鉄板上の戦い

 

 ファスをロープで縛り連れていくことにした。私が担ぐしかないよな。閉じ込めるような場所は無いから仕方ない。


 騒ぎに駆けつけた女神教の信者が何人かいたが、リエルが話すと道を開けてくれた。何を言ったのだろう? 脅したのか?


 教会から外に出たところで、はたと思い立った。


 詰所ってどこだろう? 教会に関してはリエルが知っていたから無事に着いたけど。


 考えていたらヴァイアが歩きだした。


「詰所に行くんだよね? 昨日、私が行ったから案内できるよ」


 そういえば、ノストを呼びに行ってもらったか。なら、案内してもらおう。


「それとも、ノストさんの方に直接行こうか!? 探索魔法で印をつけたから、どこにいても行けるよ!」


 なんだろう。昔、本で読んだストーカーに似ている。はっきり言ってやった方が良いのだろうか? それともやんわり言うべきか?


「おいおい、ヴァイア。それはちょっとストーカーっぽくね?」


 リエルが言いにくいことをズバッといった。男らしい。女だけど。


「や、やだな。リエルちゃん。わ、私がノストさんをストーカーする必要、な、無いでしょ? ま、町で迷子になった時のためだよ、うん」


 ヴァイアの目が泳いでる。だが、気になるな。もしかして、ノストに好意があることがバレていないと思っているのだろうか? 確かに私はそういう事に疎いけど、明らかにヴァイアはノストに好意があるよな?


「ふーん? まあ、いいや。詰所の方に行こうぜ。フェルも男を抱えているのは大変だろうしな」


 おお、リエルは気が利くな。重くはないけど、こんなのを担いであまり移動したくない。とっとと詰所に置いて食事に行きたい。


「そ、そうだね。まずは詰所に行こう」


 ちょっと残念そうだが、納得してくれたようだ。詰所に向かおう。




 兵士達の詰所に着いた。


 領主の次男スティンが魔物を飼っていたことが判明したので、詰所はかなり騒がしかった。


 すでにグレガーの不正を示す資料も受付の女性によって提供されていて、そこにファスの不正を示す資料を持ってきたので、さらに騒がしくなったようだ。


 詰所にノストはいなかったが、以前、夜盗を連行しに来た兵士の一人が色々と対応してくれた。


 ノストは現在、他の兵士達を連れて色々と証拠を押さえにあちこちに移動しているようでかなり忙しいらしい。


 また、私が脱走した、という話はグレガーの嘘という事が伝わっており、改めて牢屋に入る必要はないそうだ。連絡先を教えてもらえれば、自由にしてくれて問題ないと言われた。なので、ヴァイアが昨日泊まった宿を連絡先として伝えた。


 最後に私のギルドカードを返してもらった。返す機会が無くて、ここで預かったままだったらしい。


 カードを受け取って詰所の外に出た。ようやく解放された気分だ。


「これで自由になった。よし、もう昼だ。食事にしよう。腹が減った」


「おー、賛成。肉、食おうぜ、肉」


「泊まってる宿の一階で、お肉の面白い食べ方をしてたよ?」


 ほう、美味いかどうかは分からんが、試してみる価値はあるな。


「よし、そこで食べよう。今回は経費で食べることが出来る。おごってやるぞ」


 経費を使って食べ放題だ。たくさん食べよう。


「いいねぇ、フェルは太っ腹だな!」


「だれの腹が太いんだ、コラ」


「そういう意味じゃねぇ」


 いかん、お腹が減り過ぎて思考回路がおかしくなってる。急いで腹に何か入れなければ。




 宿についた。


 ソドゴラ村にある「森の妖精亭」よりも大きいな。木製ではなく、レンガという物で出来ているのかな? 頑丈そうだ。


 宿に入ると、宿の主人が私を見て驚いていた。


 私が魔族だから揉めるかと思ったが、そんなことは無かった。


 どうやら、ノスト達や冒険者ギルドの受付女がスティンやグレガー、ファスの事を触れ回っていて、私が被害者である通達があったらしい。


 年寄り連中はともかく、若い奴らは私のことを危険視していないらしい。それに次男のスティンの方が嫌な奴だったようで、その不正を暴いた私には感謝している奴も多いそうだ。


 敵対しないなら、私から何かするつもりはない、だから食事を頼む、と言ったら、宿の主人は笑顔で対応してくれた。多少ではあるが、信用されているようだ。魔王様の指示に応えられているということだな。


 それはさておき、食事のために、四人掛けのテーブルに座った。ボックス席という物だろうか?


 しかし、テーブルについている鉄の板はなんだろう?


「これはなんだ?」


「自分で肉を焼いてから食べるみたいだよ? 鉄板焼きだって」


 自分で焼く、か。なるほど、食事の美味しさが自分の料理スキルに依存するわけか。料理スキルを持っていないんだが。


「へぇ、面白いな。メニューを見たら色々あるみたいだぜ? お、魚介類もあるな」


「お前達、料理スキルはあるのか?」


「焼くだけだろ? 必要ねぇって。おっさーん、メニューのこっからここまで持ってきて!」


 私のやりたいことを先にやりやがった。仕方がない、さらにその上を行くには、メニューにあるもの全部持ってきて、かな? いつかやろう。


 宿の主人が生の肉を皿にのせて持ってきた。ワイルドボアの肉だった。人界で肉と言えばワイルドボア一択なのだろうか?


 しかし、この肉をどうすれば良いのかよくわからない。この鉄板の上で発火の魔法でもすればいいのだろうか?


「フェルちゃん、この鉄板がお肉を焼けるぐらい熱いんだよ。この上で肉を焼いてから食べるんだよ」


 なるほど。だが、鉄板を触る前に言って欲しかった。火傷した。とりあえず、リエルに治してもらおう。


 言われた通りに鉄板に肉を置いてみる。おお、いい音をだして焼けてる。そうか、焼けたタイミングを見計らって肉を鉄板から取ればいいのだな?


 分かってしまえばこっちのものだ。鉄板焼き、見切った。早速いただこう。


 いや、待て。ふふふ、危ないところだった。肉は両面を焼かなくては。急がば回れ、という言葉がある。じっくり攻めよう。戦いと同じだ。




「なんで私が焼いて、お前たちが食べてるんだ?」


「取るのがおせぇんだよ。焦げちまうじゃねぇか」


「フェルちゃんが焼き役になってくれたんじゃないの?」


 やられた。これは戦争だったんだ。ルールに疎い私に焼き役をやらせて、自分達はその肉を食べる。くそ、略奪という事か。ここは負けを認めよう、事前に鉄板焼きの情報収集をしていなかった私のミスだ。


 冷静になろう。クールだ。こういう時は手相を見るんだ。……生命線長いなー。よし、落ち着いた。ここからだ、巻き返しを図ろう。


 丁度、いい感じの肉がある。視線から考えて、ヴァイアが狙っている気がする。私の魔眼はごまかせない。


「あ、ノストだ」


「え、ノストさん!?」


 嘘の情報に騙されて、戦闘中に視線を逸らすとは甘すぎる。見えないパンチを応用して、見えない箸で肉を奪った。ミッションコンプリート。


「あれ、フェルちゃん、ノストさんはどこ?」


「すまん、見間違いだった」


「そうなんだ……あれ? お肉がない?」


 肉はすでに私の皿の上だ。悔やむがいい。逃した魚は大きいぞ。肉だが。


 さて、最初の肉だ。甘ダレ、塩ダレ、レモン果汁の三種類のどれかを付けて食べるらしい。ブレンドは不可。それは邪道だそうだ。どれも美味しそうだが、何事も最初が肝心だ。ここは王道の甘ダレでいくべきだな。


 おお、美味い。ニアの料理ほどではないが、自分で焼いたものだから美味い気がする。これなら料理スキルを覚えられるかもしれないな。さて、他のタレも試したい。次の肉に移るか。


 いい感じの肉を発見した。二時の方向だ。他の誰も意識していない。もらった。


 見えない箸を繰り出すと肉を掴む直前で何かに弾かれた。なんだ?


 よく見ると、肉と私の間に魔法障壁があった。馬鹿な。周囲を見ると、ヴァイアがいつも通りにニコニコしていた。だが、目が言っていた。「その肉は私のだよ」と。本気を出してきた、という事か。


 いいだろう、ヴァイア。私も本気を出す。後悔しても知らんぞ。魔王様、私に力を。


「【能力制限解除】」


 本気を出した私の力を恐れるがいい。




 宿の主人に怒られた。魔法を使って食べ物の奪い合いをしてはいけないらしい。そんなルールがあったとは。


 よく考えたら、二人が疲弊するのを待てば良かった。私と違って二人ともあまり食べないようだからな。


 二人ともお腹をさすっていた。戦線離脱か。ここからは私の独壇場だな。


「まだ食うのかよ?」


「当然だ。それにエビとカニってうまい。ちょっと硬いけど歯ごたえがいい」


 たらふく食事をして満足だ。さて、午後は何をしようかな?

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