楽しい時間
女神教の爺さんに金が無いから女神教をつぶす仕事は引き受けない旨をディアに説明してやった。
「やるときは言ってね! 個人で受けちゃだめだよ! 絶対にギルドを通した依頼にしてね! 手数料として大金貨十枚の収入があれば、ギルド会議で私が威張れるから!」
ディアはそんな風に言って、ギルドへ帰っていった。
なんというか、ディアを倒す依頼が来たら格安で受けたい。
冗談はさておき、冒険者ギルドと女神教は仲が悪いのだろうか。女神教を潰す依頼をギルドが通したら、なにかありそうな気がするけど。
それにしても、ギルドのシステムって冒険者に優しくないな。報酬の一割も取られたらかなり厳しいと思うのだが。
そのあたりをニアに聞いてみると、この村だからそう思えるだけだそうだ。
大きな町の場合は依頼のほとんどが魔物の討伐依頼で、討伐した魔物の素材とかも売れるから、報酬が一割ぐらい減るのは問題ないらしい。むしろ、素材の方が依頼料より高い場合も多いそうだ。
採取の場合も同様で、大抵、依頼された量以上を取ってくるから余剰分を売れば問題ない。護衛に関しても、護衛中の食費や宿泊費は依頼主持ちなので、特に問題ないらしい。
そういえば、ウェイトレスはそういう副収入がないな。いや、チップとかあるのか? 私はもらっていなかったが。
「ヤトはチップを貰ったりしているのか? 私は貰ったことはないが」
「もらっていますニャ。一人あたり小銅貨一枚もらえますニャ」
なぜだ。猫耳の問題なのか。私だって頑張れば、犬耳ぐらい付けることは出来た。
「フェル様の場合は、チップの代わりに食事を一口もらっているニャ」
そういえばそうだった。あれはチップだったのか。よく考えたらウェイトレスを辞めたら食事の量が減る。あの服を着るのは嫌だが、ちょっと惜しい気もしてきた。
さて、あまりニアやヤトの邪魔をしてもまずいな。今日は夕食まで部屋で本でも読むか。
本は色々持ってきているが、何を読もうか。やはり、従魔との関係を良くするタイプの本がいいと思う。そうなると、テイマー系の本がいいのだろうか。亜空間を探してみたらそれっぽいものがあった。早速読んでみよう。
三時間ぐらい掛けて読んだ。結局、従魔に対しては餌付けする内容だった。試す価値はあるかもしれないが、スライムちゃん達に効果はあるだろうか。そもそもスライムちゃん達の好きな食べ物ってなんだろう。
それにしても、従魔に対する対応はともかく、本の内容がどうかと思う。ヘルハウンドとロック鳥とギガントピテクスを連れてオーガを倒しに行くとか、戦力差を考えてほしい。オーガ達が何もできずに全滅した。いや、これは、戦争は始める前から始まっている、という教訓かもしれない。奥が深いな。
でも、主人公が食べ物から生まれるってなんだ。アルラウネとかの親戚だろうか。あとキビダンゴという食べ物は私も食べたい。
そんなこんなで結構時間が経った。ちょっと早いが夕食の時間が近いし、食堂に行こう。
食堂へ足を踏み入れるとヴァイアがテーブルで食事をしていた。
「ヴァイア、もう大丈夫なのか?」
「あ、フェルちゃん。うん、もう大丈夫。えっと、ありがとうね。私が倒れたのを運んでくれたんでしょ?」
「ああ、大銅貨三枚ぐらいの仕事だったが、私にも責任がありそうだったのでタダでいいぞ」
ヴァイアに魔法付与が使えるのを教えたのが私だからな。でも、一日特訓してさらに気づかないとかどれだけ集中していたんだ。私はどんなに集中していても食事は食べるぞ。
「えへへ、なんだかうれしくてずっとやっていたら、一日経っていたみたい。これからは気を付けるよ」
ヴァイアが恥ずかしそうに言った。なんだか以前よりも笑顔がまぶしい。以前はちょっと儚い感じだったのだが。
「私に迷惑が掛からなければ好きなだけ特訓してくれていいぞ。そうだ、あとで水を作る魔道具を作ってくれ。私の場合、生活魔法は魔力調整が難しくてな。水が大量に出て辺りに被害をもたらしてしまうんだ」
「うん、わかったよ! 池が出来るくらいの水がでる魔道具を作るからね!」
「うん、わかってない。コップ一杯くらいの水がでる魔道具が欲しいんだ」
浮かれている奴は話が通じないな。ちょっと時間をおいてから依頼した方がいいかもしれない。
「フェル様、今日のお食事ですが、ワイルドボアしかありませんニャ。大盛でいいですかニャ?」
ヤトが注文を取りに来た。何だろう。ウェイトレスの姿をしているときの方が生き生きしている気がする。そういう恰好が好きなんだろうか。いいんだけど、魔界にいた頃のイメージが強すぎてちょっと同じ奴だと思えない。
「まかないじゃないから特盛にならないのか。大盛まではタダだよな?」
夜盗から救った報酬なのだから店に打撃をあたえる可能性があっても、最後まで活用するぞ。
