閑話 勘違い男(強面)

 

「どうやら当たりだな」


 男はかぶっていたフードをめくり、大きく息を吐く。フードの下には二十代前半の男の顔があった。その顔にはいくつもの傷があり、強面の部類だ。


 永久凍土と呼ばれる大地を彷徨い、ようやく探し当てた遺跡。この一ヶ月の間、吹雪に身をさらし、魔物に襲われ、ロクな食事も睡眠もとれていなかった。だが、この遺跡を発見したことで、そのすべてが報われた。


 遺跡の入り口付近で、男は食事の用意をしながら、なぜこんな死にそうな思いをしてまで冒険を続けるのか、と自問する。だが、答えはいつも一緒だった。


 楽しいから。


 どんなつらい思いも苦しさも、誰も見たことがない遺跡を発見するという楽しさの前には霞んでしまっていた。


 未発見の遺跡を発見することで報奨金をもらえる制度がある。男はいままで発見した遺跡の報奨金で一生遊んで暮らせるだけの財産を持っていた。冒険という行為をしなくとも、のんびり暮らすことも出来る。だが、男にとってそれが楽しいかと言われれば、答えはノーだ。


 男は遊んで暮らすことが悪いとは思っていない。だが、新たな遺跡を発見するという行為の方がどう考えても楽しい。一歩どころか半歩間違えただけで死ぬことが多い冒険。だが、男にはそれを止めることが出来なかった。


 男がこうなったのは、数年前に遺跡を探す依頼を受けたのがきっかけだった。丁度、手の空いていた男は高額の報酬につられて、その依頼を引き受けた。


 そして遺跡があるかもしれないという密林に向かい見事に遺跡を見つけた。


 その時の感情を男は言葉では表現できなかった。


 見つけた遺跡がどんなものであるかは分からない。だが、何百年、もしかしたら何千年と放置されていた遺跡を見ると、複雑な感情が入り混じり、立っていられない程、体が震えた。感動、歓喜、畏怖、どれでもあり、どれでもない感情に頭が混乱したのだ。


 心が落ち着くまで遺跡の前でずっと考えていた。そして思い至った。人は百年も生きられない。だが、遺跡は違う。壊れてしまうようなものもあるだろうが、こうやって残り、ひっそりと誰かを待っている。その誰かは自分ではないかと。


 それからというもの、遺跡探索の依頼をいくつも受けた。見つけられなかったり、遺跡の情報自体が嘘だったりする時もあった。だが、それでも遺跡探索の依頼であれば、どんなものでも受けるようになった。


 冒険狂。


 遺跡探索の依頼ばかり受ける男を同じ冒険者はそう言って笑った。冒険者の仕事は多岐にわたる。最も効率がいいのは魔物の討伐だ。男にはかなりの実力があり、そこそこの魔物を狩っていれば安泰な生活をすることができた。それをしない男を他の冒険者達は笑ったのだ。だが、それでも男は遺跡探索の依頼はすべて受けた。


 そんなある日、男に指名依頼が来た。遺跡探索の依頼だった。男は考えるまでもなく、二つ返事で引き受けた。


 依頼者から遺跡に関する情報を受け取り、一ヶ月程度で遺跡を発見した。貰った情報がかなり正確だったことに驚いた。遺跡探索の依頼はほとんどがガセネタであり、事前の情報はほとんど当てにならない。だが、貰った情報はかなりの精度であった。その後も、同じ依頼人から指名依頼を受けることになり、そのすべての依頼で遺跡を発見した。


 発見した遺跡の総数が三桁になった頃には、冒険狂と言って男を笑う者はいなくなっていた。今ではその功績を称えてこう呼ばれていた。


 冒険王フェレス、と。




 フェレスは発見した遺跡から最も近い町へ、二週間かけて戻ってきた。


 町の冒険者ギルドに入ると、フェレスは冒険者達から羨望のまなざしで見られた。それはフェレスにとって居心地のいいものではないので、すぐに受付カウンターに移動し、依頼の完了報告を行った。


 ギルドの受付嬢が慌てた様子でギルドカードを受け取り、震える手つきでカードの操作を行った。フェレスは自分の顔で怖がらせてしまったかと心配した。


 数分程度でギルドカードはフェレスに返された。フェレスは遺跡を発見した時にすでに依頼主には念話による連絡をしていた。ギルドで手続きさえ済ませればすぐに依頼達成となる。カードを見ると今回も問題なく振り込まれていた。さらに新しい遺跡を発見した報奨金も同時に振り込まれた。フェレスはカードを見て追加された金額を確認すると頷いた。


 フェレスの周囲から感嘆の声が上がる。受付嬢が笑顔で対応したので依頼を達成したことが周囲に分かったのだろう。フェレスが最も苦手とする瞬間だ。人見知りという訳ではないが、遺跡に関する質問や、パーティへの勧誘等、有名になるほど煩わしいことが増えた。ランクがアダマンタイトになる前は、それこそ毎日のように知らない奴に話しかけられた。そんなこともあって、フェレスは一つの場所にはとどまらず、常に一人で移動しているか、遺跡を探していた。


 居心地が悪いし、用が終わったので外に出ようとすると、受付嬢に止められた。指名依頼が来ているとのことだった。


 フェレスは不思議に思った。自分が受ける指名依頼は遺跡探索だけであり、それ以外はすべて断っている。アダマンタイトのランクになったため、ギルドもその意思を尊重して余計な指名依頼はギルドの方で断り、連絡してこなくなった。そして今では指名依頼をするのは一人だけだ。だが、たった今、終わった依頼も、その人からの指名依頼だった。何度もやり取りをした上で分かったことだが、立て続けで遺跡探索の依頼が来ることはないのだ。


