怨恨

 

 町の北東が商店街らしいので、そちらに足を運んだ。


 やはり角が目立つのか、色々と視線にさらされるな。敵対的な視線というよりは、好奇な目が多い。うざい。


「角が見えないようにフードでも被れば目立たないぞ?」


 リエルがそんなことを言い出した。


「私は魔族という事に誇りを持っている。例え殺されても、魔族であることを隠すつもりはない」


 いいことを言った。アレンジして使っていいぞ?


「そういうもんか。俺はいい男と結婚できるなら、女神教の信者であることすら隠すけどな。むしろ、辞めてもいい」


 おお、それはそれで格好いい気がする。後でアレンジして使おう。でも、ドヤ顔はしないように気を付けないと。リエルのドヤ顔みたら、殴りたくなった。


「フェルちゃん、ここなら布とか売ってるかもしれないよ?」


 ヴァイアが指したのは雑貨屋のようだ。結構大きい店構えだな。買い物をするときは専門店に行け、という話を聞いたことがあるが、お土産を探す必要があるし、ここでいいか。


 店に入ると、三十代ぐらいの恰幅のいい女性がいた。どうやら掃除をしているようだ。


「いらっしゃい。好きなだけ見ていっておくれ――ま、魔族かい!?」


 私を見た女性が驚いていた。まあ、正常な反応だよな。


「買い物がしたい、魔族だが構わないか?」


 駄目なら諦めよう。


「構わないよ。アンタが領主様のバカ息子を退治したんだろう? 昔のことがあるから怖いけど、同時に感謝もしているからね。ただ……」


 なんだろう? 何かまずいことがあるのかな?


「うちの婆ちゃんは魔族に恨みがあるだろうから、そこは勘弁しておくれよ?」


 なるほど。過去に魔族の襲撃を受けた婆さんがいるのか。なら、どうしよう? あまり刺激はしたくない。やられることは無いだろうが、色々と面倒な気もする。


「お客さんかい?」


 その婆さんが二階の階段から姿を現した。タイミングが悪いな。


 婆さんが私の角に気付くと、すこし殺気が溢れた気がした。怖い。


「アンタ……町で噂になっている魔族だね?」


「そうだ、魔族のフェルだ。この店で買い物をしたい。問題ないか? 駄目なら出ていくが」


 なんだか驚いているようだ。どうしたのだろう?


「魔族に話が通じるとはね。店で買い物をするのは構わない。だが、少し話を聞かせてくれないかい?」


 時間は問題ない。どうしようかな?


「フェルちゃん、私達も付き合うからお話しようよ。人族と信頼関係を結ぶんでしょ?」


「あ、俺も付き合うのか、仕方ねぇな。年寄りは大事にしねぇとな」


 なにか勝手に話が進んだ。まあ、いいか。やることは多いけど、すぐにやるべきことは無いしな。


「わかった。ここで話すのか」


「二階に来な。茶ぐらい出すよ」


 さて、何の話をするのやら。




 二階は冒険者向けの雑貨を売っているようだ。一階は日用品の雑貨だったな。


 商品を見ていたら、店の隅にある四角いテーブルに案内された。


 ヴァイアとリエルがそれぞれ私から見て左と右に座った。その後、婆さんがお茶を四人分用意してから、私の正面に座る。そして一度だけお茶を飲み、こちらを見つめてきた。


「アンタの外見を見た限りだと、五十年前の魔族ではなさそうだが、年齢はいくつなんだい? それに五十年前のことは知っているかい?」


「十八だ。五十年前のことは知っている。本で読んだだけだがな」


「何の因果か十八なのかい? アンタの家族は魔界に?」


 一体、何を聞きたいのだろうか? 早く本題に入ってほしい。大体、私の両親のことを聞いてどうするんだ?


「因果については良く分からんが、私の家族である両親は三年前に死んだ。親族と呼べる魔族は誰もいない」


 そう言うと、ヴァイアが口を押えて涙ぐんだ。いや、お前も似たようなもんだろうが。リエルは興味なさそうだが、普段より真面目そうな顔をしている。


「悪いことを聞いたとは思うが、謝るつもりはないよ」


「構わない。両親が死んだのは婆さんのせいじゃない。謝られても困るだけだ」


「そうかい。でも、アンタはアタシには謝ってくれるかい? アタシの旦那は十八の時に魔族に殺されたよ」


 重い。だが、納得した。魔族に旦那を殺されたことを恨んでいるのか。


「悪いが謝るつもりはない。婆さんの旦那のことは知らないし、当事者でもない。謝る振りはできるが、それでは意味がないだろう?」


「そうだね。アタシとしても意味のない謝罪を受けたところで困るだけだったよ。だが、教えてほしいことがある。なんで、私の旦那が殺されなきゃいけなかったのかを。このまま何も知らずに死んでいくかと思ったけどね、何の因果かアンタが店に来た。何を聞かされても納得できないとは思うが教えてもらうよ」


 結構な年齢なのに殺気は凄いな。教えなければ、刺し違えても殺すと言う意思が伝わってくる。そんなに凄まなくても教えるつもりだ。


「五十年前、いや、それ以前か。魔族が人族を襲っていたのは勇者を殺すためだ」


「勇者を殺す?」


「そうだ。勇者は例外なく人族だ。だから、人族を殺すことで勇者が生まれないようにしていた。もしくは赤子のうちなら殺せると思っていたようだな」


 結局、それは勘違いだったけど。勇者は生まれるのではなく、生きている人族から選ばれる。絶対に勇者を殺すことはできないわけだ。


「なあ、横からで悪いんだけど聞かせてくれ。なんで魔族は勇者を殺そうとしてたんだ?」


 リエルが割り込んできた。女神教の信者だから、色々知りたいのかな?


