司祭

 

 食事がパンと野菜のスープだけだった。しかも不味い。明らかにちゃんとした食事ではない。これは暴れてもいい、という事なのだろうか。


 昔の私なら美味いと思っただろう。だが、ニアの料理で私の舌はレベルが上がってしまった。この程度の食事では満足できない。


 ノストの奴め。食事の件を伝えなかったのだろうか? 報連相は大事なのに。


 私は我慢が出来る大人だが限度はある。明日の朝食も酷いようなら、こちらにも考えがある。


 この町の食堂に行ってノストのツケで腹いっぱい食べる。一度、「メニューのここからここまで持ってきて」という注文をやってみたかった。絶対にやってやる。


 それはともかく、牢屋を移動するというのは何時頃なんだろうか? もう、遅い時間なんだが。寝るなと言われたから寝ずに待っているのに。


 仕方ない。先に日記を書いておこう。食事の不味さについては念入りに書く。空を飛んだときに怖かったことは書かない。




 あまりにも遅いのでウトウトしてしまった。だが、ようやく誰かが来たようだ。もう、日付が変わっている時間だぞ。


 グレガーと、もう一人、知らない奴が来た。


 二十代後半ぐらいか? 柔和な顔をしているがなんか嫌な感じだ。服装から見ると、女神教の爺さんと同じに見える。もしかして、この町の司祭か?


「初めまして。この町で女神教の司祭をしているファスと申します」


 怪しい奴、其の二か。一応、礼儀をわきまえているようだ。なら、こちらもちゃんと返そう。


「魔族のフェルだ。冒険者ギルドに所属している」


「魔族、ですか。この町へは何をしに来たのでしょうか?」


 あれ? ノストには言ったのだが、情報が回ってないのだろうか? ノストは報連相が出来ない奴なのかな?


「聞いていないのか? 冒険者ギルドの依頼できた。この町でシスターが居なくなったらしいから、それを探しに来た」


 何だかファスとグレガーが笑い出した。


「なるほど、なるほど。ソドゴラ村から来たという事は、あの老いぼれの依頼で来たということですね」


 老いぼれ? 女神教の爺さんの事か。なんだろう? 言い方に悪意がある気がする。


「まあ、いいでしょう。では、まず、こちらの首輪を着けてもらえますか」


 うお、見ただけで気持ち悪い。聖剣よりはマシだけど、なんというか吐きそう。これを着けろと? 嫌だ。


「これはなんだ? 正直、着けたくない」


「そうはいきません。領主様に会っていただきますので、暴れられないように万全を期す必要があるのです」


 私に対する対策が必要なのか。こんなもの着けても気持ち悪くなるだけで、大した弱体効果も無いから意味がないんだけど。仕方ない、大人の対応を見せておこう。


 首輪を受け取って着けた。しかし、首輪って。チョーカーとか言えよ。


「いかかがですか? 対魔族用に女神教が開発したその首輪は?」


「気持ち悪い。吐きそう」


「ははは、気持ち悪い程度で済むわけないでしょう? その首輪は魔族に対してあらゆる弱体効果を発揮しますよ? 今なら子供並みの力や魔力しかないはずです」


 それはない。気持ち悪いだけだ。こんな術式の弱体効果じゃ、魔族の力を一割も抑えられない。


「チッ、おい、もう良いだろ? 移動するぞ」


「もっと色々と観察したいのですが仕方ありませんね。では、行きましょうか」


 牢屋を開けると出るように促された。早く寝たいからすぐに行こう。


 牢屋を出ると牢屋番が寝ているのが見えた。牢屋には私以外居なかったが職務怠慢だな。


 ファスやグレガーの周囲は防音や認識阻害の魔法が展開されていた。なんだか怪しいな。


 しかし、今の時点では攻撃されたわけではない。だから、やり返せない。怪しいとは思いつつも手が出せないのはストレスが溜まるな。


 階段を上るとギルドの受付フロアだ。遅い時間だからか誰も居ない。明かりすら消えている。月の明かりだけだ。


 牢屋に入るときもここを通ったが結構広いな。受付カウンターも三つぐらいある。ソドゴラ村とは大違いだ。


 そして掲示板にいくつか張り紙がしてあった。仕事があるという事か。この辺りもソドゴラ村と違うな。うらやましい。


 もっと見たいが今は移動中だ。後でゆっくり見よう。二人に連れられて一緒にギルドの外に出た。


 そういえば、どこの牢屋に移るのだろう? 近いといいのだが。


「どこまで歩くんだ? 遠いのか?」


「いえ、すぐそこですよ。ご安心ください。それほど、お時間は取らせません」


 近いなら助かる。早く寝たい。


 ファスが私の前を歩き、グレガーが私の後ろを歩いている。グレガーの奴は私が何かしたらすぐにでも切りかかってきそうだ。暴れたりしないのに。


 しばらく歩くと、かなり大きい広場に来た。もしかしてノストが言っていた中央広場というところだろうか? 真ん中にあるのは噴水、だと思う。今は水が止まっているようだが、水が出ているところを見たい。これもあとでゆっくり見よう。


