第四章

配布

 

 寝過ごした。だが、昨日と違って体がだるいようには感じない。どちらかと言うと気分爽快だ。


 マクラが変わると眠れないという話を聞くが、それと同じようなことだろうか。いつもの枕だから良く寝れた、と言えるのかもしれない。このマクラ、譲ってくれないかな。


 さて、今日もすることが多い。一つずつ対応しなくては。まずはお土産の配布かな。


 早速準備して出かけよう。




「よう、フェル、おはようさん。疲れは取れたか?」


 食堂におりるとロンがいた。朝とは言っても、そこそこ遅い時間なので、ロンは仕事の準備が終わっているようだ。


「おはよう。寝過ごしてしまったが、疲れは取れたと思う」


「そりゃ良かった。すぐに朝食を持ってくるから、いつもの席で待ってな」


「ああ、頼む」


 いつもの席がマイテーブルと化している。常連の特権だな。お金を払ってないけど。


 よく見ると、そのマイテーブルに先客がいた。リエルだ。


「朝食おごってくれ。おはよう」


「寝言は寝て言えと言ったはずだ。大体、昨日もおごってやったんだぞ。それに挨拶より先におごれとはなんだ。おはよう」


「そう言うなって。一文無しなんだ。後で耳を揃えて返すから頼むぜ」


 魔族に借金する聖女って何なんだろう? なんちゃって聖女だから問題ないのかもしれないが、女神教徒の奴らが見たら幻滅するぞ。


「今日の朝食はフェルの好きな卵料理だぞ。まあ、定番のベーコンエッグなんだが」


 ロンが朝食を運んできてくれた。ふっくらしたパンが二つと、ベーコンエッグにそれを彩るトマトソース。別の皿にはサラダと小さいトマトが乗っている。同じ朝食にトマトがかぶっているが、問題はそこではない。なんと黄身が二つ。今日は誰かの誕生日なのだろうか?


「ロン、ベーコンエッグの黄身が二つあるようだが?」


「たまにあるんだ。一つの卵から黄身が二つ出てくるんだよ。幸運だな」


 なんと気分がいい。今日はいい日だ。日記に書いておこう。


「ロン。気分がいいから、先にお土産を渡す」


「なんだ? 俺にくれるのか?」


「一応、世話になっているからな」


「一応かよ。まあ、いいか」


 亜空間から猫耳ヘアバンドを取り出した。


「リーンの町で売ってた。やる」


「うおお! 本当か! これ、限定モデルだぞ? メインクーンタイプの白だ! レアだぞ、レア!」


 そんなこと知るか。目の前にあった物を買ってきただけだ。


「まあ、気にいったのならそれでいい。好きに使ってくれ」


 ロンは大喜びで自分の部屋に戻って行った。あれだけ喜ばれると買ってきた甲斐があるというものだ。


 さて、朝食を食べるとするか。冷めても美味しいが、暖かいうちに食べるのが礼儀というものだ。


 だが、気になる。ヤトが厨房の入り口から顔を半分だけ出して、ものすごい目でこちらを見ている。


「ヤト、おはよう。何か用か?」


「おはようございますニャ。フェル様はあれですかニャ? ペルシャよりもメインクーンの方が好きなのかニャ?」


「何の話だ? さっきの猫耳の話か? 選んで買ったわけではない。たまたま目の前にあったから買ったんだ。なんで涙目なんだ」


 ヤトってペルシャって奴なのか? 正直言うと違いが分からんが。


「つまり、あの猫耳ヘアバンドを選んだ理由は特にないニャ?」


「まったくない。この朝食をかけてもいい」


「フェル様を信じてたニャ」


 いや、疑っていたよな? だが、それを口にして蒸し返すつもりはない。華麗にスルーする。そうだ、ヤトにも土産があった。


「ヤトにも土産がある。受け取ってくれ」


 亜空間からフグをいくつか出した。ヤトにあげるため、ニアには渡さなかった食材だ。


「ヤトは毒耐性を持っていたよな? ちょっと毒があるけど、美味いらしいぞ」


「それはパワハラかニャ?」


「人聞きの悪いことを言うな。そのまま食わせるわけないだろう? リエル、解毒魔法を使ってくれ」


「ひょっひょまっふぇ」


 リエルは口に何かを頬張りながら言った。そして私のパンが一つない。推理するまでもないな。


「お前、なに私のパンを食べてるんだ。口を縫い合わせるぞ」


 リエルは手のひらをかざして、食べ終わるまで私に待つように伝えてきた。なるほど、弁明があるという事か。一応聞いてやる。


「いつまでも手を付けないからいらないのかと思った」


 ギルティ。裁判の必要はない。


「そんなわけあるか。よし、五秒以内に何か言え。墓標に刻んでやる」


「こんな美人が墓に入ったら人界の損失だろうが」


「分かった。それでいいな。よし、歯を食いしばれ。安心しろ、一瞬だ」


「待てって。ギブアンドテイクだ。パンをおごってもらったかわりにフグの解毒をしてやる。どうだ?」


 なるほど。解毒魔法をタダでする気はない、ということか。それなら仕方あるまい。


「それで手を打とう。早速だが、フグの毒を解毒してくれ」


「分かった。【解毒】」


 フグが一瞬光った。そのままフグを見続ける。正直、フグの目が怖い。死んだ魚のような目。あ、そのまんまだった。


「どうなった?」


「フグの毒ってテオなんとかだよな? 除去したから大丈夫だと思うぜ?」


 なんとなく不安なので、魔眼で見た。


 フグのステータスが「死」となっていて毒があるかわからない。私の魔眼が初めて敗北した。さらに詳細な情報を見ようとして頭痛があっても困る。どうしよう?


「あんた達、騒がしいけど何かあったのかい?」


 厨房からニアが出てきた。しまった。うるさくしてしまったか。


「すまない、騒がしくしてしまったな。実はヤトにフグを買ってきたのだが、毒があるとのことなので解毒魔法を試した。多分、大丈夫だと思うがちょっと心配でな」


「なんだ、そうなのかい? なら、アタシが捌こうか? 危ない箇所は全部捨てちまうがね。それに適切な捨て方というのもあるから、素人は手を出さない方がいいよ?」


「ニアがやってくれるなら安心だ。ヤトもそれなら大丈夫か?」


「毒耐性スキルを持っているから、そこまでしてくれれば問題なく食べられるニャ」


 よし、残りのフグもリエルに解毒させよう。


「リエル、残りのフグもすべて解毒してくれ」


「ひょっひょまっふぇ」


 二つ目のパンもなくなっていた。


 いいだろう。そんなに腹が減っているなら私のパンチを食らわせてやる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る