「勇者は魔族にとって絶対の殺戮者だ。魔界に勇者が現れると、魔族はほぼ全滅する。記録では五十人程度まで減ったこともあるそうだ。そうならないように、魔族は人族を襲っていたが、いまだかつて勇者を殺せた記録はない」


 とても残念だが、魔王様もあの嫌な奴を殺すことはなかった。あのまま戦い続ければ殺せたとは思うが、魔王様は慈悲深いからな。


「魔族には魔族の事情がある。昔の魔族が人族を襲ったことを許してもらおうとは思わないし、謝罪するつもりもない。私ではなく当時の魔族に復讐したり、謝罪してほしいのかもしれんが、あの頃の魔族はもういないぞ。魔界では五十年も生きられないからな」


 婆さんは目をつぶり、黙って聞いていた。そして、ゆっくりと目を開けてお茶を一口飲んだ。私もつられて飲んだ。


「おそらくだが、本当の事、なんだろうね。教えてくれてありがとうよ。魔族への恨みはあるし、今でも許せないが、旦那が何の理由もなく殺された訳ではない、ということが分かっただけでも良かったよ」


 そういうものだろうか? 意味があろうとなかろうと、殺されたなら辛いと思うのだが。私なら絶対に報復する。婆さんは結構な年齢だから、色々と達観しているのかな。


「もう一つ聞かせておくれ。アンタは何で人界にいるんだい? 無駄に人族を襲わないところを見ると、魔族は勇者を殺すことを諦めたということかい?」


 食糧供給のことは言わないでおこう。人界への移住については言ってもいいかな? 勇者については魔王様が勝利したことを言っておこう。


「私が人界に来たのは、人族と信頼関係を結ぶためだ。最終的には一部の魔族を人界に住まわせたいと思ってる。あと、勇者については、魔王様が倒した。残念ながら、殺してはいないけどな」


 一度、お茶を飲み、喉を潤す。ちょっとしゃべり過ぎたのか喉が痛い。


「その時に勇者とは協定を結んだ。勇者が魔族を襲わない代わりに魔族も人族を襲わない、という内容だ。当然、身を守るためには暴れる時もあるが、こちらから仕掛けることはない。そんなことをしたら勇者が魔界に攻め込んでくるからな」


「だが、魔王は勇者に勝てるんだろう? なら、人界で暴れて、人族から土地を奪えばいいじゃないか?」


 婆さんなのに過激だな。だが、それは許されない。


「それは駄目だ。魔王様が人族と信頼関係を結ぶ方針を打ち出している。それに逆らう訳にはいかない」


「おいおい、なら、魔王の方針が変わったら攻め込んでくる可能性があるのかよ?」


「可能性はある。だが、そうなった時は私が止める」


 三人とも驚いた顔をしている。変な事を言ったかな?


「今までは知らなかったが、人族というのは面白い。料理一つとってもな。敵対するよりも仲良くする方が魔族にとっても有意義だ。魔王様の方針は絶対だが間違っていると思うなら進言する。魔王様に諫言するのは忠臣の役目だからな」


 とはいえ、魔王様は人族を襲うような方針を打ち立てないだろう。なんとなくだが確信がある。だが、もし、そういう事になれば全力で止めなくては。


 ふと婆さんを見ると穏やかに笑った気がした。改めて見ると険しい顔をしていたけど。見間違いかな?


「そうかい。アンタみたいな魔族が多くなってくれればいいんだけどね」


「安心しろ。魔族も人族の料理を食べたら必ずそう思うはずだ」


 ニアの料理を食べれば一撃だ。


「そうなってほしいもんだね。じゃあ、聞きたいことは聞いたから、ここらでお開きにしようかい」


 婆さんが立ち上がったので、私も含めて皆も立ち上がった。ようやく解放か。しゃべり過ぎて疲れた。さっきから喉が痛い。


「そういえば……」


 婆さんが私の方を見ながら不思議そうにしている。


「嫌がらせでお茶に女神教の聖水を混ぜたんだけど、特に何もないかい?」


 一服盛られていたとは。何てことしやがる。


「謀ったな、婆さん。さっきから喉が痛いのはそのせいか。うお、なにか気持ち悪くなってきた。吐きそう」


「フェルちゃん、耐えて! 女の子としてそれは駄目だよ!」


「ちょ、こっち来るな! ヴァイア! 俺に結界張ってくれ、早く!」




 落ち着いた。ちゃんと耐えた。頑張ったんだから嘔吐耐性スキルとか覚えてほしい。


「今のアンタ達を見ていると、人族と魔族が一緒に暮らせる日が来るかもしれないと思えたよ。アタシがそれを見ることは無いだろうが、孫の孫辺りではそうなっててほしいもんだね」


「婆さん、遠い目をして、なにをいい感じにまとめているのか知らんが、今、まさにその可能性を潰そうとしたんだぞ?」


「本当にな! 吐かれていたら、女神教を使って魔界に攻め込んだよ! だいたい、フェルは空間魔法が使えるんだから、吐くなら亜空間に吐けよ!」


 その考えは無かった。


「耐えたからいいだろ? それに元凶は婆さんだ。私は悪くない」


「まあ、悪かったよ。だが、アンタ達の慌てぶりを見て、久々に気が晴れたよ。代わりに商品を一割引きにしてやるから水に流しな」


「いいだろう。争いは何も生まないからな。これで手打ちだ」


 一割引き。お得だ。いっぱい買おう。……あれ? でも、たくさん買うと、婆さんの店に貢献することになるのか? ちょっと利益は下がるが、売り上げは上がるということだよな? まあ、いいか。

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