「大丈夫ですニャ。ただ、特盛からは代金を頂ますニャ」
そう言うとヤトは厨房に注文を伝えにいった。相変わらず、尻尾がご機嫌だ。
その後、ヴァイアと話しながら料理を待っていたら、ディアが来た。そして何も言わずに相席する。すでに定位置のようだ。
「ヴァイアちゃん、もう大丈夫なの?」
「うん、大丈夫。心配かけてごめんね」
「そういえば、お前らって仲が良いな。幼馴染とかなのか?」
たいして興味はないけど聞いてみた。私も含めて同い年だった気がする。村の奴らはほとんど年上だよな。少し年が離れて村長の孫、アンリがいるぐらいか。
「ヴァイアちゃんだけじゃなく、フェルちゃんとも仲良いよ!」
そういうのはいいから。
「幼馴染じゃないよ。私もディアちゃんも、一年ぐらい前にこの村に来たから」
「そうなのか?」
二人は子供のころからこの村で育ったわけはないのか。
「私はルハラ帝国の出身だよ。両親が亡くなったとき、ニアさんに引き取られて、その後、一緒にこの村に来たんだ」
ニアとはそういう関係なのか。ということは、ニアやロンもルハラ帝国の出身かな。
「私はロモンの出身だね。冒険者ギルドからこの村に派遣されてきたんだ。ちなみに女神教は信仰してないよ」
金で女神教を潰そうとしたしな。信者のわけがない。でも、ロモンという宗教国家の出身なのに女神教じゃなくていいのだろうか?
「そういえば、ディアちゃんはここに来た頃、もっと人見知りというか、怖い感じだったよね」
「恥ずかしいな。あの頃は自分が選ばれた人族だ、とか、人界とか滅べばいい、とか、この愚民どもめ、とか思ってたから。思春期って怖いね」
「私の知っている思春期と違う。怖いのはお前の頭の方だ」
もしかすると、チューニ病とかいうやつかな。眼帯していたり、指ぬきグローブつけたり、バンダナを巻いているのが、魔界にもいるけど。
その後、三人で食事をして適当に雑談した。流行りのファッションとか、恋バナとか、どうでもいい内容だった。
ただ、なんというか、楽しかった気はする。
魔界での食事は常に一人だったし、同年代の魔族と雑談というのも覚えがない。今考えると、私はボッチという奴だったのだろうか。当時はそれでも問題なかったし、つらいと思ったこともない。あの頃は色々考えなければいけないことが多かったからな。
こういった楽しい時間を過ごせるのも魔王様のおかげだ。本当なら私はもっと前に死ぬはずだった。でも、魔王様が現れて私を助けてくれた。感謝してもしきれない。必ず魔王様のお役に立たねば。
そんなことを考えながら部屋に戻ると、魔王様がいらっしゃった。
「やあ、お帰り、今日は早いね」
「ウェイトレスの仕事をクビになりましたので、食事だけ済ませて戻りました」
「そうなんだ、元気だしてね。大丈夫、僕も無職だから。それに丁度良かったかもしれない」
なにやらフォローされた。失業の原因は言わないでおこう。しかし、気になることを言われた。
「魔王様、丁度良いとのことですが、どういった意味でしょうか?」
「エルフの森なんだけど、色々と工作をしていたら問題が起きてね。明日あたり、エルフ達が怒ってこの村に来ると思う」
なんと。ということは、エルフ達を撃退する、というような内容だろうか。腕が鳴るな。
「悪いんだけど、僕の代わりにエルフ達に捕まって、エルフの森まで行ってくれるかな。その後、エルフと関係を修復して、世界樹に行ける許可をもらってきてほしいんだ。あ、エルフ達を力でねじ伏せちゃ駄目だよ」
無茶ぶりされた。
「魔王様、その、なんといいますか、難易度が高すぎないでしょうか」
それはなんという不可能ミッションなのだろうか。モードでいうならハードを超えてアルティメットとかナイトメア。エルフはリンゴを取っただけで死刑とか言ってくる種族だ。魔王様が何をしてエルフ達を怒らせたかは知らないが、多分、執行猶予とかつかないレベルだと思う。
「フェルなら出来るって信じてるよ」
魔王様は私の正面から両肩に手をおいて、そのように言ってくれた。頑張ろう。死ぬ気で頑張る。
「死んだら骨を拾ってください」
辞世の句でも考えておこうかな。
「大丈夫、フェルは死なないから」
魔王様からの信頼が重い。
「もちろん僕も森の近くで待機しているからね。何かあったら助けるから安心して」
「そういうことでしたら安心できます。難しいとは思いますが、必ずや達成して見せます」
「うん、よろしくね。では、今日はもう休むよ。おやすみ」
「おやすみなさいませ」
さて、明日は何が起きるのやら。日記書いてリンゴ食べて寝よう。
最後のリンゴだった。リンゴ奪取についてもミッションに加えよう。モードがアポカリプスになったけど仕方ないな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます