「カラミティウルフが噛んで分析した魔力を、ドッペルゲンガーに経験として共有することができましてね。そうすれば直接噛まなくても変身できるようになる訳です。だから魔族を見かけたら噛みつくように呪いをかけておいたのですよ! まあ、それだけじゃ心配なので、言葉でも魔族を食い殺せと言いましたけどね? 魔族を食い殺すことは無理でしょうが、噛むことは出来るかと思いましたからね。いかがですか? 素晴らしい作戦でしょう?」


 いや、普通。というか、作戦なのか、それ。


 詳しいことは分からないが、大狼が噛んだ相手にもドッペルゲンガーは変身できるようになる、ということかな。そして、大狼が魔族を見かけたら噛むようにさせていたと。なんだか行き当たりばったりのような気がする。どう考えても素晴らしい作戦ではない。


 まあいいや。他にも聞こう。


「村でドッペルゲンガーを刺しても血が出なかったのはなんでだ?」


「やれやれ、聞けば何でも答えてくれるとは思わない方がいいですよ?」


 さっきまで得意げに話をしたのに、これは答えてくれないのか。いや、答えたらまずいのか?


 ここは魔眼を使っておこう。頭痛が酷くなる前に止めればいい。




 頭痛はするが、我慢できない程じゃないな。だけど、今日はもう魔眼を使わないでおこう。


 どうやら、相手の意識を奪っている間は、相手とリンクを張っている状態になり、肉体に対する状態を本体が代わりに受けるようだな。意識を奪う呪いの副作用というやつか。


 つまり、ヤトに刺されたり、切られたりした攻撃はダンゴムシ本体が受けたようだな。なら、ドッペルゲンガーを殴れば本体を殴ったことになるのか。よし、殴ろう。だが、問題がある。結界を解きたくない。ダンゴムシまみれになるのは嫌だ。


 ここはジョゼフィーヌに頼もう。


 外にいるジョゼフィーヌに呼びかけると、入り口から床にいる小さなダンゴムシを体内に取り込みながら近づいて来た。なんてグロテスク。


「な、なんですかコイツは! 私の虫たちはどうしたのですか!」


 ジョゼフィーヌは「ダンゴムシが溢れてきたので食った。美味かった」と回答した。あれだけのダンゴムシを食ったのか。


「な、なんてことをするのです! 虫たちはこの森の魔物達に取りつく予定だったのですよ!」


 そんなことをしようとしたのか。ジョゼフィーヌ、グッジョブだ。


 ダンジョンの奥からダンゴムシが出て来ていたが止まったようだ。何匹いてもジョゼフィーヌに食べられるから止めたのかな?


「いいでしょう、貴方は私が直々に殺しましょう」


 私の姿をしたドッペルゲンガーが前に出てきた。「私が直々に」と言っているが、操っているから直々じゃない気がする。


 ダンゴムシもいなくなったし、能力制限なしの私が相手なので、代わりに戦おうとしたらジョゼフィーヌに引き留められた。「転移できないフェル様なら雑魚なので問題ありません」と言った。お前もか。私は転移だけじゃないぞ。普段、本気を出していないだけですごいんだぞ?


 そんな私の心情なんて関係ないとばかりに、ジョゼフィーヌが前に出た。そして、ジョゼフィーヌは右手の人差し指で、かかってこい的なジェスチャーをした。どう見ても挑発だ。


 ドッペルゲンガーが一瞬でジョゼフィーヌに近寄り、超高速フックで殴った。ジョゼフィーヌの上半身が吹っ飛び、壁に水をぶちまけたような状態になってしまった。


「ふん、他愛もありませんね」


 スライムを物理攻撃で吹き飛ばすか。まあ、私の性能ならやれるかな。でも、その程度じゃ、うちのスライムちゃんを倒せるほどじゃない。


 ジョゼフィーヌの吹き飛ばなかった粘液部分が動き、ドッペルゲンガーを取り込もうとした。


「ぐっ、なぜ生きて、は、離せ!」


 ドッペルゲンガーは躱そうとしたが、スライムの粘液部分がすでに足を捕らえている。ああなったら離れない。


「くそ! 【発火】!」


 発火の魔法で火を出したようだが、それすら粘液で飲み込んでしまった。マグマぐらいの熱さじゃないと効かないよな。


 壁に吹き飛んだ粘液も動き出して本体と合流した。もしかして分裂したままだと、スライムちゃんが増えるのだろうか?


「ば、馬鹿な、これは魔族の体ですよ! なぜ動けない!」


 ドッペルゲンガーは暴れているが、抜け出せそうにないな。なるほど、私なら転移で逃げ出せるから、転移できなければ雑魚扱いなのか。それはいいのだが、ヤトといい、ジョゼフィーヌといい、私を倒すのを躊躇しないな。これは次の会合でしっかり話し合わないとな。


 ジョゼフィーヌはドッペルゲンガーを丸ごと取り込んだ。あれじゃ息が出来ない状態だ。両手で首を抑えて暴れているのを見ると、私も苦しくなってきた。


 あ、動かなくなった。まさか、殺したのか? ジョゼフィーヌは動かなくなったドッペルゲンガーを外に吐き出す。粘液の中には小さなダンゴムシが浮いていた。もしかして、ドッペルゲンガーを操っていたダンゴムシか? 


 倒れているドッペルガンガーを見ると、生きているようだった。粘液の中でダンゴムシだけ取り外したのか。


 ジョゼフィーヌには細かいことを説明していないが、ダンゴムシが元凶であることを知っていたのかな?


 聞いてみると、「ドッペルゲンガーは不味そうなので」という回答をくれた。特に何も考えていないようだ。しかし、ダンゴムシって美味しいのか? たとえ美味しくても食べたくないが。


 なんだか簡単に決着がついてしまった。本当に雑魚扱いだ。能力制限は掛かっていない状態なのに。結構ショックだ。


 ちょっと放心していたら、他のスライムちゃん達もダンジョンに入ってきた。ダンゴムシを食べたからか、いつもより大きくなっている気がする。


 とりあえず、ダンゴムシが元凶でドッペルゲンガーは操られていたという事情を説明した。


 それを聞いたスライムちゃん達は倒れているドッペルガンガーを粘液の一部で拘束した。手と足の部分を動けなくしている。元凶じゃないけど拘束はするのか。


 スライムちゃん達はそのままダンジョンの奥に入ろうとしていた。何をするのか聞いてみると「ダンジョン内の魔物を殲滅します」と答えてくれた。元凶が許せない感じなのかな?


 マリーだけを残してスライムちゃん達は奥に行ってしまった。マリーには「ここで逃げて来たダンゴムシを狩りますから奥へどうぞ」と言われた。私が行くのは決定事項なのだろうか。仕方ない。パラサイトピルバグとやらを拝みに行くか。


 探索魔法でダンゴムシの生体反応を見ると、ものすごい勢いでなくなっていった。スライムちゃん達が暴れているのだろう。そしてひときわ大きな生体反応がある。コイツが本体か。よし、行ってみよう。




「ひ、ひいぃ! 助けて! 助けてください!」


 ダンジョンの一番奥にいた。スライムちゃん達はすでに到着していたようだ。相手の三方向を囲んでいて逃げ道はない。


「謝ります! ごめんなさい! どうしても外に出たかったんです! 殺さないで!」


 どうしたものかな、と考えていると、ジョセフィーヌが前に出た。「村の者に手を出したので制裁を加える」と言って、粘液で覆いかぶさった。


「ギャー!」


 おう、躊躇せずにいった。でもおかしいな。いつまでたっても死なないようだ。しばらく経つと、ジョゼフィーヌは体内からパラサイトピルバグを放り出した。そしてこう言った。「スキル『魔虫生成』に呪いをかけた。使うと激痛が走る。これでお前はただの大きいダンゴムシだ」と。


 なんて?


 魔虫生成? 小さなダンゴムシはスキルで作られた虫だったのか? なるほど、魔力による疑似生命体か。そのスキルを使うと呪いで激痛が走ると。小さなダンゴムシを作れなければ他の奴を操ることもできないから、ただのダンゴムシという訳だ。


 だが、待ってくれ。ジョゼフィーヌは、なんでそんなことを出来るんだ? それっぽいスキルとか持ってたっけ? 今日はもう魔眼を使わないと決めたから、あとで見るしかないな。


「そ、そんな……。私だけでは戦闘力がありません! このままじゃ、森の魔物に殺されてしまいます!」


 ジョゼフィーヌは「村で畑を耕す仕事をしろ。村の役に立てば助けてやる」と威圧的に言った。


「わ、分かりました。仕方ないですね……」


 その言葉を聞いたジョセフィーヌは「無理に来なくてもいい。嫌々やらせるつもりは無い」と返した。


「す、すみません! やらせてください! 誠心誠意、対応させて頂きます!」


 どうやら話はついたようだ。私は何しに来たのだろうか。


「あの、これからよろしくお願いします。それとすみませんでした」


 パラサイト……いや、ただの大きなダンゴムシは私に向かってそう言ってきた。


「ああ、うん。スライムちゃん達のいう事をよく聞くように」


 丸投げしよう。なんか疲れた。最初から全部スライムちゃん達に任せればよかった気がする。

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