 受付嬢の案内で部屋に通された。冒険者ギルドのグランドマスターから直接連絡が来ると受付嬢は説明した。


 部屋に机と椅子があり、壁の一面にはガラスが張られていた。音声だけでなく映像も投影できるタイプの魔道具だ。フェレスはその存在を知っているが使うのは初めてだった。


 フェレスは椅子に座って待つ。数分後にグランドマスターがガラスに映った。久しぶりにグランドマスターを見て思い出した。強面で良く孫に泣かれると。自分も似たようなものなので笑うことはできないが。


「すまんな、待たせたか?」


「問題ない。だが、遺跡探索から帰って来たばかりだ。宿に戻って休みたい。用件を言ってくれ」


「相変わらずだな。なら、余計なことはいわん。迷宮都市の市長から指名依頼があった。依頼内容は本の検証だ」


 迷宮都市。本の検証。それを聞いてフェレスは思い至った。


「アビスで本が見つかったのか?」


「聞いて驚くなよ? 最下層で見つかったらしい」


 フェレスは、驚くなというのは無理な相談だ、と思った。この千年間でだれも到達できなかったアビスの最下層。そもそも何階まであるのかも分からなかったのだ。公式記録では到達階層は地下四十二階。だが、その階の強力な魔物に阻まれて、その下には行けないと聞いたことがあった。


 だが、驚きはしたものの、興味はなかった。アビスの最下層から見つかった本。自分が発見する、ということであれば喜びを感じられた可能性はある。だが、すでに見つかったものだ。遺跡の内部に興味が無いように、本の中身も興味はない。発見するまでの過程と発見した時の何とも言えない感情が好きなのであって、その両方がないならフェレスにとって意味は無い。


「驚いた。だが、本に興味はない。依頼は断る」


 次の探索依頼がいつ入るかは分からない。だが、準備は必要だし、体を休める必要もある。森の中にある迷宮都市に行くのはここからでは遠すぎる。フェレスにとって断る理由はいくらでもあった。


「すまない。そうもいかないのだ。儂の専属冒険者という事で強制依頼を発動させてもらう」


 フェレスはまた驚いた。確かに自分はグランドマスターの専属冒険者ではある。だが、その権利を使われたのは初めてだった。


「理由を教えてくれ」


「本を見つけたのがセラなのだ」


 フェレスは、今日は驚くことが多い、と頭の中でぼやいた。セラと言えば自分と同じアダマンタイトランクの冒険者。会ったことはないが、存在は知っている。いや、存在しているのかどうかは分かっていない。なにせ誰も会ったことがないのだ。何十年も前から存在しているにも関わらず、誰も会ったことがない冒険者。すでに死んでおり、なにかの事情でギルドカードから死亡情報がギルドに送られなかったのではないか、と言われていた。


「それは本当なのか?」


「間違いない。儂が会った。セラのギルドカードから本を手に入れた場所を確認した。間違いなくセラのギルドカードだったし、本もアビスの最下層にあったものだ」


 フェレスは考えた。セラが存在し、アビスの最下層から本を持ってきたことは間違いないのだろう。だが、それと今回の依頼と何の関係があるのだろうか? 確かにセラは興味深い存在ではある。だが、自分には関係がない。


「驚くことが多いな。だが、なぜ俺がその依頼を受ける必要がある?」


「どうやらセラが本の検証者にお前を指名したそうだ。それで市長経由で依頼が来ている。冒険者ギルドとしては、セラの思惑をすこしでも確認しておきたい」


 フェレスはセラが自分を指名したということも不思議だが、冒険者ギルドがセラを気にしていることをより不思議に思った。アダマンタイトの冒険者だから、という事も考えられるが、今までも問題は無かったはずだ。


「なぜ、セラに対してそこまで気にする。確かに不思議な存在だが、そこまでする必要があるとは思えない」


 グランドマスターが渋い顔になったが、一度ため息をついてから話し出した。


「セラは何十年も前から存在すると噂されているが本当は違う」


「何が違う?」


「数百年も前から存在している。これは儂と一部のギルドマスターしか知らないことだ」


「長命種、例えばエルフということじゃないのか?」


「違う。儂も初めて会ったがあれは人族だ。儂の見た限りでは二十歳前後の女性だった。幻視を使われた可能性はない。儂より強いのは分かったので引き留めることが出来なかった。これは勘だが、何かをしでかすような雰囲気はあったと思う。だから事前に調べられることは調べておきたいのだ。その一環でお前にも本の検証に参加して、指名にはどういった意図があったか調べてほしい」


 数百年も生きる人族。そして本の検証に自分を指名した。フェレスは興味が湧いた。遺跡と同じだ。セラは自分を待っているのかもしれない。それは単なる自惚れで、指名にはなんの意味も無いのかもしれない。だが、すべてはセラに会えば分かることだ。なら、まずやることは指名された本の検証だ。自分がどんな理由で指名されたのかを確認しなくてはならない。探すのはその後だ。


「その依頼、引き受けることにする」


「そうか。実は市長にはすでに承諾の返信をしてある。事後承諾ですまない」


「いや、問題ない。早速、迷宮都市に向かおう」


「よろしく頼む」


 映像が消えると、ガラスにうっすらと自分の顔が映った。どう見ても怖い。


 セラは特殊な部類だと思うが女性だ。この顔で女性を探すことは犯罪じゃないだろうか、と思った。その考えにフェレスは自虐的に笑い、ため息をついた。そして思い出す。


 そういえば、以前、一緒に仕事をした魔術師ギルドの女の子は挙動不審だった。怖がらせてしまったのだろう。トラウマになったかもしれない。次に会った時に行動がおかしくても気にしないようにしようと誓った。

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