 広場を横切り、かなり大きな屋敷の前に来た。ここが牢屋のある場所なのだろうか? 領主に会わせるとか言っていたから、領主の屋敷なのかな?


「こちらですよ」


 なんだろう? 表の大きな玄関から入るのではなく、敷地内にある小さな小屋に連れてこられた。


 小屋の中を見渡したが、暗くてよく見えない。うっすらと見える限りでは、家具や調度品がいくつかあるように見える。


 ファスが何かの調度品に魔力を通すと、地面がスライドして地下への階段が現れた。


「牢屋はこの下です」


 ファスが光球の魔法を使い、階段の周囲を照らした。かなり胡散臭くなってきた。本当に領主に会わせるためなのだろうか?


 しかし、ここで引き返すのもなんだし、本当の事だったら後々面倒だ。行くしかないな。


 階段を一番下まで下りると広めの部屋に出た。二十メートル四方ぐらいだろうか。天井がうっすらと光っていて、ある程度は見える。


 周囲を見渡すと部屋の壁が牢屋になっているようだ。一つの壁に牢屋が五つかな。階段がある壁は四つだな。あまり詳しくは知らないが、変な形の牢屋だと思う。普通、通路みたいなところの片側に牢屋が並ぶんじゃないのか?


「貴方の牢屋はこちらですよ」


 階段の真正面にある壁の真ん中の牢屋だ。なんだろう? この牢屋自体が気持ち悪い。


「この牢屋には対魔族用の結界を張らせてもらっています。こちらへお入りください」


 言葉は丁寧だが、見下している感じが出過ぎだぞ。女神教徒だし仕方ないのかな。魔族は人族に恐れられても、見下される理由はないんだけどな。


 まあいい、とりあえず入ろう。気持ち悪いけど寝てれば大丈夫だろう。


 牢屋に入ると鍵を掛けられた。


「魔族とは言っても、こうなってしまっては哀れなものですね」


 哀れか。こんな状態でもコイツ等には勝てそうだけどな。それに逃げ出そうと思えば、すぐに逃げられるし。なんというか、こんなもので魔族の力を抑えているという気になっているのが逆に哀れだ。


 でも、私が知らないだけで、何か奥の手があるのか? うーん?


「明日、いや、今日ですか。領主様を連れてきますので、精々、強さを見せてくださいね」


 コイツは何を言っているのだろう? 強さを見せる? 暴れていいのかな?


「フン、くだらねぇ。魔力が使えなけりゃ、タダの雑魚だよ、そいつは」


「それでもかまいませんよ。コレには希少価値がありますからね。では、ごきげんよう」


 二人は下りてきた階段を使って去って行った。


 なんかもう、ぶちのめしても問題ない気がしてきた。具体的な被害は受けていないが、精神的な被害を受けた気がする。


 とりあえず、領主とやらに会ってから決めるか。領主にもムカついたら暴れる。


 さて、寝よう。夜起きていても腹が減るだけだ。


「おーい、新人さんよ。アンタ、喋れるか?」


 寝ようとしたら右隣の牢屋から声をかけられた。女性の声だ。


 鉄格子の外を見ると、右側から手が振られていた。鉄格子の隙間から手を出して、こちらに見えるように手を振っているようだ。


「新人というのは私の事か?」


「おー、言葉が通じんのか。なあなあ、アイツ等がさっき言ってたけどよ、お前、魔族なのか?」


「魔族のフェルだ。お前は誰だ?」


「マジで魔族なのか。俺はお前とは敵対関係の女神教徒だな。とは言っても敵対する気はねぇから安心しな。同じ牢屋に入れられた仲間だろ? 仲良くしようぜ?」


 女神教徒? まさかとは思うが、こんなところには居ないよな?


「女神教徒なのは分かった。名前は?」


「おー、うっかりしてたぜ。俺の名はローズガーデンだ。格好いい名前だろ?」


 居た。

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